【哲成視点】
最近、村上享吾の様子がおかしい。なんだか、よそよそしいのだ。
……あ、いや、別に、以前は仲良くしてた、というわけではない。でも、話しくらいはしていた。でも、今は話しかけても素っ気ないというか……
「だから、あいつはそういう奴なんだって」
帰り道、オレの親友・松浦暁生に話すと、肩をすくめてそう言われた。
「気分屋なんだよ。本気で相手してると振り回されるだけだぞ?」
「えー……」
「相手にすんな。お前まで怪我させられたらたまんねえし」
「だーかーらーそーれーはー」
暁生は、村上享吾のことを無視したり邪険にしたりすることは決してないのだけれども、本当は奴のことをよく思っていない。「渋谷慶をわざと怪我させた」という噂を信じているからだ。何度も否定しているんだけど聞いてくれない。たぶん、暁生は渋谷と仲が良いから、渋谷のことが気の毒で、どうしてもそう思ってしまうんだろうけど……
「違うって渋谷も……」
「ああ、分かった分かった」
「うう」
口元にノートを押しつけられて、言葉が止まってしまう。
「これ、サンキュ。助かった」
「おお。もう終わったのか。早えな」
暁生は野球が忙しすぎて宿題をやる暇がないので、同じ先生の教科は、オレがやったノートを貸してやっているのだ。主要5科目は筆跡が違うから代わりにやることはできないけれど、技術とか美術とかの課題は、途中まではオレがやって、仕上げ段階で暁生に回すようにしている。
「テツ、いつもありがとな」
「全然~~」
手を振ると、「あ、そうだ」と暁生が手を合わせてきた。
「明日か明後日、家使わせてもらっていいか? また勉強会したくて」
「ああ、いいぞ?」
暁生の家はあまり広くない上に、弟と妹がいて、お母さんも専業主婦でずっといるので、家に友達を呼ぶことができないのだ。だから、こうして時々、オレの家を使わせてあげている。暁生は、野球で市の選抜に選ばれているので、オレの知らない友達がたくさんいる。一度、その勉強会(普通の勉強じゃなくて、野球の勉強だ!)にまぜてもらったこともあるんだけど、話の内容が濃すぎて分からないし、暁生に変な気を遣わせてしまうので、オレは遠慮することにしている。
「明後日は田所さん来るから、明日がいいかも」
「わかった。んじゃ、明日よろしくな」
暁生はオレの頭をポンポン、とすると、「じゃーなー」と行ってしまった。今日も硬式野球の練習があるそうだ。
「つまんねーなー」
その後ろ姿に、聞こえないように小さく言ってやる。昔は毎日のように一緒に遊んでいたのにな……
「って、オレも今日、塾だった」
ハッとして慌てて家に向かう。今日はお手伝いの田所さんが来ている日で、ご飯の準備をしなくていいからラッキーだ。食べてから塾に行こう。
(あ、そうだ。塾ってことは、あいつに会えるじゃん)
よし! 今日こそは、村上享吾をとっつかまえて話してやろう。
【享吾視点】
「なーなーなーな! キョーゴは合唱大会の伴奏のことどう思う?!」
「…………」
塾についたなり、村上哲成にとっつかまった。塾は15人しかいない小さな部屋な上に、席も隣なので逃げ場がない。しょうがないので、小さく答えてやる。
「どうって? 西本ななえがやるんだろ?」
「そうなんだけどさ!」
村上は目をクルクルさせながら言ってくる。
「西本って合唱部で歌うまいじゃん?なのに歌わないのもったいないだろ!」
「…………」
確かに……うちのクラスはおとなしめの女子が多いからか、声量が足りていない。でも、先日のパート練習の時に、西本が一緒に歌ったら、西本の声が加わったことはもちろん、それに釣られたのか、他の女子の声量もぐっとあがって良くなった、とは思った。
しかも、自由曲『流浪の民』には、ソロ部分がある。そのため選曲時に反対した人も多かったけれど、村上哲成が、どうしても、と、半ば強引に決めてしまったのだ。
男子は各パートでソロをやる、と言っている奴がいるからいいけれど、問題は女子だ。確かに、声量の件も含め、ソロの一人に西本を置ければ……
「オレ思うんだけどさー、元々、男子の方が5人多いんだから、男子から伴奏も出した方がバランスいいんだよなー」
「それは………」
そうだけど………
「男子でピアノ弾ける奴、いねえかなあ? 流浪の民の伴奏って難しいのかなあ?」
「……………」
村上のため息まじりの声と共に、ふっと、ピアノ譜が頭に浮かぶ。
(はじめはオクターブで……)
ピアノの音も頭に流れてくる。
(軽やかに。でも、印象的に)
迫ってくるように、遠くから、だんだん近づいてくるように……
タンターン、タンターン……
(それから、左は歌と合わせるように。右の刻みはあくまで軽く……)
ああ……
オレだったら11小節目からのピアノの旋律はもっと出すけど、合唱側の声量が足りないから、遠慮してるのだろうか。あそこはきっと……
「キョーゴ? どうした?」
「!」
村上の声にハッとする。
ああ、ダメだダメだ。ピアノなんて、もう1年以上弾いていない。弾けるわけないし、そもそも家のピアノも引っ越しをするときに処分してしまったので、練習することもできない。それに何より、ピアノの伴奏なんて目立つこと、母が嫌がる……
「もう、先生来るぞ?」
話を打ち切って、カバンからテキストを出したり、授業の準備をはじめる。そもそも、松浦暁生に「村上に構うな」と言われているから、村上と話すのもイヤなのだ。
話しかけるなオーラを出しながら、テキストをパラパラとめくっていたら、
「……キョーゴさあ」
「………」
オレの気も知らないで、村上はそのクルクルした瞳でこちらをのぞきこむと、
「もしかして、ピアノ弾ける?」
「!」
ドキッとして見返す。何で……誰にも言っていないのに。
「……何で、そう思う?」
慎重に問いかけると、村上はエヘへと笑って、
「だって、この指!」
「!」
突然、右手の指4本を、きゅっと上から掴まれた。さっきの比どころでなく、ドキッと心臓が跳ね上がる。
「何……」
「いやー、長くて細くて、ピアノ弾けそうな手してるなーと思って」
ニカッと笑った村上。いつもみたいにニカッと……
「……………。弾けそうな手と弾ける手は違うだろ」
なんとか言い返すと、村上はアハハと笑って「そりゃそうだ」と肯き、手を離した。
………。
………。
………。
…………心臓のあたりがモヤモヤする。
(なんなんだよ、お前)
そう、文句を言いたかったけれど………、自分でも何の文句なのか、意味が分からないから、やめておいた。
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