すんけい ぶろぐ

雑感や書評など

綿矢りさ「インストール」

2005-11-18 08:19:21 | 書評
放浪編 その五


おそらくは、家出から二・三日経ったころでしょうか?
そのときの気分としては、「あまり小難しい本はなぁ~」といったもの。

で、手にしたものが、綿矢りさ「インストール」。

 晴れてチャット嬢となった私は、みやびの名で、会社でハラハラしながらコンピューターを開いているサラリーマンや昼に自由な時間がある浪人生、深夜に高速に出て働くトラックの運転手などの相手をした。私がチャットルームにいるのは朝と昼のみだから、やってくる人達の職種はそれくらいに限られているように思われた。が、もっともそれは推測で、嘘つき放題のチャットの世界だから職業を偽られている可能性は大だ。私自身だって、そりゃもう年齢も名前も嘘だらけ、インターネット上の匿名性を思う存分利用させてもらってここにいるので生意気なことは言えないが、〝いつもは忙しいビジネスマン〟と名乗る男があまりに多いのには呆れる。
  のりひろ>突然やけど聞かせてもらう みやびが一番感じるトコってどこ!?
  みやび>あのね、あそこの、でっぱったところ。
  のりひろ>クリトリス?
  みやび>やあだ
  のりひろ>クリトリス
 ぬれた。一つHな言葉を書かれるたびに、一つHな言葉を書くたびに、下半身が熱くたぎって崩れ落ちそうになり、パンツが湿った。その会話の内容に感じるというより、自分が今やっていることの不健康さに感じてしまうのだ。昼間に他人の押人れの中で制服着たままエロチヤット。
綿矢りさ「インストール」81~82頁 河出文庫
これを書いた当時は、作者は17歳です。

17歳の現役女子高生で、かつ美少女。そんな子が「ぬれた。一つHな言葉を書かれるたびに、一つHな言葉を書くたびに、下半身が熱くたぎって崩れ落ちそうになり、パンツが湿った。」などと書いている…………。

「たった。一つHな言葉を見つけるたびに、一つHな言葉を書いている綿矢りさを想像するたびに、下半身が熱くたぎっていきり立ち、パンツを押し上げた。」

…………そこまでは、いかないな。が、ちょい、グッとくるものがあったのは事実。


それは、ともかく。
ストーリーは、なんとなく違和感・疎外感を覚える女子高生が、学校を休んで、エロチャットのアルバイトをする、というもの。

「なんとなく疎外感」というものには、はっきりとした理由はありません。強いて言えば、将来に対する漠然とした不安と期待と抱負が混ぜこぜになり、その悩みから孤独を感じ、さらには違和感・疎外感を覚えている、という感じ。
ようするに、あの世代の少年少女なら、誰もが感じる感覚です。

で、その解消としてとった手段というのは、自立。

エロチャットというアルバイトによって、主人公は、二つの「騙し」をします。一つは、学校を親に無断で休みながら、通っている振りをするという「騙し」。二つには、エロチャット内で、風俗嬢を演じる「騙し」。

まぁ誰にでも経験をあるように、大人になる過程には、多かれ少なかれ親なり世間の期待を裏切るという手段によって、親が絶えず子供に抱いてるイノセンスとは背反する行為に出て、自立を得るものです。

そんなわけで、その「騙し」がバレた時点で、物語は終了します。ようするに自他共に認められて「自立」が完成した、ということなんでしょう。


簡単にまとめますと、大人への通過儀礼を「エロチャット」という現代的なもので表現した作品となっています。

その構図を、たかだか17歳の(美)少女が巧みに描いたというのですから、スゲェーとは思いました。(かたや、こちらは30になって家出…………)
17歳という年齢をぬきにしても、文芸賞受賞はうなづけるものはあります。
充分に書店の売場に並ぶだけの価値はあるでしょう。

が、17歳という話題性がなければ、そんなには売れなかったんじゃないかなぁ~?(そして、僕も読むことはなかったような気がする)


もとから「イジメがあった」とか「周囲との壮絶なる確執があった」とか「呪われた血の宿命を背負わされていた」などなど、そういう大仰な苦悩があるわけではなく、あくまでも、なんとなーくダリィー程度の悩みですから、読後に、深い感動があるというわけにはいきませんが、まぁ、大仰でないだけに、現代の少年少女のなんとなーくな雰囲気をうまく表しているのだと思います。

そんな作品でした。


インストール

河出書房新社

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