後期シルバーの戯言

一寸した日常生活・身辺雑記と旅日記

京浜三大本山めぐり

2010年07月25日 | 神社・仏閣巡り
7月17日(土)東京 日蓮宗大本山池上本門寺・横浜鶴見 曹洞宗大本山総持寺・川崎 真言宗智山派大本山川崎大師 めぐりのツアーに行って来た。3連休の初日で高速は1,000円のこともあって渋滞すると思いきや、往路上り線は全く渋滞無し快調だった(下り線は大泉JC付近渋滞していた)。大泉JCから外環状~首都高速5号池袋線へ入ると渋滞が始まり熊野町JCから中央環状地下道へ入ると大渋滞、池上本門寺に予定より30分遅れで到着した。

池上本門寺は初めてだが、春に同じ日連宗の本山身延山久遠寺へ参詣したが趣が違った。身延は日蓮聖人開祖の寺で祖山と言われ、池上本門寺は日蓮聖人が病気療養のため立ち寄られた池上の郷主の館で入滅、お寺の礎が築かれ「日蓮聖人ご入滅の霊場」なっている。久遠寺は山頂に奥の院があり、又「しだれ桜」でも有名、本門寺は見事な庭園(松濤園)の他、東京の桜の名勝となっている。庭園は池泉回遊式で、また境内には桜の大木が連なる所があり、春は桜のトンネルで綺麗な事だろう。すべて僧侶に案内して頂いた。

池上本門寺から横浜鶴見の総持寺へ向かったが渋滞で総持寺へ着いたのは13時頃となった。早速昼食に精進料理を頂く事になったがそこでハプニング、旅行会社(りらく旅)の手違で1人分足りない24名のところ23の膳しか用意してない。1入参加で申し込んだ私があふれた。前日の申し込みなので手違いが生じたらしい。添乗員も私が残ったので恐縮していた。精進料理を頂く際は修行僧が長々とお品書き変わりに修行僧の作る料理から碗の蓋の取り方・順序 葢の起き方・はしの置き方・ご飯とおかずの食する順序・碗の持ち方の作法を細かく説明、その間およそ15分不足の1膳も用意された。私にはごく簡単に説明して頂き、皆さんと同時に食事が終わり、再び修業僧から食事の後始末の作法についての説明があった。

引き続き案内担当の修行僧が百間廊下・僧堂・方向堂・大祖堂・紫雲臺と院内を案内した。もう1つの曹洞宗本山永平寺も同じだが、禅宗で修行僧の道場があるので他の寺院と違い、お堂がすべて廊下で結ばれている。また永平寺とは趣が違い永平寺の方が風格がある感じである。これは永平寺が山の中で老杉に囲まれた静寂なただすずまいの霊域であるためか、また総持寺は能登にあったお寺が明治30年代の大火で伽藍を失い、寺基を含め現在の鶴見が丘の地に移され、大都市のオアシスといわれる環境のせいだろうか。蛇足ながら永平寺は僧洞宗開祖の道元禅師が開かれたお寺で、総持寺はその教えを全国に広められた瑩山禅師が開かれたお寺である。

15時30分頃総持寺を出発16時頃川崎大師到着1時間程境内散策、川崎大師は3年前来ており2度目なので境内も解っており散策も楽だ。丁度風鈴市が開催されており大変な賑わいだった。

15時川崎大師を出発、帰路も首都高速が大渋滞、交通事故で1車線通行の所があったので其の為のようだ。2車線に戻ったら渋滞が無くなった。1時間30分程予定より遅れ長野には22時頃到着した。長野は夕方から夕立があったようだが着いた時は止んでいた。ハプニングはあったが良い本山巡りが出来た。

                
 池上本門寺大堂       仝 五重塔             仝 松濤園(池泉回遊式の名園)

                
  総持寺香積台        仝 待鳳館(修行僧が入門の際    仝 仏殿(修行僧が作業している)
(参拝者の入り口・総受け付け)   この館の入り口で何時間も待つ)
               
            
   仝 向唐門           川崎大師大山門          仝 大本堂
    
                 
  仝 八角五重塔         仝 聖徳太子堂         仝 賑わう風鈴市


年寄りの戯言

2010年07月20日 | 戯言

19日(月)は祝日、海の日だそうだ。。信州の海の無い県に生まれ育った者にとっては海は想像しがたく、小学校5年生の時(この年から国民学校初等科となった)修学旅行で今の上越市へ行き春日山の山頂で初めて海を見た。その時の感激は今でも忘れず、皆感嘆の声をあげたのを覚えている。観光バスのツアーなどでバスガイドが冗談まじりに長野県人は海をみると感嘆の声を上がる人が多いと言っていた。海の日のいわれも知らず7月にも祝日があるが何んの日だろうと思う程関心が無かった。百科事典ウィキペディアによれば「海の日」とは次ようである。

*海の日
 海の日は、1996年(平成8年)に制定された日本国民の祝日の1日である。祝日化される前は「海の記
 念日」であった。制定当初は
7月20日だったが、祝日法の改正(ハッピーマンデー制度)により2003年(平成15年)から
 7月第3月曜日となった。 国民の祝日に関する法律(祝日法)では「の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄
 を願う」ことを趣旨としている。国土交通省の文書の記述などによると「世界の国々の中で『海の日』を国民の祝日として
 いる国は唯一日本だけ」という

*海の記念日
 海の記念日は、1876年(明治9年)、明治天皇東北地方巡幸の際、それまでの軍艦ではなく灯台巡視の汽船「明治
 丸
」によって航海をし、7月20日に横浜港に帰着したことに因み1941年(昭和16年)に逓信大臣村田省蔵の提唱によ 
 り制定された。
明治丸はその後、東京商船学校(現東京海洋大学)の練習船として使用され、現在は東京海洋大学中 
 島キャンパスに保存されている。

祝日が年間15日あるが何の為祝日が制定されたのか釈然としないのがある。成人の日や海の日・体育の日など私にはハッピーマンデー制度とかで、連休を作るため祝日を作ったのではとさえ思える。お勤めの方々には何んであれ祝祭日が多いのは有り難い事だろうけれど。

毎日が日曜日の者にとっては曜日でさえ忘れかねず、精々旅行の際は高速料金の土・日1,000円の制度による混雑を避けウィークデーにしたい位で、日常は休日とは無縁である。特に「海の日」は世界で日本だけあるとは思いもよらなかった。日本と同じく海に囲まれた英国でさえ無いのにである。


老人クラブの旅行

2010年07月13日 | 旅行
7月6~7日1泊2日の日程で長野県志賀高原へ行ってきた。年寄りの慰安旅行だと思うのだが、何故か「研修旅行」と言っている。研修は兎も角久し振り(10数年振りか)の志賀高原で、舘山の麓のホテルでの宴会も楽しかった。
長生会(老人クラブの名称)会員120名中参加者34名(毎回30名程で今回数年振りに多数の参加)で女性17名男性17名である。

一日目;13時集合場所出発~志賀高原~渋峠・横手山山頂(リフトで)~ホテル一ノ瀬宿泊
二日目;9時ホテル出発~リフトで高山植物園~散策~リフトで下山~ホテル・昼食~13時ホテル出発~15時帰着

生憎の梅雨空で横手山山頂・志賀高原は霧に包まれており展望は良くなかった。横手山頂のNTT無線中継所は数年前運用停止廃止されたが、建物・鉄塔は未だ撤去されていなかった。

2日目の高原植物園はリフトの終着降車場から急な坂道で15~20分程掛るので、足腰に自信の無い方はホテルに残り参加者は18名であった。志賀高山植物園は初めてで20分程散策下山したが、2~3時間ゆっくり散策したい所である。高山植物は沢山あって植物名も明示してあるが、初めて見聞する植物もあって植物図鑑でもなけれ解らない。

ホテルに戻り昼食後13時出発、途中中野市のフルーツセンターに立ち寄り13時帰着した。

                   
 旧NTT無線中継所         ホテル一ノ瀬         植物園に向かう         植物園拠点


       
  はくさんちどり               シ マ ト リ ソ ウ

栃木市大平山・蔵の街

2010年07月12日 | 旅行
7月4日(月)日帰りバスツアーで栃木市の「大平山のハイキングと蔵の街の散策」に行って来た。
コースは[大中寺~大平神社~随神門~あじさい坂~連祥院六角堂~蔵の町栃木] である。誠に恥ずかしい事であるが、大平山が栃木県立自然公園の紫陽花・桜等自然の景勝地で、大中寺や大平神社など史実に残る神社仏閣があることを知らなかった。良い企画に出会い本当に良かった。

*大平山ハイキング
  パンフレット等資料によれば、大平山は栃木市大平町の北西にある丘陵地帯で標高345m,頂上に大平神社・     
  謙信平があり、ここからの眺めがよく点在する岡や林などが海に浮かぶ小島のように映える所から「陸の松島」と言
  われている。 南山麓には曹洞宗の古刹大中寺がある。

  大中寺は1154年に開創された寺で、当初は真言宗の寺だったが荒廃の為1489年に曹洞宗の寺として再興さ   
  れた。曹洞宗寺院が管理する関東三刹の筆頭寺院として江戸時代末期までその名を馳せてきた。
  また、上杉・北条の両氏がこの寺で和を結んだ史実もあり、この寺の縁起は、雨月物語の青頭巾のはなしや境内に 
  ある七不思議の伝説でも知られている。 

  「陸の松島」と讃えられる謙信平からの素晴らしい眺めをを見ようと、1人謙信平へ向かったが残念ながら曇り模様の
  霞み空で展望は良くなかった。紫陽花は大中寺も大平神社あじさい坂も綺麗であった。

                       
                 大 中 寺 参 道                    大中寺

                  
   大中寺境内紫陽花         大平神社本殿          大平神社境内 

                        
       随神門            連祥院六角堂            あじさい坂      

*蔵の街散策
  蔵の町で昼食後地元のボランティ アの案内で蔵の街を散策。町の中央を流れる巴波川を小船の遊覧船に20分程 
  乗った。 船頭さんは元教員で退職後船頭の法被を着たくてボランティアで始めたとのことである。船頭さんの話で
  は先日NHKが取材に来て、8日午後5時からの「ゆうどきネット」(関東甲信越のローカル)ル)で放映の予定だそう
  だ。船から見える巴波川沿いに並ぶ八っの白壁土蔵は塚田家の屋敷で、塚田家は江戸後期の弘化年間より木材回
  漕問屋を営んできた豪商であった。下船後塚田歴史伝説館を訪れた。文庫蔵などが展示館や蔵芝居(伝説のハイテ
  クロボット芝居)に人形山車の展示館となっており、広い屋敷である。

  案内人によると蔵は、店蔵(店舗)・文庫蔵(貴重品の保管)・棚蔵(米・味噌・酒などの貯蔵)とあり、店蔵は通常黒く
  文庫・棚蔵は白壁だそうだ。 

                 
 近龍寺(山本有三の墓がある)    山本有三の墓          巴波川沿い塚田家 

 注:7月6日NHK総合TV15時からの「ゆうどきネット」を見た。船頭さんも懐かしく拝見した。

 

座禅体験

2010年07月01日 | 名勝旧跡巡り
6月27日(日)「NPO法人夢空間松代のまちと心を育てる会」主催の長野市松代の「梅翁院座禅体験と路地めぐり(浄福寺蓮の花)」に参加した。高学年の小学生が4~5名グループで指導者と一緒に参加していた。小学生グループを除き20名の参加で男性は4名、この種の催し物は殆どが女性である。路地めぐりでは松代藩時代の旧家や鐘楼(時刻を知らせる為の鐘つき堂)真田家の菩提樹曹洞宗長国寺・祝い神社を回った。案内人はNPO法人の会員で随所で、真田松代藩の古事来歴を説明してくれた。生憎、浄福寺の蓮の花は今年は開花が遅れており一輪も咲いていなかった。
浄福寺の庭園には初めて見た珍しい「幹が白い松」があった。

座禅体験:曹洞宗梅翁院は禅の修業道場ではないので僧堂や座禅堂がなく本堂で行なった。住職から座禅についてのお話や、座禅の心得を聞いた。ヨーガでも座禅と同じ座り方があって、以前ヨーガをやった事があったので結跏趺座は普通に出来るが、大半の人は無理のようで半跏趺座のようだ。一度の座禅は一炷(一本の線香が燃え尽きる時間)で四〇分だそうだが、体験では一五分行った。良い経験になった。

体験後梅翁院で昼食、住職のご母堂の手作りの「おやき」を頂く。信州特産の有名な市販されている「おやき」とは違い、大きさも小さく皮も薄く美味しい「おやき」であった。もう一度家族で食べに来たいと思っている。

朝の雨も集合時にはすっかり晴れ素晴らしいNPO の企画であった。
インターネットテレビ「愛TVながの」でこの模様を放映しております。
 「愛TVながの」のHP; http://itv-nagano.com/cnagano/keinf/mat.html

    
武家屋敷の旧家小山田家     同じく矢沢家表門             鐘楼      

    
  祝神社と知恵の輪      禅体験の曹洞宗梅翁院       梅翁院の庭園

               
    浄福寺庭園の白松            白松の説明 松代に2本あるとの事