成り行きアラカルト日記

人生は成り行きでありますが、日日是好日と考えて、日々の出来事を凡人の視点でアドリブ的に記載したいと思っております。

大人の発達障害が急増?

2011-02-17 23:57:28 | 三面記事的
成績優秀なのに仕事ができない “大人の発達障害”急増の真実(ダイヤモンド・オンライン) - goo ニュース

 仕事や対人関係などで、どうも上手くいかないと思いながら生きてきて、周囲に合わせるのに疲れて、ストレスまみれ、その結果うつ病になったり、酒に逃げたりして依存症、その他色々な不適応が起こる。
 これは性格なのか?と思いしが・・・実は「大人の発達障害」だったという展開の記事である。
 広汎性発達障害、注意欠如多動性障害、学習障害などの子供が問題になって、早期発見して、環境調整をはかりながら、応対していくことが必要だと言われているが・・・。
 問題は成績が優秀であり見逃されるケースや、障害が軽くて目立たないケース、無理な適応をしながらも大人になられたケースなどでは、ある時期や存在場所での不適応が出てきても不思議ではないだろう。表面的にはうつ病と診断されるが、その根底に発達障害などがあることも多いかもしれない。
 最近のことなのだろうか?過去のケースについては不明だが、児童の問題が表面化して教育場面で問題になるにつれ、大人の人にあってもおかしくないという認識が広まってきたのかもしれない。
 とりわけ、知能が高いが人の気持ちを読みきれない場合などが多いかもしれない。それなりの職について、自分のペースで生きていける場所を得た人は幸いであるが、そのような場所は少ないのが現状でしょう。
 まして、景気不良で、就労もままならない時代である。普通の人も不適応を起こしやすい。なおさら、発達障害のある大人が不適応になるのは不思議でもなんでもない。
 我々の大人の発達障害についての認識が先ずは大事なのかもしれない。
 それと、職場のメンタルヘルスを十分に考えることでしょうか。

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4 コメント

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僕は自分を (医学博士)
2011-02-18 20:54:03
アスペルガー症候群かな? と疑っています(笑)。然し内科の臨床家として患者さんや御家族との人間関係は大切にしています。ならばアスペではないのか? 自分では判りませんが共通一次(現センター試験)以降の若い医者には少し疑問を感じる今日この頃ですね
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それを言うなら… (サク)
2011-02-20 13:45:37
お久しぶりです♪
特別支援という仕事について2年。
いろんなことが研修などでわかってきました。
その結果出た答えが、
「それを言うならみんな発達障害やん!!」
ってことです(笑)。
わたしは小さい時から「言い出したら聞かない」と言われていました。それも一種のこだわりになると思います。
思うに、何でもかんでも診断名つけすぎだと個人的には感じてます。わたしも「大人の発達障害」的な本を読みましたが、その著者が上手いこと言ってました。
たしか、発達障害という日本語に翻訳したことがそもそもの間違いで、「アンバランス症候群」とかそういうものに近い。
と書いてありました。
それを言うなら「個性」ってそもそもなに?!
と思います。あまりにも「発達障害」という言葉に振り回されすぎない方が良いかもしれない。だけど、自分がそういう特徴を持っているって事を知れば、確かに手立てが分かってきて安心するのかもしれませんね。
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医学博士殿、コメント感謝です! (ウフフマン)
2011-02-20 23:39:02
アスペルガーで有名人はかなりいると言われておりますし、それなりの不適応がなければ、おそらくはアスペルガーと診断もされないでしょうしね。こんなことを言うと、怒られるかもしれないですが、最近のお医者さんの中には、マニュアル的な人が多い印象もありますね。成績優秀だけで、医学部へ入学され、医師への動機付けもなく親に勧められてなってしまった人も多いのでは。人の気持ちを推し量るのが下手なお方もいましょうしね。まあ、人間関係を大事にしたいという意識を持たれているなら、アスペルガーであってもどうでもいいんじゃないでしょうか。(笑)
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サクさん、こんばんわ! (ウフフマン)
2011-02-21 00:03:21
お久しぶりであります。色々と研修を受けられて分かったこと!~「それを言うならみんな発達障害やん!!」~とのお言葉!まさにそのとおりでありますよね。僕もそう思っております。おそらくは、昔は診断名をつけなさすぎで、「もう少し様子をみましょう」と児童相談所で言われて、気がつくと・・・てなことが多くてかなり無責任な時代があったんでしょう。そして、今は、診断名で安心する時代かもしれません。しかし、それなりの援助を受けるのに医学的な診断がいるのも事実でありますし、環境整備や応対技術についての知識も大事でありますから、キーになる言葉はいりましょう。
僕は個人的には「あらゆる人は発達のベクトルが各自違う方向性にある」という認識が大事だと思います。その意味では、誰もが発達障害でもあり、そうでもないわけです。しかし、環境(人間関係を含む)への不適応が起こった場合は対処しなければならないですし、予防的なことももっと大事だと思います。
「こだわり」についてですが、人間誰もがもっていますし、本能的な自己防衛が残ってくるんだと思います。個人差の大きいもので、生活に支障がくると神経症レベルになるのでしょう。
「個性」についてですが、僕は昔は「個性」という言葉に振り回された時代が長かったんですが、最近思うのですが、「個性なんてなくてもいい」ということでしょうか。昔、ごく普通に生活していた人々が、自分の個性がなんだかんだとかはまず言ってないですね。「個性」なんてあやふやな定義のない言葉はいらないのではないでしょうか。一時「障害も個性である」なんてことを言っていた人もいましたが、僕はなんだかなあ、ごまかしだなあと思いました。
教育関係で、「その生徒の個性を・・・」なんて話を聞きますと、???となります。(笑)
個性なんかより、楽しく生活する方がまっとうな生き方だと最近認識しました。かなり「遅れてきた青年いや中年」のわたくしめであります。
コメントありがとうございます。
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