後期シルバーの戯言

一寸した日常生活・身辺雑記と旅日記

信濃三十三番札所めぐりー3回目 

2013年08月05日 | 神社・仏閣巡り

信濃33札所めぐり3回目である。天気予報では15時頃から雨で残念ながら的中14時ごろから降り始めた。

今回のコース
     倉科・5番妙音寺───森・6番観竜寺───松代・4番風雲庵───番外・善光寺・大本願・徳行坊で昼食
        ───保科・16番清水寺───松代・11番明真寺───松代・7番桑台院
  
   長野駅東口7時に出発17時30分に東口に帰った。

*5番妙音寺 曹洞宗 本尊・十一面観世音菩薩 愛称・竹ノ尾観音
   京で仏師となった青年が、故郷の美しい恋人を忘れられずに、思いを込めて彫ったものを、征夷大将軍に託したと言う伝説がある。
   明治初年の廃仏稀釈後に再興され、一時は里の人々に竹ノ尾の観音さんと親しまれ賑わったそうですが、今は手入れも されておらず
   朽ちかけた農家の様な本堂に山号額が掛けられているだけだった。

        
             妙音寺参道                               朽ちかけた農家の様な本堂 

          
         本堂に掛けられた山号額                     本堂の中に安置されている 十一面観音菩薩 

*6番観竜寺 真言宗智山派 本尊・千手観世音菩薩 愛称・森の観音様
   開基は諸説不明、江戸時代に再建、戦後荒廃、尼僧さんが住んでいた時期もあったそうだが、昭和五十年代より住職がおらず地元の
   信徒が守りっている。あんずの里として知られる森の集落の高台にあり、「森のお観音さん」という愛称で親しまれて いる。
   地元の信徒世話役が扉をあけて説明、帰りに杏ジュースを土産にくれた。観音堂内陣に安置されている本尊などの仏像は撮影禁止、
   外陣には天井絵奉納額などあった。

            
               観竜寺参道                                観 音 堂                 

            
                           外 陣 の 天 井 絵 (この奥の内陣に仏像が安置されている)

*4番風雲庵 元黄檗宗 本尊・聖観世音菩薩  愛称・清野観音
  川中島合戦の戦勝を祈願する武田信玄が寄進して古寺を再建し、風雲庵の名称で深く信仰したと言われており、  廃仏毀釈で一時は
  廃寺になったが、信仰篤い近在の人々の尽力で復興し地域ぐるみで守り続けている。
  観音堂は開けられず観世音菩薩像は拝観出来なかった。     

         
           参道階段と観音堂                                 山号の額

*客番・善光寺
   善光寺は殆どの札所めぐりの結願寺となっている。地元でなじみのある善光寺は初詣でなどで毎年参詣しているが、今回徳行坊の
   案内で「戒壇めぐり」と忠霊殿にある善光寺の宝物と大本願の宝物を拝観した。「戒壇べぐり」は二度目だが両方の宝物を拝観するのは
   初めてだった。善光寺の本尊は上杉・武田の争いで甲府に安置されたこともあったが、宝物は長野・甲府・米沢・に分散されているそう
   だ。忠霊殿の宝物には数年前善光寺を訪問されたチベットの元元首チベット仏教の法王ダライ・ラマが寄進した曼荼羅は見事なもの
   だった。大本願の宝物での一室には、中央に前立本尊を模した一光三尊如来像、右に明治天皇の位牌、左に旧朝鮮王朝が寄進した
   白い仏像が安置されていた。天皇の位牌が寺院にあるのは考えらずここだけだそうだ。皇室に関係のある門跡の寺院でもないそうだ。

          
          今まで気がつかなかったが、境内の大香炉の左側にある親鸞聖人の銅像で、背景に聖人にゆかりの松が植えられている。
          本堂外陣の「親鸞聖人のお花松」は「びんずる尊者」の左側にある。


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