「R9」 から 「R29」 へ
鳥取市内は少し混み始めている。
陽があるうちに峠の近くまでは走りたい。
「R29」 里の道に入った途端、クルマが極端に少なくなった。というより、前を
1台の4t トラックが走っているだけで、その前にも、私の後ろにもクルマはいない。
そのトラックに追走する。同じペースで走ってくれるクルマは好都合である。
前を気にしないで脇見ができる?もちろん、事故は起こさないようにだが ・・・ 。
過去の風景をフィルムに焼き付けた状態で記憶から引き出しておく。
そして、今見えている風景も同じカットのフィルムに焼き付けて切り抜く。
2つの風景のフィルムを貼り合わせてみる。
道の右側、山のふもとにある家々は昔と同じように思える。
道の左側、田んぼと畑もそう大きくは変わっていないだろう。
視野に入る山や川の景色も変わっているようには見えない。
何が違うのか? どう違うのか? ・・・ よくわからない。
よくわからないが、やはり、何かが違う。
夜の帳が下りようとしている。もう少し待ってほしい。
この風景を脳裏に焼き付けておきたい。未来のために ・・・ 。
もうすぐ峠。
やたらと道が暗い。
夜7時は過ぎているが、8時にはまだ時間があるのに ・・・
それにしても、やたらと道が暗い。
峠付近は目ぼしい明かりが無いので当然ではあるが ・・・
どうでもいいが、やたらと道が暗い。
何故だろう?
わかった!
やっとわかった!
対向車だ ・・・ 対向車の明かりを見ていない。
「R29」 1時間以上走っているが、何台の対向車があっただろうか?
大袈裟な話ではなく、ほとんど対向していない。山陽地方へ営業に行っていた
帰りの社用車と地元の軽トラ数台と行き交ったくらいではないだろうか ・・・ 。
→ → → → → → → → → → ← ← ← ← ← ← ← ← ← ←
明らかに峠を越えるクルマが減ったってことやん。
目的地が決まったら、早う着く方法を選択するねん ・・・ 皆、そうらしい。
多少の費用は厭わんし結果が全てやん。って考えかた ・・・ 皆、そうらしい。
昔、皆が世話になったこの道
昔、皆が世話になったこの道はどうなるんやろぅ ・・・
“冷たいなぁ~” とは言わへんけど、
労をねぎらってやっても罰は当たらへんと思うよ。
偶に通ってやっても罰は当たらへんと思うよ。
黙って使うのはやめとこうや!
黙って捨てるのもやめなあかんで!
人も道も同じはずやから ・・・
潮の香りがする道が好きなのだろうか
波の音が聞こえる道が好きなのだろうか
無性に国道9号線を走りたくて ・・・
鳥取から西へクルマを走らせる
夕暮れが近づき右手の日本海は
水面を夕日がキラキラ揺らしている
その向こうにかすかに見えるのは
綺麗なカーブを描いてみせる弓ヶ浜
境港を渡れば白い灯台の美保関
あともう少しで米子に到着
昔、
人に 感謝 する気持ちを言葉で伝えるのは
好きな女子に街で偶然出会うのと同じくらい面映かった。
たぶん ・・・
今も、
ストレートに言葉で 感謝 を伝えられるような人間やない。
ただ、
ちょっとだけ アタマ で解ってきた気がする。
ちょっとだけ カラダ に沁みてきた気もする。
たぶん ・・・
出会った人 みんなに
理屈やのうて 素直に
・・・ 感謝。
今日、この風景に出くわしたのは偶然 ・・・ ? それとも必然 ・・・ ?
最近、すこぶる体調が不良です。
胃が痛くなったり、胸が悪くなったり、手足がしびれたり ・・・
病院で診てもらいますが、原因よりも病状がハッキリしません。
痛いところや悪いレベルが日替りなのです。数値が悪い肝臓関係かもしれません。
ひょっとすると、腎臓かすい臓かもしれません。まあ、このような状態が続くようなら、
近いうちに精密検査を受けてみますか?と医者から言われていますが、もう少し
様子を見ます。自己診断ですが、たぶん ・・・ ストレスです。
そして、もう一つの可能性は、
身内や知り合いに何か起こっている、または起ころうとしているのかもしれません。
別に、“怖い話” ではありませんが、“虫が知らせる” というやつです。
( やっぱ怖いかも?ですね )
昔から、何度かそういうことがあります。
仕事中、ズボンと靴下が濡れるほどやたらと左足だけ汗を掻くので、
何となく気にしていたら実家から電話が入り、弟が左足を複雑骨折して入院した
ということがありました。親父が入院した時も、親類縁者が亡くなった時も ・・・
ここ最近、仕事関係の人の事故や入院が続いています。
しかし悲しいかな、見舞いに行くとか気遣うとか自分にできる対応しかできません。
それがまたストレスに繋がることもあります。何らかの縁で自分に関わっている
すべての人が幸せになってほしいと素直に思えば思うほどやりきれなくなります。
特に、若いスタッフに怪我や予期せぬ事故など起きると ・・・
一期一会の縁を大切にしなければと思うのは歳のせいかもしれません。
ただ、その気持ちを持って日々人と関わることは間違いではないはず ・・・ 。
4月に入り、大阪も桜が満開になりつつありますね。
“何故、日本の 「年度初め」 は4月なのか?”
という疑問がテレビのニュースか番組の中であったのですが、どうやら、
日本の主食である 「米」 の収穫時期?などが影響していたらしい ・・・ 。
まあ、そんなことはどうでもいいと思えるほど、この季節に咲き誇る 「桜」 は
美しいと感じます。別れの卒業シーズンから入学や入社の出会いの時期になると、
それを祝うかのように 「桜」 は咲き始めます。年度初めがこの4月で良かった
と感じるのは私だけでしょうか ・・・ ?
確かに花の咲いている期間は短いのですが、その短さが余計に 「美しさ」 を
印象づけてしまう 「桜」。やはり、日本人の心を象徴する花ではないでしょうか。
街を歩いていて初めて出会った人を見て、
“ この人とはもう二度と会うことがないかもしれない ・・・ ”
と思うことがあります。たぶん、その確率は高いでしょうね。ですから、出会いは
貴重であり、“ この人ともう一度逢いたい ・・・ ” と感じたなら、行動を起こして
おくべきではないでしょうか。
若い頃、そういう場面で行動せずに後悔したシーンが幾度かありました。
お互い目が合った瞬間、それを感じ合ったのですが振り返れずそのまま ・・・
これが 「青春」 だったのかもしれません。“青い春” の淡い想い出です。
桜には来年も出会えますが、
街で見かけた 「気になる人」 にもう一度出逢える可能性は低いものです。
さあ、もう一度出逢う約束をしますか ・・・ それとも、淡い想い出にしますか ・・・
桜 ・・・ 。 さくら ・・・ 。 サクラ ・・・ 。 SAKURA ・・・ 。 櫻 ・・・ 。
日曜日、後輩(元部下の “P” )がわが家にやって来ました。
▲ これはホラーではなくPパロディーです。何卒、ご了承の程、宜しくお願い致します▲
Pはフガフガと鼻息の荒いヤツです。Pは未だに人見知りをすることがあります。
Pは皆の前ではうまく泳げないタイプかもしれません(時々目は泳ぎますが ・・・ )。
しかし、Pは551のように “有る時(明るい時)” は、中々面白くてええヤツです。
逆に、“無い時(暗い時)” は、ちょっと難儀なヤツになったりします。分かり易い
“危ないヤツ” です。知り合ってもう何年になるのでしょうか ・・・
二人目の子供が生まれた(おめでとう!)という報告と仕事の近況報告に
来てくれました。子供が生まれてテンションが上がっていることを差し引いても、
今回、一段と様子が怪しいです。(テンション高かっ!・・・ 何かあったんかいな?)
まあ、兎にも角にも久しぶりですし、
わが家のメンバーも全員揃っていますので、まず、泡もので乾杯しましょう!
何故か、Pはうちの家族と相性が良いようです。
Pは少し変わり者です。うちの家族もたぶん同類です。だから気が合う!・・・?
今、Pは1つのお店を任されているようです。(何と、店長のようです!)
まあもちろん、そういう年齢ですので自ら手を挙げてでも役割を担わなければ
なりません。誰かに評価されるのを待っているようでは、チャンスは掴めませんし、
いつまで経っても埒が明きません。Pは将来的に自分のお店を持つことが
(現実的な)夢ですので、今の苦労はそれこそ買ってでもすべきだと私は思います。
話が弾み、お酒もススミます。
スプマンテ(アダミ)とカヴァ(モンサラ)はあっという間に空いてしまいます。
「大山ハム」 の生ハムが旨かったです。特に、生ベーコンはイケましたねェ。
また、やっと買えた 「ル・シュクレ・クール」 のハードタイプのパンたちは、
表現がおかしいかもしれませんが、“コクのある大人の味” で旨旨です。
北摂でトップクラスの人気と評価は理解できます。また 「家WINE」 でも改めて
紹介しますが、(写真にはありませんが)ハードなチーズをつまみながら、
家セラーに残っていた赤ワインもあっという間に開いてしまいました。
「シャトー・プピーユ03」 と 「グルフィ ロッソイブレオ06」 です。
そんなにワインを飲むと思っていなかったのでワインはこれでネタ切れです。
次は焼酎と梅酒にシフトします。話も盛り上がり気づけば23時を過ぎました。
わが家のメンバーも次の日に備えてそれぞれ動き出します。何故かPは酒が強く
なっているようです。以前なら、もう目が虚ろになってくる時間帯です。店長に
なってやる気や責任感ができたのか ・・・ まだ、しっかりした目をしています。
意外です!
Pも明日は仕事です。
私が声を掛けます。 “もう電車無くなるで~。”
Pが答えます。 “大丈夫です、タクで帰りますから ・・・”
わが家の家族はそれぞれ部屋に入って寝たようです。時計は3時です。
それから更に、二人はうたうた言いながらビールへとシフトします。
夕方の5時に来て6時から飲み始め、翌朝の5時まで約半日飲んでいたことに
なります。今度は奥さんと子供二人を連れて遊びに来ると約束したところで
今日はお開きです。
結局、Pは始発に乗って帰っていきました。
飲食業界人の悪いところです。ナンセ、呑みだすと全く節制がありません。
まあ、Pとは久しぶりに家族や仕事の話をじっくりできましたので、私にとって
悪い時間ではありませんでしたが ・・・ 。
Pの業界でのこれからの活躍に期待しましょう! ガンバレ!
早いものです。
わが家の女性陣に “ついでにもらった 「チョコの日」 ” から1ヶ月。
もちろん、気分はのりませんが ・・・ とにかく “お返し” です!
これは娘用です。( 「さがほのか苺のタルト」 です )
何か上にのっていないと文句が出そうなので一応 ・・・
( これって、もらった分の何倍返しやねん ・・・ ??? )
これは嫁さん用です。( 私も一つ食べました )
ここのミルフィーユはうまいです!たぶん北摂で一番好きです!
( 吹田にある “ミルフィーユ” が旨いケーキ屋さんの看板商品です )
吹田に住んで4年になります。やっと、吹田・豊中・箕面あたりの土地柄が
わかってきたようです。車で走っているだけでは気づかないものですが、
その土地にあるスーパーや商店街、飲食店やこうしたケーキ屋さんなどに
興味や目的を持って実際に足を運ぶことで、本当の “土地柄” が見えて
くるものです。
約15年ほど住んでいたお隣の茨木市とは、良い意味でも、悪い意味でも、
全く違います。若い頃(23歳頃)、江坂のCafe、北千里駅前のうどん屋さんや
箕面警察内の食堂で働いていたことがあるのですが、街の風景や空気感は
その頃の印象とさほど変わっていません。ただ、この歳になってその土地に
住み、その土地柄に触れることで、その土地の “根本” の部分が何であるか
に気づく楽しみを感じます。どこの街にも歴史と文化はあるものです。そして、
その発信は、常に 「人」 が行なっているということにも興味は湧くものです。
「バレンタインデー」 も 「ホワイトデー」 も
お菓子業界の過剰な “仕掛け” があることは否めませんが、それも 「文化」
として捉えてしまえば、未来にはこの国の 「歴史」 となって語られるのでしょうね。
まあ、それも色褪せている地球規模で見ればいいのかもしれませんが ・・・ 。
いずれにせよ、今、この国が幸せであることは間違いありませんよね。
ご馳走さまでした!
今日は雛祭です。
そして、末娘の誕生日です。
3月3日
野郎しか居ないような環境で育った私にとって、結婚して娘が生まれるまで
「雛祭(ひなまつり)」 は、生きていく上で無くても差し障りのない日でした。
上の娘が生まれた時には、まだ、お袋(おばあちゃん)が “孫可愛さに雛人形”
というだけだったのですが、さすがに、下の娘が生まれてからは、私の認識も
少し変わったかもしれません。ただ、世間共通の行事(正月やクリスマスなど)に
生まれると、どうしても “一緒くた” にしてしまい、本人はかわいそうですが ・・・ 。
子供3人の誕生日には、それぞれ 「ダメ親父エピソード」 があります。
一番目の子供(長男)が生まれた当時、私は飲食店で朝から夜中まで約16~17
時間働いていました。その為、嫁さんや家の手伝いは全くできず、初めての出産
ということもあり、実家に帰すことにしました。しかし、嫁さんのお母さん(義母)は、
女手ひとつで3人の子供を育てきて、その当時もまだ働いていましたので、私の
実家へ行かせることになりました。今思えば、嫁姑の関係もあり大変だったのだと
思います。( 男はそこらへんも疎いものですから ・・・ )
予定日前に嫁さんから電話がありました。“ 丁度、仕事休みの日にできるかも。 ”
“休みには絶対に帰るわ!” と私は約束しました。しかし、その前の夜(夜中)、
仕事が終わって、同僚から誘われて飲みに ・・・ 家に帰ったのは朝方でした。
爆睡していた私が起きたのは昼頃、お袋からかかってきた電話の呼出音でした。
“何しとんな!(田舎の方言)” お袋が受話器の向こうから大声で叫んでいます。
“何?” ・・・ 私は寝ぼけていました。“生まれとうで、早よ帰ってこいよ!” 私は
顔も洗わず、すぐに実家へ向かいました。夜明け頃に生まれた息子に最初に
会ったのは日も傾き夕暮れを迎えていた頃でした。
( 嫁さんに “ゴメンな!” と一言残して、大阪にトンボ帰りでした。 )
それから約1年、
二番目の子供が生まれた頃、何と、私はプー(無職)でした。
自分の事(スキルアップ)だけを考えて、店(飲食店)を渡り歩いていた時期だった
のですが、“いつまでもこんな考え方(損得)でええのか ・・・” と自問自答をして、
自分の人生観を見つめ直していた頃だったと思います。学生時代から仕事を
していないことが無かった私にとって、初めて遊んでいた(無職の)数ヶ月でした。
長男の時のこともありますし、二番目は嫁さんの実家(近所の病院)で生むことに。
遊んでいる身としては、今回は絶対に近くで見守ってやろうと考えていました。
予定日の前日から嫁さんの実家へ行き、早目に病院へも到着しました。医者から
“もう少しかかりそうですね(明日かも) ・・・” という話があり、義母から着替えを
取ってきてほしいという伝言もあり、私は再び嫁さんの実家へ ・・・ 叔父さんから
“まだか?” と声が掛かりました。“まだみたいです(明日かも・・・)。” と返すと、
“一杯飲むか?” ・・・ 酔いが醒めて病院に向かいました。受付の看護婦さんから
“お父さん、おめでとうございます。” ・・・ また、やってしまいました!
( 嫁さんに一言、“ご苦労さん!?” ・・・ 意外や意外、怒られませんでした。 )
それから約7年、
三番目の子供は、嫁さんの慣れもあり、家の近くの病院を選択しました。
もちろん、私は仕事に出ますので、予定日の2日ほど前にはお袋を呼び、子供たち
の簡単な身の回りのことを頼みました。いよいよ予定日(3/3)です。今回は誰かに
誘われても飲みに行きませんし、家でも飲みません。いつでも病院に行けるような
体制をとってその時を待ちます。病院に到着して病室で嫁さんと話をします。
“大丈夫?” “うん、まだもうちょっとかかるかも” それから1時間後、看護婦さん
から声が掛かります。“まだ時間がかかりそうですし、近いので、電話してからでも
十分間に合うと思いますので家で待っていてください。必ず電話しますから ・・・ ”
そこまで言われると ・・・ お袋と上の子供二人連れて一度家に帰りました。
いくら待っても連絡がありません。日付が変わります。女の子というのが分かって
いましたので、予定日(3/3)に生まれてほしかった ・・・ でも、仕方ありません。
次の日の早朝、家を出て病院に向かおうとすると、近所の奥さん(嫁さんの友達)
から声がかかりました。“おめでとうございます。3/3で良かったですね。” ・・・ ???
意味がわかりません。直ぐに病院へ ・・・ 昨夜、私たちが帰って間もなく生まれた
ようです。また、やってしまいました!看護婦さんの引継ぎミス?のようですが ・・・ 。
( 嫁さんに笑顔で一言、“おめでとう!” ・・・ 夫婦は確実に成長していました。 )
人生には、アクシデントや間違いはつきものです。
これからも予想外や想定外の色々なことが起こることでしょう。
それを自分たちなりに楽しめればよいのではないかと思っています。
ちなみに、今日のケーキですが、
日曜日にネットで調べた近所で評価の高いお店を目指して予約に行きました。
カーナビで住所(目的地)入力、約10分で “目的地周辺です” のアナウンス。
直ぐに見つかりました。店内はお客さんで一杯(さすが雛祭&評判のお店)!
チョコ生クリームのデコレーションケーキを注文しました。お店を出て何となく
違和感が ・・・ よく見ると、お店の名前が違います。目指していたお店と違って
いたのです。今更キャンセルするのもと思い、嫁さんと顔を見合わせて
“まあ、ええか ・・・ ” 思わず笑ってしまいました。車に乗り込みバックすること
数メートル、目指していたお店を発見です。しかし、そのお店にはお客さんが
全くいませんでした。結果、今日のケーキは甘さ控えめで非常に美味でした!
結果オーライ!です。間違いも予想外もたまにはプラスに転じるものですね。
“まんざら捨てたものではない” と言いますが、
それは、捨てていないから “まんざらでもない” のでしょうね。
人生も捨てなければ、“まんざらでもない” ものですよ!
H氏(不動産屋さん)とは、もう15年位の付き合いになります。
昨日は心斎橋で1軒、物件(居抜き)案内があり内見させて頂くため、
16:30に待合せをしていました。私は5分前に着き、程なくH氏も現れて、
“こんにちわ!お久しぶりです。また太りましたね ・・・ 。”
“・・・ お互いさまとちゃいまっか?!”
と笑いながら挨拶を交わし歩き出しました。
200mほど歩くと、物件のビルに到着です。
スタイリッシュで小綺麗なビル。物件のある階までエレベーターで上がります。
扉が開くと、現状まだ営業をされているレストランが現れます。店長さんと
事業部の方が店内を案内してくれます。某有名レストラン出身のシェフを迎えて
オープン!まだ1年ほどらしいのですが ・・・ 営業状態が思わしくないようです。
内装・設備にそれなりにお金が掛かっています。居抜きで入れるテナントを探して
いるようです。確かに、このまま潰すのは “もったいない” と感じましたし、業態に
よっては、十二分にそのまま使えます。ただ、私が籍を置く事業部で持っている
店舗のコンセプトでは、そのまま使うには少し無理があります。今日のところは、
とりあえず、ひと通りチェックだけ行なって挨拶を済ませてH氏とビルを出ました。
“ちょっと事務所に寄っていきます?”
“そやねぇ!まだ一回も行ってなかったしなぁ ・・・ 。”
最近、H氏は独立して自分のオフィスを心斎橋に構えたばかりです。
オフィスは、その物件からすぐ近くです。エレベーターで最上階まで上がります。
更に階段でもう1階上へ ・・・ ペントハウス?それとも、ビルの管理人室 ???
商業デザイナーさんのオフィスのような内装と家具のレイアウト、窓がとても
大きくて見晴らしの良い一室です。(H氏は元々アパレル系出身センス有)
“(空間良し、見晴らし良しで) なかなかええやん!”
“何となく流れで独立して事務所は構えましたけど ・・・ 大変ですよ!” とH氏。
1時間ほど、それぞれの仕事の近況報告会となりました。
“タイミングなんですよね。仕事は。”
“そやなー、ほんま、そう思うわ。”
仕事を取り巻く時代的な変化や現状に対する年代での受け止め方、
更には、それぞれが関わる周囲の人間関係をいかにどう築くべきか ・・・ 。
H氏は私の会社の体質をよく知っています。過去、その真面目な体質に合った
物件を紹介してくれます。もう一社、長い付き合いの不動産屋の社長も同様です。
私にとっては、ありがたいブレーンです。そういう意味では今回の物件は、
私がH氏の顔を立ててクライアント役を買って出たという図式です。暗黙の了解。
もちろん、“可能性があれば” というビジネス目線はお互い持ってですが ・・・ 。
“ちょっと一杯行きますか?”
“ああ、ええねぇ!付き合うよ。”
長堀通りを横断して南船場へ向かいます。
アッパー系や創作系のお店を通り過ぎ、二人で入ったのは昔からやっている
赤ちょうちん系の居酒屋です。H氏とは初めてのお店ですが、私は南船場に
オフィスのある建築デザイナーさんと前に訪れたことのあるお店でした。
いつも思うのですが、
時代の先端や業界の最前線で働いている仕事人ほど、プライベートでは
“ベタなお店” を選択します。当然、飲食業界に身を置く私も仕事以外は ・・・
という感覚があるのは紛れもない事実です。そして、H氏は座るなり大きな声で、
“熱燗ちょうだい!” 私より遥かにオッサンです。
事務所での会話とは一転、
お店の雰囲気も手伝ってか、プライベートでコアな話に突入です。
H氏が若い頃に感じていた親父さんとの確執、お互いの怖い?嫁さんのこと、
私の子供との関わり方での失敗談、家のローンや周囲の環境などなど ・・・
H氏は私より5歳年下ですが、同世代としてプライベートな話もできます。
この数年、異業種の人間との交流が減っていた私の姿形がくっきりと表れます。
人間関係が仕事関係で納まっていたことに気づき “ハッ” としました。
楽をする気はなかったのですが、振り返れば ・・・
今年はもう少し、ライフスタイルからの交流で幅を広げてみようかと思います。
約1年前、このブログを始めたのも、そういう一つの危機感からだったような ・・・ 。
今日は、いわゆる 「バレンタインデー」 です。
2年ぶりでしょうか ・・・
例の事件があって、不二家の商品が店頭から消え、わが家の定番だった
「ハートチョコレート」 をこの2年ほど見ることがなかったような気がします。
結婚当初(お金と時間が無い時代)、
嫁さんが不二家のピーナッツ入りのハートチョコレートを一つ袋に入れて
置いてくれていました。私は夜中に帰ってきて、嫁さんと幼い子供の寝顔を
見ながらむしゃむしゃ食べていた記憶があります。
で、今でも嫁さんからはこのチョコレートです。
今年は1袋にプチサイズのハートチョコが16個も入っているバージョンです。
しかも、2袋!(何か怪しい! ・・・ これはヤバイ??? )
これは、末娘からもらった創作手造りショコラです。
やたら、箱に気合が入っています!( 娘の魂胆は見えてますが ・・・ )
昨夜、“どんだけ~作るねん!?” というほど義理と友チョコに混ぜて本命?も
作っていたかも ・・・ 。 まさか、「数打ちゃー当たる大作戦!」 か ???
まあ、冷蔵庫には自分で食べる分はしっかりキープしておりますが ・・・ 。
上の娘からはありません。( 毎年、その日にもらったことがありません )
多分、あちこち持って行って、売れなかったら(余ったら) “あげるわ!” と
次の日に仕方なしで持ってくるパターンです。
“おねぇさん、そんな根性じゃ、一生、男にはモテませんから!”
わが家の節分は、
邪気払いとして柊の枝に鰯の頭を刺したものを玄関口に挟み
豆まきを行ないます。もちろん、恵方(吉方)巻きの丸かぶりも ・・・
日曜日ということもあって、家族全員が夜には家で過ごせました。
今年の恵方である南南東の方を向き、無言で巻き寿司を丸かぶりします。
(さすがに今年は、どこに移動しても西側の壁面にあるテレビは見れません)
無言のまま皆、何とか食べ終わり息を一つ吐きます。(フゥ~っ!)
私は邪気払いの為の鰯の頭を作るために焼かれて一品となった鰯を肴に
一杯やります。娘が袋に入れて用意してくれた歳の数だけ食べる豆もツマミに
なります。どんどん邪気が払われます。蕎麦に入った鬼の絵のかまぼこを食べ、
“鬼退治完了!” と叫びますが、“豆まきやんで!” と娘からダメ出しです。
完全に読まれています。 “よっしゃ、わかった!やろ!やろ! ・・・ ”
正月の注連飾りでも触れましたが、各家庭で日本的な昔からの風習が
根こそぎ行なわれなくなっています。わが家では、できることはできる限り
続けようと思っています。自分が子供の頃、親や近所の方々が伝えてくれた
風習を自分で終わらすことにどうしても抵抗があります。
理由はどうあれ、自国の文化や風習をいとも簡単に止めたりできるのは
日本くらいではないでしょうか?それこそ、諸外国では絶対に “ありえない”
ことです。何でもかんでも外国の “ものマネ” ではなく、本当に良いところを
“見習う” ことが大事ではないでしょうか。外国から笑われる前に気づくべき
だと思います。
親父が 「喜寿(きじゅ)」 を迎えた。
赤いチャンチャンコを着せられてから、更に17年が経過した男に何を
着せればよいのか? 世間一般の 「喜寿」 はどうなのだろう ・・・ ?
うちの親父はすこぶる元気である。どう見ても77歳には見えない。
仕事は公のものが多く年齢的に限定されるとはいえ、まだ現役である。
酒をよく呑み、飯もよく喰う。そして、背筋がピンと伸びて姿勢が良い。
昔から摂生していたわけでない。逆に、無茶をしていた時代もあった。
ただ、息子の私から見て誇れるのは、“常に信念を持って生きてきた男”
だということ。
特に、仕事に関しては
誰に何と言われようと自分の考えは一歩も引かない頑固な職人である。
ただ、昔気質の視野の狭い職人ではない。昭和1ケタ生まれの男にしては、
頭が柔軟でアイデアマンでもある。新しいものへトライする姿勢と行動力、
リベラルなものの見方に関しては若者に負けない頑固者であるということだ。
親父に反発し、“絶対にこんな生き方だけはしたくない!” と思っていた
自分が、どんどん親父の生き方に近づいている。もう今さら否定はしない。
素直に生きればいいと思えるようになった。そう思えるようになってから
近い存在に感じるようになった。ずっとずっと遠い存在であった親父を ・・・ 。
あけましておめでとうございます。
お正月は休日が一日しか無くても実家へ帰り家族で祝うようにしています。
長男でありながら、家業を投げ出し両親を残して大阪へ出て好きなことを
している私。“せめて ・・・ ” という気持ちがどこかにあるのかもしれません。
ということで、大晦日から昨夜まで実家で正月を過ごしました。
ネットが繋がらない環境ですので、丸2日間、田舎のアナログ生活でした。
お袋も歳をとり、昔ほど 「おせち料理」 を量質ともに作らなくなりました。
それでも、数の子と黒豆、煮しめ、紅白のなますと蒲鉾あたりは今でも必ず
出てきます。両親共に田舎の人間ですので、正月だからといって派手で高価
なものは用意しません。ただ、四国の離島で生まれ育ったせいか、海の幸は
欠かしませんが ・・・ 。(今は、これが一番高価かも ・・・)そういう意味では、
派手な正月の食卓風景なのかもしれません。
私が子供の頃は親戚や仕事関係の人の出入りが多く、ビールケースが庭先に
10ケースほど積み上げてあり、床の間は、お歳暮や新年の挨拶廻りで戴いた
清酒の一升瓶で埋め尽くされていて、おせち以外の料理もこれでもかというほど
卓上に並ぶような環境でした。ビールと酒、刺身や乾きものなどオヤジたちが
好きな酒と肴の匂いが混ざり合い、一種独特な宴席の匂いと化し家中に充満。
こんな環境や雰囲気の中で、酒の肴を大人と同じように食べて育ったのですから
酒飲みにならない訳がありませんよね!?
お正月、実家で毎年欠かさず登場するのは、「伊勢海老」 です。
一人一尾ずつ用意してくれます。今年はわが家も家族全員揃って帰りました
ので、親父とお袋と弟と併せて8名分(8尾)です。それなりに豪壮になります。
三十日(みそか)辺りに、田舎(徳島)から生きたままの伊勢海老が届きます。
大晦日(おおみか)にボイルして(湯がいて)年が明けるのを待ちます。
元旦の朝、親父が皆に配られた杯(猪口)にお屠蘇を注ぎます。
皆にお屠蘇が注ぎ渡ったところで親父から新年の第一声。
“あけましておめでとうございます。今年も良い一年でありますように!”
“おめでとう!乾杯!” “おめでとう!乾杯!” と皆が続きます。
毎年、わが家の子供たちも、このお正月の何となく普段と違う
“凛とした空気感や雰囲気” をそれなりに楽しんでいるようです。
やはり、“お正月はお正月らしく” が一番だと思います。