世界遺産マチュピチュとインカ帝国の首都だったクスコを繋ぐ鉄道が土砂崩れで橋梁などが崩壊して不通になり、マチュピチュの麓の村アグアスカリエンテスに数千人の人々が取り残されてたのがペルー政府のヘリで救出されたとゆうニュース。
http://www.cnn.co.jp/world/CNN201001300016.html
ぶっちゃけヤフージャパンでニュース見るまで知りませんでした。
ただあすこは天気悪いとホントにどうしようもないんだと思いますわ、陸の孤島になります。
この遺跡麓の村も観光客用の宿とレストランばかりですし、補給断たれたらお陀仏。
おれがマチュピチュを訪れたときも降っていた雨のせいとかで村が停電を起こしていました。
ちょっと前の話ですけどおれの旅行の話書きますね。
もし行こうと思ってる人が参考にしてくれたらと思います。まぁ日本人宿行きゃ情報ノートがいっぱいありますけど。
さて、おれがクスコの日本人宿『ペンション八幡』からマチュピチュへ向かったのが2008年の6月10日の朝。
鉄道を使えばラクなんでしょうけどもなんせ貧乏旅行、そうゆうわけで宿の情報ノートで知ったルートを使って鉄道抜きで行くことにしました。
朝七時には宿を出てタクシーを拾い、まずはローカルのバス停へ。
そこからSanta Mariaとゆう何もない、言ってみれば村落みたいなところまで連れて行ってくれます。
スペイン語がわからないといろいろ苦労すると思うんですけど、ラッキーだったのはスペイン語も英語もペラペラなポーランド人のマチックに会えたこと。
彼はバンクーバー出身でアジア人が嫌いで仕方ないと公言して憚らないカナダ人のジャーミーと一緒にいて、最初はちょっとジャーミーがイヤそうにしてました笑
とりあえずマチックが一緒に行くべと誘ってくれて、そこからワゴン車みたいな乗り合いバスである駅まで向かいました。
この道程がまた凄い。ガードレールもない細い道、絶壁の上を行きます。
こんな![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/ff/b1c5ab273dd13822baab1e6ed8ca667e.jpg)
そして駅に着くんですが、この駅ってのは観光客が利用する鉄道の支線とゆうか、おもに民間人が利用する駅みたいです。
それでそっからおれらは線路を歩きました。
いやぁ男三人でむさいですけど線路の上を歩くのって小さいころに抱いたロマンじゃないですか。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/64/dd2d87aed0d85713f419c2db948cb554.jpg)
写真見ていただけるとわかりますが、こんな地勢ですから土砂崩れ起きたら孤立するのもわかります。
それと植物。木なんかそうですけどホントにジャングルです。
マチュピチュへのアクセスの拠点となるクスコの標高がおよそ3399mですけどここはおそらく1000mほど低いです。
だから湿気もあるし気温もちょっと高いです。
それで遺跡麓の村まで結構ありました、数時間歩きましたね。着いたの夜でしたから。
線路の上が危ないのはもちろん非常に歩きにくいこととところどころ穴があること、それに橋が線路用なので人が歩くようなもんじゃなくちょっと怖いです。
暗くなってからは電灯もないので軽く命がけ。それに汽笛が聞こえるたびにビクビクします。結局電車に追い抜かれたりとかってことはありませんでしたが。
まぁそんなこんなの道のりで、一人だったら物凄く心細かったんだろうなぁと思いますよ、進んでいけば着くかってはっきりわからんし。
でも最初嫌がってたジャーミーも話してくうちに打ち解けれたし、マチックも全然よくしゃべるいいヤツだったし。
ポーランド人ってのは今住んでるとことラスベガスで会ったホームレス、それに西新宿のポーランド観光局の人とこのマチックと四人しかあったことないですけどみんな凄く明るく社交的です、歴史は暗いのに笑
まぁなんといってもこのクスコ━マチュピチュ間で一番思い出に残ってるのはホタル。
この時代に生まれたおれがあんな沢山のホタルを見たのは初めて。写真に残せなかったのが無念。
それから麓の村アグアスカリエンテスに着いたときの感動も言い表せないです。
長い道を歩いて遠くにぼおっと光が見えたとき、多分停電してたから普段より暗かったと思うんですけど、それはとても神秘的な光景で、なぜか『千と千尋の神隠し』の夜の宿を思い浮かべました。
正直一人歩きならオススメできないルートですが、もし集団で野郎のみだったら絶対に行く価値のある道です。
http://www.cnn.co.jp/world/CNN201001300016.html
ぶっちゃけヤフージャパンでニュース見るまで知りませんでした。
ただあすこは天気悪いとホントにどうしようもないんだと思いますわ、陸の孤島になります。
この遺跡麓の村も観光客用の宿とレストランばかりですし、補給断たれたらお陀仏。
おれがマチュピチュを訪れたときも降っていた雨のせいとかで村が停電を起こしていました。
ちょっと前の話ですけどおれの旅行の話書きますね。
もし行こうと思ってる人が参考にしてくれたらと思います。まぁ日本人宿行きゃ情報ノートがいっぱいありますけど。
さて、おれがクスコの日本人宿『ペンション八幡』からマチュピチュへ向かったのが2008年の6月10日の朝。
鉄道を使えばラクなんでしょうけどもなんせ貧乏旅行、そうゆうわけで宿の情報ノートで知ったルートを使って鉄道抜きで行くことにしました。
朝七時には宿を出てタクシーを拾い、まずはローカルのバス停へ。
そこからSanta Mariaとゆう何もない、言ってみれば村落みたいなところまで連れて行ってくれます。
スペイン語がわからないといろいろ苦労すると思うんですけど、ラッキーだったのはスペイン語も英語もペラペラなポーランド人のマチックに会えたこと。
彼はバンクーバー出身でアジア人が嫌いで仕方ないと公言して憚らないカナダ人のジャーミーと一緒にいて、最初はちょっとジャーミーがイヤそうにしてました笑
とりあえずマチックが一緒に行くべと誘ってくれて、そこからワゴン車みたいな乗り合いバスである駅まで向かいました。
この道程がまた凄い。ガードレールもない細い道、絶壁の上を行きます。
こんな
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/ff/b1c5ab273dd13822baab1e6ed8ca667e.jpg)
そして駅に着くんですが、この駅ってのは観光客が利用する鉄道の支線とゆうか、おもに民間人が利用する駅みたいです。
それでそっからおれらは線路を歩きました。
いやぁ男三人でむさいですけど線路の上を歩くのって小さいころに抱いたロマンじゃないですか。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/64/dd2d87aed0d85713f419c2db948cb554.jpg)
写真見ていただけるとわかりますが、こんな地勢ですから土砂崩れ起きたら孤立するのもわかります。
それと植物。木なんかそうですけどホントにジャングルです。
マチュピチュへのアクセスの拠点となるクスコの標高がおよそ3399mですけどここはおそらく1000mほど低いです。
だから湿気もあるし気温もちょっと高いです。
それで遺跡麓の村まで結構ありました、数時間歩きましたね。着いたの夜でしたから。
線路の上が危ないのはもちろん非常に歩きにくいこととところどころ穴があること、それに橋が線路用なので人が歩くようなもんじゃなくちょっと怖いです。
暗くなってからは電灯もないので軽く命がけ。それに汽笛が聞こえるたびにビクビクします。結局電車に追い抜かれたりとかってことはありませんでしたが。
まぁそんなこんなの道のりで、一人だったら物凄く心細かったんだろうなぁと思いますよ、進んでいけば着くかってはっきりわからんし。
でも最初嫌がってたジャーミーも話してくうちに打ち解けれたし、マチックも全然よくしゃべるいいヤツだったし。
ポーランド人ってのは今住んでるとことラスベガスで会ったホームレス、それに西新宿のポーランド観光局の人とこのマチックと四人しかあったことないですけどみんな凄く明るく社交的です、歴史は暗いのに笑
まぁなんといってもこのクスコ━マチュピチュ間で一番思い出に残ってるのはホタル。
この時代に生まれたおれがあんな沢山のホタルを見たのは初めて。写真に残せなかったのが無念。
それから麓の村アグアスカリエンテスに着いたときの感動も言い表せないです。
長い道を歩いて遠くにぼおっと光が見えたとき、多分停電してたから普段より暗かったと思うんですけど、それはとても神秘的な光景で、なぜか『千と千尋の神隠し』の夜の宿を思い浮かべました。
正直一人歩きならオススメできないルートですが、もし集団で野郎のみだったら絶対に行く価値のある道です。