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BL小説・風のゆくえには~グレーテ28

2018年07月24日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【真木視点】


『真木さんもお幸せに』

 そう言ってくれた慶の笑顔が頭から離れない。

 それは慶に対する未練とか劣情とか、そういうものではなく、彼のあの真っ直ぐな瞳に恥じない道を、俺は選んでいるだろか?という疑問……焦り、みたいなもののせいだ。


 環との結婚で得られるものは大きい。
 両親を安心させられる。周りの圧力から逃げられる。社会的信用を得られる。そして何より、妻公認で男の愛人を持つことができる。

 それが、俺とチヒロの幸せな将来なのだと信じて、1ヶ月もチヒロに触れることなく計画を推進してきた。

 でも………

『お幸せに』

 幸せ………幸せ?

 両親を騙し、兄達を騙し、世間を騙し、人の目から隠れて二人の世界を作ることが、俺の……チヒロの幸せになるのだろうか?



***



 5月の連休中に、両家顔合わせをすることになった。早くした方がいい、と強く言ったのは、次兄の嫁の智子さんだ。

「子供のこともあるしね。お母さんも、英明君の子供、早く抱きたいでしょ?」

 智子さんは兄の一つ年下だけれども、姉さん女房の風格を漂わせたシッカリ者だ。言いたいことをなんでもハッキリと言う。

 母も「そうねえ」とおっとりうなずいていたので、

(結婚の次は子供か………)

と、内心うんざりしながら、俺も「そうですね」なんて適当に言っていたのだけれども………

「今日、智子さんが言ったこと、気にしないでね」

 その日の晩に珍しく母が俺の自室にやってきて、困った感じに言ってきた。

「友達とかはね、孫は可愛い、孫は可愛いっていうんだけど、私は正直言って、子供の方が可愛いのよね」

 お兄ちゃん達には内緒よ?と、苦笑した母。

「やっぱり孫はお嫁さんのものって感じがしてねえ。もしかしたら、娘の子供だったらもっと可愛かったのかしらね?」

 母は、冗談めかして言ってから、すっと真面目な顔に戻った。

「私は、英明が幸せならそれでいいから」
「…………っ」

 母の言葉に、胸が詰まったようになる。

 母はいつもこうして、俺のことを見守ってくれていて………

(嫌な人だったらいいのに)

 時々、思う。
 憎い。顔もみたくない。と思うくらい嫌な人になってくれたら、俺はこの家から出ていって、二度と戻ってこない、という選択ができるのに。

(失望させたくない。悲しませたくない。心配かけたくない)

 居心地の良い俺の家。小さな頃からたくさんの愛に包まれていた。

(本当に、お菓子の家だな………)

 ありったけの愛情。ありったけの財力。これだけのものをもらったのに、逃げ出すなんて出来るわけがない。俺はこうして殺される。

(でも……)

 環との結婚を選べば、チヒロと会うことはできる。まわりに隠れてだけれども、会うことはできる。それはたぶん幸せな未来……?


『真木さんもお幸せに』
『私は、英明が幸せならそれでいいから』


 幸せ……幸せ。
 幸せって、なんなのだろうか。



***



 顔合わせ前日。俺だけ一日早く上京して、チヒロの勤めるバーを訪れた。
 母が顔合わせの場所にここを希望したため、明日も来るというのに、今日もまた来てしまったのは、チヒロの姿を一目でもいいから見たかったからだ。

(依存症だな。本当に………)

 自分でも呆れながら、店のある階のエレベーターを降りたところ……

「!」
「あ!」

 偶然、当の本人が立っていた。それで、

「真木さん!」

 キラキラッと嬉しそうに目を輝かせられてしまっては……、抱きしめるな、という方が無理な話だ。



「チヒロ……っ」 
 ぎゅうっと力強く抱きしめる。と、チヒロもグリグリッと額を押し付けてきた。

「真木さん。真木さん……」

 チヒロの甘い声。この一ヶ月の間に一度だけ聞いた店用の他人行儀な声ではなく、チヒロの本当の声。単調だけどその中に含まれる甘さを俺だけが知っている。

「チヒロ君……少し太った?」
「はい。真木さんと恋人続けられるためにいっぱい食べてます」
「………そっか」

 ああ、良かった。この子はまだ俺の恋人のつもりなんだ。

 俺らしくもなく、そんなことを思ってしまった。俺も相当弱気になっているな……

「チヒロ君」
「はい」

 見上げてきたチヒロの黒々とした瞳。キスするな、という方が無理な話で……

「チヒロ」
「ん」

 ちゅっと軽く唇で唇に触れる。と、チヒロが蕩けるように微笑んだ。

(ああ、欲しい………)

 この子が欲しい。この子と共に生きたい。このままどこかに連れ去って、それで……それで。

(なんて、できるわけがない)

 でも…………でも。

 俺は………俺は。

「チヒロ君……このまま二人で逃げようって言ったら……」


 君はどうする?


 そう、真剣に聞いたけれど、チヒロはキョトン、として、

「今、お買い物を頼まれて買いにいくところなので、それを済ませてから早退できるかどうか確認してみますが、今日は人数が少ないからちょっと難しいかもしれません」
「………………」

 まあ、相手はチヒロだ。そう言うだろうな……

 笑いたくなってくる。

「……じゃ、せめて買い物、俺も一緒にいくよ」
「え!」

 またキラキラと瞳が輝いた。

「嬉しい。真木さんと一緒に買い物なんて」
「……………」

 そういえば、チヒロと会うのはいつもホテルの部屋の中で、行っても時々外食をするくらいだ。

(これからも、そうなるのか……?)

 家族の目から、世間の目から隠れて、こうしてコッソリと………

 それで良いのか?
 チヒロ、君はそれで………

「ねえ、チヒロ君………」

と、言いかけたときだった。

「失礼します」

 冷たい声に遮られた。

「うちのスタッフに手を出すのはお止めください」
「……………」

 振り返ると、フロアマネージャーの男の子が立っていた。

「先日もお伝えしましたが、ヒロはリストには入っていません。火遊びがしたいということなら、リストをお持ちしますが」
「………………」

 本人は冷静なつもりかもしれないけれど、明らかに声に怒気が含まれている。

(何なんだろうな……)

 前から思っていたけれど、この子、俺に対する態度が他と違う。

「………。別に火遊びするつもりはないよ」
「そうですか? 奥様は今日も火遊びなさってるので、別にしても大丈夫だと思いますよ?」
「……………」

 敵意があからさまになってきたな………

「まだ奥様じゃないよ?」
「でも近々奥様になるんですよね?」
「……………」

 ジッとまっすぐこちらを見つめてくるフロアマネージャー。地味だけれども、なかなか綺麗な顔をしている。

「明日、ご予約承っております。両家の顔合わせをなさるということで」
「……………」

 環、そんなことまで話しているのか……

「………君と環、仲が良いよね」
「はい。真木様よりもずっと前から親しくさせていただいてますので」
「……………」
「……………」

 ああ、そうなんだ。

 ふっと笑いそうになってしまう。

 この子、環のことが好きなのか………


---


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