原孝至の法学徒然草

司法試験予備校講師(弁護士)のブログです。

証拠保全

2011-07-05 | 民訴法的内容
では,証拠保全の話を。指導弁護士の先生曰く,一生弁護士をやってもそう何度も出くわすものではなく,先生ご自身も医療過誤事件の時に何度かやったくらいだそうです。ちなみに,この証拠保全,実際にやると「マルサの気分」だそうな(笑)どういうことかは,最後まで読んで頂ければわかると思います。

証拠保全ですが,どういうものかはイメージしやすいと思います。本来の証拠調べ手続を待っていたのでは,証拠調べが不可能になったり,困難になったりする場合に,あらかじめ証拠調べを行っておく手続きです。職権で行うこともできますが(237),処分権主義が妥当する領域なので,原則として当事者の申立てによって開始されます(234)。

その申立ては,書面で行います(規153)。相手方不明でも証拠保全はできます(236)。ひき逃げ事例などで,後の民事損害請求に備えて,などがイメージしやすいでしょうか。その書面(申立書)で,保全の必要性(なぜ保全する必要があるのか)を疎明します(規153)。裁判所は,証拠保全の必要ありとすれば,証拠保全決定をします。決定なので,口頭弁論を必要とせず(87Ⅰ),申立人を審尋することはあっても(87Ⅱ),相手方を審尋することはほとんどないです。保全の必要性の典型例の一つが,証拠の改ざん・隠ぺいの危険です(医療過誤事件を想起してください)。相手方の審尋をしたら,その機会を与えてしまいかねませんから。

こういう過程を経て行われた証拠保全における証拠調べの結果は,本訴訟に上程されると,証拠調べの結果と同一の効力を持ちます(242)。では,以下,逐条形式で少し。

(証拠保全)
【第234条】  裁判所は、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があると認めるときは、申立てにより、この章の規定に従い、証拠調べをすることができる。

①「あらかじめ」とは,訴訟における本来の証拠調べの時よりも前という意味で,提訴前・提訴後,いずれのタイミングでもできます。ここが大きなポイントです。提訴前の先制攻撃的に証拠保全ができるのです。この意味で,証拠保全には,証拠開示的機能があると言われたりします。カルテなんかはまさに典型。患者が提訴して,訴状が被告に送達されてしまえば隠匿や破棄のおそれがあるので,そういう事態に対応するために証拠保全があるのです。

証拠保全は,「証拠調べの先取り的実施」であるので,文書については書証の取調べとして行う必要があるのですが,特に提訴前においては,訴状も何もない段階なので,裁判所としては心証を形成する対象がありません。そこで,実際には検証として行われることが多いようです。何が書いてあるか,ということが保存できればいいわけですし。

なお,カルテを提出させたい場合は,証拠保全の申立てと同時に,文書提出命令の申立てを同時並行的に行います。


(管轄裁判所等)
【第二百三十五条】  訴えの提起後における証拠保全の申立ては、①「その証拠を使用すべき審級の裁判所」にしなければならない。ただし、最初の口頭弁論の期日が指定され、又は事件が弁論準備手続若しくは書面による準備手続に付された後口頭弁論の終結に至るまでの間は、②「受訴裁判所」にしなければならない。
2  訴えの提起前における証拠保全の申立ては、③「尋問を受けるべき者若しくは文書を所持する者の居所又は検証物の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所」にしなければならない。
3  急迫の事情がある場合には、訴えの提起後であっても、前項の地方裁判所又は簡易裁判所に証拠保全の申立てをすることができる。

ここ,管轄がちょっとややこしいわけです。まず,大原則ですが,通常の証拠調べはどこがやるか?もちろん,受訴裁判所です。証拠調べは心証形成のためですから,判決を下すべき受訴裁判所がやります。証拠保全もそれでいいではないか,と思いますが,実は提訴前に証拠保全をする場合なんかは受訴裁判所がないんです。それから,提訴直後に行う場合は,受訴裁判所はあっても,争点も何も見えない段階なので,心証形成をするには無理があり,ならば受訴裁判所が行う理由は乏しいわけです。他方,証拠保全は,迅速・密航の要請もあり,最寄の裁判所にやってもらう必要性もある。こんな考慮から,次の通りの規律になります。時系列に沿って書きます。

まず,2項。提訴前の段階です。受訴裁判所はない段階ですので,受訴裁判所がやる要請は全く働かない。ならば,③「尋問を受けるべき者若しくは文書を所持する者の居所又は検証物の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所」にやってもらうべき,ということになります。

次に,時系列順でいうと,1項本文。この1項本文は,「提訴後だが,まだ実質的審理が始まっていない段階」を規定しています。この段階においては,受訴裁判所がやるべき要請はそれほど大きくないのですね。ですから,①「その証拠を使用すべき審級の裁判所」がやることになります。①「その証拠を使用すべき審級の裁判所」とは,受訴裁判所の裁判官(例:広島地方裁判所民事3部A裁判官)が所属している裁判所(例:広島地方裁判所)のことで,例に示したケースだと,広島地裁民事1部や2部の誰か別の裁判官がやる(受訴裁判所を構成する)こともあるというわけです。

時系列順の最後が,1項但書です。口頭弁論期日指定後から口頭弁論終結まで,要するに,実質的審理が行われている間,ということです。この時点においては,心証形成のために受訴裁判所がやるべき要請が強いので,そのようになります。

(相手方の指定ができない場合の取扱い)
【第二百三十六条】  証拠保全の申立ては、相手方を指定することができない場合においても、することができる。この場合においては、裁判所は、相手方となるべき者のために特別代理人を選任することができる。

最初に述べた通りです。ひき逃げのケースなんかが典型です。ただ,後に当事者になるべき者の利益保護のために,特別代理人の選任がせきるのですね。

(職権による証拠保全)
【第二百三十七条】  裁判所は、必要があると認めるときは、訴訟の係属中、職権で、証拠保全の決定をすることができる。

イレギュラーな規定です。職権証拠調べを認めた旧法の名残であって,一般的な職権証拠調べの規定が削除された現在ではその妥当性はやや疑われています。本訴訟で職権証拠調べが例外的に許される事項に限って,職権証拠保全を認めるべきとの見解もあります。このように押さえていいのではないでしょうか。なんで証拠保全には職権の規定を残したんでしょう?タイミングを逸するとできなくなるので,特に本人訴訟なんかを考えると必要な場合があると考えられたからでしょうかね?

(不服申立ての不許)
【第二百三十八条】  証拠保全の決定に対しては、不服を申し立てることができない。

証拠保全の緊急性の要請から,不服申立はできません。不服申立やってる間に証拠が隠ぺい・改ざんされたら全く意味がありませんので。

(受命裁判官による証拠調べ)
【第二百三十九条】  第二百三十五条第一項ただし書の場合には、裁判所は、受命裁判官に証拠調べをさせることができる。

これはまぁ,説明不要でしょう。

(期日の呼出し)
【第二百四十条】  証拠調べの期日には、申立人及び相手方を呼び出さなければならない。ただし、急速を要する場合は、この限りでない。

但書,証拠保全の緊急・迅速の要請がよく出ています。原則的には,証拠調べなので,当事者に立会権があるということは押さえてください。

(証拠保全の費用)
【第二百四十一条】  証拠保全に関する費用は、訴訟費用の一部とする。

そりゃそうです。ただ,証拠保全は行われたものの,本訴が提起されなかったらどうなるかについては規定がないのが玉に傷。

(口頭弁論における再尋問)
【第二百四十二条】  証拠保全の手続において尋問をした証人について、当事者が口頭弁論における尋問の申出をしたときは、裁判所は、その尋問をしなければならない。

証拠保全は必ずしも受訴裁判所がやるとは限らないし,相手方が立会っていない場合もありうる(236・240)ので,再尋問できるということです。もちろん,それが可能であれば,ということです。証人が死亡してしまって再尋問できなくなっても,証拠保全の結果に影響を与えません(でないと証拠保全をする意味がない)。

こんな風にして行われる証拠保全は,本訴訟内の証拠調べと同一の効力を有するので,それを利用したい当事者は,証拠保全の際の証拠調べ調書を書証として証拠調べの申立てを行うまでもなく,援用するだけで足ります。

で,「マルサ」の意味ですが,実際に証拠保全としての証拠調べを行う時は,相手方にも呼出状を送達するわけなんですが(240),これがあまりにも早かったら証拠保全の意味がないわけです。ですから,書記官が直前に送達して,相手方に時間的余裕を与えず,相手方病院(など)に乗り込んでカルテを見ていく,こういうものだそうです。相手方が,パニックに近くなっていたり,「寝耳に水」という状態であることも珍しくないとか。

証拠保全については,これだけ知っていれば十分だと思います。渾身の記事でした(笑)


<参考文献>

別冊法セミ・基本法コンメンタール「新民事訴訟法2」(日本評論社)213頁以下


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4 コメント

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素晴らしい解説でした! (受験生@大阪)
2011-07-06 01:48:19
こんなに具体的イメージを沸かせる解説を書ける先生を尊敬します。なんでこんなにわかりやすく痒いところに手が届くことが書けるのでしょうか。。。

先生、本を書いてください…
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Unknown (はら)
2011-07-06 19:21:46
そう思っていただけたなら,良かったです~。

本,書きたいんですが,なにぶんご存知の通りの身分なので…。はがゆいんですが,しばらくはそれはできない,としか申し上げられません(涙)
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Unknown (受験生@大阪)
2011-07-07 02:56:56
すみません、それは承知だったのですが。。。

修習って罪ですね!受験生の救世主を奪うわけですから!

記事、楽しみにしています!刑法のマイナー犯罪なども書いていただけると嬉しいです。

現役生に向けた記事を読み、今さらながらに反省しました。複数該当してしまいました。。。
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Unknown (はら)
2011-07-07 18:16:30
いえいえ。そういう趣旨で書いたんじゃないので,何らお気にせず。ま,自由になりたいのはヤマヤマなんですが,しょうがないですよね~。

刑法のマイナー犯罪ですね。なるほど。ちょくちょく書きますので,お楽しみに~。
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