原孝至の法学徒然草

司法試験予備校講師(弁護士)のブログです。

平成27年司法試験「出題趣旨」(刑法)に関する若干のコメント

2015-11-01 | 新司法試験制度・情報など

1.甲の罪責について

>甲は,新薬開発部部長として,新薬の書類を管理していたと認められるところ,同部長職を解かれ,後任部長に事務の引継ぎを行った際,金庫内に保管されていた新薬の書類も引き継ぎ,これを保管している金庫の暗証番号も後任部長に引き継いだが,金庫の暗証番号自体に変更がなく,甲は,金庫から新薬の書類を持ち出すことが事実上可能であったという事実関係を前提として,新薬の書類に対する甲の占有は喪失したものといえるのかを論じる必要がある。仮に,新薬の書類に対する甲の占有が失われていないとしても,後任部長にも新薬の書類に対する管理権が存在するとすれば,新薬の書類を持ち去る甲の行為は,共同占有者の占有を侵害することとなる点に注意が必要である。

 

→拾うべき事実についての指摘です。これらの事実を拾えたでしょうか?おそらく多数派は,引継ぎが終了しているので甲に占有はないため,横領ではなく窃盗だと論じたと思います。その際,「甲に占有がないから横領ではない」ということを論じる必要がありますが,窃盗を成立させるなら,窃盗の構成要件充足性をきっちり論じなくてはいけない。主従の逆転する答案はよくない。

 

>Cのかばんを奪い取るという甲の行為がいかなる構成要件に該当することとなるのかを確定する必要がある。具体的には,甲は,Cに対して有形力を行使(暴行)していることから,甲の行為が強盗罪に該当するか窃盗罪に該当するかを論ずる必要がある。その際には,いわゆる「ひったくり」に関する判例・学説を理解していることが期待されている。

 

→この程度で強盗とするのは厳しいかな。判例と照らしてみても,この程度では強盗にしない。「判例の事案をよく理解して実務家としての相場観を持っているか」を問うているということだと思います。

 

>甲の意図は,甲のかばんの取り返しであるから,仮に,甲の認識のとおりの事態であった場合,甲の行為が正当化されるかどうかを検討する必要がある。これが肯定されれば,甲は違法性阻却事由に関する事実を認識していたことになるし,否定されれば,その認識は違法性阻却事由に関する事実を認識していたということにはならない。そして,本件で問題となる違法性阻却事由は,正当防衛ないし自救行為であるところ,そのいずれであるかは,甲の認識どおりの事態,すなわち,Cが甲のかばんを駅待合室から持ち去ったという事態が存在すると仮定した場合,その事態が急迫不正の侵害に当たるかどうかという点を検討することになる。そして,侵害の急迫性に関しては,窃盗罪の既遂時期との関係を意識する必要がある。すなわち,本件において,Cが駅待合室にあった甲のかばんを持ち去ったと仮定した場合,Cは駅待合室を出て駅改札口を通過するところであったから,窃盗は既遂に至っていると考えられるが,窃盗の既遂時期と侵害の急迫性の終了時期は必ずしも一致しないことを意識して急迫性の有無を論じることが期待されている。

 

→急迫不正の侵害を肯定するのは,かなり厳しいかな。「今,まさに侵害行為が行われようとしている」という場面では全くなく,とすると,正当防衛筋だと誤想防衛に持っていくことになるわけですけども,甲が,「今,まさに侵害行為が行われようとしている」と誤想しているわけではないので,ちょっと立たないなぁ,と。具体的事案を考える時には,典型的事案に引き付けて考えるのが大事。誤想防衛というのは,急迫不正の侵害がないのに,あると「誤想」した場合。本件の事案とは,違うわけです。なお,正当防衛→誤想防衛筋でいく場合には,「誤想」を認定しなくてはいけない。本問だと,その認定が厳しいでしょうかね。甲は,「今,まさに侵害行為が行われようとしている」と思っているわけではないので。かくして誤想防衛が無理なら,「誤想自救行為」だと出題趣旨は言っているわけですが,ここは難しい。受験生が制限時間内で検討するにはかなり厳しかったと思います。面白い,応用的な話ですけどね。

 

2.乙の罪責

>乙は,甲に持ち掛けただけで自ら実行行為を行っていないことから,乙の罪責について,共同正犯,教唆犯の成否を検討する必要がある。その前提として,乙は,一部の実行行為さえしていないから,いわゆる共謀共同正犯の肯否が問題となり得るが,これは判例の立場を踏まえて,簡潔に論ずれば足りる。

 

→「簡潔」でいいです。ここは。こんなところをぐだぐだ書いてはいけない。ただ,一言は書けということ。

 

>その上で,共謀共同正犯と教唆犯の区別について,自らの区別基準を踏まえて,その基準に事実関係を的確に当てはめることが求められる。具体的には,共謀共同正犯の成立根拠について触れた上,成立するための要件を示すことによって共同正犯と教唆犯の区別基準を明示した上,その要件に具体的な事実を当てはめることが必要である。なお,乙について教唆犯とする場合でも,共同正犯と教唆犯の区別基準を踏まえた論述によって共同正犯を否定した上で,教唆犯の要件に事実を当てはめることが求められている。

 

→「共謀共同正犯の成立根拠」から説き起こせと。要するに,そういう話しをすっとばしてはいけない,ということ。コンパクトにスマートに書きたいところ。まぁ,正犯性があるのは明らかなので,共謀共同正犯でいいでしょう(それが多数派でしょう)。

 

>そして,業務上横領罪と窃盗罪との間に重なり合いが認められた場合には軽い罪の限度での重なり合いを認めることとなろうが,業務上横領罪と窃盗罪とは懲役刑については同一の法定刑が定められているものの,窃盗罪には罰金刑が選択刑として規定されていることを踏まえ,そのいずれが軽い罪に当たるのか述べることが求められる。

 

→罰金がありうる窃盗の方が軽い。これは,類似事例で応用できますので,押さえてください。

 

3.丙の罪責

>次に,丙が甲のかばんを持ち去った理由は,これを交番に持ち込んで逮捕してもらおうというものであり,丙には,甲のかばんをその本来の用法に使用する意思はおろか,何らかの用途に使用する意思もなかった。窃盗罪については,判例上,故意とは別個の書かれざる主観的構成要件要素として,不法領得の意思が必要とされている。そして,判例(大判大4・5・21刑録21輯663頁)は,不法領得の意思の内容につき,「権利者を排除して,他人の物を自己の所有物として,その経済的用法に従い,利用し処分する意思」と解しているところ(近時の判例として最決平16・11・30刑集58巻8号1005頁がある。),この不法領得の意思の内容をどのように解するのかによって丙の窃盗罪あるいは占有離脱物横領罪の成否が異なることとなるから,不法領得の意思について,その概念を述べるだけでなく,その内容にも踏み込んで論述し,これに丙の意思を当てはめて,丙に不法領得の意思を認めることができるのかを論ずることが肝要である。

 

→丙については,ここが最大のポイント。出題趣旨を読む限り,丁寧に論じて欲しかったようですね。「内容にも踏み込んで論述し」と言っています。


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