原孝至の法学徒然草

司法試験予備校講師(弁護士)のブログです。

任意捜査の限界について少し

2011-12-03 | 刑訴法的内容
司法試験頻出のテーマです。「必要性・緊急性を考慮したうえ,具体的状況のもとで相当と認められる限度で」という規範は,誰でも出てきます。したがって,この点を論じる問題が出た場合は,あてはめ勝負ということになります。

「あてはめ勝負」とは,どういうことか。あてはめが苦手な人は,規範の意味を「正確に」「具体的に」理解していないものです。以下,オービスの判例(最判S61.2.14)の判旨を用いて,ちょっと説明します。

=判旨引用=

「速度違反車両の自動撮影を行う本件自動車速度監視装置による運転者の容ぼうの写真撮影は,現に犯罪が行われている場合になされ,犯罪の性質,態様からいって緊急に証拠保全をする必要があり,その方法も一般的に許容される限度を超えない相当なものであるから,憲法13条に違反せず,また,右写真撮影の際,運転者の近くにいるため除外できない状況にある同乗者の容ぼうを撮影することになっても,憲法13条,21条に違反しないことは,当裁判所昭和44年12月24日大法廷判決(京都府学連事件)の趣旨に照らして明らかである」

=引用終わり=

<ステップ1>「必要性」「緊急性」「相当性」の要件の捉え方

この点は,かつてブログに書いた点なので,それを引用します。「必要性」「緊急性」「相当性」が3つの独立の要件として並列に並んでいる,という捉え方は正しくありません。

=引用はじめ=

Ⅰ.必要性&緊急性、相当性の比較衡量とみるか

Ⅱ.あくまで相当性判断をするものであって、必要性・緊急性は下位基準とみるか

ですが、おっしゃる通り、判例は厳密にはⅡに近い分析の仕方になっています。高輪グリーンマンションでは、「事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容される」と述べていまして、この「勘案して」に注目すればⅡのように捉えるのが正確です。「事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情」の部分を一言でまとめると「必要性・緊急性」となるでしょうから、判例の規範は、「必要性・緊急性を勘案して、具体的場面において相当と認められる限度」か否か、ということになります。こうした思考を経て、講義では、「必要性と緊急性は一括りのもの」という旨を述べました。

…とここまで書くと気付いていただけるかもしれませんが、「必要性・緊急性を勘案して、具体的場面において相当と認められる限度」か否か、というのは、要は「必要性・緊急性」VS「相当性」の比較衡量を行っているわけです。どうしてこういう作業を判例がしているのかといえば、真実発見と人権保障、要は比例原則的視点を具体化した、といえるでしょう。

とすると、ⅠもⅡも本質的には同じことをしているわけです。「相当性」という一つの大きな枠の中で必要性・緊急性を考えるか、必要性・緊急性を先に検討してそれと(手段の)相当性を検討するか、の順序というか線の引き方の違いです。やっていることは同じなので、結論は変わりません。

ではどうして講義やココでⅠの説明をしたかというと、より実戦的であるから、というわけです。スタ論を添削していて感じたのは、「下位規範として」「考慮する」というのがどうもしっかり理解できていない。これを抽象論としてではなく、実際に答案で検討する時に「書ける」かたちで理解してもらうためにはⅠの説明の仕方の方がよかろう、というわけです。

必要性・緊急性が大きければ相当性は認められやすい(手段として多少の逸脱までは許容される)、逆に、必要性・緊急性に乏しければ相当性は認められにくい(手段としての相当性は厳格に判断される)、ということなのですね。大切なのは、①必要性、②緊急性、③相当性、がそれぞれ肯定されれば任意捜査としてOK、というような単純な判断枠組みではないということです。

以上の次第で、Ⅰ・Ⅱは本質的に同じと考えて差し支えないと思います。このあたりをじっくり考えると、むしろ理解が深まるかもしれません。

=引用終わり=

<ステップ2>「必要性・緊急性」と「相当性」の具体的意味の理解

まず,「何の」「必要性・緊急性」なのか,という点を理解する必要があります。引用した最判S61.2.14からすると,正解は,「証拠保全の」「必要性・緊急性」です。より広く,他の問題にも通用する言い方をすれば,「捜査の」「必要性・緊急性」ということになります。ここも,できれば具体的に押さえたい。捜査は,犯人の特定(犯人性)と証拠の収集のために行われます。重大事件で,犯人がいまだ特定されていないなら,その捜査を緊急に行う必要性が高まります(参考判例として,最判H20.4.15など)。オービスの場合,犯罪自体は道路交通法違反等の軽微なものなのですが,ただ,当該オービスでの撮影の機会を逸すると,検挙はほとんど不可能になります。要は,証拠収集に他の方法がないと言えます。その意味で,捜査の,オービスでの撮影による証拠保全の必要性・緊急性が大きい,といえます。

次に,「相当性」ですが,これは,「当該捜査の手段としての」「相当性」を意味します。原則として,「捜査対象者の権利を極力侵害しない方法で行われているか」という視点で考えていきます。より,制限的な他の方法があれば,違法になりやすくなります。オービスの場合なら,もっと遠くから撮れないか,最小限の範囲の撮影になっているか,撮影された写真の処理はどうか,などの点が考慮要素になりましょう。そして,「右写真撮影の際,運転者の近くにいるため除外できない状況にある同乗者の容ぼうを撮影することになっても,憲法13条,21条に違反しない」という判文からすると,捜査対象者以外の者の権利・利益にも配慮しているか,ということも1つの考慮要素となっています。捜査対象者以外の第三者の利益を侵害するようなかたちで捜査を進めることは許されませんから,これはそういう趣旨であると理解してよいでしょう。もっとも,答案として書く場合,通常は,捜査対象者の権利・利益に対してどれだけの制約があるか,それは受忍限度内か,という視点の方が重要になります。

このあたりを以下に具体的に書けるか(指摘・分析できるか),ということがこのテーマでの点数を分けます。判例の分析も,表面的なものにとどまらず,こういった視点を持って進めてください。

<参考文献>

池田・前田「刑事訴訟法講義<第3版>」(東京大学出版会)81頁以下

最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
修習お疲れ様でした。 (TM)
2011-12-13 21:27:32
高輪マンション事件について質問させて下さい。
この判例の枠組みとして、U+2460任意同行及びその後の留め置きが実質的逮捕にあたるかU+2461取り調べが任意捜査としての限界を越えないか、という二段階で考えるのが一般的だと思います。

では、U+2460の検討の際、実質的逮捕にあたらないとしても、任意同行自体について、任意捜査の限界を越えないか、という検討は不要なのでしょうか。
U+2460とU+2461の対象とする行為がいまいちはっきりせず、うまく書けなくてもやもやしています。
返信する
Unknown (はら)
2011-12-14 03:34:55
最新版の百選(第9版)で言うと,決定要旨の()の部分で,任意同行それ自体が任意捜査の限界を超えるか否かの検討をしています。ただ,ほとんど問題がないので,あっさりとOKの結論が示されています。決定要旨()との比較から,ここでの任意同行は,同行した一時点を捉えているのではなくて,夜11時まで行われた取調べ(任意の事情聴取)終了までを指しているものと言えます。強制的要素があったとは認められないでしょうから,これは任意としてOkという判断でしょう。

その後の決定要旨()以降で,宿泊を伴う取調べの適法性を論じているわけですが,さすがに,任意の事情聴取を宿泊&監視付きで行っていいのか,という問題が出てくるわけです。逮捕勾留した場合と異ならないのではないか,というわけです。

「もやもや」しているのは,富山地裁昭和54年7月26日が頭のどこかにあるからだと思います。この事案は,朝,任意同行して,逮捕状が出ていたにもかかわらず日付が変わるまで事情聴取状態を引っ張って,それから逮捕状の執行をしたケースです。要は,身柄拘束時間の「引き延ばし」とも言える行為が行われた事件です。結論としては,通常人が帰りたいであろう19時以降は,実質逮捕(強制)であって違法だ,ということです。高輪グリーンマンションの事件は,夜,犯人が自白して,寮に帰りたくないという上申書を書いていた,要は,任意に応じていたとみられる状況があったのに対し,富山の事件は,そのように任意に応じたとみられる状況がなかった,という点です。これに加えて,富山の事件は日付も変わり,かつ,時間制限の不順守の意図も見て取れる。そのあたりから,任意同行当夜の任意の事情聴取の適法性の判断が分かれたと整理してよいかと思います。
返信する

コメントを投稿