関心空域 ━━ す⊃ぽんはむの日記

元「関心空間」の日記(引っ越し後バージョン)です♪

【で、考えた】 3月8日 DOODLEが『国際女性デー』に。文字記号のみ、LGBTにも配慮か❔

2019年03月08日 | 日記

きょうのドゥードゥルに朝一番、思わず反応してしまった。

テーマが『国際女性デー』だというのに、その「女性」を意味する各国の単語が並ぶだけ、という斬新なデザイン。これはLGBT解放に積極的に参画する、Googleという企業なりの運営方針が影響したのであろうか、と──。

たしかに最新の男女観(男女"感"に非ず!)に拠るならば、乳房や子宮を有し、スカートを履いてるのが女性なのではない。心や人格が「男性か女性か」は、見た目でも、いやパンツを脱いでみたとしても、けっして分かることではない。

となると⚡これはもう、文字や記号で表現するしかなくなってしまう。

でも待て。そもそも論を言えば、女性デーが制定されたのは「肉体的に男♂な種族」に「肉体的に女♀な種族」が虐げられている社会構造が在ったから、これを平等に格差無く生きていける構造に変えましょう、という理念から。だったら、あくまで「肉体的に女性」な人たちの姿を(記念日のシンボルとして)描けばいいのに、という考えもある。

が、それなら逆に今度は『国際女性デー』という名称の方が、ただ女性とだけ掲げてて説明が足りない(=誤解を招きやすい)という話になり、(それだけでは理路は整わず)違和感の収拾に結びつかないのだ。このあたり、急進的なGoogleだから「性とは、文字や記号でしか…」と言い切れもするが、当の国際社会のなかでは(まだまだ)議論や法制のモザイク状況、コミュニティ内の葛藤などが続いてゆくのだろう。

ところで、同じように面倒臭いのがオリンピック/パラリンピックである。参加種目を「性別」で区切っているため、ペニスの無い"筋骨隆々の"実質男性が「女性種目」を制覇する、といった問題が(かなり以前から)起き始めている。心が100%女性な人に対し、男性種目に出なさいと強要するのは「それこそ平等を欠き、精神的虐待ではないか」という批判と「肉体競技としての公平性」との狭間で運営団体は揺れている。

来年に迫った東京五輪のことを考えれば、「公衆トイレ」をどう設営し、どう掲示案内するか❔ という問題もある。目下の世界状況を考えれば、既存の公共トイレの大多数は肉体的な性別で分室されていて、いわゆる「トイレのマーク」も「それ(=男女分け)」を準(なぞら)えて定着したデザインだ。

が、人権先進国や北米の新興IT企業など、LGBT解放を先導する国家や社会環境のなかでは、徐々に「男女共通トイレ」が増え、そうした統合トイレを表す"国際標識"の率先普及を進める動きもある。もっと困難であったハズの『全面禁煙方針』さえ打ち出した日本は、果たして「この点でも」世界の"模範"たるを示すべき❔なのだろうか。


トイレは恒久施設だと言え(百歩譲って)あとで仕切り壁さえ付ければ「男女別の旧来型」に戻せるトイレ、なら造れなくもないだろう。

しかし残念ながら日本では痴漢(あるいは盗撮)対策もあって、同一空間にするなら(男性小便用を除き)全トイレ密室個室化の対策が欠かせない。それこそ、音さえ漏れぬほど。となると、今度は逆に(性犯罪やテロなど)防犯や緊急時対応のために相応の(カメラ式ではない何らかの)高感度&高信頼性のセキュリティ装置を「各室に」標準設置せねばならず、その監視要員を含めたら総費用、ざっと数十倍に。運用費に至っては何百倍にも嵩(かさ)んでしまう。人手不足のなか、そんな税金の使われ方は国民の誰も容認しないだろう。

というように、「LGBTに優しい社会」のお値段はけっして安くない。

コトは幅広く、人的な心遣いだけでカバーできる案件ではない。ぶっちゃけ「目が眩むほどの」整備負担コストこそが最大の「普及へのネック」で、多くの「LGBTとか何から何まで贅沢言うな。我慢しとけと冷たく突っぱねてる人たちの多くは、一概に「弱きに寄りそえない冷血漢」なワケでもない。

自分の苦痛を訴える前に、眼の前の現実を見ろ。性犯罪や監禁誘拐、テロ懸念 etc.が今の100分の1以下になるくらい、治安がカンペキな社会が到来しない限り、LGBTにさえ親身に寄り添えるような(共同トイレ云々の)社会システムの構築は、そも経済的に絶対無理だ❕❕ と突っぱねているに過ぎない。わたし個人には、そう思えてならないのだ。

財布に余裕がないのなら、物事の根っこから直視しないと。

カネの問題じゃない、心の問題だ❕ と激高する御仁も居よう。いやいや、心にも余裕がないのなら、物事の根っこから直視しないと。言ってる意味の結論に何ら違いは無い。

この社会の底から、市民ひとりひとりの気持ちから「荒んだ空気、妬みの渦巻く世情」を除去する努力や施策にこそ先ず「公費の限りを注ぎ込まずして」、その前に「もっとLGBTに優しくなれ。理解を深めろ。共感するならカタチや行動で証明しろ」と諭すのは、社会的な優先順位、心の解決手順として適当とは思えない。われらが苦闘するニッポン丸という船には、その前に乗り越えておかねばならぬ高波が、あまりにも天高く次々に迫ってきている。
=了=


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