遊 支 漫 録 (四)
支那の社会階級ー前三回に亘って支那の経済方面の観察を述べたが、今回は社会方面の一端を述べて見たいと思う、それは支那の社会階級のことであるが、此点を少し極めて置かなければ支那に対する観察が往々にして誤りを生ずるからである、殊に政治方面に於いては此社会状態の日本なぞと異なる点を除外して観察したならばそは大なる誤りを生ずるのである、支那には社会階級が四つある上中下とそれに会匪という一階級があるのである、上は貴族中は資産家及び読書人、下は農工商人であって此の点まではわが国と同様である。然るに最後の会匪と云う一階級、之が即ち我が国なぞと異なる階級を有する点であって支那は之あるが為に、社会的疾患国家的衰弱状況に陥って居ると見えるのである、而して会匪なる者の本体は何であるかと云えば北に於いては馬賊、南に於いては可老会とか曰く何々会とか云う無職にして略奪を事とする土匪の階級である、支那に於いては此階級は却々数も多く
而も彼等の間一種の連絡があって相当の治世を見ることもあるも彼等の階級を根絶することは出来ないのである、一例を挙ぐれば南京とか安慶とか言う都会に彼等が公然甲板を出して運搬の取り扱いをなすのである、それは運搬の労務に服するの意味でなく彼等の此店に渡りを付ければ途中略奪に逢うことなく安全に物品が目的地に達すると云う意味である、彼等の立場よりすれえば途中手先を出して全部を略奪する代わりに申込者に対しては幾分の略奪を止めて後は保障し残すと云う結果になるのである、云わば国家として公然賊徒の組合を許している訳である。好んで之を許した訳ではないが如何なる時代もこれを根絶するが難しく自然に黙許せられている訳である。地方庁が中央に税金を送るにすらこの匪賊に亘りをつけて途中の安全を図るというに至って我我は唖然として謂うところを知らずと云う外はない。此匪賊のなかである者が勢力を得一地方を支配するに至れば従来中央政府は止む無く之に官職を授け之を抜擢の例が甚だ少なくない、現在の各督軍省長の中にも八九名は此会匪出身の者がある、現に奉天省兼督軍の張作霖、吉林猛恩遠、安徴の倪司仲等はそれである。馬賊会匪から督軍省長に憂国の至誠経世的抱負があろうか、尤もその土地は無学の者と雖もその人に自覚を与えることがある奉天の張作霖が始めて省長になったときに演説会に臨み、余は馬賊の出であって従来能く人の物を掠ったが省長になっ以上決して人の物はとらぬから安心して呉と誠を込めて演説をしたそうである之はその地位を得た場合に於ける一種の自覚である、会匪で必ずしも盗賊根性脱せずとは云わぬが、要するにその前身においた之等の経歴を有するものは督軍省長となるも概して自己本位である、節とか国家全般のこととか云う概念は頗る薄いようである、支那の政争を看て居ると南方か北方か分からない督軍或いは亦我我日本人の了解できない事柄が時々起こるが之は凡て国家観念の無い自己一点張りの勢力家が地方にあり中央は亦之を圧倒するの威力なく政略によって之を支配して行こうとする、即ち両者相俟って所謂戦国策で行こうとする是が我我日本人に時々了解出来ない事態の現わるる所以である、畢竟社会状態の相違より政治も亦斯くの如く奇現象を呈するのである、即ち社会を離れた政治はなく国民を離れた政治は現われ得ない、若し政治が悪ければそは一面国民の反映なりとして国民の反省すべき原理も此の間に看守し得られるのである、尤もこは社会と政治の関係を云ったものであって、経世家の任務抱負は之を独立して存在意義を有する、即ち国家乱れ社会衰えんとせば之を指導啓発すべき経世家の任務は愈々重きを加える訳であって之を社会の反映なりとして黙過するが如きは本来経世家の忍びざるところである国乱れ英雄出とは一面このことを立証するものであろう。
支那の善政ー支那人は能く善政を云う国民である善政だに得れば統治者の如き満人たり将た日本人たりとも選ばないとまで極言するものすらある、善政は彼等の唯一の目的であある併し彼等の所謂善政は比較的単純である、之を約言すれば、「第一階級が第四階級を圧迫して第二第三の階級を保護し之に幸福を与えることが善政である、第一階級の者が第四階級に対し誅求する之が即ち善政である、と云うので、現在南方孫派の如きは之を旗印としている所謂悪政である、第一階級が多く会匪出身者と結託し第二第三を圧迫する、即ち多数の領民を救済するのが我我の任務であるおと盛んに主張しておる、之は支那の現状に於いては誠に道理ある見解にして是非そうなけらばならぬが、第四階級者を全々政権外に駆逐するのは容易の業ではない、支那国内に此大業を成し遂げるもの無しとすれば,天は支那人以外の者に此大任を授けて、四億の創生を救済するの時期があるかも知れぬ。
支那人の合邦論ー支那人中日支の合邦論を唱えるものがある、其の要旨は日本と支那を合邦し亜細亜国を造り、日本の陛下を大天子と仰ぎ、支那は清朝を腹壁して清帝を小天使と仰ぎ、統治の大号令は凡て大天子より発し、小天子は支那に対して与えられたる権限内に於いて自治的に内部行政を支配すると云う議論である。この論者は宗社党に其の人ありと知られたる姚文操君である、晀君は宗社党中の時勢通で粛親王の参謀長格相当官歴もある人今は上海にありて隠然宗社党を牛耳っている、我輩は一日一行と離れ宗社党の名士を歴訪したが此姚君の議論は一寸驚いた、我輩は晀君に向ひ其の議論の当否は暫く別として支那人中貴下を除いて其の議論に賛成する人はあるまいと云うと、晀君不思議な面持にて之は驚いた言葉である、支那人中の識者でこの議論を唱える者は甚だ多い、故宣盛懐氏も持論として之を唱えた亦現支那の官吏にして公然文章を以ってこの議論を公にするものが甚だ少なくない、崋竟は之が実現せらるべき運命をもっていると答え、我輩の種々の質問に対し支那人は保守的であって能く内に盛業を楽しむが外に当たる事は不得手である、特に近世に於いて外交や戦争に勝ったことが無い、日本人は進取が特徴である故に軍事外交の事は日本人に担当してもらう方が幸福である、又漢人は自ら統治者を出した例は極めて少ない、歴史上の統治者は皆外より来たものであ現に清朝の如き長白山の麓より起こった外来のものである我我は統治者のの如何を問うよりも寧ろ善政が最後の目的である、殊に世界の大勢より察すれば亜細亜国を造って白人に蹂躙せれれざるの準備が最も必要である能く両国の運命と世界の大勢を察するところがなければならぬと、歴史を論じ世界の大勢を論じ熱心に主張して居ったのである、我輩はわが国人に之を伝える、人道の為に相提携してやろうじゃないかと云って熱き握手を交わして別れを告げたが實に支那人は面白い国民である。(未完)
支那の社会階級ー前三回に亘って支那の経済方面の観察を述べたが、今回は社会方面の一端を述べて見たいと思う、それは支那の社会階級のことであるが、此点を少し極めて置かなければ支那に対する観察が往々にして誤りを生ずるからである、殊に政治方面に於いては此社会状態の日本なぞと異なる点を除外して観察したならばそは大なる誤りを生ずるのである、支那には社会階級が四つある上中下とそれに会匪という一階級があるのである、上は貴族中は資産家及び読書人、下は農工商人であって此の点まではわが国と同様である。然るに最後の会匪と云う一階級、之が即ち我が国なぞと異なる階級を有する点であって支那は之あるが為に、社会的疾患国家的衰弱状況に陥って居ると見えるのである、而して会匪なる者の本体は何であるかと云えば北に於いては馬賊、南に於いては可老会とか曰く何々会とか云う無職にして略奪を事とする土匪の階級である、支那に於いては此階級は却々数も多く
而も彼等の間一種の連絡があって相当の治世を見ることもあるも彼等の階級を根絶することは出来ないのである、一例を挙ぐれば南京とか安慶とか言う都会に彼等が公然甲板を出して運搬の取り扱いをなすのである、それは運搬の労務に服するの意味でなく彼等の此店に渡りを付ければ途中略奪に逢うことなく安全に物品が目的地に達すると云う意味である、彼等の立場よりすれえば途中手先を出して全部を略奪する代わりに申込者に対しては幾分の略奪を止めて後は保障し残すと云う結果になるのである、云わば国家として公然賊徒の組合を許している訳である。好んで之を許した訳ではないが如何なる時代もこれを根絶するが難しく自然に黙許せられている訳である。地方庁が中央に税金を送るにすらこの匪賊に亘りをつけて途中の安全を図るというに至って我我は唖然として謂うところを知らずと云う外はない。此匪賊のなかである者が勢力を得一地方を支配するに至れば従来中央政府は止む無く之に官職を授け之を抜擢の例が甚だ少なくない、現在の各督軍省長の中にも八九名は此会匪出身の者がある、現に奉天省兼督軍の張作霖、吉林猛恩遠、安徴の倪司仲等はそれである。馬賊会匪から督軍省長に憂国の至誠経世的抱負があろうか、尤もその土地は無学の者と雖もその人に自覚を与えることがある奉天の張作霖が始めて省長になったときに演説会に臨み、余は馬賊の出であって従来能く人の物を掠ったが省長になっ以上決して人の物はとらぬから安心して呉と誠を込めて演説をしたそうである之はその地位を得た場合に於ける一種の自覚である、会匪で必ずしも盗賊根性脱せずとは云わぬが、要するにその前身においた之等の経歴を有するものは督軍省長となるも概して自己本位である、節とか国家全般のこととか云う概念は頗る薄いようである、支那の政争を看て居ると南方か北方か分からない督軍或いは亦我我日本人の了解できない事柄が時々起こるが之は凡て国家観念の無い自己一点張りの勢力家が地方にあり中央は亦之を圧倒するの威力なく政略によって之を支配して行こうとする、即ち両者相俟って所謂戦国策で行こうとする是が我我日本人に時々了解出来ない事態の現わるる所以である、畢竟社会状態の相違より政治も亦斯くの如く奇現象を呈するのである、即ち社会を離れた政治はなく国民を離れた政治は現われ得ない、若し政治が悪ければそは一面国民の反映なりとして国民の反省すべき原理も此の間に看守し得られるのである、尤もこは社会と政治の関係を云ったものであって、経世家の任務抱負は之を独立して存在意義を有する、即ち国家乱れ社会衰えんとせば之を指導啓発すべき経世家の任務は愈々重きを加える訳であって之を社会の反映なりとして黙過するが如きは本来経世家の忍びざるところである国乱れ英雄出とは一面このことを立証するものであろう。
支那の善政ー支那人は能く善政を云う国民である善政だに得れば統治者の如き満人たり将た日本人たりとも選ばないとまで極言するものすらある、善政は彼等の唯一の目的であある併し彼等の所謂善政は比較的単純である、之を約言すれば、「第一階級が第四階級を圧迫して第二第三の階級を保護し之に幸福を与えることが善政である、第一階級の者が第四階級に対し誅求する之が即ち善政である、と云うので、現在南方孫派の如きは之を旗印としている所謂悪政である、第一階級が多く会匪出身者と結託し第二第三を圧迫する、即ち多数の領民を救済するのが我我の任務であるおと盛んに主張しておる、之は支那の現状に於いては誠に道理ある見解にして是非そうなけらばならぬが、第四階級者を全々政権外に駆逐するのは容易の業ではない、支那国内に此大業を成し遂げるもの無しとすれば,天は支那人以外の者に此大任を授けて、四億の創生を救済するの時期があるかも知れぬ。
支那人の合邦論ー支那人中日支の合邦論を唱えるものがある、其の要旨は日本と支那を合邦し亜細亜国を造り、日本の陛下を大天子と仰ぎ、支那は清朝を腹壁して清帝を小天使と仰ぎ、統治の大号令は凡て大天子より発し、小天子は支那に対して与えられたる権限内に於いて自治的に内部行政を支配すると云う議論である。この論者は宗社党に其の人ありと知られたる姚文操君である、晀君は宗社党中の時勢通で粛親王の参謀長格相当官歴もある人今は上海にありて隠然宗社党を牛耳っている、我輩は一日一行と離れ宗社党の名士を歴訪したが此姚君の議論は一寸驚いた、我輩は晀君に向ひ其の議論の当否は暫く別として支那人中貴下を除いて其の議論に賛成する人はあるまいと云うと、晀君不思議な面持にて之は驚いた言葉である、支那人中の識者でこの議論を唱える者は甚だ多い、故宣盛懐氏も持論として之を唱えた亦現支那の官吏にして公然文章を以ってこの議論を公にするものが甚だ少なくない、崋竟は之が実現せらるべき運命をもっていると答え、我輩の種々の質問に対し支那人は保守的であって能く内に盛業を楽しむが外に当たる事は不得手である、特に近世に於いて外交や戦争に勝ったことが無い、日本人は進取が特徴である故に軍事外交の事は日本人に担当してもらう方が幸福である、又漢人は自ら統治者を出した例は極めて少ない、歴史上の統治者は皆外より来たものであ現に清朝の如き長白山の麓より起こった外来のものである我我は統治者のの如何を問うよりも寧ろ善政が最後の目的である、殊に世界の大勢より察すれば亜細亜国を造って白人に蹂躙せれれざるの準備が最も必要である能く両国の運命と世界の大勢を察するところがなければならぬと、歴史を論じ世界の大勢を論じ熱心に主張して居ったのである、我輩はわが国人に之を伝える、人道の為に相提携してやろうじゃないかと云って熱き握手を交わして別れを告げたが實に支那人は面白い国民である。(未完)