武本比登志ポルトガルスケッチ&油彩

ポルトガル在住絵描きのポルトガル淡彩スケッチ日記と油彩

1837. トーレス・ヴェドラスの町角

2019-09-12 17:56:29 | ポルトガル淡彩スケッチ

2019年9月12日(木曜日)快晴。34℃~17℃。降水確率0%。湿度49%(8:01)23%(18:10)。紫外線量7。北東の微風のち北の強風。夜明けとともに20羽から100羽程の雀が群れになって、総勢1000羽程にもなるのだろうか?うねりながら我が家を掠める様に北の空へ。毎年この時期恒例の行動だが何処に行くのだろう。

油彩で今日はロー・アンバーを塗ろうか、ベージュ色を塗ろうかを迷ったがロー・アンバーを塗った。明日塗ることになるベージュ色の刷毛と油彩を点検すると、チタニューム・ホワイトが切れてしまったことが判明。もう一本買い置きがあると思っていたのだがなかった。他の色も全て点検し、急きょチタニューム・ホワイトを買いに行くことにした。ついでにカスカイスショッピングの『キース・へリング』展を観てからカセムの画材店に。ヴァスコダガマ橋通行料2,85€。ヴァスコダガマ橋サーヴィスエリアでコーヒー+ポップx2=2,60€。コンチネンテの前回割引分が2,21€分残っていたので、支払いは=0,48€。高速代リスボン―カスカイス=1,35€。カスカイスショッピングでの昼食。パンズ・カンパニー、プレスント・イベリコ・サンドx2、ソッパx2、レモネードx1、生ビールx1、合計=14,40€。

『キース・へリング』展は狭いスペースにほんの20点ほどの展示だったが、なかなか良かった。食事の前と後に2回観る。

高速代カスカイス―シントラ=1,05€。カセムの画材店『ポント・デ・アルテス』でチタニューム・ホワイト200mlx2=19,46€。(会員割引10%)

帰りは帰宅ラッシュと重なったのでクルマが多かったが、17:00頃帰宅。可成りのロングドライヴの上、交通量が多くて疲れた。でも道は1度も間違えなかったし、すんなりと行ったがエンジン音が気になる。

『昨夜の映画』は

ハドソン・ホーク』(Hudson Hawk)1991年。アメリカの犯罪アクションコメディ映画。100分。監督:マイケル・レーマン。主演・共同原案:ブルース・ウィリス。盗みと金庫破りのプロフェッショナル、エディ・“ハドソン・ホーク”・ホーキンス(ブルース・ウィリス)が10年の刑期を終えて刑務所から仮出所してきた。ホークは出所初日を祝って好物のカプチーノへありつこうとするが、保護観察官ゲイツ、零細マフィアのマリオ・ブラザーズ、CIAのキャプランとその部下たちから美術品を盗み出すように寄ってたかって脅迫を受け、カプチーノはお預けのまま拉致されてローマに送られる。この映画では全篇通して、ホークがカプチーノを楽しもうとするたびに邪魔が入る。 それら何人もの手駒を裏で操っていたのはローマのエウローパに本社を置くサイコパシー・アメリカン・コーポレーションの経営者メイフラワー夫妻(リチャード・E・グラント)(サンドラ・バーンハード)とその一味だった。メイフラワー夫妻は、レオナルド・ダ・ヴィンチが発明したとされる錬金術を実現した機械 "La Macchina dell'Oro"(黄金製造機)を再現することで世界征服の企みをめぐらせていたが、黄金製造機を稼働させるためにはダ・ヴィンチが生前に自らの作品スフォルツァ騎馬像トリヴルツィオ手稿、ヘリコプターの模型に隠した特別なクリスタルを集める必要があり、ホークに夜盗をやるよう脅した理由がそこにあった。 一方でバチカンの秘密防諜員、修道女アンナ・バラグリー(アンディ・マクダウェル)はCIAと手を組んで、ダ・ヴィンチの3つの作品に執着するメイフラワー夫妻の狙いを探っていた。そしてホークをメイフラワー夫妻の手先とみて密偵についていたものの、CIAこそメイフラワー夫妻と裏で手を組んでいたと知り、ただこき使われていただけのホークを援護する側にまわってゆく。CIA、メイフラワー夫妻、ホークらの思惑が交錯し、最後は黄金製造機が再現されたダ・ヴィンチ城での三つ巴の大決闘で映画はクライマックスに向かう。 (Wikipediaより)

終戦のエンペラー』(Emperor)2012年。アメリカの歴史映画。107分。監督:ピーター・ウェーバー英語版)。原作:岡本嗣郎『陛下をお救いなさいまし 河井道とボナー・フェラーズ』。第二次世界大戦終戦直後の連合国軍占領下の日本を舞台に、昭和天皇が戦犯として裁かれることをいかにして回避したかを、フィクションを交えながら描く。商業映画としては初めて皇居敷地内での撮影も許可されている。1945年8月30日、GHQ最高司令官ダグラス・マッカーサートミー・リー・ジョーンズ)が日本に上陸し、アメリカによる本格的な日本統治が始まる。マッカーサーは戦争犯罪人の一斉検挙とその戦争犯罪を裁くため、活動を開始する。 折からアメリカ本国では、天皇(片岡孝太郎)の訴追を求める声が政府にも国民世論にも多数を占めていた。その一方、極東における「反共の防波堤」建設を重要視し、また後年の政界進出、大統領選出馬をにらむマッカーサーにとっては、日本の戦後統治で成功を収めることが是が非でも必要あり、その観点から、天皇を逮捕処刑することによる日本国民の反発を避けたいと彼は考えていた。マッカーサーは日本の開戦、真珠湾攻撃の意志決定に天皇の関与が決定的影響を及ぼしたのか否か、部下に調査を命じる。 マッカーサーの命を受け、知日家のボナー・フェラーズ英語版)准将(マシュー・フォックス)は調査を開始するが、彼自身も開戦前の大学時代に知り合った元恋人の島田あや(初音映莉子)の安否を気に掛けていた。 10日間という短い時間の制約の中で、フェラーズは東条英機火野正平)元首相、近衛文麿中村雅俊)元首相、木戸幸一伊武雅刀)内大臣、関屋貞三郎夏八木勲)宮内次官らと接触し、開戦に天皇がどのように関与したかを聴取していく。マッカーサーが本国を説得するため必要としていたのは天皇が開戦意志の決定に関与していないという証拠だったが、立憲君主故に天皇が御前会議でも「お気持ち」のほのめかししかしておらず、また白黒をつけない日本の文化により、不関与の証拠も、また確たる開戦命令の事実も見出せない。しかも、調査のかたわらフェラーズが消息を求めるあやは既に空襲で死亡していることもわかった。 フェラーズは悲嘆に暮れるが、それでも調査を継続。その結果、御前会議で天皇が日露開戦時の明治天皇の御製を引用して開戦への反感を示したことに加え、木戸からは「極秘」の証言として、天皇が閣僚側近らに対し「降伏」の意志に「同意してほしい」と求めたことが終戦の決め手となったことを知らされた。フェラーズはある確信を得る。 フェラーズからの報告を聞いたマッカーサーは、証言以外、証拠となる文書も無いことに不満を露わにした。しかし、調査書を読んだマッカーサーは天皇の人物像に強く興味を持ち、天皇との会談を準備するようフェラーズに命じる。 会談は赤坂の米国大使公邸で行われた。天皇は側近の制止を振り切ってマッカーサーの握手に応じ、タブーとされていた間近での写真撮影も受ける。そしてまず、全責任は自分にあり、懲罰を受けるのは日本国民ではないと述べる。これを聞いたマッカーサーは、懲罰の話をするのではなく、日本の再建のためにあなた(天皇)の力を貸してほしいと応じ、会話は和やかに進んでいく。亡きあやの祖国の将来に明るい兆しを感じフェラーズは、満足げに会見室を後にするのだった。他のキャスト:鹿島( 西田敏行 )鹿島夫人 (桃井かおり)高橋 (羽田昌義)(Wikipediaより)

<終戦のエンペラー – Wikipedia>

 

 

 

 

 

 

「ポルトガル淡彩スケッチ・サムネイルもくじ」1731-

https://blog.goo.ne.jp/takemotohitoshi/e/36acf48c9a63a21fc3b69a9ec13a11e8

 「ポルトガル淡彩スケッチ・サムネイルもくじ」1601-1730

https://blog.goo.ne.jp/takemotohitoshi/e/b408408b9cf00c0ed47003e1e5e84dc2

 

 

 

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