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白雲楼、起雲閣、日本タイプライター、康楽寺

白雲楼、起雲閣、日本タイプライターは全て父桜井兵五郎の資産からなり、父個人の寺「康楽寺」に寄付したものである。

慶応大学病院の天野隆弘医師

2008年06月13日 01時44分52秒 | 桜井芳忠

グーグル検索では私の鼻の手術を大変揶揄って居るような検索が盛んに出てくるが、実際脳天をメスで叩かれるとどのようになるか分かっていない面白半分で検索しているのであろう。731部隊の人体実験は存在しなかったという、記事もグーグルでは多い。之は原爆を落としたことで何十万人の人間が死んだことを隠蔽するのと同じ事である。私が診療を受けている慶応大学の天野医師の如きである。私のMRIやCTで私の頭蓋がメスで殴打された傷跡が写っているのに、その写真さえ隠し貴方が頭を殴打された証拠がないと否定するのにグーグルの検索も似ている。私が預けられた能登の弁谷栄の731部隊の親戚関係人である医師達に、痰疽菌を飲まさら、トラコーマをワザとと遷し、親戚の眼科医に痰疽菌の入った消毒液をたっぷり目に流し込み、頭が狂って来たとき相談すると鼻が悪いからだと、親戚の耳鼻咽喉科の医師に通わせ、塩水で鼻の穴をゴムホースで塩水をぶっ掛けて其の後たっぷりと痰疽菌を鼻の穴に塗りこめると、私の頭脳の髄膜が炎症を起こし、益々頭がおかしく狂ってしまったのである。そこ頃になって、私に急に近づき鼻の手術を盛んに勧めた同級生の浜谷徹夫は、国立金沢病院の種村龍夫院長が耳鼻科の世界的権威であるから、鼻の手術を受ければ頭のおかしくなった状況が直ぐ治る、自分も受けて治った、盛んに鼻の手術を進められ、私は騙されたのである。実際に手術の台にのって、初めて手術をするのが偽医師の飯田高校の国語の教師である中村晃章であることが判ったのである。私は逃げ出す事も出来ずされるまま鼻の骨を機械で削られたのである。種村龍夫院長は手術台の横にいて、私の鼻の粘膜が単に炎症を起こしているに過ぎないのに、鼻の骨が腐っていると横から大きな声で周囲に話しかけていた。手術前にレントゲンさえ一枚も撮らずいきなり手術する事はいくら世界の権威たとしても許されざる行為である。削り取らなくても良い左右の鼻の骨をカクノゴトク削りとられたのである。三度目は看護婦さえ付かず勿論種村医師の姿は見えない個室で、耳鼻咽喉科の診察台に似た散髪台の髭剃りのスタイルで頭蓋骨をいやと言ううほど叩かれたのである。私の頭は完全に狂って元に戻らなくなった。50年後其のメスで叩かれた跡の残ったMRIやCTを見ていながら、写真を隠し、叩かれた証拠が無いといったのが慶応大学の天野隆弘である。日本の医学会は狂っているとしか思えない。厚生省のエイズ問題と同じ構造である。政治家と企業にまつわる日本的な風景が見えてくるのである。

http://blog.goo.ne.jp/stendhal_ht/e/5e950fc711366c8650d3c8a53d36f6ab


731部隊の生体実験した細菌

2008年05月17日 23時06分38秒 | 桜井芳忠

731部隊で最も研究された細菌は,炭疽菌であり攻撃的病原体としては最も優れていると確信されていた。最も有効な菌株が開発され、動物についての大規模な実験及び人体実験が行われたと金沢医大の増田が発言している。

経口、或いは食物、呼吸器、傷口からの感染、注射等で人体実験が行われ、科学的結論を出すに十分なもであったという。明らかに感染の方法は十分確認された。人間の最低感染量を調べようとしても感染から発病までの潜伏期間があり、いつどこでどれだけの病原体によって感染発病したか正確につかむのは難しい。之を正確につかむためには人体実験しかない。最低感染量正確に導き出すことが出来る。

 鼻疸の研究は石井四郎及び石川太刀雄丸、髄膜炎については二木秀雄、石井四郎を行ったという。

鼻疽は鼻、口、目の粘膜から、伝染し髄膜炎と起こす。これは私が国立金沢大学で受けた、種村龍夫院長指揮の下、中村晃章偽医師の執刀のメスで頭蓋骨の強打でも同様な状態を起こす。先ず最初単なる髄膜炎を起こすように少量づつ鼻疸を与え、髄膜炎を起こさせたが、この程度であれば、自然に治癒する確立が高い。

私の場合は鼻疸の粉薬を味噌汁の中にいれ、飲まして様子を見ていたのである。其の効果でノイローゼにさせ、其れは鼻が悪い性だと、鼻の洗浄に行かせ、鼻の粘膜に鼻疸」を直接塗ったものである。これで直ぐ風邪を引きやすくなり、重い髄膜炎を起こさせ、鼻汁が過剰にでるようになり鼻の手術を受けさせるように導き、際頭蓋骨を強打させれば、もう治ることはなくなるのである。鼻の手術の前から症状で出ていたのであるから、手術で症状が治らなくなるでけで手術の前後の症状は、かわらないのである。従って鼻の手術のせいとは思わなかったわけである。

以上の如く私の鼻の手術は、731部隊の人体実験により科学的実証にもとづいて実行されたのである。


悪魔の飽食

2008年05月16日 23時00分58秒 | 桜井芳忠

森村誠一氏が731部隊について日本で、初めて書いたドキュメンタリーと云われている。戦後アメリカ軍は日本に進駐して、731部隊の資料を入手を条件に、生体実験した731部隊の40乃至50名の医師団を免責した。ハルピンで生体実験された人々は三千人を超えていたといわれている。当時の日本の侵略に抵抗した者を捕らえ、裁判をする事も無く731部隊に送り込まれ、生体実験に供されたのである。主に当時の反日勢力で日本軍に抵抗した人達である。第一次大戦では細菌兵器や毒ガスで、殺された人は千五百万人に達したため、ジュネーブ協定で細菌兵器や毒ガス兵器の製造が禁止されたのである。京大医学部を卒業した石井四郎は世界の禁止された兵器の必要性を、軍部の上層部に進言して、731部隊がハルピンに創設されたのである。軍部上層部のみの極秘事項として取り扱われたのである。当時日本は物資が不足しており、細菌兵器が有効であると説いて回ったそうである。それを強力に支持したのが、石井四郎の恩師、京大医学部の病理学室教授の清野謙次である。彼が石井四郎の731部隊の生体実験を行う人材を、供給するシステムを作り、東大、阪大や慶応医学部の若い医師を731部隊に送り込んだのである。生体実験が出来るということは、医師にとって大変魅力的なことであったらしい。生きた人体を解剖し、細菌を与えた効果を測定して、標本を作るのである。独逸のアウシュビッツのユダヤ人大量虐殺よりも、人間の心理的に与える影響はオゾマシク、実験をするのを医師は避けて通ったといわれる。細菌の量やその与える情況により人体がどのように変化するか、を生体を解剖して確認し標本を作るのである。

 ありとあらゆる場合の、細菌の人体に与える病理学的人体実験が行われた標本が作成されたのである。この資料をアメリカ軍が欲しかったのである。こうゆう実験をすることは、人間は躊躇するであろう。

私が金沢国立病院で受けた、種村龍夫院長の下受けた中村晃章偽医師のメスの頭蓋骨強打の実験の標本もあったと思われる。このような実験を受けた人間はどのような精神的、肉体的影響を人体に及ぼすかは731部隊で実験済みだったのである。


私と731部隊と海軍技術中尉桜井芳忠

2008年05月15日 22時33分19秒 | 桜井芳忠

私は17歳の時、金沢国立病院で種村龍夫院長の下、鼻の手術をうけた。其の時私の手術をした飯田高校教師の偽医師中村晃章がメスで頭蓋骨を私の頬の肉を切り開き、頭蓋底から頭蓋骨を強打し、私は驚愕して執刃医を見ると薄っすらと汗をカキナガラ、力を込めて私の頭蓋骨を強打するその男の顔を見たのである。確かに飯田高校の教師の中村晃章であった。このような行為は普通の神経では出来ない。過去に何度もこのようなことを行ったとしか思えない。恐怖に襲われながら、頭蓋骨が叩かれている現実に驚愕した。このことは何度も記述したけれど、この病院は731部隊と大変関係深いことを私の手術した種村院長を調べるうちに知ったのである。 新宿の国立病院の跡地から何十体もの人間の骨が出てきた事など極最近のことであったが、そこが731部隊の本部であった。そこで生体実験を戦前行っていたのを隠すため、解剖した遺体を隠したのが工事中に出てきたのである。 731部隊のことは極最近まで真相ははっきりしなかったが、ここ10年に極めて詳細な研究が色々発表されている。極最近ではキャノンの創立者が731部隊に所属、していたと報道されている。 そうゆう関係では、海軍中尉桜井芳忠は海軍軍政部のあったセレベス島のマッカサル病院長であった金沢国立病院長の種村氏と私の手術した男の三人は既知の間柄であったのである。 特に金沢は731部隊とは関係が深かった。731部隊の隊長で陸軍軍医中将の石井四郎は、四校、京大を出て陸軍軍医となり、その後731部隊を創設、金沢医大の講師として731部隊の活躍を医学校の生徒たちに講義した。その医学校の生徒の中に私を手術した男もいたのである。731部隊の石川太刀雄丸は生体実験の標本800本を持参して、金沢医大の教授に昭和18年に就任している。同じく金沢出身の二木秀夫や増田知貞などは、内藤良一とミドリ十字を設立しておりハルピンでの生体実験の成果である、乾燥血清や血漿の技術を企業化したといわれている。

 白雲楼をデザインした武田五一氏は、日本観光や日本タイプライターの取締役であった福島行信邸を設計しているが、福島氏の妻の弟である清野謙次邸を設計した関係からといわれており、云うまでもなく清野謙次は731部隊創設者石井四郎の恩師と言う関係である。従って海軍中尉桜井芳忠は戦後日本観光取締役となり、白雲楼支配人として、731部隊との関係が戦後も続くこととなり、私の鼻の手術が金沢国立病院で行われたのである。  


遊 支 漫 遊 (五)

2008年05月08日 09時14分41秒 | 白雲楼
遊支漫録 (五)
日支の文化的結合ー我輩は漫遊中最も痛切に必要を感じたとは日支の文化的結合であった、教育慈善
その他社会的の結合方法は、即ち進んでは両国人の結婚をも奨励し現在二つの社会を将来は殆ど一つのものにする大方針が必要成と感じたのである、即ち日本人は現在も猶小国である。日本の現在の土地、人口.富力を持ってしては決して世界の大国と称することはできない。只我我は大国のような心持を有っているのは此処に膨張力があるからである、人口に於いて移民による勢力範囲は拡張に於いてどんどん膨張するからである。故に我我に対して此膨張的趨勢を阻害する何等か世界的の障害が起こった場合には我我は極力之に抗争しなければならぬ必然的運命を持っている。然るに支那は人口に対して土地は有り余って居る富源は沢山あるが、之を開発する幾多の要素を欠いておる、我我は進取的なるに反して支那は保守的である、有無相通ずることにより両国民の幸福を増進すべき先天的約束状態にある、この特質と事情を異にしたる国民は然も同一人種である、同一族である。之を世界の大勢より観察し現在の事実に徴すれば、民族間の生存競争は未だ免れぬ、この度の世界大戦も畢竟はジャマン及びアングロサクソンの両民族の抗争である,此勢にして免れざる限り日支の民族はその運命を一にして居る。支那人が世界の大勢に圧迫せられ其の国民が萎縮することありとすれば即ちこれ日本国民の将来の圧迫である。又日本国民が能く白人に対立して異色人種の特色を発揮する場合は、同時に異色人種たる支那人も直接間接その生存発展を容易にする道理である。故に此両国民が一層その社会関係経済関係政治関係を密にすることは両国の利益たるのみならず、先ず世界の大勢上しかあらざる運命である。我輩が日支の文化的結合関係を両国の最大経倫となすは即ち此意義に外ならぬのである。然るに遺憾千万にも両国の政治家は未だ此の点に気付かぬ。多少気付いているも之を実現する誠意と勇気をかいている。我輩は第四十国会において教育関係より前述の意義に於いて岡田文部大臣に質問したるも、此の点に関しては何等の経倫も持っておらぬ、その事実は速記録にあきらかである、独り岡田君のみならず内閣諸公中勝田君が多少経済関係において意見ある以外支那に対する百年の大策を持って居るののは居らぬ。本野子は桜井は一度支那に行ってきて支那通を振り回すと謂ったそうだが支那に対する問題は支那に行くも行かぬもないではないか、多少世界の大勢を観じ東亜に国をなす両国の事情に鑑みみたならば其の根本の問題だけは自ら解決出来る訳である。本野子と雖も元老の弱い意見に囚われず冷静に達観したならば或る程度までは分かる事であろう。又在野の政治家にも対支根本問題については種々の意見もあるが練れて居らぬ。従って難しいことばかり言っおる、我輩は憂慮に堪えぬとか日支親善とか干渉とか不干渉とか、くだらない文字の争いをするよりは先ず支那の留学生を多く引付けるとか支那に対して学者教育者を送るとか学校を建てるとか医師を送るとか、投資の道を開くとか、大資本ばかりでなく小資本も行けるように便宜の道を開くとか、両国民の往復を頻繁にすること、又政治経済関係に於いては当面事功を急がず、百年の大計を樹てて支那人をして自覚して彼より接近しくるようにするとか云うことは尤も必要と思うのである。然るにわが国の政府政治家はかかる方針で従来やっておるかどうか、口を開けば支那問題を云うが具体的に少しもこれ等の仕事をやっておらぬではないか、無論仕事をするには相当の金は掛かる、併しながら、対支問題がそれほど大切としたならば、年に千万や二千万の金を惜しむに足らぬ、朝鮮を指導するに従来幾何の金を掛けたか、五千万や一億円ではないのである。しかるに我が現在の政治家が朝鮮に十倍する大切な支那に対し二十万三十万のはした金をおしんでいる一度出兵すれば二十億や三十億雲散霧消する西比利亜出兵すら稍もすれば決しそうになるが、支那に対しては何事もせぬ、我が政府政治家の盲目にはあきれざるを得ぬ。之に比すと米国の政治家は却々えらい。彼等の支那に対する関係及び各種の方面に於ける必要はわが国の必要程度に比すると余程薄いものであるがそれにも不拘らず彼等の計画するところ百年の大計である。先ず教育関係については団匪事件の賠償金の半額即ち念五十万円づつ斗を支那に寄付しこれをもって留学生を送らして居る。又北京には四百万円の大金を投じて清華学堂という大学を建てて居る、又多くの宣教師と医師を派遣しこの両者が一致して宗教慈善の方面より支那人を教導し米支の社会的結合関係を作りつつある。故に支那人は歳月とともに米国人に親しみ米国人を尊敬し、米国の資本を仰ごうとしておる。此の間日本は何をして居るか支那の国民に反感を抱かれて居る段祺瑞一人を助け支那を統一せんとしては度々失敗して居る。米国の仕事は歳月と共に功績が現れ分量を加われが日本の仕事は歳月と共に悪評が加わり反感を増す斗りである。わが国には小なる小手先利の外交官はあるかしらぬが、百年の将来を達観する明達の士が無い、対支外交も向後は根本問題より立て直さなければ駄目である。而して方針としては第一に文化的結合方針、第二に経済的結合方針、第三に政治的結合方針である第三の目的は第一第ニの目的を達し、両国人の幸福を増進すると言う明確なる自覚を支那人に与えなければだめである功を急いで本野の手柄にしよう寺内の手柄にしようというようでは全然失敗を免れぬ。支那人は研究すればするほど寛大な国民である、平和な国民である自由を愛する国民である、独立自治の感想に富んだ国民である。幾多の欠点もあるが又却々の美点を有する国民である、我我日本人は彼を教えると共に又教えられるべき点も少なくないようである、交際すれば却々興味が多い言語だに通ずれば全く異邦人と言う観念がない、今後百年幾百年の後は言語風俗も殆ど一致してしまうかも知れぬ、其の頃ともならば大正の初頭において日本にこれこれの政治家もあったと本野寺内原敬あたりが茶飲みの噺の材料となるかも知れぬ。その際小学生に笑われぬような心掛が尤もたいせつである。何れ近き将来に外交方針否対支根本方針の確立を必要とする機会もあろうが願わくば朝野の政治家に一大猛省を促したいのである。(完)