後期シルバーの戯言

一寸した日常生活・身辺雑記と旅日記

南木曽三ツばつつじと妻籠散策

2015年04月19日 | 名勝旧跡巡り

16日チョコTripの「南木曽ミツバツツジ・妻籠宿散策と南木曽温泉」ツアーに行って来た。昨日までの荒れた天候も嘘のような青空で、17日からの天気予報も悪ので束の間の1日の晴天だった。人気のコースのようで44人乗りバスは満席だった。

7時10分長野駅東口を出発10時過ぎ南木曽町桃介橋の天白公園に到着、ミツバツツジの群生地を散策する。群生するミツバツツジは約400株だそうだ。

*ミツバツツジ

         

        

        

*桃介橋
  桃介橋は「電気王」といわれた福沢桃介が建設した橋だそうだ。福沢桃介は旧姓は岩崎で、福澤諭吉の婿養子となり福澤姓となり木曽川
 
 などで水力開発を手がけ、後に大手電力会社大同電力の初代社長となった人物だそうだ
。 

       

*妻籠宿 
  地元案内人が案内説明してくれた。
  妻籠宿は、中山道42番目の宿場中山道六十九次)で、現在は長野県木曽郡南木曽町

  隣接する馬籠宿岐阜県中津川市)と、馬籠峠を越える旧中山道史蹟と合わせて木曽路を代表す観光名所として名高い。

  経済成長に伴い全国の伝統的な町並みが姿を消してゆく中、いち早く地域を挙げて景観保全活動に取り組んだことが評価され、
  
1976年、国の重要伝統的建造物群保存地区の最初の選定地の一つに選ばれた。
  妻籠の人たちは町並を守るため、家や土地を「売らない・貸さない・壊さない」という原則をつくり生活しながら、町並を護って
  後世に伝えている。

              
   口留番所後;戦国時代から17世紀半ばまで関所が          高札場;今日の「官報掲示板」で幕府が庶民に対し禁制や法度等     
  開かれていたが後に木曽福島に統合された。                    を掲示した江戸時代の姿を復元したもの。                                                                               

      
     高札場からの宿場町並                            脇本陣奥谷:代々脇本陣・問屋をつとめた家で重要文化財に
                                                 指定されている。南木曽町博物館になっている。
                                                 島崎藤村の初恋の「ゆふ」さんの嫁ぎ先でもある。

       
   妻籠宿本陣;本陣に任命された島崎氏は明治に        妻籠宿の町並;左側の前庭のある家は明治以降た建て替えられた家で
   いたるまで、本陣・庄屋を兼ね勤めた。島崎藤村の             もともと宿場の家は道路に面して建てられいる。
   母の生家で、次兄広助が養子にきている。                 
   平成7年復元された。

         
   光徳寺;家並みの一番高い台地に石垣を築き建てられた     寺下の町並み;光徳寺の下にある通りから寺下の町並と呼ばれており
   寺で、明応9年開山されたと言われている。                宿場の町並から続いている。
                                             
                                       

    
     


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