音盤工房

活字中毒&ベルボトムガール音楽漂流記

襤褸は着てても心は錦

2009年01月10日 | インポート

 大雪だ。きょう、兵庫県北部で大雪警報が発令された。窓に雪花が舞い落ちているのが映っている。今年一番の積雪になる事はもう間違いなさそうだ。地球温暖化云々といわれているけど、但馬地方はこの時期にはきっちり雪が降る。道路が雪で埋まり、除雪車が忙しなく雪を削っていく。山は白と黒のモノトーンで、稜線は白く煙ってぼやけている。何もかもが白で覆い尽くされるとそこはもう宮澤賢治氏の童話の世界だ。あちらこちらで賢治の作った詩篇が転がっている。夜ともなるとそれは幻想的で、路を照らす電信柱が、喋り、動き出す童話も満更荒唐無稽な話とも思えなくなる。『雨ニモ負ケズ』で独自の宗教観を打ち出した賢治、そして、子供の頃に夢中で読んだ『注文の多い料理店』や『セロ弾きのゴーシュ』で彼は孤高の童話作家となった。僕にとっては冬になると、というよりも雪が降ると不意に思い出し、無性に読みたくなるのが宮澤賢治という作家だった。

注文の多い料理店 (新潮文庫) 注文の多い料理店 (新潮文庫)
価格:¥ 460(税込)
発売日:1990-06

 正月三箇日が明けて食料品店で買い物をするついでに書店を覗いてみた。相変らずだった。新刊は毎月発売され、その都度、陳列棚は新しく入れ替わっているのに、読みたいと思う本は少なくなっている。ミステリーにしろ文芸作品にしろ、読みたいと思った本は子供の頃に殆ど読み尽くしたということもあるかもしれないけど、それにしても近頃は心揺さぶられる傑作が現れないなと落胆している。もっとも僕個人の好みの問題もあるだろうから一概にこうだとは断言できないけれど、作家はもっと腰を据えてじっくり作品のプロットを練る時間を持つべきだと思う。松本清張氏は精緻なプロットの裏付けとして精密な取材を怠らなかった。船戸与一氏は「壮大な絵空事を書く為には真実も書く」と小説の極意を語っている。ミステリーが荒唐無稽でもいい筈はないのである。SFでもなんでもそれなりの理論が必要なように、小説には主人公の深層心理が読み取れる魅力があって成立するのだと思う。

家族八景 (新潮文庫) 家族八景 (新潮文庫)
価格:¥ 460(税込)
発売日:1975-02

 今僕は筒井康隆氏の『家族八景』を読んでいる。正直なところ、僕はこれまでからこの作家を避けて軽んじてきた。子供の頃からその作風も嫌いだったし、SFというジャンルにも胡散臭さを感じていた。勿論作品は何冊かは読んだ憶えはあるけれど、いずれも感銘は受けず、読み終わった後の爽やかな余韻にも浸るに値しなかった。

 僕が書店にはいってまずした事は旧作の洗い直しだった。いくつかを手に取り、買うか買うまいか思案を巡らし、結果的に手の中に数冊残ったなかの一冊が『家族八景』(新潮文庫)だったのである。ご存知、火田七瀬というお手伝いさんが活躍する連作長篇。テレパシーという能力を生まれながらに持ってしまった少女の悲喜劇を痛快な筆致で描いていく、これは、筒井康隆の代表作でもある。続篇は『七瀬ふたたび』。続々篇『エディプスの恋人』との3部作でもある。一般的にはNHKで放送された『七瀬ふたたび』が有名。個人的には多岐川裕美主演の初期のものが印象に残っている。しかしこの手の小説やドラマは、若い頃、特に小説に興味を持った頃には、なにかと手引き、指南書的意味あいを持っていたものだが、SFは基本的に僕の嗜好とは大きくかけ離れたものだ。『時をかける少女』が筒井康隆氏が書いた作品かそれとも眉村卓氏の書いた作品かさえ印象が希薄になっている。

 しかし読み始めてほぼ半ばに差し掛かり、なかなか読むスピードが落ちないのは、作品の持つ魅力以外の何ものでもないだろう。そこにはSF特有の絵空事に裏付けされた真実味があるのである。現実離れしているのは超能力を題材にしている事だけで、比較的日常的に起こり得る事象が展開している。星新一氏は未来図を書いた。だから、現実との間で辻褄の合わない箇所を修正しなければならなかった。売れっ子作家にも電話機が携帯電話へと発展していく未来図は描けなかったのである。

 筒井康隆氏はその点も考慮しながら、『家族八景』を上梓したのだと思う。SFは嫌いだけれど、僕は寓話や童話は大丈夫だ。『家族八景』。家族破綻など、殺伐とした内容なれど、この手の大人が読むメルヘンは僕は例外なく好きだ。この小説を読んで思ったのは、なんとなく読まず嫌いなところもあったかもしれないということだ。笑いとペーソス。小説には多かれ少なかれ必要な要素ではあるけれど、それが顕著に現れているのが日本昔話に登場する「貧乏神と福の神」の話だ。この話は奥が深くて考えさせられる。「襤褸は着てても心は錦」。世界恐慌、不況のこの世の中で、かつて日本人のステータスであったこの言葉をもう一度熟考する時が来たのではないだろうか。今年こそ、チェンジをチャンスに変える一年であって欲しいものだ。


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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
最近嬉しいことに復刻本が多く出て読み損ねていた... (夢見)
2009-01-11 02:26:32
最近嬉しいことに復刻本が多く出て読み損ねていた本なども手に入る・・・時があります

その割りに落ち着かず読書のペースは落ちているのですが^^;

今夜はドヌーヴにつられて深夜映画を観てましたが^^;
体力不足 途中で寝ることにします

こちらはまだ積もるほど降りません
夕方少しちらついたかーという程度

ただすごく冷えてきました
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実は私もSFチックな本は苦手で、今まで避けてき... (カキちゃん♪)
2009-01-12 08:32:25
実は私もSFチックな本は苦手で、今まで避けてきました。
筒井康隆も読まず嫌いなのかも知れませんが、読んでないです^^;

そのくせ、坂東眞理子の犬神や篠田節子の神鳥(イビス)などのような本は好きで、又童話寓話も好きです。

活字中毒さんがここで言われているように、私も小説には主人公の深層心理が深く描写されていなければ、と思います。

筒井康隆の家族八景、読んでみたいと思います^^
それににしても・・・・・・・・・・夢見サマといい活字中毒さんといい、書評の上手さには舌を巻きます。
いったいどうやったら、そんな風に書評が書けるのかー
今年の私の課題です(^^)V
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夢見さん、今晩は。 (活字中毒)
2009-01-12 22:47:01
夢見さん、今晩は。
映画の影響もあるんですかねぇ、江戸川乱歩の探偵小説が昔の装丁で刊行されたり、五木寛之の過去の作品がハードカバーで再販されたりして、子供の頃に読んでいた作家の小説が次々と甦るのは嬉しい事ですよね。
カトリーヌ・ドヌーヴとはまた渋い。記憶で新しいところは、ビョークが出演していた『ダンサー・イン・ザ・ダーク』でしょうか。自主制作のようなカメラワークが素人っぽくて吃驚したのを思い出します。
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夏姫さん、今晩は。 (活字中毒)
2009-01-12 23:19:17
夏姫さん、今晩は。
じつは初めて読んだ本は、学校の推薦図書の海洋冒険小説。名前は残念ながら忘れてしまいました。その後はSFに夢中になり、映画化にもなった『物体Xの恐怖』が好きだったんですが、横溝ミステリーに出会ってからは趣向が一変しました。最近特に気に入っているのは、桐野夏生のエログロ小説。初期の探偵ものから犯罪小説に至るまで、どれも秀逸な作品ばかりですよね。
SFは嫌いだと書きましたが、星新一やレイ・ブラッドベリは今でも好きで時々読みます。SFというより寓話、風刺に近いものがあってそんな作風が気に入っているのかも。
 書評…最近は努めて書評を書いている意識はないんですが、どうしたら読んで頂けるかを考えながら書くようにしています。
それでも巧いといわれたことはないので素直に嬉しいです。
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♪ボロは着てても心の錦・・・チーターでしたっけ?... ()
2009-01-14 00:32:48
♪ボロは着てても心の錦・・・チーターでしたっけ?どうでもいいですね。

あらためまして今年もよろしく。年末の身内の方のご不幸、どんなに悲しまれたことでしょう。自分はまだ両親とも元気にしてますが、「その時」は確実に迫っているはずです。生きていく中で一番つらいことですね。「輪廻転生」、信じたいですよね。そうでもしないと、1日1日と年をとっていくことすら怖いですよね。

活字中毒さんとは、「金田一」関係で繋がったんですよね。まだまだ金田一ネタは尽きませんよ。「活字」中毒というだけあって、ブログでのコメントの数々、とても素人のものとは思えないほどの内容の濃さです。自分のような低俗ブログにお付き合いしていただいてうれしいやら、恥ずかしいやらです。

「音盤工房」・・・実は、渋谷陽一さんか大貫憲章さんなんかが隠れてブログをやっているのでは?・・・(笑)
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今晩は、鷹さん。 (活字中毒)
2009-01-15 22:32:42
今晩は、鷹さん。
これは過分なるお褒めの言葉、光栄であります。もっとも僕の場合、鋭い論評は避け、比較的身近なところから書くことに終始していますので、鷹さんのように意表を衝く批評は出来ません。これはホントの話です。政治にも疎いですし…(頭ポリポリ)(汗タラタラ)。
金田一繋がり…まさにそうですね。当初は横溝ワールドの素晴らしさを伝えたくて始めたブログもこんなに様変わりしてしまいました。僕のほうこそこんなブログにお付き合いを頂き恐縮です。
もしも幣ブログが渋谷陽一さんか大貫憲章さんのブログだったら最大の汚点になると思われますが…ちょっと過大評価ではないですか~(笑)。
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