あの日 鹿沼児童6人クレーン車死亡事故遺族の想い - blog -

てんかん無申告で運転免許を不正取得したクレーン車の運転手により、登校中の児童6人が歩道上で轢き殺された事故【遺族ブログ】

2018-05-06 | シンガーソングライター半崎美子
シンガーソングライター
半﨑美子

5/6、今日は、東京国際フォーラムCでの1500人規模の四大都市ツアーファイナル。

そして、11月には東京国際フォーラムAで、5000人規模の今年のツアーファイナルを迎える。

どこまで輝きを増して行くのだろう…
この先、どんな景色を見せてくれるのだろう…

『サクラ ~卒業出来なかった君へ~』
止まった季節を追い越して、
残った光を探してた…

僕たち家族もまた、半﨑美子さんを応援すること、コンサートやライブに行くことで、彼女のその光や夢に導かれているのだと思う。

輝き続けていて欲しい…
😄🎵🍀

過去と記憶

2018-01-03 | 日記
自分でもおかしな感覚だとは思うが、もうすぐ、苦しかった正月が終わる。

昨日と今日は、全部は終わらなかったけれど、事故後からずっと手つかずで溜まっていた書類などを、一日中時間も忘れて処分していた。

シュレッターに吸い込まれていく書類に、過去や記憶を重ねながら・・・









2017年の終わりに

2017-12-31 | シンガーソングライター半崎美子
半崎美子 "明日へ向かう人" (MV Full Ver.) "The One that Heads to Tomorrow"


 2017年は、半﨑美子さんのメジャーデビューが決まり、例えようのない歓喜に始まり、半﨑美子さんとの様々な関わりの中で自然と生きることに導かれた一年… であったように思う。
 テレビや雑誌の取材についても、いつかこんな取材を受ける日が来るのではないかと心のどこかではそう思っていたけれど、本当にそうなっていって、半﨑さんが有名になっていくと同時に『心に苦しみや悲しみを閉じ込めて生きている人の心に「明日へ向かう人」という楽曲やその歌詞を届けたい』という僕たちの願いも叶えてもらった一年だった。
 また、半﨑さんのライブを開催した「おおひらふれあいコンサート」の実行委員などにも加えていただき、たくさんの素敵な出会いをいただいた感謝の一年でもありました。

 今日、2017年の終わりにあたり、二年前に「明日へ向かう人」という曲を初めて聴いた日のブログを読み返し、
 今日この日に、初めてこの曲を聴いた時の感想と感謝の思いを、もう一度残しておきたいと… そう思った…


『明日へ向かう人』~2015-5-16ブログより~

 その歌は、愛する我が子を喪った者にとって、ともすれば、生きることさえもあきらめてしまうような悲しみの中の僕たちを、優しく見守り、生きる力を与えてくれるような、そんな歌でした。
 どこまでも切なく、どこまでも優しいその歌詞とその歌声に包まれながら、自然と涙があふれていました...
 
 愛する家族や愛する人を喪ってしまった人、その深い悲しみの闇の中にいる多くの人たちの心に届いてほしい、そう心の底から思える優しい歌でした。 
 
 声を枯らし泣いても辿り着けない場所がある
 それでも生きることを 信じることをあきらめないで
 

 素敵な歌手、素敵な歌との出会いに感謝...
 

ショッピングモール

2017-09-16 | シンガーソングライター半崎美子

半崎美子「ショッピングモールで歌い続ける理由」
2017-09-15 ORICON NEWS

上記、配信を読ませていただきました…
出会えたことに感謝したい…


彼女と出会っていなかったら、あの頃の僕自身や僕たち家族は、きっと壊れてしまっていたと思う。

大芽が亡くなってから一度だけ、お姉ちゃんをディズニーランドに連れて行ったことがあったが、そこはもう、僕たち家族には夢の国では無くなっていて、カミさんはアトラクションに並びながらずっと泣いていた。そこが夢の国であるが故に、とても悲しかったことを記憶しているし、無理やり誘った自分も責めながら、もう二度とここに来ることは無いと思った。

その後は家族ではどこにも出かけることは無くなってしまったが、半崎美子というアーティストさんとカミさんがショッピングモールで偶然出会い、普段誰かに思いを伝えることをしない人が手紙を書き、その思いを敏感に心に受け止めてくださり生まれた「明日へ向かう人」という曲の内容にも心の部分で僕たち家族は前を向かせていただいたが、どこにも行かなくなってしまった僕たち家族が、彼女の赤坂BLITZのライブに出かけ外に出るきっかけを作ってもらったり、その後、各地のショッピングモールに行ったり、一生行くことも無いと思っていた東京スカイツリーなどにも半崎さんのライブついでに行けたりしているということは、歌の力に限らず、各地のショッピングモールで歌っていた歌手さんに出会え、行動の面でも前を向かせていただいた不思議な出来事だった。

生きて行く意味も見つけられず家に閉じこもっていた日々を過ごしていた僕自身や僕たち家族のように、彼女の各地のショッピングモールのライブに出かけることで、話題を作ってもらったり、外出するきっかけを作ってもらっている人も多いのではないだろうか…

感謝…


「ありがとう」と「感謝」

2017-09-09 | シンガーソングライター半崎美子
きれいな青空を見上げて
「空の青」 と言うようになった

砂時計の砂を見て
落ちていく砂より、積もっていく砂を思うようになり
時のことを 「刻」と書くようになった

桜を見て「サクラ」を思い
優しいサクラの歌に涙を流すようになった

誰かの悲しみを共に哀しみ
誰かの幸せを願う

生きる意味を見失っていた僕に
生きる意味を教えてくれた

感謝の言葉は たいてい一言だけど、
「感謝の根」の歌詞にある

ありがとう 無理に笑ってくれて
ありがとう 一緒に泣いてくれて
ありがとう ちゃんとわかっているよ
ありがとう やっと出会ってくれて

と、「ありがとう」というフレーズを何度も心で繰り返しながら
「ありがとう」と伝えたいと

こころから思えるたくさんの出会いや出来事があった。

感謝...

半崎美子「感謝の根」

「感謝の根」半崎美子

2017-09-09 | シンガーソングライター半崎美子
シンガーソングライター半崎美子さんの新曲

「感謝の根」(9月6日リリース)
のミュージックビデオが日本クラウンのYouTube公式チャンネルで公開されています。

(。•ᴗ•。)♡

良かったら、ご覧になっていただければ幸いです

半崎美子「感謝の根」



名前

2017-07-01 | シンガーソングライター半崎美子
大芽が理不尽な事故で亡くなってしまったあと、自分でつけた我が子の名前、その名前を市役所の戸籍や住民票、会社の書類など、一つ一つその存在を自分自身で消さなければならなかったこと、このことは、本当に辛いことでした。

普通に生きていれば「名前」は、生涯何度も何度も書くことができる、そして、何度も何度も呼ぶことが出来るけど、生きていなければ呼ぶ事も、呼ばれることもない。

今では、書くことが無くなってしまった「大芽」という名前、呼ばなくなってしまった「大芽」という名前だから、大芽が逢わせてくれた半崎さんが、大芽の写真に「大芽くんへ」と書いてくれたこと、僕にとっては本当に嬉しかった出来事でした。。

毎日家に帰ると、優しさに満ちたその思いが、僕たち家族を前に向かせてくれています。

本当に感謝しています。(*^^*)



半崎美子 "明日へ向かう人" (MV Full Ver.) "The One that Heads to Tomorrow"


言葉にならない感情と思い

2017-05-27 | シンガーソングライター半崎美子
4月30日、メジャーデビュー後初の宇都宮ベルモールでの半崎さんのライブ・・・
今回の宇都宮ベルモールは、昨年のベルモールとは全く違う光景で、人、人、人・・・人であふれかえっていた。
苦労の末夢を掴んだ半崎さん、その目の前に広がるこの光景に涙がぽろぽろとあふれた。

サイン会では、「おめでとうございます」と言おうと思ったけど、いざ自分たちの順番が来て、半崎さんの前に来たときは、涙があふれただけで、かみさんも自分も言葉にならなかった。
「言葉にならない思い」「言葉にしなくても伝わる思い」そんな素敵な感情を体験した日でした。
生きる意味を見失っていた自分に、生きる意味を教えてくれた半崎さん・・・彼女が今いる現状は、誰かの幸せを願い、誰かの悲しみにそっと寄り添うことが出来るそのやさしさがそうさせているのだと思うし、そんな人こそが幸せになるべきだと心の底から願っている。

大芽たち6人は、歩道上でてんかんの持病無申告で不正に免許を取得したクレーン車の運転手に轢かれ亡くなりました。
僕は、裁判で、被告の言動や、大人である被告のあまりにも無責任で自己中心的な生き方や、自分だけの命が命であって、奪ってしまった大切な命へは何の思いも感じることのないその姿に触れ、心底人間という生き物が嫌いになり、そんな大人に轢き殺される子供たちを助けてくれなかった神様さえも恨んで今まで過ごしてきました。
だけど、今回、半崎さんが報われたことで、「この乾いた世の中であっても、誰かの悲しみに寄り添い、誰かの幸せを願う思いを真実の言葉でその歌詞やその楽曲に込めている素敵な生き方をしている歌手、そんなを歌手さんをちゃんと見てくれている人がいたのだと・・・」、嫌いになっていた人間という生き物や世の中、人の運命や人生というもの、そして神様の存在にも、希望や光みたいなものを感じることが出来ました。

また、このライブでの半崎さんとの再会については、下野新聞の記者さんが記事にしてくれました。
記事にしてくれた記者さんは、クレーン車暴走事故発生当初から裁判、判決、真冬の署名活動や国会での法改正の署名提出、参考人招致、法制審議会、各種記者会見、改正道路交通法成立、自動車運転死傷行為処罰法成立の瞬間など、全ての場面で僕たち6家族を、記事を通じて共に戦い、共に涙してきてくれた記者さんでした。
法改正を成し遂げることが出来たのも、彼が絶えず記事にし、残された家族や亡くなった子どもたちの思いを世の中に訴え続けてきてくれたからこそ、出来たことだと思っています。
そんな彼が、今回の記事を通じて、「これまで幾度となく記事にしてきたような悲しい表情だけでなく、笑顔で前を向く伊原さんの表情を、大芽くんとともに写真におさめ、記事に出来たことが嬉しかった」と言ってくれました。
そんな記者さんだからこそ、僕たち家族もそうですが、この記事のその先にある「どこかの誰かの心を救いたい」という記者として、そして人としての思いを感じました。

「明日へ向かう人」という曲・・・
苦しみや悲しみを心に閉じ込めて生きている多くの人の心に届くことを願っています。

感謝…

【2017年5月1日付 下野新聞】

共に生きていく

2017-04-21 | シンガーソングライター半崎美子
4月5日に発売された半崎さんのメジャーデビューアルバム「うた弁」に収録されている曲の中に、『深層』という曲がある。

『深層』 半崎美子

あなたをなくした悲しみと
あなたと出会えた喜びの
二つを海に沈めたら
同じ速さで落ちました

あなたが残した思い出と
あなたと交わした約束の
二つを空に放したら
両手に残ったままでした

振り向けば光るあなたの欠片を
時としてつたう涙に代えて

気がつけば浮かぶあなたの言葉を
繰り返しつなぐ届かぬ日々に

あなたをなくした悲しみと
あなたと出会えた喜びの
二つと共に生きていく
あなたと共に生きていく



「共に生きよう」と思っていた頃、振り返ると、心の中には辛い気持ちがあったように思う。
あれから何年か経ち、様々な出会いや不思議な体験、出来事を通じ「共に生きている」と感じている今、この歌詞を素直に心に受けとめ涙している自分がいました。

なくした哀しみと共に存在するかけがえのない生命との出会い… 思い出…
様々な出来事を通じてパパやママを生きさせようとしてくれた息子…

この歌は、若くして母親を亡くした半崎さんの友人への思いを歌にした楽曲とのことだが、今の自分の心境に相まって、涙が止まらなかった優しい歌…


【4月19日付 下野新聞】
下野新聞社さんが、半崎さんや半崎さんの曲との出会いにもふれながら、大芽への思いを記事にしてくれました。
事故から6年経ったけど、記者さんの、「風化させない」との気持ちや思い、様々な出来事、出会いに感謝した取材でした。





半崎美子 "明日へ向かう人" (MV Full Ver.) "The One that Heads to Tomorrow"

アイス

2017-04-19 | 日記

昨日は、大芽の6回目の命日だった。
仕事帰り、いつもはコンビニに寄る習慣がない自分が、昨日はなぜだかアイスが食べたくなってコンビニに寄った。
アイスもほとんど食べる習慣がないのにコンビニに寄った自分は、なぜだかわからないけど、アイス一つじゃなくて、気がつくと冷凍庫に入り切らないのに箱入りのアイスを2箱買っていた。

家に帰ると、大芽の友だちや、同級生、サッカー部の仲間が、高校の帰りに待ち合わせて、来てくれていた。

あまりにも嬉しくなって思わず、小さかったあの頃のあの子達に「アイス食べなっ」とあげるように、高校生になった大きな子たちにアイスをあげた。

大きくなったあの子たちは、何も変わらないあの頃のままでいてくれた。
嬉しそうにアイスを食べながら、自分の進路を話をしてくれた。
嬉しかった・・・

新聞などの取材を受けると、「高校生になった同級生を見て心境は」と聞かれる。
当然、大芽は高校生になれなかったのだから哀しい気持ちもあるけれど、高校受験のことや進路のことなどを嬉しそうに話してくれるあの子たちと話していて分かったことは、大芽の分も合わせて我が子の喜びのように感じている自分がいるという事だった。
幸せになってほしいと心から願っている自分がいた。

アイスを食べる習慣がない自分…
コンビニに寄る習慣がない自分が、コンビニにより、アイスを買う… しかも2箱…
買ったのは自分かもしれない、だけど、アイスを買わせたのは、きっと大芽なのだろう

大芽に代わって伝えたい
「ありがとう」 と 「感謝」

2017-04-06 | Chibi Taiga
あの日見た桜は
とってもきれいな桜だった

だけど

あの日以来僕は
桜を単純にきれいとは思えなくなった

あの日以来僕は
桜の中に哀しみを見るようになった

あの日君は
満開の桜の下で
懸命に走っていたから

あの日僕は
満開の桜の下で
精一杯ボールを追いかける君を見ていたから

そして

あの日君は
生きていたから




君がいる場所

2017-04-01 | 日記
人は、亡くなった後はどこに行くのだろうか
そして、その魂はどこに行ってしまうのだろうか
そして、どこに君を思えばいいのだろうか

思えば大芽が僕たちのもとからいなくなってしまってからは、不思議な出来事の繰り返しだったように思う

無謀かとも思えた法改正の時は、署名を行う場所の交渉がぎりぎりのところで許可になったり、正義感の強い記者さんに恵まれ、途切れることのない報道をしてくれたおかげで法改正の後押しをしていただいたり、署名提出のタイミングにおいては、偶然にも我々の事故に携わっていた記者さんがその直前に東京に転勤になり、署名提出時の報道や、国会での記者会見などで助けていただいたり、不思議とどのタイミングにおいても自分の向かうべき方向に強く導かれているように感じた。

大芽を亡くし、僕たち家族が生きる意味を見失っていた時期には、偶然ママが出会った歌手、半崎美子さんがママに書いてくれた「明日へ向かう人」という楽曲に心救われ、その歌詞によって ”辛くとも前を向いて生きよう”と思えるようになったし、半崎さんの活動を応援するにつれ、失っていた家族の会話も自然と生まれた。
引きこもっていた僕たち家族だったが、彼女のライブなどに外に出かけるようにもなった。

激務に心が壊れ、また、人間という生き物の心に疲れ、職場を辞めようと思った時には、辞表を出そうと思ったほんの少し前のタイミングで偶然にも精神科の先生が交代になり、そこでたまたま出会った先生の言葉によって救ってもらったりもした。

また、ちょっとした手術をすることになり、手術前検査の結果を聞きに受診したときには、「原因はわかりませんが、治っていますよ」と先生に言われ、「息子がそうしているのかもしれません」と病院で涙したこともあった。

お姉ちゃんが高校を受験するときなどでは、受験申し込み締め切りの前日、「あの高校は何故受験しないの」と別の高校の受験も勧めた結果、結局、受験する予定がなかったその高校に行くことになって、しかも、そこにはサッカー部があって、本人の希望で入部した。
高校でサッカーを始めたお姉ちゃんだったが、なぜか1年生からずっとレギュラーで使ってもらって、大会では優勝したりして、大芽のプレーを見ることが出来なくなってしまった僕たち両親に、大芽とともに見るはずだった素晴らしい景色を次々と見せてくれたということも、今思えば不思議な出来事の一つでもある。

そして、今も、ここには上げきれない様々な不思議な出会いがあったり、思いが通じたり、もしかしたらそのような方向性になっていくのではないかと感じていると、やっぱりそのようになっていったりと、不思議なタイミングで不思議なことが今も起こり続けている。


僕は大芽を助けてあげることはできなかった。
そして、事故の時、そばにさえいてあげることが出来なかった。
それなのに大芽は、その小さい体で精一杯考え、いつも僕たちのそばにいてくれて、その都度パパやママをを救ってきてくれていたのだとおもう。
数々の偶然な出会いや不思議な出来事を思うと、それらの出来事は決して偶然なことではなくて、「パパ、ママ、生きて」とずっとそばで導いてくれていたように思えてならない。

人は、亡くなった後は、どこに行くのだろうか。
その答えがわからないから、自分では辿り着くことのできない遠い場所に思いを重ね、空を見上げるのかもしれない・・・
だけど、そこは、あまりにも遠すぎるから悲しくもあり、これは愛するわが子への勝手な思いかもしれないが、本当は、大芽ははじめからそんな遠いところには行っていなかったのではとも思ったりもする。
だから今は、僕たちの周りで起きている様々な出会いや不思議な出来事を考えると、大芽はいつも僕たちのそばにいてくれて、今までだってずっと導いてくれていたのだと思えるし、今後もずっとそばにいてくれて、見守り続けてくれているのではないのだろうかと思っている。

大芽っ、大芽はパパたちが一番いてほしい場所、ずっとパパやママ、お姉ちゃんのそばにいてくれていたんだよね。


ずっと一緒・・・


東大阪市てんかん発作事故判決の記事に思う事

2017-02-18 | 日記
てんかん発作の被告に懲役10年 大阪地裁
毎日新聞2017年2月17日 10時22分(最終更新 2月17日 11時49分)

 東大阪市で2015年3月、てんかんの発作を起こしたまま車を運転し、3人を死傷させたとして、自動車運転処罰法違反(危険運転致死傷)の罪に問われた元会社員の生野誠被告(51)の判決公判で、大阪地裁は17日、懲役10年(求刑・懲役12年)を言い渡した。長瀬敬昭裁判長は「度々通院を怠り、取り返しのつかない重大な結果を招いた」と述べた。
 生野被告は発作で意識障害に陥る危険を認識しながら運転していたかどうかが、主な争点だった。弁護側は「発作後ごく短時間で意識を失っており、車を止められなかった」と無罪を主張していた。
 判決によると、生野被告は東大阪市内で15年3月5日朝、ワンボックスカーを運転中にてんかんの発作で意識を失い、時速108キロで赤信号の交差点に進入。乗用車に衝突して運転していた男性に重傷を負わせたほか、歩行者の男性2人を巻き込んで死亡させた。
 判決は、生野被告が現場から約500メートル手前で胸がむかつく発作の初期症状を自覚したと認定。直後に別の交差点を左折した点を踏まえ、「停車できる状況だったのに、そのまま運転を続けた。すぐに意識を失ったと訴える被告の説明は不自然」と結論付けた。
 過去の発作後も運転を続けていることを主治医に隠したとし、「免許証を一度返納し、専門医の指導を仰ぐべきだった」と指摘した。
 事故で死亡した高田進弘(のぶひろ)さん(当時41歳)の母親(68)は判決後、「裁判所は被告の行為を悪質と断じてくれた。裁判はこれで終わりにしてほしい」と語った。
 14年5月に施行された自動車運転処罰法では、てんかん、低血糖症、統合失調症、睡眠障害など六つの病気について、運転に支障が生じる恐れがあると認識しながら運転し、人を死傷させた場合に危険運転致死傷罪が適用されるようになった。【原田啓之、岡村崇】


 
 このてんかん患者が起こした防げたはずの事故、救えたはずの命の事は、「2015.5月のブログ」 にも書かせていただいていましたが、昨日、判決が出たという事で各報道の記事を読ませていただいていたが、私たちの子供たち6人が歩道上でてんかん患者の運転するクレーン車に轢かれ命を奪われてしまったのが平成23年4月であり、それから6年経過しようとしているので、僕たちが法改正をしてまで世の中に訴えた 『事故原因の本質』というものについての大切な部分を文章にしている報道が少なくなっているように感じ、その部分について思うことを書いておきたい。

 どこの報道も、「判決が10年になった」「予兆があり停車できたのに運転したから危険運転が成立する」などの内容だが、それ自体は裁判での量刑の立証結果であって事故の裁判の結果報道でしかない。
 それを見た一般の読者は、おそらく、「10年か~命はそんなものなのか~短いな~」とか、「予兆できるものなのか?」など予兆の可能性などについてのみスポットがあたったりして、事故原因の本質までは報道されることはないし、短い文面の中で伝えることは難しいとも感じる。

 被告の方には、運転免許更新の際、正直に申告してしまうと運転免許が更新できなくなってしまい、生活できなくなってしまうという思いがあったかもしれない・・・
 でも、それでも、その理由で他人の命や、幸せになるはずだった人生や未来、夢を奪っていい権利なんてないのだと...気絶したてんかん患者の運転するクレーン車に歩道上で轢かれた6人の子供たちの命を奪われた遺族の思いから伝えておきたい。
 今回、上記の毎日新聞さんの記事には、過去の発作後も運転を続けていることを主治医に隠したとし、「免許証を一度返納し、専門医の指導を仰ぐべきだった」
 という一文が掲載してあり、一歩踏み込んで、「防げたはずの事故だった」という部分を報道では伝えることが大切なのではないだろうか。

 この被告は、過去に発作を起こしており、運転していることを医師に隠していたという事実が裁判で明らかになったようですが、過去の記事では、平成24年10月に運転免許証も虚偽の申告をして更新しています
 私たちの時もそうでしたが、クレーン車の運転手は何度も何度もてんかん発作等による事故を過去に10年間で12回も起こしていて、医師に何度も運転をしないように注意されていながらも聞く耳を持たず運転免許証を虚偽申告して事故を起こしました。
 その結果、生野誠被告は、3人を死傷させ、クレーン車の運転手は6人の児童を死亡させ、現在、自動車運転過失致死罪 懲役7年の判決で受刑中です。

 てんかん患者さんであっても、一定の基準(5年間発作がない、薬を服用して2年間発作がないなど)を満たせば、運転免許は取得できます。だから、そのような基準を守って適正に申告して運転しているてんかん患者さんもたくさんいるでしょうし、そういう正しい申告をされた方は事故が起きないのだと思っています。
 東大阪市の事故や京都祇園の事故、北海道共和市の事故、栃木県鹿沼の我々の事故などは、ルールを守らなかった一部のてんかん患者が起こしてしまった残念な事故です。
 てんかんの発作の虚偽申告は、「自己申告」という運転免許制度にあっては、無力です。しかし、私たちが平成23年から平成24年に行った署名活動より全国の皆様の20万人の思いから法改正が成立し、虚偽申告の事故も「危険運転致死傷罪」で起訴できるようになりました。
また、虚偽申告には罰則もできるように道路交通法が改正されました。
 しかし、本当に大切なことは、その法律で裁くことや裁かれることが問題なのではなくて、その前にある、「事故を未然に防ぎ、救えたはずの命を救うことです。」
 なぜなら、裁判で被告が危険運転致死傷罪になろうとも、「命」は返ってこないからです。
 その時はもう、生きていないからです・・・

 事故は被害者にとっても加害者にとっても一つもいいことはありません。
 どんな困難な事情があろうとも、他人の命を奪っていい権利もありません。
 命というものは、この裁判の裁判官の言う「取り返しのつかない重大な結果」であり、どんなに償おうが反省しようが命を取り戻す事はできないのです。
 東大阪市のこの事故も「防げたはずの事故」であり、「救えたはずの命」です。

 この機会に一度、ハンドルを握る者全ての人が、自身の愛する家族に思いを馳せ、もう一度想像してみてほしい
 理不尽な事故で命を奪われてしまった人たちが歩むはずだった人生を・・・
 理不尽な事故で命を奪われてしまった人たちが見ていた夢を・・・
 そして、考えてほしい。
 命とは、一人にたった一つしかない大切な大切なものなのだということを....
 
鹿沼児童6人クレーン車死亡事故遺族の会 ~命のための法改正への道のり、想い~

 
 私達が警察庁に訴えたこと 「警察庁 有識者検討会への遺族意見」

 私達が法務省に訴えたこと 「法務省 法務委員会での参考人意見陳述」 【動画】 

 あの日 ~鹿沼児童6人クレーン車死亡事故遺族の想い~ 【著書】

嬉しい出来事

2017-01-10 | シンガーソングライター半崎美子
 生きる意味を見失っていた時期、半崎美子という、素敵な生き方をしているシンガーソングライターさんと出会い、半崎さんの曲に救われ、自分は今、前を向き生きています。

 その半崎さんが、今春メジャーデビューするという事で、本当に涙が出るほど嬉しいし、彼女のような生き方をしている人が報われることで、僕自身がその存在を否定してしまっていた神様というものの存在を感じることができ、心救われる思いがした。

 彼女が誰かのために涙を流し、誰かのために歌うその優しさは、今後、活躍の場を広げ、心に苦しみや悲しみを閉じ込めている多くの人の心を救ってくれると信じてる。

 こんな乾いた時代だからこそ、
   必要な歌手、必要な曲、必要な人・・・

 全てに感謝。


シンガーソングライター半崎美子、
New Year Liveにて2017年春のメジャーデビュー決定をファンに報告




神戸の暴走事故、運転の男を危険運転致傷で起訴

2016-08-28 | 日記
神戸の暴走事故、運転の男を危険運転致傷で起訴
YOMIURI ONLINE
2016年08月22日 18時47分

 神戸市中央区のJR三ノ宮駅北側で今年5月、車が暴走して歩行者5人が重軽傷を負った事故で、神戸地検は22日、運転していた無職沢井国一容疑者(63)を自動車運転死傷行為処罰法違反(危険運転致傷)で起訴した。
 地検は認否を明らかにしていない。
 起訴状では、沢井容疑者は5月3日、持病の影響で意識喪失に陥る危険性を認識しながら乗用車を運転。JR三ノ宮駅北側で意識を失って乗用車を暴走させ、歩行者5人をはねて重軽傷を負わせた、とされる。
 沢井容疑者は、刑事責任能力などを調べる鑑定留置の結果、てんかんを患っていたことが判明。過去にてんかんの診断は受けていなかったが、昨年8、10月にも意識を失って人身事故を起こしており、地検は、運転の危険性を認識していたと判断した。

8月22日YOMIURI ONLINE