『24アワー・パーティ・ピープル』という映画を観た。80年代の音楽シーンに起こった「マンチェスター・ムーヴメント」を取り上げた映画ということで、この間観たばっかの『リヴ・フォーエヴァー』前夜って感じでリンクして面白いかなっと思って。しかし、考えてみれば私、この映画に出てくるジョイ・ディヴィジョンもハッピー・マンデーズもリアルタイムじゃないどころか、全然詳しくなかった。なので、イマイチ盛り上がれず…。というか、マンチェスター・ムーヴメントを取り上げてるっていうもんだから、てっきりストーン・ローゼズやスミスも出てくるのかと期待していたけど、ぜんぜん出てこなかった(元ローゼズのマニはエンジニア役で一瞬出てくるけど)。出てくる主なバンドはと言えば、ジョイ・ディヴィジョンとハッピー・マンデーズだけ。ニュー・オーダーも出てくるけど、これはイアン・カーティス亡き後のジョイ・ディヴィジョンが名前を変えて新しく出発したバンドだし。『リヴ・フォーエヴァー』では、音楽業界全体、さらには、政治や経済などの地代背景も大きく取り上げて、社会全体から見た一つのムーヴメントとして「ブリットポップ」に迫っていたけど、この『24アワー・パーティ・ピープル』はちょっと視点が違うみたい。『リヴ・フォーエヴァー』は全部本人だけど、これは俳優が演じてるわけだし。
ムーヴメントを取り上げたというより、そこにいた若者達の光と影を映し出したって感じ。76年、当時まだ無名だったセックス・ピストルズのライヴがマンチェスターで行われた。観客はたったの42人。しかし、その中に、後にマンチェスター・ムーヴメントと呼ばれる動きを起こしていく人物が何人もいた。いや、と言うより、そこにいた人物がピストルズのライヴに触発されたのであり、それが全ての始まりだったというわけだ。その中の一人で、インディ・レコード会社「ファクトリー」の設立者であり、クラブ「ハシエンダ」を作ったトニー・ウィルソンが語り部となって物語は進んでいくので、出演者も、彼の周りの彼に関わりの深い人物だけに搾ったのだろう。社会全体の動きの中の一つというより、あくまで内輪の視点から描かれていて、また内輪中心に描かれているのでどうしても閉塞感が漂う。シチュエーションも暗いライヴハウスの中やイギリスの曇った空の下がほとんどだし、音楽もどこか退廃的で陰鬱な空気があるし。そのため、この辺の音楽に疎い私は、イマイチ入っていきづらかったのだけど、逆に、この周辺の音楽が好きな人にとってはタマラナイ作りになっているのかも知れない。それに、その分、より人の手による手作り的な感覚が伝わってきたし、ムーヴメントというのは、社会という実体の知れない何かが動かすのではなく、一人一人の行動が動かしていくのだということを実感させられ、トニーが自分の血でサインした契約書のその血の匂いまで伝わってきそうな、血と汗と涙の青春物語になっているとは思う。でも、それは、実際には、セックス、ドラッグ&ロックンロールって感じだったけれど…。
ただ、内輪で盛り上がるだけには終わっていない。なぜなら、時折トニーがカメラ目線で視聴者に語りかけてくるのだ。しかも、その現場にいながら、あくまで現在の視点から当時を振り返るような語り口で。だから、観てる方も当時にタイムスリップして盛り上がるというより(というか、それをさせてくれない感じ)、あくまで今の視点から当時を振り返るという姿勢にならざるを得ない。まるで台風の目の中に立たされた気分。しかも、『リヴ・フォーエヴァー』と違って、現在の視点を持たされているのはトニーだけで、他の登場人物は皆、当時の姿だけで描かれているので、余計に1対1というか、一人で向き合って考えざるを得なくなる。これは、盛り上がってお終いじゃなくて、このムーヴメントが何だったのかを視聴者一人一人に考えて欲しいということなのだろうか。さらには、この映画が、視聴者にとって、トニー達にとってのピストルズのライヴのような存在になって欲しいということなのだろうか(それは行き過ぎ?)。
うーん、もうちょっとこの辺のバンドに詳しくなったら、もう一回観てみたい、かな。何気ない会話で面白いのもあった。「ブライアン・マーティンか?」「違う! それはブライアン・エプスタインだ! マーティンはジョージ・マーティンだ! てんでなってない!」みたいな(笑)。あ~、「ファクトリー」って「アップル」のようなもんだったのかも…。それと、ムーヴメントの渦中から離れたふとした街中のふとした酔っ払いの男の言葉が、この映画のもう一つの裏テーマのようなものを言い当てているのが面白かった。「全ての栄華はいつか衰える。しかしそれ自体が希望なのだ。悲しみもまたいつか終わるのだから…」というような盛者必衰の理をあらわす、娑羅双樹の花の色のようなお言葉? しかし、それ自体が希望だ、と。ちょうどシロップの「リアル」を思い出した。<命によって 俺は壊れた/いつかは終わる そんな恐怖に/でも命によって 俺は救われた/いつかは終わる それ自体が希望>(By Syrup16g「リアル」)。そう言われたトニーは、「分かっている。分かっている」と何度も繰り返し呟いていた。
ムーヴメントを取り上げたというより、そこにいた若者達の光と影を映し出したって感じ。76年、当時まだ無名だったセックス・ピストルズのライヴがマンチェスターで行われた。観客はたったの42人。しかし、その中に、後にマンチェスター・ムーヴメントと呼ばれる動きを起こしていく人物が何人もいた。いや、と言うより、そこにいた人物がピストルズのライヴに触発されたのであり、それが全ての始まりだったというわけだ。その中の一人で、インディ・レコード会社「ファクトリー」の設立者であり、クラブ「ハシエンダ」を作ったトニー・ウィルソンが語り部となって物語は進んでいくので、出演者も、彼の周りの彼に関わりの深い人物だけに搾ったのだろう。社会全体の動きの中の一つというより、あくまで内輪の視点から描かれていて、また内輪中心に描かれているのでどうしても閉塞感が漂う。シチュエーションも暗いライヴハウスの中やイギリスの曇った空の下がほとんどだし、音楽もどこか退廃的で陰鬱な空気があるし。そのため、この辺の音楽に疎い私は、イマイチ入っていきづらかったのだけど、逆に、この周辺の音楽が好きな人にとってはタマラナイ作りになっているのかも知れない。それに、その分、より人の手による手作り的な感覚が伝わってきたし、ムーヴメントというのは、社会という実体の知れない何かが動かすのではなく、一人一人の行動が動かしていくのだということを実感させられ、トニーが自分の血でサインした契約書のその血の匂いまで伝わってきそうな、血と汗と涙の青春物語になっているとは思う。でも、それは、実際には、セックス、ドラッグ&ロックンロールって感じだったけれど…。
ただ、内輪で盛り上がるだけには終わっていない。なぜなら、時折トニーがカメラ目線で視聴者に語りかけてくるのだ。しかも、その現場にいながら、あくまで現在の視点から当時を振り返るような語り口で。だから、観てる方も当時にタイムスリップして盛り上がるというより(というか、それをさせてくれない感じ)、あくまで今の視点から当時を振り返るという姿勢にならざるを得ない。まるで台風の目の中に立たされた気分。しかも、『リヴ・フォーエヴァー』と違って、現在の視点を持たされているのはトニーだけで、他の登場人物は皆、当時の姿だけで描かれているので、余計に1対1というか、一人で向き合って考えざるを得なくなる。これは、盛り上がってお終いじゃなくて、このムーヴメントが何だったのかを視聴者一人一人に考えて欲しいということなのだろうか。さらには、この映画が、視聴者にとって、トニー達にとってのピストルズのライヴのような存在になって欲しいということなのだろうか(それは行き過ぎ?)。
うーん、もうちょっとこの辺のバンドに詳しくなったら、もう一回観てみたい、かな。何気ない会話で面白いのもあった。「ブライアン・マーティンか?」「違う! それはブライアン・エプスタインだ! マーティンはジョージ・マーティンだ! てんでなってない!」みたいな(笑)。あ~、「ファクトリー」って「アップル」のようなもんだったのかも…。それと、ムーヴメントの渦中から離れたふとした街中のふとした酔っ払いの男の言葉が、この映画のもう一つの裏テーマのようなものを言い当てているのが面白かった。「全ての栄華はいつか衰える。しかしそれ自体が希望なのだ。悲しみもまたいつか終わるのだから…」というような盛者必衰の理をあらわす、娑羅双樹の花の色のようなお言葉? しかし、それ自体が希望だ、と。ちょうどシロップの「リアル」を思い出した。<命によって 俺は壊れた/いつかは終わる そんな恐怖に/でも命によって 俺は救われた/いつかは終わる それ自体が希望>(By Syrup16g「リアル」)。そう言われたトニーは、「分かっている。分かっている」と何度も繰り返し呟いていた。