昨日は 「大安吉日」、後輩Jの披露宴でした。
1年以上前に
籍を入れて身内だけの挙式も終えていた “J&A夫婦” ですが、
こども(男の子)が生まれ、そのお披露目も兼ねての披露宴となったようです。
毎年、
必ず1人や2人、多い時には3人以上も重なったような年もあった
後輩(部下)の結婚式ですが、ここ2年ほどはありませんでしたので、私自身、
久々に晴れやかな祝宴への出席でした。
会社に在籍している時には、
立場上もあり、必ず、主賓あるいは上司としてのスピーチが定番でした。
今回も後輩Jからスピーチを頼まれたのですが、現在、退職して肩書きの無い
無職の私が新郎側の主賓(上司)としてスピーチするのは、どうなのか ・・・
新郎側の身内のみならず、新婦にも気を遣わせるかもしれないと思い、
丁重にお断りを致しました。
ですが数日前、
後輩Jから連絡があり、“せめて元上司として乾杯の音頭だけでも ・・・” という
押しに負け、結局、性懲りもなく安請け合いをしてしまいました。元々、仕事上で
部下に熱く語ったり、これでもかというほど毒舌や笑いを交えマシンガンのように
人を圧倒しながら喋ることは得意な私ですが、こうした畏まった宴席で、言葉を
選びながら “良い話” をするのは、意外と得意ではありません。自分でも嫌になる
ほど緊張をしてしまう性質(タチ)なのです。
この緊張は、
こども(小1)の頃、学校の授業で先生にあてられて、本を読んだり歌を歌ったり
した時の緊張と同じなのです。要は、自分が好きな事、得意な事とは違うものを
人からやりなさいと強要された時に生まれる “嫌な緊張感” なのです。大人に
なって、だいぶ薄れていたのですが、ある後輩の結婚披露宴でのスピーチで
それが甦ったのです。もちろん、後輩や部下に対して “おめでとう!” という
気持ちは人よりも強くありますので、毎回、スピーチという形で引き受け、何とか
表現しようとするのですが ・・・ ( このことは意外と誰も知らなかったはず )
「乾杯の音頭」
も、言葉を選び気を遣いながら、自分の普段とは違う表現で話すという意味では、
新郎新婦に先輩として結婚生活のイロハや人生の教訓を語り、臨席されている
ご親族や友人に向けて、新郎新婦の良いところや職場でのエピソードを語る
主賓としてのスピーチとそう違いはありません。いくら、場を盛り上げるといっても、
若者のようなノリでやり過ぎるのも見苦しいものです。と、あれこれ考えるだけで、
あの緊張感が襲ってくるのです。
“おめでとう!”
という気持ちを素直に伝えたいと思えば思うほど “嫌な緊張感” に苛まれます。
もう殆どの後輩(元部下)が結婚しました。会社を辞めたこともあり、しばらくは、
新しい後輩もできないでしょう。当分、スピーチも無いということです。何故か、
今日は何かから解放されたようで爽やかな気分なのです。
( 義務教育を卒業したような気分!? )
気になっていた後輩J
の披露宴だったので、周りの目を考えてスピーチは断りましたが、何かやって
やりたいとは思ってましたので、まあ、緊張して “カミカミの乾杯” の音頭でしたが、
何とか役割は果たせたのでしょうか。( ほんまは余興がやりたかったとか ・・・ ??? )
私の微妙な乾杯の音頭
を救ってくれた(フォローしてくれた)のは、披露宴終盤の両家を代表した新郎の
お父様のスピーチでした。“最初、○○さんの乾杯の音頭がカミカミで始まったので、
この披露宴、どうなることかと思いました。” と、笑いを誘いながらハードにフォロー
してもらいました(笑)。
“歯に衣着せぬ”
という諺がありますが、正にそういった感じなのですが、そこには、たぶん
今までの環境(仕事など)で培われた洞察力と分析力、そして、その分析データ
から使えそうな言葉を掻い摘み、短い時間で纏め上げた上で、相手に聞かせる
表現力がありました。過去、私は色々なスピーチを聞きましたが、今までに無い、
なかなか破天荒で素晴らしいオヤッサンの毒舌スピーチでした。私には特に強い
インパクトが残り、今後の教訓(表現力の参考)となることと思います。
このオヤッサン、
どこか私に似てる気がしました。違うのは、こうした場でも素直な表現(自己表現)
を遣って退ける器があることでしょうか。( 私は “まだまだ” ということでしょう ・・・ )
後輩Jの才能の一部が、このオヤッサンの影響を受けていることは明らかです。
それが見えただけでも、何か収穫があったようで嬉しく感じました。職場を去った
私ですが、「一緒に働いてる仲間のことをお前はどれだけ知ってるのか?」 という
問い掛けを常に自分自身に行なうことが大事だと思っています。これは今後の
人生や新たな仕事においても変わることのない私の 「人付き合いの基本」 です。
Jのオヤッサン、ありがとうございます。
そして、J、 本当におめでとう! 末永くお幸せに!
■ こんたく堵 ■
素直に自分の表現をすることの難しさ
相手に自分の気持ちを伝えることの難しさ
この難しさを好きになれたらいいと思う
まず、素直な自分を見つけ
その素直な自分を好きになることから
始めるべきなのかもしれない ・・・
第五大成丸
露地野菜を買いに?またまた能勢までドライブです。
ひょっとして、「能勢」 に ”ハマってしまったかもしれません。”
いや、これはもう完全に “ハマりかけていますねぇ ・・・ 。” ( オモロォー!? )
例の如く、
ルミオンは一般道 「R176」 を通って進みます。途中、「R171」 と立体交差している
池田の井口堂にあるカレーうどん専門店へ入ります。前々から気になっていた
お店です。川西市にもあるようですが、“究極のかすうどん” “激辛カレーうどん”
“至高の肉汁と麦とろ” の看板がどうも気になっていました。今日、ようやく ・・・
このお店の人気 NO.1 「あごすじかすカレーうどん(980円)」 を注文します。
神戸長田(現在兵庫区)の地ソース 「ブラザーソース」 が各テーブルに配置されて
います。カレーソース(餡)と うどん(麺)は、ほとんどノーマルのようですが、
やはり、“あごすじ” と “油かす” がポイントです。そして、このブラザーソースが
また一役買っています。このソース、「とんかつ」 ですが、香りは 「ウスター」 です。
不思議な感覚です。ハッキリ言って邪道かもしれませんが、このカレーうどんには
合ってます!イケてます!
さて、
能勢の 「道の駅」 で野菜を買い込んで、地元の黒豆アイスを頬張りつつ、
能勢一里松キャンプ場?(ちょっと怪しい雰囲気も!)へ向う道を進みます。
キャンプ場の口を少し過ぎた左奥にあるログハウス調のカフェで珈琲タイムです。
このカフェ、
家族で運営されているようです。地元の知り合いの方々が集まる一方で、
街からクルマで訪れたであろうカップルやライダーの姿もあり、能勢で人気のお店
のようです。お客さんは皆さん、山の中に佇み木々の香りに覆われたこの大きな
カフェで、昼下りのひと時を存分に楽しんでおられました。少し色づき始めた山間
の風景に、私も心を奪われたのか暫し微睡んでしまいました ・・・ 。
( こんなロケーションには誰も勝てませんよね! )
私は
カフェモカとティラミスを頂きました。( たいへん美味しゅうございました! )
特にティラミスが美味しかったです。上層でチーズの優しい味が広がるのとは
対照的に、下層ではリキュールのパンチがそこそこ来ます、来てます!
まさに私好みです!
この毬栗(いがぐり)3つで105円。もちろん、毬無しの栗もたくさん買って
帰りました。とりあえず、茹でてホクホクを ・・・ そろそろ運動会の季節ですね。
( 「栗」 をみると、運動会を想い出すのは私だけでしょうか ・・・ )
確実に、着実に、秋の気配です。
■ こんたく堵 ■
一度通った道を過去の記憶のまま奔り抜ける
初めて走る道より緊張感があったりするものだ
どこか、責任感のようなものを感じることも ・・・
第五大成丸
■ GRANOLA (グラノーラ)
若い頃から
朝食は必ずとるようにしています。パンとコーヒーというスタンダードなパターンが
多いのですが、その時々に流行っている(話題になっている)パンやサラダ、卵
料理などを楽しむこともあります。朝食は意外と、一番、非日常な食事なのかも
しれません。
そう言えば、
一時、サンドウィッチのパン(柔らかい食パンからハードなドイツパンなどまで)と
具材に凝った時期もありました。バター、マヨネーズ、塩・胡椒、マスタードなどの
味付けも同様です。新しい素材や珍しい商品があれば試します。元々、数軒の
喫茶店(今はCafé?)でバーテンをしていた時期がありましたので、一般の方々
よりはあれこれ知っているのですが ・・・
最近のパターンです。
低脂肪乳をかけたシリアル、プレーンヨーグルト、野菜&フルーツミックスジュース。
シリアルは今までも時々食べてはいたのですが、どうしても物足りなくなって
パンへ戻ってしまいます。ただ、体調を崩してからは、この大豆のグラノーラと
フルーツのグラノーラを混ぜたものを食べています。コーンフレークと比べると
最初は食べにくかったのですが、慣れると食べれるものですし、歯ごたえも良く
栄養価が高いのが実感できます。
仕事柄(夜メインの飲食業)、
不規則(一般の人の生活リズムではない)で偏食や朝食抜きといった生活が
当たり前になってしまうことが多い業界なのですが、なるべく、お客様の食生活
を意識しながら、その生活リズムを自身が実践することで、消費ニーズを探る
ことに繋がると感じています。朝、新聞を読んで、昼には街場の飲食店でビジネス
ランチを食べる ・・・
気づけば仕事。
な、話になってしまいましたが、今は体調管理(内臓保護)が目的の朝食です。
カラダに良い食品やバランスを考えたラインナップも大事ですが、私としては
まず、“ストレスのない食事” を意識しています。いくらカラダに良いと言っても、
全く食べたくない食品や美味しいと思えない味の料理を食べるのはストレスが
溜まりますので、結局、カラダには良くはありません。ここで重要なのは、“自分
の 「美味しい」 を探すこと” だと考えています。
シリアル食品も
“○○メーカーの○○に、○○を掛けて(のせて)食べると旨い!” を発見できた
時には、新商品(オリジナルな味)を開発した時に等しい感覚もあるものですよ。
また、仕事の話になっていく ・・・
■ こんたく堵 ■
人とコミュニケーションを図るように
食材と会話しながら料理する職人が居る
人は誰でも人から愛されたいものである
相手に好きになってほしいものなのである
だからこそ、
まずは有るがままの自分を曝け出し
相手を本気で愛する必要があるのだろう
第五大成丸
嫁さんは仕事、
昼飯を作って食べるのが面倒になり、娘二人を誘い千里中央へ
ランチのついでに買い物 ・・・・・ いや、買い物のついでにランチ ・・・・・
まあ、どちらでもいいのですが、とりあえず出掛けました。
広場では、
「第9回こいや祭り」 とやらで、たくさんの若者が色とりどりの衣装を纏って元気
一杯に踊っています。それぞれのチームでメンバー構成も衣装も踊りも違います。
また、チームごとにテーマやコンセプトを持って踊りに取り組んでいるようです。
そう言えば、
ゴールデンウィークに兵庫県高砂市の商業施設(ショッピングセンター)でも
こうした祭りに遭遇しました。若者を中心に “踊りたい!” が増えているのだ
と思います。少し視点を変えれば、“どこかで、何かで、発散したい ・・・ ” と
いうことかもしれません。自己表現とまでは言えませんが、自己確認をしたい
という表れであったり、同じ価値観の仲間探しなのかもしれません。
仲間と踊ることで、
「楽しくなる」 「スカッとする」 という感覚を共有しようとしているのだと思います。
一生懸命に踊って汗している姿、少し緊張しながらも笑顔が溢れ楽しんでいる
若者の様子は、なかなかエエもんです。それに比べうちの冷めた娘たちは ・・・
結局、私は1時間余り一人で踊りを見ていました。
( 私は意外とこんな若いヤツらが好きです )
ちょっと驚いたことが ・・・
この踊りに参加していたあるチーム(大人数のグループ)の若者たちは、自分たち
の出番が終わって帰る際、エスカレーターを使わず、階段の端っこを一列になって、
他の人の迷惑にならないように静かに地下鉄の改札まで行儀よく進んで行った
のです。ただそれだけのことなのですが、当たり前のことが当たり前でなくなった
今の時代に “これはどうしたことか ・・・ ?” と、少し嬉しい戸惑いを覚えました。
たぶん今の時代、
親や学校の先生が “一列になって歩きなさい” “静かに迷惑の掛からないように”
と言っても聞かない子どもが多いはずです。小学校や中学校では完全に学校崩壊
になっているところもあると聞きます。親(先生)と子ども(生徒)には、お互いの
言い分があり、どうしても、それぞれの立場からの正論を持ち出し、衝突してしまい
ます。最終的には、子ども(生徒)が悪いと言わないまでも、親(先生)は 「大人」
という冠を翳して “正しい” を押し通すことが多いものです。子どもには 「子ども」
という冠しかなく、負かされることが多いものです。その不平不満を発散しきれず
ストレスとなり、そのうち ・・・
逆に今の時代、
子ども(生徒)が親(先生)を理解できる環境になれば、自分たちの “正しい” を
自分たちでちゃんと作れる能力は、大人(親や先生)より絶対に上だと思います。
もちろん、それを実践し高めていくパワーとスピードも上でしょう。もっと大人が
若者を信用してやるべきですし、もっとそれぞれを認めてやるべきなのでしょうね。
この部分は私も大人(親)として反省しきりです。どこかに “まだまだ子どもやから
解ってない” と勝手に決めつけているところがあるような気がします。意外と
子どもの親離れを望んでいるような言い方をしながら、実は、親が子離れできない
部分が多くの親にはあるのかもしれませんね。
ランチに話を戻します。
お蕎麦屋さんで娘たちと食べている時、二つ隣の席に家族4人が座りました。
お父さんとお母さんと子ども(小学校低学年の女の子と幼稚園くらいの男の子)
でした。ごく普通の家族です。しかし、食べ物を注文している時から、両親は
それぞれ自分の携帯電話を触っているのです(たぶんメールの打ち込み)。
結局、料理が運ばれてくるまで両親ともに子どもとは一言も会話をせず、向かい
合っているお互いとも目を合してなかったように思います。しかし、夫婦が喧嘩を
している様子でもありません。その光景が非常に不自然で、同じ子を持つ親
として何とも不安で、大人としてこの上なく不快でした。
数年後を想像すると、
あの子どもたちも自分の携帯電話を持つようになり、家族4人で出掛けても
それぞれの携帯電話だけを見て、それぞれ他人のように時間を過ごすのです。
家族って何なのでしょう ・・・ ? 親って ・・・ ? 子どもって ・・・ ?
やはり、最初の責任は ・・・ 「大人(親や先生)」 にあったのではないでしょうか。
今日、
私が見た若者たちの笑顔があの若者たちの本当に素直な笑顔だとすれば、
その同じ笑顔を自分の親や先生に日頃見せている若者は何人いるのだろう?
と、ふと思いながら踊りを見ていた私自身、親として、大人としての在り方を
再考すべきなのだろうと深く反省をした一日となりました。
■ こんたく堵 ■
何かに縋り
何処かに逃避しているのは
子たちではなく大人たちだろう
「子は親を映す鏡」 でなく
「子は親そのもの」 である
子は
親を正面から見てマネしているのではない
子は
親の後姿を素直ににコピーしているだけ
親は
それに気づかず子の足りないを指摘する
親は
自分で自分の足りないを指摘しているのだ
要は
親と子は鏡のように左右反対ではなく
同じ方向を向いている左右対称なのである
親が右手を上げれば子も右手を上げる
そのまんま!なのである
第五大成丸
帰省して自由に行動できる時間があれば、
私は家族とは別行動で出向く場所が数ヶ所あります。
「R250」 から行ける数ヶ所の港(港湾)や海岸線です。
今回の帰省は一泊二日だったので、
単独で自由に行動できる時間はありません。仕方なく、家族も連れて ・・・
今思えば、
子どもたちが小さい頃は、実家を拠点としてあちらへこちらへとよく遊びに行った
ものでしたが、ここ数年はほとんど同じパターンで数日を実家で過ごすだけの
帰省になっていました。子どもたちにとっては、楽しみというより家族の半強制な
参加行事として捉えるようになってきていたようです。
元々、
私はアウトドアが好きではなく、山や川へキャンプに行くという習慣もなく、一日中
海で仕事をしていた家業の影響なのか、夏になっても海に行きたいとも思わず、
子どもたちを海水浴にもほとんど連れて行ってやらなかったことに気づきました。
私が子どもの頃、
親父の仕事関係を中心に、親戚も含め大人数でバスをチャーターして、季節に
応じて、松茸狩りに栗拾い、梨狩りや葡萄狩り、花見に温泉 ・・・ などなど
あちこち連れて行ってもらったものでした。ただ、子どもの頃、酔っ払いの大人が
嫌いで、身内が団体で動いて盛り上がることに少しトラウマもあります。
その中で、
毎年、親父の船で写真にある 「家島諸島」 へ海水浴に出掛けたことは今では
大きな想い出です。( 今は海上保安庁がうるさいので無理ですが ・・・ )
おふくろたちがこれでもかというほど沢山作った弁当とビールやジュースを積み
出発します。麦藁帽子を被り、大人はなぜか皆、白いシャツに黒いサングラスを
掛けているのです。( これは昭和なイメージでしょうか ・・・ )
私は毎年、
その海水浴に一人二人友達を誘います。たぶん、その友達も未だに非日常な
想い出として脳裏に残っているはずです。船の舳先から海に何度も飛び込み
日が傾くまで遊んだことを ・・・ 。
実家が
「釣具屋」 の友達がいました。( 今も地元で親父さんの後を継いで釣具屋経営 )
その釣具屋の主催で毎年、大きな船をチャーターして一泊の釣り大会が行われ
ていました。その友達が私を誘ってくれたので何度か連れて行ってもらいました。
正直、釣りは好きではありません。どうも性分に合いません。ただ、その友達とは
波長が合い、親父さんとも話が合いましたので、一緒に過ごすことが楽しかった
記憶が残っています。( 釣りの好きな人の気持ちが少し解ったような ・・・ )
人間関係には
“波長” という感覚、たぶん、それぞれの価値観の確認が大きく影響を与えている
のではないでしょうか。それはお互いの好き嫌いだけではなく、自己主張や相手の
気持ちを汲むという人間としてのコミュニケーション能力にも波及しているような
気がします。子どもの頃に、できるだけその活動を活発にしておくことは重要だと
感じます。( 偏った人間関係が偏った人間性をつくってしまうのかも ・・・ )
家島諸島の写真は、
赤穂御崎に近い海岸線から撮りました。家族を連れて赤穂までドライブに ・・・
予約ができなかったナポリピザで有名な 「SAKURAGUMI」 に “ひょっとして” を
期待して行ってみましたが、あっさり断られました。( 次回、もっと早く予約を! )
仕方なく、坂越にある 「海の駅 しおさい市場」 へ向かいました。ここは、家業の
港湾工事で毎日仕事に来ていたところなので地元感覚です。埋め立てて綺麗に
整備された港を見ると、冬の寒い時期に親父と一緒に仕事した想い出が蘇ります。
さて、
子どもたちにはこのルートどう見えたのでしょうか?
海が見えて景色の良いドライブコース、という印象しかなかったかもしれません。
街では駅前の表情が変われば、街自体の印象は変わります。道沿いにあった
お店が変われば、街に集まる人の層も多少変わります。港や海岸線も同じです。
私はその変化の確認の為に、時間が許す限りクルマを走らせたいと思うのです。
街で街の変化を視るように ・・・
■ こんたく堵 ■
今、自分が辿っている道は
昔、誰かが切り開いて歩いた道だ
という感覚を常に持ちたい
一人では何もできないのだから ・・・
第五大成丸
毎年、盆と正月には実家へ帰省します。
今年もお墓参りを兼ねて家族で帰省しました。
今回、
上の娘はバイトが入っていて帰省できなかったのですが、嫁さんと息子が
同じ日に休みを取ることができましたので、珍しく家族4人がクルマに同乗
しての移動となりました。
ここ数年、
それぞれの仕事やプライベートのスケジュールが合わず、誰かが一日遅れて
電車で追い掛けて来たり、数時間の滞在でトンボ返りしなければならないことが
あったりと、最初から最後まで纏まって動くということができないことが多くなって
いましたので、クルマもゆったり7人乗れるエスティマから5人乗りのコンパクトな
ルミオンに乗り換えた(ECO換えした)という経緯がありました。ただ、乗り換えた
途端に、なぜか4人5人と纏まって乗ることが増えました。皮肉なものです。
さて、
ガソリン価格高騰の影響でしょうか、それともカレンダー(前半)なのでしょうか、
高速道路は例年ほどの渋滞はなく、意外とスムーズに流れておりました。まあ、
混んでも片道100㌔ほどの道のりですので、ひどく疲れたり我慢できないような
状態になることはないのですが、一応、渋滞でエアコンが効かなくなるなどの
可能性(ルミオンに4人乗車の車内環境)も考慮して、朝早く(5:00 a.m.)スタート
したお陰で、渋滞にはほとんど遭わず7時前には実家に到着してしまいました。
“涼しいうちに墓参りを ・・・”
ということで、荷物を置くとすぐにお墓へ向かいました。小学校の裏手、小高い
山裾にある墓地へは、お寺さん横の小道を通るのですが、毎年、お盆の時期は
木々に張り付いた蝉(セミ)たちが、これでもかというほど 「蝉時雨コンテスト」 を
開催しているものなのですが、今年は例年ほど鳴いていないような気がしました。
朝早かったせいか、それとも、温暖化の影響がここにも ・・・ そうだとしたら、
環境の変化が生態系にも深刻な影響を及ぼしているのかもしれませんね。
8時前、
お墓参りを済ませて実家へ戻ると、何故か、昭和時代の 「喫茶店のモーニング
サービス」 の話題となり、“昔、250円でコーヒーにトースト、サラダとゆで卵、
フルーツも付いてたかなぁ ・・・” と私が言うと、嫁さんが “うちの近所はもっと
すごかった ・・・” と、他人がやっているお店なのに、妙な自慢合戦となりました。
当たり前ですが、息子たちには全くイメージできないようです。
ということで、
「喫茶店のモーニングサービス」 を求めて動くことになりました。
すると、おふくろが “モーニングやったらええとこあるから行こや!” と ・・・ 。
「R250」 を西に向かうこと約20分、そこには、270席もあるビュッフェスタイルの
大きなバイキングレストランが ・・・ 私たちが求めていたお店とは全く違いました
が、朝7時半から11時まで、何と 「大人480円」 で食べ飲み放題(取り放題)です。
それは “ビュッフェレストランの破格で豪快なモーニングサービス” でした。
( こんな価格設定で儲け出てるのぉ ・・・ ??? )
店内は、
お盆休み(夏休み)ということもあり、小学生のいる家族連れでいっぱいでした。
街場にあるシティーホテルのランチバイキング以上のメニュー(品数)でした。
プレートに載りきらないほど料理を盛り付けている子どもたち、ロールパン・
クロワッサン・蒸しパンなどパン全種類を制覇している若い兄ちゃんと姉ちゃん、
何種類ものサラダにこれでもかというほどのドレッシングを掛けているメタボな
オヤジ群、家と同じ?ようにご飯とお味噌汁を食べておられるお年寄り夫婦、
大盛のカレーライスを両手に持って額に汗しているオバサン ・・・
それこそ、十人十色。 色々な人(家族)が存在するものです。( スゴイ!)
どちらかというと、
わが家は夜行性の家族ですので、朝からこれだけタイトに行動するのは
何年ぶりのことだったでしょうか。ただ、このお店の“モーニング風景” には
呆気に取られながらも、わが家族もそれなりに楽しめたお盆の早朝でした。
■ こんたく堵 ■
昔の諺、
“早起きは三文の○”
まんざら捨てたものではない
今日、「得」 ではなく 「徳」 が
当て嵌まったからかもしれない
第五大成丸
ヤバイです!
家の中が 「健康」 というキーワードに毒され始めています。
今回、
自身の不摂生が招いた結果とはいえ、半月以上も病が続くと情けないものです。
家ではめっきり “重篤な病人” 扱いです。そして、次から次へと食べ物や飲み物
の健康チェックが行なわれています。元々、肉しか食べないという偏食でもなく、
野菜や海藻、豆類中心の食生活は苦痛ではありませんが、さすがに何日も続くと、
調子が良くても、カラダの脂分が減って何となくカサカサしてきたような気分になる
ことは事実です。
昨日、
どうしてもカレーが食べたくなり、月に数回通っている 「インディアンカレー」 の
店先へ ・・・ しかし、さすがにここのカレーの刺激は弱っている胃に負担を掛け
そうでしたので、ぐっと我慢して何とか回避しました。そのまま帰宅するつもりでした
が、やはりちょっぴり刺激がほしいという気持ちは抑えられず、「船場カリー」 で
牛肉とご飯少なめなビーフネギカリーをオーダーしてしまいました。
今朝、
ちょっと心配だった例の胃の痛みや膨張感はなく、いつも以上に快調でした。
昼には、悪い癖で “今日は丼ものなら食べれるかも?” と独り言を言いつつ、
とあるお店へ ・・・ 親子丼をオーダー。鶏も卵もかなり久しぶりのような感覚です。
“折角やから、もうちょい旨い店に行けば良かった・・・” とちょっと後悔しつつも、
刑務所から何年かぶりにシャバに出てきて、飲食店にかけ込んだ人間のような
気分です。 ( まあ、そんな大層なもんやないし、そんな経験もないけど ・・・ )
というように、
少しずつ本来の不摂生な要素が顔をのぞかせている懲りないオッサンですが、
今回、病気になってから続けているものがあります。写真にも写っている 「青汁」
です。これまで、咽喉が渇くと子どもと同じように、意味なくジュースやコーヒーを
ガブ飲みしていたのですが、ミネラルウォーターと 「青汁」 を摂るようになりました。
思ったほど青臭さや飲み難さはなく、少しクセのある抹茶のような味ですんなり
飲めるのです。逆に、“ほんまにこんなんカラダにええのん?” という不信感すら
生まれます。まあ、疑うより信じて続けることが大事なのでしょうが ・・・ 。
現在、
飲み易い 「大麦若葉」 の青汁を飲んでいますが、「あしたば」 と 「ケール」 も
試してみようと思います。料理の素材選びや味付け、その料理に合うお酒を
セレクトするという仕事同様に、自身のカラダに合ったものをちゃんとカラダに
問い掛けながら見つけるという工程を自分なりに経てみようと思います。
早いもので、体調を崩してから10日が過ぎました。
今日は何とかPC前に座れましたので、病気の経過および
病気になって感じたことや発見したことををアップしたいと思います。
前回のブログアップは、流れというか ・・・ 勢いというか ・・・
22日、救急搬送され応急処置から外来病棟での検査と診察 ・・・
まるでツアー旅行に行って有名観光地を分刻みで見て回るような慌ただしい
体験をし、帰宅しても尚、気持ちが高揚したまま変なテンションでブログを
打ち込んでしまったかもしれません。しかし、そのテンションも数時間で終わり、
すぐにまた、あのシクシクとした痛みと不安が腹部全体を襲いました。
翌朝、
痛みは多少あるものの、前日のように我慢できないレベルは完全に脱して
いましたので、食事は抑え気味に摂ったものの、行動はいつもと同じように
開始しました。が、しかし、炎天下の大阪の街を2時間ほど歩き回っていると、
胃の膨張感とカラダの倦怠感が襲ってきました。即行で帰宅して検温すると
37.5°の熱があり、夕方には布団に入りました。そして夜、食事もできず痛みと
微熱が続きます。翌日も同じ状態が続き、少し精神的に疲れが出始めました。
26日、
変わらぬ病状に苛立ち始め、“薬が合ってないのかも ・・・” と勝手な素人診断で
その日は薬を服用するのをやめてました。が、結果、これが悪化させる一因だった
かもしれません。夜半過ぎ、またあの激痛と膨張感が襲ってきました。急いで処方
されていた頓服(痛み止め)を飲んだのですが、全く効く様子がありません。2時間
ほど我慢しましたが、改善する気配がありませんでしたので、またもや救急へ ・・・
救急では、
前回受けて週明けに結果が出る組織検査を待たないと大きな手当はできない
と告げられ、痛み止めの注射と点滴を打つだけの処置を ・・・ それでも少し、
カラダと気分が楽になり、何とか夜が明ける前に帰宅できました。それから2日間、
安静状態で自宅に篭っていました。気づけば、この一週間、酒はおろか、食事も
胃に負担の掛からない麺類や豆腐、消化の良い野菜を少量しか食べておらず、
たぶん記憶する限り、生まれて一番長くまじめに “摂生(節制)” した気がします。
( “食べなかった” というより “食べれなかった” という状態でしたが ・・・ )
29日、
微熱は続いていたものの、我慢できないほどの痛みはほぼ消え、自分で
クルマを運転して検査結果と問診を受けるために病院へ向かいました。悪性の
病巣がないかどうかの組織検査の結果は陰性でした。検査対象の部分に関しては
“大きな題はないでしょう!” という先生の見解でした。一応、ホッとしましたが、
腹痛の原因が見えないところにある可能性も含め、“CT検査をしておきましょう!”
ということで、31日に再検査となりました。
31日、
体調はこの2日でだいぶ改善されていました。(これは自己診断です)
病院に着くと直ぐに、検尿と採血に向かいました。ちなみに、この病院、カード型
の診察券を玄関口にある機械に挿入して受付表を取り出すところから始まり、
清算や薬の処方なども患者さん自身が機械を操作して済ませるセルフ方式に
なっています。私はまったくの機械音痴ではありませんが、それでも最初、少し
戸惑いました。当然ですが、病院ということでお年寄りの方も多いのですが、
意外と使いこなしている人が多いことに私は驚きました。
CT検査に向かいます。
半ドーム型の機械が前後に動きながら撮影をし、患部を輪切りに投影することで
臓器等に異常がないかを診る検査ですが、血管に 「ヨード造影剤」 という液体を
投与して尿管や胆管を造影することで、より正確な診断ができるということです。
造影剤を注入すると、カラダが異常に熱くなります。事前に説明はあったものの、
不安になるほど熱くなります。“吐き気や呼吸がしにくいようでしたら遠慮せずに
おっしゃってくださいね” と優しく言ってくれるのですが、実際、そうなったらどう
処置するのだろうか?といったことを短い時間の中で想像しながら私は仰向けに
なったままジッとして検査を受け終えました。検査結果は5日の予定です。
たぶん、何も問題はなく大丈夫ですよ!という結果になるような気がします。
やはり、原因はストレスなのか ・・・ ? ( これも自己診断ですが ・・・ )
今現在、
まだ体力は普段の半分程度しかないと思いますが、最初の一週間に比べれば
食事も食べられるようになってきましたので、“もう大丈夫!” という気分です。
まず動けるカラダに戻すことが先決ですが、今回の経験で気づいたことが多々
あります。その一つとして、これは私の仕事にも大きく関わることなのですが、
“「うまい!」 や 「美味しいもの」 は個々の味覚によって違う” ということは常々
周囲にも伝えてきたことなのですが、“同じ人間でも健康時にうまいと感じたものが
病気の時にはそうは感じないものである。逆に、健康な時には見向きもしなかった
ものが美味しいと感じることすらある。” と付け加えておきたいと思います。
そして、
健康な人に対する商品や食材あるいは味の訴求提案は街に溢れていることに
気づきます。逆に、病に伏している人への目線がいかに弱いかです。個人的に
ビジネスとして考える気はありませんが、カラダに良い食材やバランスを考えた
料理などなどといったレベルで収めず、ベビーフーズと同様に用途(病状)に応じた
「美味しい病中食」 を開発して、一食ずつのレトルトや冷食として市販されても
良いのではないかと真剣に感じました。( 何を食べればよいのか悩みました )
【 例:胃腸障害と微熱で食欲のない方向けの 「新発売!美味しい○○○」 】
今後は、
自分の体力や内臓を過信せず、歳相応に “摂生(節制)” したいと思います。
また、ストレスを溜めず前向きに考え行動するように頭も改善したいと思います。
そして、
心配して頂いた皆様にこの場を借りて、一度区切りとしてお礼申し上げます。
“心配をお掛けして申し訳ありません。ありがとうございました!”
まさに、このような姿勢でした!
今日、「胃カメラ」 を初体験しました。
心に何の準備もなしに ・・・・・
◆ 末娘が撮ってきた 「天王寺動物園」 の動物の写真を無断で拝借! ◆
昨夜、お通夜から帰ると、
嫁さんと息子は仕事で帰宅が10時頃になるとか ・・・
上の娘は大学の部活(サークル?)でいつ帰るやら ・・・
末娘だけがいつものようにリビングのソファーに “ドテッ” と ・・・
私 : “もう、晩飯食べた?”
娘 : “うん、適当にあるもん食べた”
私 : “(晩飯)何、あるん?”
娘 : “ハンバーグとさんまの一夜干しと ・・・”
私 : “また、カロリーと塩分高いなぁ~! 太るでぇ(笑)。”
娘 : “もう太ってる ・・・ (怒)。”
私 : ( “ジャンジャン!” )
といった感じで何故か面白おかしく末娘としゃべった。お通夜で神妙な気分に
なったためか、“ひとりでワインを飲むのもなぁー” と思い、娘が作ってくれる
酎ハイを飲みながら、「ナイター(野球中継)」 でなく、「月9」 に付き合った。
「CHANGE/主演:木村拓哉)」 が終わり 「太陽と海の教室/主演:織田裕二」
が始まったらしい。( キタぁー! )
ドラマを見つつ、2時間ほど経った頃、他の家族が一人また一人と家へ帰ってきた。
何となく疲れを感じていたので、今日の出来事を話すのも聞くのも苦痛に感じそう
だったので、私は自分の部屋へそそくさと退散した。
胃がもたれているようだ。少し横に ・・・ 余計にもたれた感じがして最悪の気分だ。
パソコンに向かいつつも集中できない。また、少し横になる。1時間ほど寝たの
だろうか ・・・ 時計は深夜2時。胃痛がひどくなっているようだ。冷汗なのか脂汗
なのか ・・・ 体中の毛穴から汗が噴き出して流れている。( こりゃヤバい ・・・ )
2日ほど前にも同じ症状があったが、その時は痛みが朝方には完全に治まった。
しかし、昨夜から今朝にかけては、一向に良くならない。より痛みが酷くなっている
気配すらあった。もう限界である。朝7時過ぎ、嫁さんが救急車を呼んでくれた。
消防署が自宅の約200m先にあるので、電話を切って約1分で到着した。早い!
( できればサイレン鳴らさずに来てほしかった ・・・ 近所の人にバッチリ見られた )
生涯、4度目の救急車乗車である。過去3度は事故と怪我であった。今回、
初めて病気での要請となった。さて、救急車に乗り込むと、当たり前だが病状を
聞かれる。昨夜からの様子を詳しく話す。隊員の方が携帯電話で搬送可能な
病院をあたりだす。1つ目の病院は急患(救急)で混んでいるようだ。2つ目は
私の症状を聞いて ・・・ だったのか、これまた断られた。3つ目の病院(救急
センター)は搬送可能なようだ。ただし、重篤患者優先なので、待たされることは
覚悟してほしいということだった。
センターに到着。ストレッチャーに乗ったまま、処置室まで運ばれる。アメリカの
テレビドラマ 「ER(緊急救命室)」 に影響されたかのような雰囲気が漂っていた。
あちこちに 「ER(Emergency Room)」 の文字があった。用意されたスリッパにも、
点滴をつり下げる移動可能な危惧にも 「ER」 の文字 ・・・ スタッフが一般外来の
治療室にいるスタッフよりかなり個性的だったのも印象的だった。
年配男性のメインドクターが痛みの具合や症状を何度も訊ねてくる。私は
黙っているよりしゃべっている方が痛みが和らぐので丁寧に詳しく説明した。横に
ついた若い女性スタッフ2名からも違う質問が飛ぶ。私は仰向けになったまま
右見て左見てそれぞれに答える。左側の女性スタッフがおもむろに私の左手を
掴んで血圧と採血、体温を計り、Tシャツをまくって心電図を ・・・
( 私は医療の仕事の役割や区分けについては詳しくないですが )
救急だけあって各スタッフの手際は良いと感じた。右側のショートヘアの若い女性
スタッフがエコーを当てた後、私に、“ズボンを少しずらして横向きになってください”
と告げた。私は言われるままズボンをさげて横を向いた。更に、“パンツも少し
ずらしてくださいね” と声がした。“ええ?” と返すと、“力を抜いてくださ~い” と
聞こえたと同時に、私のお尻の穴に異物が ・・・ 何か棒のようなものでグリグリ
されてしまった。( これは強制的検便だったのでしょうか ・・・? )
それから、点滴をつけたまま別の処置室へ
(救急時間のローテーションの為か)担当医が入れ替わった。新たに若い
ドクターが来て症状と経過を聞いてくる。私は少し煩わしさを感じたが、もう一度、
同じように説明した。すると、その若いドクターから、“症状からして、何かある
かもしれません。外来で精密検査を受けてはどうでしょうか?” と言葉が ・・・
私は言われるがまま、外来病棟の受付へ行き、あちこち検査室を回りました。
「レントゲン」 「エコー検査」 そして、「胃カメラ」 です。
( 救急で搬送され、心に何の準備もなく ・・・ そして長時間の検査を ・・・ )
「エコー検査」 では脂肪肝が広がっていることが判明。初体験の 「胃カメラ」 では
小さなポリープが一つ見つかったので、その内視鏡を使って摘み取ってもらい
ました。最終的に内科の先生の問診で、胃と食道の境目の収縮が弱くなっていて
( この状態を 「ヘルニア」 と言うらしい )、胃で消化されなかった食物と胃液が
食道に上がって行き粘膜や壁にダメージを与えて痛みを感じている可能性がある
らしい。詳しく見れば、それ以外にも色々あるようですが、結局のところ、私の
不摂生と不養生が原因で、胃の周りが崩壊寸前!だそうです。
最終的な診察結果と今後の治療方法については一週間後に ・・・ 。
朝7時過ぎにERに入ってから6時間強、病院を出たのは13時を過ぎていました。
昨夜、参列したのは会社の2代目社長(その後会長、ここ最近は一線から身を
引いておられた方)のお通夜でした。今日は告別式が執り行われましたが、私は
上記のような状態で行けませんでした。どうしても列席したかった告別式だけに、
自身の状態が本当に不甲斐なく ・・・ 。
私の所属する事業部とは直接関わりはないのですが、別会社というより親会社
というような位置づけの会社の前社長として、当然、影響はお持ちでした。その
承認や後押しがあって、私の事業部は進んだわけで ・・・ そして、それ以上に、
私が現場で店長をしている頃、自宅から遠いにも関わらず、奥様とご一緒によく
ご来店戴きました。御夫婦ともに少し濃いめの和風の味付けがお好みでした。
そして、お帰りの際には、必ずスタッフに笑顔で声を掛けて戴きました。その笑顔
は今でも私の脳裏に焼き付いております。また、会社で時々お会いした時にも
“いつもご苦労さん!” と、私ごときにも気軽に声を掛けてくださる腰の低い面も
お持ちの温かい社長(会長)さんでした。
享年89歳。ご冥福をお祈り申し上げます。そして、ありがとうございました。
夏の候、
わが家のダイニングカウンターの上には、
小さな魚 「コッピー」 が4匹、居候しております。
ペットとは言いにくい微妙~な存在なのですが、
それがまた、わが家にはイイ感じなのです。
【 COPPER FIN (コパーフィン) 】
愛 称 : コッピー
学 名 : タニクシス・アルボナベス
大きさ : 成魚 3㎝~4㎝
産 地 : 中国広東省白雲山周辺
寿 命 : 3年~4年
昔から動物は得意な方ではありません。
特に、爬虫類は全く受けつけないタイプです。
たぶん、虫類も全般的にダメです。
子どもの頃、
犬(拾ってきた雑種)と鳥(伝書鳩、文鳥、十姉妹)は飼ったことがあります。
ただ、どうも長続きしません。最初はいいのですが、散歩や餌やり、ケージの
掃除などがどうしても面倒に感じてしまうのです。ですから、大人になって(特に
結婚して)からはペットと云える動物は飼っていません。
唯一、
家族以外の生き物として何度か付き合ったのは 「金魚」 でしょうか ・・・ 。
そうです、子どもが縁日や祭りの夜店で掬ってきた、あの子金の 「金魚」 です。
前に住んでいた家では、3年ほど育った(生きていた)こともありました。
わが家には、身近で手軽な魚(金魚)あたりが一番、お似合いで相性が良い
のかもしれません。
8ヶ月ほど前、
花屋の店先に並んでいた小さなガラスの容器に入ったコッピー2匹を
嫁さんが買ってきました。1匹はすぐ死んでしまったのですが、残った1匹は
元気に泳ぎ回っていました。1匹になったといえ、小さな器の中で窮屈そうに
泳いでいる姿はやはり可哀想です。少し大きなガラスの器(ピクルスの瓶)に
棲みかをかえてやりました。普段は気にならないけど時々気になる存在、という
位置で暮らしています。( なぜか、水槽の水替えはいつも私の役割です )
先日、
水を替えてやるために別の容器を探していたら、また少し大きめのガラスの
器が出てきたので、それ(写真中央)に移し替えてやりました。が、いくら成長
したからといっても、1匹の小っちゃなコッピーにはその器は広すぎました。
非常に間抜けな感じさえします。嫁さんと子どもと顔を見合せて ・・・
( “もう1匹、買ってくる?” ・・・ ) となりました。
そして、
コッピーが2匹入った瓶(写真左奥)とコッピー1匹+小さな毬藻(まりも)が
入った瓶(写真右奥)と、なぜか、計2瓶(3匹)も買ってきたのです。もちろん、
みな一緒に入れても狭くはないのですが ・・・ 気になるのは、コッピーは小さな
魚ですが、意外と縄張り意識が強いという話ですので、勢力争い?があるかも
しれず、予想以上の “仁義なき戦い” に発展する可能性もあったりして ・・・
実際、
最初に買った2匹のうちの1匹が直ぐにあの世に旅立ったのも、それが原因
だったかもしれません。と思うと、すぐに合流させることに躊躇いが ・・・
とりあえず一日、器を3つ並べて様子をみることにしました。すると、あとから
買ってきた2匹入りの瓶の中で、大きいめのコッピーが小さいコッピーをいじめて
いるように見えます。広い場所ならテリトリー争いで済むのでしょうが、いかんせん、
この狭いスペースで、常に強い者が弱い者にちょっかいをかけ続ければ、必ず
ストレスで弱ってしまいます。
やはり、
このままでは危ないということで、その弱い方を先輩居候のコッピーが泳いでいる
大きな器に移してみることにしました。同じ結果になる可能性はあったのですが、
何となく、弱い方を1匹にすることに違和感があり、敢えて賭けに出ました。
( まあ、そんな大層な話ではないですが ・・・ 嫁さんと子どもは意外と真剣で !? )
最初、
お互い戸惑っている雰囲気でしたが、徐々に慣れてくると、お互いのテリトリーを
主張することなく、仲よく泳いでいるように見えます。今のところ、問題がないよう
です。この小さな生き物にも人間と同じように、「相性」 というものがあるようです。
“このコッピーは優しくて一緒に居られそう!” って思っているんやろか?と、意味
不明な言葉を嫁さんが発しました。“アホか!こんなちっちゃな魚がそんな感情や
脳みそ使って生きてるわけないやろ!本能!本能!” と私は笑い飛ばしました。
ただ、
“「相性」 って本能なのか?それとも ・・・ ” ということが妙に引っかかって、
10分ほどコッピーたちを眺めて考えに耽りました。仕事で数年、「相性」 を考えて
人事してきた視点とクロスオーバーさせながら、何となく、今後の目線という
意味でヒントを得た気がしました。そしてその時、どうやら私はニヤニヤしていた
ようで、娘が私に向かって一言 “何ニヤついてるん?気持ち悪るぅ~・・・” と。
今、
大きな水槽に2匹、小さな瓶2つにそれぞれ1匹ずつのコッピーがいます。
このまま波風立てずに時間を過ぎさせるのも一つ。逆に、あえて全部合流
させて共存にトライさせることも一つです。もう少し様子を見て合流させるか
どうかは決めたいと思います。
■ こんたく堵 ■
人は、他人と会ったその瞬間、
本能的に合う合わないの判断をしているかもしれない
でないとしても、誰しも 「相性」 の良い者を求め、
選び、残そうとする本能はあるのだろう
ただ、世の中そうそう自分の思うようにはならないもの
それも受け入れて楽しむべきだろう
第五大成丸
この7月を 「世界のナベアツ」 風に言えば、
七夕(たなばた)
G8(ジーエイト)
となるのでしょうか ・・・ ???
昨日は七夕でしたが、全国的に天の川は見えたのでしょうか ・・・ ?
織姫と彦星は、なぜ、この天気が悪く雨の多い時期に、一年に一度しか会えない
デートの約束をしたのでしょうか? ・・・ (少し意味不明なことを言っておりますが、)
今の暦でなく、旧暦(天保暦7/15)でみても、統計的に晴れる確率は50%程度で、
端から毎年は会えないということがわかっていたのではないか、と考えが巡ります。
七夕に降る雨を 「催涙雨(さいるいう)」 または、「洒涙雨(さいるいう)」 といい、
織姫と彦星が流す涙だと伝えられています。こうした伝説が、一層、悲しい恋物語
となり、女子やこどもたちは夜空に思いを馳せるのでしょうね。
悲しいといえば、
昨日から 「G8(主要国首脳会議/洞爺湖サミット)」 が北海道で始まりましたが、
今日は (1)世界経済 (2)地球温暖化 (3)食料・原油高問題 などを中心に討議される
ようです。ただ、昨日のアフリカ7ヵ国を含むアフリカ・アジアの貧困国対策、特に
食料問題の緊急性が高いということで首脳文書とは別に特別文書をまとめるという
報道がなされました。一方で、テレビ放送では、晩餐会で振る舞われた豪華で贅沢
な食事の内容が紹介されていました。ホスト国としてのもてなし、そして、「北海道」
という我が国でも有数の食材の宝庫を海外に紹介(アピール)して、国益を上げよう
という狙いはわらないでもありませんが、どうも納得できない部分と理不尽な気持ち
は残ります。何となく 「昭和」 の悪い部分が未だに顔を覗かせているようで日本人
としてはちょっと悲しい気分でもありました。
また、大阪の代名詞とも言うべき、道頓堀の 「くいだおれ」 は、今日、閉店です。
確かに、時代の大きなうねりが大波となって襲いかかります。ただ、その世間の
厳しい流れの中でも、利益優先でなく、創業者の教えを守り長きに渡り営業されて
きた姿勢に対して、私は畏敬の念を抱き、高く評価されるべきものだと考えます。
3代目?になるかもしれなかった御子息(創業者のおじいさんと同じ名前?の方)と
またまた宴席をご一緒させて頂いたことがありました。その時に、この苦労話を
聞いた経緯があります。また、私は同業者として、この 「閉店」 という世間の仕打ち
ともいえる結果に心が痛みます。大阪という街はそれだけのものか ・・・ と。
( 仕方ないのかもしれませんが、“大阪らしさ” がまた一つ消えていく ・・・ )
「くいだおれ太郎」 くん、「くいだおれ次郎」 くん、
そして、関係者・従業員の皆様、長い間、ほんとうにお疲れ様でした!
「情」 や 「絆」 で動く時代ではないことは理解していますが、
自身の周りを思いやる心は忘れてはならないと感じます。当然、一方的に
いくら思いやっても、相手には伝わらない(勘違いされる)ことも多々あります。
また、困っている人々に言葉を掛けることは大事なことですが、逆に、言葉を
掛ければそれで役割を果たしたという勘違いは一番最悪だと私は思っています。
では、どうすれば良いのか?
・・・ 自身が最善と思える考えで、自身が最善と思える行動をし、自身の考えと
行動に共感してくれるブレーンと力を合わせる ・・・ それしかありません。ただ、
それが国レベルともなれば、それぞれの思惑(国策)があり、代表者の保身も
含め、特に大国は国益という枠を嵩にして駆け引きを行ないます。当たり前ですが、
そのような柵の中で、地球規模で “良くしよう!” などという考えが纏まるわけが
ありません。ということで、今、「G8」 の必要性が問われているのだ感じます。
( 大阪の 「くいだおれ」 は必要だと思うのですが ・・・ )
私はリベラルな位置でものを見る方だと思うのですが、
それでも今の世界の流れが危ないと感じます。これだけ悪化している地球環境や
マネーゲームでしかビジネスを見ない層が世界経済を動かしている今の時代は
私利私欲主義の局地であり、先に希望が見えなくなっています。日本でも問題と
なりつつある、格差(あるいは貧富の差)が広がり、そこから大きな問題が起こり
得ると予想できます。
しかし、なぜ日本では海外(他国)のような大きなデモや暴動が起こらないのか?
・・・ たぶん、日本特有の情や絆を大切にする日本人DNAがそうさせているのだ
と私は思ったりします。言い換えれば、「情」 が 「気遣い」 となり、「気遣い」 が
「容赦」 となる。「絆」 が 「信用」 となり、「信用」 が 「信頼」 となる。その 「容赦」
や 「信頼」 が時間とともに 「他人依存」 に変わってしまったのだと思います。
反面、誰かがユニフォームを着て太鼓を叩き、フラッグを振って、みんなに団結を
呼びかけると野球やサッカーをはじめとするスポーツの応援のような一致団結が
簡単に行なえる層も存在するのです。
そうした環境で生まれ育った世代には、元々自主性がなく、リーダーシップが中々
とれず、自身はじっとしていて、誰かが何かを言ってくれるのを待っている、という
現象が広がっているのかもしれません。ですから、昔とは意味は違いますが、
日本では大きなデモや暴動が起こらないのではないでしょうか。 ただしかし、今後
状況が好転しなければ、“キレる世代” が思いもよらぬ行動を起こす可能性は否定
できません。起こってからでは遅い気がしているのは私だけでしょうか ・・・
「勝ち組」 や 「負け組」 という表現も、「先進国/後進国」 以上に歪みを生むもの
だという認識を持たなければ、「海」 という後進国や負け組が 「陸」 という先進国や
勝ち組を自然侵食する(海の水が増えれば陸は沈む)事態になりかねません。
私は最近、歳のせいか、「情」 や 「絆」 を今一度、見直すべきだと感じています。
もちろん、宗教や思想的な考えではなく、ナチュラルな日本人の感情として ・・・ 。
■ こんたく堵 ■
周りに存在する全ての人や状況を見据え
「己に何ができるかではなく、己が何をするのか」
シリアスに考え、アーネストに行動しなければならない
今、あえて “恩愛の情” に絆されてみよう
今、そういう時代なのだろう ・・・ 。
第五大成丸
日本酒の一升瓶ではありません。
イタリアのスパークリングワイン(スプマンテ)です。
ちょっと大きめ ・・・ 普通サイズの4倍です。
左側のボトルは 「フルボトル(750ml)」 です。
右側のボトルが 「ダブルマグナムボトル(3,000ml)」 です。
やはり、迫力があります。
お店へのお土産やお祝いにすると喜ばれます。
昔、一緒に組んでいた料理長が西宮でお店をやっています。陣中見舞いです。
私に何の連絡もなく、最近、オープンしたようです。(怒)ちょっと文句を云いに ・・・
これが3店舗目のお店です。前の2店舗は既に畳んでいます。
誰よりも綺麗好きで、誰よりも間違いのない仕事をする反面、
瞬間湯沸器のような気性、気まぐれ、気まま、我がまま、飽き性 ・・・
“どうしようもないオッサン” です。ただ、業界人らしい業界の男です。
二人で小一時間、他愛もない話をします。
気を使わなくてよい数少ない元同僚で友人です。いつも何となく癒されます。
今日は仕込中です。近いうちに食事に来る約束をして店を出ます。
たぶん、
次回行った時には、カウンターに置いてきたこのワインはもう空っぽでしょうね。
( 客には出さず、仕込みしながらオッサンが飲んでる姿が目に浮かぶ ・・・ ??? )
お店とオッサンの詳細紹介は、
次回、食事レポートして 「二升五合」 で辛口評論を行ないたいと思います。
昔、父の日に “ありがとう!” なんて親父に言葉を贈っただろうか?
気恥ずかしくて面と向かって言えなかったし、そういう時代でもなかった。
今の自分は、“ありがとう!” と言われるような親父ではない気がする ・・・ 。
父の日ということで、娘から小さな小さな 「まねき猫」 をプレゼントされました。
わが家では、皆で祝うお正月のような大きな行事以外は自己判断にしています。
でないと、それぞれの誕生日や入学・卒業、記念日等々キリがありません。
もちろん、父の日も例外ではありません。気が向いたり、余裕のあるヤツは何か
プレゼントしてくれたりしますが ・・・
私からは “(私の)趣味やないもんとか、使われへんもんは何ぼくれても嬉しないし
無駄遣いになってもったいないから買ってこんでええよ!” と言っていますので、
まあ、よっぽど買う本人が気に入って、私の趣味に近いと判断したものしか私には
届きません。
日曜日は別段の予定はなかったのですが、
近所にある改装中のイオン系ショッピングセンターのテナント何店舗かが改装を
終え、リニューアルオープンしているということなので買い物がてら出掛けました。
両端2ヶ所に分かれていた食品売り場を1ヶ所に集中させて、中途半端だった
フードコートを拡張して、その移動して空いた食品売り場跡スペースに持って行き、
フロアに点在していた雑貨屋さんもその隣のスペースに埋め込んでおりました。
改装前より、買い物がしやすくなるであろうという動線を敷きつつ、ざっくりとした
カテゴリーでエリアを分け、しかもポイントでボリュームを持たせるような店舗作り
をしているようです。動線を重視したエリアレアイアウトのリノベーションです。
( 話が少し仕事よりになってきたような ・・・ )
その雑貨屋群の中に、かわいい新参の 「縁起もの専門店」 が入ってましたので、
覘いてみました。「招き猫」「ふくろう」「福助」「かえる」「金魚」「だるま」「つる・かめ」
「なす・かぼちゃ」「大黒天」 などの縁起ものの置物やアクセサリーから始まり、
手ぬぐい、風呂敷、クッション、スリッパに便座カバーや手提げのバッグなども
ありました。写真のまねき猫はその中にあった置物の一つで実は私の催促です。
“最近、ええことないし、何か縁起が良うなるもん、父の日やからほしいなぁ~”
と上の娘に聞こえるように大きめの声で囁きました。まったく反応がありません!
“こんな大っきいヤツはいらんけど、せめて、この小っちゃい招き猫でええから
ほしいなぁ~” と今度は店員さんにも聞こえるように言いました。すると、上の娘は
“わかった!わかった!” とレジへ ・・・ 別に欲しかった訳ではないのですが、
他人をも巻き込んだ、「大阪的わが家の正しいコミュニケーション法」 というところ
でしょうか ・・・ 。
■ こんたく堵 ■
記念日の日付やプレゼントが大事やない。
家族や夫婦が一緒に関われる時間そのものが
肝心やということやろぅね 。常にコンタクトを!
第五大成丸
今回、
山陰(鳥取)と山陽(岡山)の旅では時間の見通しが甘く、予定していた
訪問地やルートは半分程度しか廻れず、ある意味、行き当たりバッタリの旅
になってしまった感は否めません。
ただ、ツアーのお決まりコースを巡って “良かった!良かった!” というような
観光目的ではなかったので、イレギュラーな部分も含め、自身で何かを感じる
ことができた旅であったなら、それはそれで収穫として良しとしなければならない。
都会の街と同じように、地方の港町でも朝の顔と昼の顔は違います。
もちろん、夜の顔ともなれば全然違う表情を浮かべることもあります。都会ほど
着飾ったり元の顔がわからなくなるような化粧を施すことはありませんが、
それでも、全く違った顔に見えることもあります。そして、それは見る方向に
よっても違うということを忘れてはならないのでしょうね ・・・ 。
翌日、高校時代からの友人とランチに行きました。残念ですが “男” です ・・・。
お互いの家業が工事関係で関わりがある仕事をしているK西というヤツです。
高校1年で同じクラス、私は野球部、ヤツはサッカー部でした。その後、私が
野球部を辞めてサッカー部に ・・・ もう、それから30年以上の付き合いです。
高校卒業して、ヤツはコック(今なら料理人やシェフなどという言葉)になる為、
大阪へ出て調理師学校へ ・・・ 私はアルバイトをあれこれした挙句に家業を ・・・
その後、何を間違えたか、私が大阪へ出て飲食業に ・・・ ヤツは実家へ帰って
家業を ・・・ “人生いろいろ” ということでしょうか。
お互い、それぞれの仕事は熟知していますので、仕事の話を一番しやすい友人
でもあります。私はあまり友達を作らない(いらない)方ですが、それでも30年来の
友人が数人います。中でもヤツは本音を言い合える数少ない親友かもしれません。
今回、私が米子から “ちょっと、相談あんねんけど明日会えるか?” と連絡を
入れると、“明後日やったらええぞ” との返事。“明日は無理か?” と聞き直すと、
“今、入院してるんよ。明日あたり退院できる思うんやけんど ・・・ ” と、まあ何と
ノー天気な話か。よくよく事情を聴くと、足を複雑骨折して2ヶ月半ほど入院して
いたようで、足に入れていたボルトを外す為、数日前から再入院しているようです。
( 偶然ですが、私の職場にもそんなヤツが ・・・ )
話せば長くなりますが、男兄弟3人で親の後を継いだ家業を2年ほど前に廃業した
あと、ヤツは近所で同じ仕事をしている知り合いの現場に手伝いに行っていたよう
です。その現場での事故 ・・・ その所為もあってか、働いていた職場は自ら辞めた
ようで、“今、無職やねん” とのこと。私の相談を優先していいのか?と思いつつ、
そこは長年の “ツレ” です。お互い、どちらがより深刻かはトーンでわかります。
“足が化膿するから酒飲まれへんのやろぉ?昼めしでも付き合えや” と私が言うと、
“酒はべっちょないわい!それより昼間っから飲めるええ店あったかいなぁ?” と。
何の心配をしているのか?と言いたくなるような返答に、私は思わずほっこりした
気分になったのは事実です。
近所で評判の 「イタリアン」 へ行きたかったのですが、あいにく定休日。。。
仕方なく、これまたご近所ですが、ランチでチェックしていた 「ブラッセリー」 へ
( 軽いフレンチのセットメニューに自家製焼き立てパンがセルフで取り放題のお店 )
当たり前ですが、ランチタイムはご近所の奥様方とOL・女子大生のたまり場です。
背中を丸めてポケットに手を突っ込んだオッサン二人はあまりにも場違いで ・・・
しかし、オーダーをした瞬間、お店の女性スタッフの見方が変わったはずです。
それこそ当たり前ですが、二人とも業界をよく知っていますし、うまいもんはもっと
知っています。そのお店で何をオーダーすればスタッフが喜ぶかも判りますよ。
“そこらのただのオッサンちゃうで !! ” てなもんです。まあ。そんな大層なもの
ではありませんが、周りのお客さんのほとんどが喫茶店と勘違い?しています。
まずは、ちゃんと 「ブラッセリー」 としての評価ができるようなオーダーをすることが、
最低限の礼儀ではないでしょうか。( “茶” が飲みたければ喫茶店へどうぞ! )
まずは食前に水?(ビール)を2杯ずつ。( スタッフのお姉さんには了解済みで )
ランチの前菜時には白ワイン、メイン時には赤ワインをスタンダードにセレクトして
オーダーです。“ただの酔っ払い?” という厨房あたりの噂も払拭できたのでは
ないでしょうか。このお店、ワインとパンとコーヒーとスタッフは良かったです。ただ、
残念なことに料理が ・・・ “もったいない!” という感想しかありません。料理以外
は非常にレベルが高いお店なのに ・・・
( 今日は食べ歩きやミステリーリサーチではありませんのでした。スミマセン! )
私は今回、今の仕事(業界)に対する見方や今後の自分の動きについてわりと
熱く語りました。すると、珍しくその話を真剣に受け留めて聞いてくれる “ツレ” の
姿がありました。どこかで “オチ” を付けなければ、どんどん真剣から深刻な話に
なっていきそうな空気です。さすがに、それは私のパターンではありません。
“まあ、そんなこんなで色々あんねんけど、また電話(相談)するわ!” と言って
その日は別れました。次回は、“ツレ” をぎょうさん集めて、新たなビジネスの
プレゼンでもして出資でもさせてみましょうか ・・・ 。( 冗談ですが ・・・ )
たまには、田舎の “ツレ” と話すのもいいものだと久しぶりに感じた自分が
そこに居たこともまた事実です。
やっぱり、いつでも同じ温度で話せるヤツらの存在は大っきいですよね。
さて、大阪へ帰ります。もちろん、神戸までは 「R250(浜国)」 を通って ・・・
「爽やかな日曜日」
“爽やかな日曜日” という空気があちこち飛び交って充満している。
珍しく、私は公園を散歩したくなった。苦手な湿度が低いせいかも ・・・
ただ、昼間の公園はやたらと眩しい。
最寄駅の次の駅のすぐ近くにある大きな公園だが歩いて行くには遠い。
帰りに買い物をすることを言い訳として考えておき、そそくさクルマで出掛ける。
クルマを駐車場に入れて公園へ向かう。公園内は散歩されている老夫婦が多い。
大きな池があり、釣り人が静かに糸を垂れている。のんびりとした休日である。
公園内に 楽器を演奏する音が響く
「青少年野外コンサート」 が開かれている
末娘の吹奏楽部も演奏するという
昨年も ここでコンサートがあった
“ありえへんくらい暑かった!” と
文句を言いながら帰ってきた記憶が甦る
いつもは まず行かない演奏会
嫁さんも上の娘も行かれないようだ
ひとりで黙って聴きに行くことに
天の邪鬼なのかもしれない ・・・
行ってすぐに娘に見つかってしまった
中央あたりに座ってサックスを吹いている
上手いのか 下手なのか わからない
演奏が終わると 娘の顔も見ず
背中越しに手を振って その場を離れる
変わり者のオヤジなのかもしれない ・・・