「不器用な職人」
大阪福島でイタリアンのお店をやっている後輩Mから久々に連絡がありました。
“年末で店閉めることにしました” という報告です。独立して何年経ったのか ・・・
小さなお店ですが、一時はイタリアンブームもあってか、異常なほどメディアに
取り上げられた繁盛店です。根強いファンに支えられ、今もそれなりに繁盛して
いるようです。ですから、もちろん “赤字での撤退” という訳ではありません。
元々、我が道を行くタイプのMなのですが、私と知り合った(Mが高校生)頃は
家計のため?夜遅くまでアルバイトをしていました。卒業後は、大好きなバイク
レースのため、定職の仕事には就かずフリーであちこち渡り歩いていたと記憶
しています。その後、“料理の道で飯を食う” ことを決心したという報告があるかと
思えば、すぐさま単身、何のツテもないイタリアへ渡って武者修行 ・・・ 目ぼしい
レストランにアポなしでいきなり飛び込み、“雇ってくれ!” と職を求めてみたりと
それなりに苦労はあったのでしょうが、2年余りで数ヶ所のレストランを回って、
良い勉強にはなったようです。
帰国してからは、数軒のお店でシェフを経験して独立したのですが、Mの料理は
派手なイタリアンではなく、イタリアの伝統的な基本料理や田舎料理がメインです。
そこにMのこだわりとポリシーがあったのだと思います。そして、大きな店からの
誘いや支援の話もあったのでしょうが、若いスタッフを雇い入れて店を大きくして
店舗数を増やす、あるいは料理監修、プロデュースといったビジネスには、興味
を示さず、自分が作った料理を自分のお店でちゃんと提供することにこだわった
ヤツです。今時の業界人ではありません。非常に不器用な職人だと私は思います。
「等身大の模索」
Mとは知り合って30年近くなります。
紆余曲折はありましたが、目標であったろう “自分の城(お店)を持つ” という
ことは達成し、それなりに業界では名も売れたはずです。しかし、2~3年前から
徐々に、“街場でこのまま店を続けることには魅力を感じない” といった内容の
話が会うたびに多くなっていました。丁度、私自身も同じような感覚に見舞われて
いましたので、お互いに将来への再展望(チェンジ)を話すようになっていました。
これまでの仕事に対して、無理したり誤魔化したりしていた訳ではありませんが、
少しずつ、少しずつ、本当に目指していたものと現実が違ってきたということが
自分の中で消化できなくなり始めたということです。私とMは、経験を積み、歳を
重ねれば重ねるほど、等身大の新たな自分探しがしたくなるタイプのようです。
要は、等身大の自分で再勝負してみたくなるということです。今まで積み上げて
きたものに頼って余生を過ごす、といったことを目標にしたくないという中年男の
悪足掻きかもしれませんが ・・・ 。( 特に、私は ・・・ )
Mのお店は年内(たぶん12月30日まで)、今まで通りの営業をして閉店します。
年明けの1ヶ月ほどで店舗の整理と処分をして、その後、岡山を目指すそうです。
まだ詳しくは聞いてませんが、土地(畑)付きの古民家に移り住み、野菜作りをし
生活基盤を整えるようです。当初、生活と情報収集の為に岡山の街場へ働きに
行くことになるかもしれませんが、なるべく早く、その古民家を改装、あるいは増設
して、前の畑で採れた野菜を使った料理が提供できるレストランを開店させたい
という考えでした。どんなLOHASなレストランができるか楽しみです!
( Mでなければ、“私にプロデュースさせてくれ!” と言うのですが ・・・ )
いずれにせよ、今、私にできることは陰でMを応援することです。
“頑張って!” と言葉を掛けることぐらいです。もっと、私に力とお金があれば、
大きな支援をしてやれるのですが、まあ、それはそれでMが嫌がるでしょうが ・・・ 。
■ こんたく堵 ■
人それぞれ 考え方があり
人それぞれ 生き方がある
今の時代
個人的なこうした思想
随分と尊重されるようになった
しかし、
立場ある人間が発すれば
まだまだ誤解を招くことがある
そして、
お堅い組織なら、降格、左遷
或いは解雇の可能性すらある
社会の中、特に組織の中で
“等身大の自分を見つけること”
それは、至難の業である
ちゃんと “コンタクト” しなければ ・・・
第五大成丸