加藤陽子
『それでも日本人は戦争を選んだ』朝日出版社2009年
著者は日本近現代史の専攻で、東京大学文学部の教授である。何日か前の新聞紙上のインタビュー記事を読んで彼女の発言に興味を覚え、かねてから名著と聞いていたこの本を読んでみたいと思った。
読み終わって、いい勉強をさせてもらったというのが感想である。
本書は、2007年から2008年にかけての年末年始の5日間、著者が横浜市の栄光学園の生徒を相手に行った集中講義の講義録である。
日本の近現代を、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変と日中戦争、太平洋戦争の五つ時代に区分し、日本がなぜ無謀な戦争へと突き進んでいったのかを考えさせようとしている。
時の施政者、外交官、官・軍の実務家、農民、技術者などの残した膨大な一次資料を巧みに引用するとともに、それを取り巻く米・英・中などの諸外国の思惑や政策決定の過程にも触れ、日本の命運が歴史的にいかに定まっていったかを、実証的にかつ分かりやすく記述している。
登場する人物を生身の人間として描いているのが、魅力的であり、挿入されている略地図が歴史の地政学的な理解の助けになっている。
わたしには、「第一次世界大戦」から「満州事変と日中戦争」の章がもっとも読みごたえがあった。
日露戦争を経て列強の仲間入りをした日本が、国内的には政党政治が空洞化して軍部にヘゲモニーを握られ、国際的には身勝手な論理と行動から孤立して行く過程が、実にわかりやすく丁寧に述べられている。第一次世界大戦とその戦後処理が、日本にとって大切な岐路であったことがよく理解できた。
2001年9月11日の同時多発テロへのアメリカ政府の対応と、日中戦争における日本政府の対応の類似性や、1863年のゲティスバークにおけるリンカーン大統領の演説の内容の戦争における意味の記述は、なるほどとうならされた。
本書の中で、著者は日本の現在に対する重要な警句を発している。
1930年代の日本には、政党政治を通しての「社会民主的な改革」を行う形が整っていた。しかし、納税額で制限された選挙権による議会や政党政府は、小作料軽減とか労働組合の団結権制定といった民意を汲むように機能していなかった。
それに対して、こうした民意を実現しようとする「疑似的な改革」推進者が現れ、それが軍部への人気を高める結果につながった。
著者はこの時代の状況と、現在の小選挙区制がもたらした政党政治の空洞化の状況とを対比させている。「この道はいつか来た道」などという短絡的なことを言っているわけではないが、傾聴すべき指摘である。
出版から15年を経過しているが、特に若い人たちには読んでほしい本である。
STOP WAR!