後期シルバーの戯言

一寸した日常生活・身辺雑記と旅日記

高野山・熊野古道と瀞峡・白浜

2013年11月14日 | 名勝巡り

10月27~29日オークツアーで2泊3日の旅行に出掛けた。
   
  1日  長野東口6時55分──熊野本宮大社──湯川温泉泊まり
  2日  瀞峡遊覧船めぐり──熊野古道──白浜3段壁・千畳敷──白浜温泉泊まり
  3日  高野山「弘法大使御廟奥の院・金剛峯寺・根本大塔」──長野駅東口

東名阪自動車道四日市付近で交通事故による渋滞に遭遇、のろのろ運転で渋滞解消に一時間かかった。
でも初日は熊野神社一個所だけの日程なので、予定より若干遅れただけで宿に到着した。

*熊野本宮大社
  生憎、大社の本宮・若宮・結宮は屋根の葺き替えで神社全体ガ工事天幕で覆われており、全貌は見れな
  かった。参拝のための賽銭箱だけがあった。
  正遷座百二十年祭だというが如何なる祭事かは良く解らない。
  
  元々熊野本宮大社は 熊野川の中州に上四社・中四社・下四社 の三社あったが、明治22年の熊野川の
  大洪水で流出し、上四社が現在地に造営されたのだそうだ。旧社地のある熊野川の中州は「大賽原」と
  呼ばれ日本一の大鳥居が立っているそうだ。残念ながらツアーコースに入っておらず見ることが出来なか
  った。多分選座祭は流出してから百二十年目当たる選座の祭事なのだろう。

     
 本宮大鳥居・日本1の大鳥居は旧社地「大賽原」にある          境内にあった本宮の写真


    
             
   テントに覆われた社殿       神 門

 


 
          拝      殿 

*川湯温泉
  本宮付近には沢山の温泉があるその1つ。本宮大社の南で、熊野川支流大塔川の沿岸にある温泉だ。
  宿泊した旅館は河原に野天風呂があり12月から翌年2月までは川を堰き止め、湧きでる温泉で千人風呂が
  出来るそうだ。3月~11月はアユ漁の季節で出来ないそうだ。夏は川あそびで河原を堀り、湧きでる温泉で
  楽しめるそうだ。

  

  川湯温泉で宿泊した旅館の野天風呂

 

 

 

 

 

*瀞峡
  熊野川支流の北山川の峡谷の事で両岸の絶壁・奇岩が見事な峡谷美をつくっている。ウォータージェット舟で
  約1時間半の遊覧であった。

  

  遊覧船発着所は熊野川で、この写真は出発3~4分後
  の北山川との合流点である。奥の濁った川が熊野川、
  前の清流が北山川である。昨日までの雨でダムのある
  熊野川は濁ったダムの水が放流されている。北山川は
  ダムがなく雨があがるとすぐに清流となっている。

 

 

 

        

        
             瀞峡の奇岩

          瀞峡の奇岩

*熊野古道
  熊野古道は「伊勢路」「小辺路」「紀伊路」「中辺路」あるという。今回は「中辺路」の「近露王子~牛馬童子ふれ
  あいパーキング(道の駅)」までの約1.3Kmを専門野ガイドの案内でゆっくり1時間30分掛けて散策した。
  ここでガイドとお別れ、牛馬童子ふれあいパーキンから滝尻王子までは観光バスに乗った。熊野古道のツアー
  日程はここまでだ。
  
  ガイドはボランティアのいわゆる「語り部」と言われている方々だ。31名の参加でガイド2名で2班に分かれて
  案内して頂いた。私の班のガイドは女性で非常に解り易すく説明、解説が上手でベテランだった。
  王子とは、熊野に詣でる上皇や女院の先達つを務めた熊野修験者が作った神社だという(wikipedia辞典)。
  田辺観光の案内パンフレットでは、上皇や女院の休憩所となったところだとある。詣でる人々を迎え休憩する
  神社があったということだろう。

 

←ガイドの案内で出発

           
     近露王子の碑    近露王子から古道へ入る  

 

  牛馬童子像、
   以前首から頭を切断、持ち去った事で話題となった。 
   その後復元した 。盗難にあった頭は発見され現在
   資料館に保管されているそうだ。

 ここから急な坂道を下り 「1里塚跡」 を経て、
 「牛馬童子ふれあいング」 道の駅に着く。ガイドはここ迄。

  道の駅からは観光バスで滝尻王子・熊野古道館に行く。
  



 

       
     滝尻王子鳥居       滝尻王子社殿

 

←世界遺産熊野古道中辺路出発点
  滝尻王子・熊野古道館にある記念碑
  

 
*三段壁・千畳敷
  以前私は一度妻は二度来たことがあったので、さほど見事な景観だという感じはしなかった。

  
                                 三  段  壁

   
            千  畳   敷                 白浜のシンボルとして親しまれている円月島。
                                       臨海浦の南海上に浮かび、正式には「高嶋」と言い、
                                       島の中央に円月形の海蝕洞がぽっかり開いている                                            ことから「円月島」と呼ばれている。

*高野山
  弘法大使御廟・燈糧堂などのある「奥の院」、高野山真言宗大本山の金剛寺や根本大塔を案内人と回った。

   
      
   参道 両脇は墓地   この橋から先は聖地
                  奥突き当りが奥の院

 

 

        奥の院の入口 

         
       根 本 大 堂                         金 剛 寺

金剛峯寺の屋根は檜の皮を何枚も重ねた檜皮葺(ひわだぶき)になっている。その屋根の上に、桶が置かれており天水桶というのだそうだ。。これは普段から雨水を溜めておき、火災が発生したときに、火の粉が飛んで屋根が燃えあがらないように桶の水をまいて湿らし、少しでも類焼を食い止める役割を果たすとのことだ。



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