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BL小説・風のゆくえには~グレーテ27

2018年07月20日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【真木視点】


 2003年4月28日。
 慶の20代最後の誕生日の夜、当直勤務中の慶に会いに行った。

 思えば半年ほど前、慶に触れられない苛立ちを癒すために、チヒロを求めたのだった。でも今日は、チヒロに会えない淋しさを慶で紛らそうとしている。
 たったの半年で、こうまで変わるなんて、人生何が起こるか分からないものだ。



 あいかわらずの美青年の慶は、俺の姿を見つけると、サッと走りよってきて、いつものキラキラした瞳を向けてきた。

「真木さん!お久しぶりです!」
「………………」

 う、と詰まりそうになる。そのキラキラは本当に凶器だって……。

「慶君、誕生日なのに当直なんだね。彼女かわいそうに」

 くらくらするのを誤魔化すために茶化していうと、慶はほんの一瞬だけ、唇をかんでから、ちょっと笑った。

「どうせ会えないからいいんです」
「え?」

 会えない?

「なんで? 何かあった?」
「………あー、あのー……」

 慶は頬をかくと、他のスタッフに背を向けて、俺だけに聞こえるように、小さく言った。

「あいつ今、アフリカにいるんです。だから現在、遠距離恋愛中、です」


***


 渋谷慶の親友兼恋人、桜井浩介は、4月のはじめからケニアに行っているそうだ。

「慶君、よく許したね」
「まあ……あいつの気持ちも分からないでもないというか……」

 誰もいない休憩室の隅で缶コーヒーを飲みながら、慶はポツリと言った。

「おれもあいつも一人前になりたいんです。だから、一人で頑張ることにしたんです」

 慶の瞳の奥に熱い光が灯っている。何だろう。この輝き。俺には仕事にそんな情熱、一生持てない気がする……

「だから、あいつが帰ってくるまでに、おれも一人前の医者にならないと、と思ってて」
「えー……」

 何だかなあ……と思わず呟くと、慶が「何ですか?」と首をかしげたので、

「俺はそんな風に恋人と離れるなんて無理。と思って」

 正直に言う。と、慶がキョトンとした。

「あれ?真木さんって恋人いるんでしたっけ?」
「………………いるよ?」

 今は会えないけど。会えなくて辛くて、気を紛らすためにここに来たのに、やっぱり思い出して淋しさが増してる。
 そんな内心を隠して「最近出来たんだよ」と付け加えると、

「おお~。どんな人ですか?」
「どんな人………。うーん……そうだな………」

 どんな人、と言われたら、どんな人、と答えればいいのだろうか? チヒロはどんな子だ? チヒロは………

「俺のこと癒してくれる子、だよ」

 最高の癒しをくれる子。いつでも一緒にいたい。抱きしめてこの手から離したくない。そんな風に思った初めての子。

「………真木さん、幸せそうですね」
「え」

 慶がふわりとした笑顔でこちらを見ている。

「いいなあ。おれも浩介に会いてえなあ……ってまだ1ヶ月もたってないのに、何言ってんだって話ですね」

 あはは、と笑った慶。感心してしまう。

「君達は強いね。それが11年半の絆なのかな?」
「ですね。あ、親友歴は13年ですけどね!」

 自慢気に言う慶は、やっぱり天使のようにかわいらしい。なんだか少し元気をもらえた気がする。

「じゃあ、頑張ってね」
「はい! 真木さんもお幸せに」

 慶は最高の笑顔で、俺を見送ってくれた。

「お幸せに……か」

 慶と浩介の選んだ道は茨の道だ。でも、その先に幸せがある、と慶は信じている。その強さが眩しい。

 俺も『環との結婚』という道が最良だと思って、この1ヶ月ほど動いてきた。

「………幸せ?」

 しかし、それで俺とチヒロは本当に幸せになれるのだろうか……?


***


 環との結婚話は、計画通り順調に進んでいる。

 まずはじめに、母と仲の良い次兄に電話で相談し、取り急ぎお見合いの話をストップしてもらった。まだ先方にきちんと話をする前だったそうで、「ギリギリセーフ」と次兄には言われた。迷惑をかける前に話ができて良かった。

 その後、長兄とあの店で食事をした。

 長兄と環は数年前に、ある先生の還暦祝いのパーティーで一緒になったことがあるそうだ。その席で環に絡んできた男を兄がうまく追い払った、というのが、環が言うところの「借りがある」の話らしい。

 普段厳しめの長兄も、環の前では穏やかだった。

「あの時、『弟さんが一人の女性に落ち着かないのは、運命の相手に出会えていないからじゃないですか?』なんて言ってた古谷先生が、英明の運命の相手だったとはね」
「お兄さんより歳上でごめんなさい」

 環が言うと、兄は「たったの一歳でしょう」と苦笑した。

「両親も会いたがってるから、大阪の家に是非遊びにきてください」
「はい。是非」

 涼やかに微笑む環は、やはり相当の美人だ。その上、聡明で話も上手い。きっと両親も次兄も気に入るだろう。

 あとは、俺が環の父親の眼鏡にかなうかどうかだったが、それもその数日後に無事クリアした。

 環は父親と会っている間、ずっと顔を強ばらせていて、

「苦手なのよ」

 父親が帰った後、吐き捨てるようにそう言った。環の父親は、愛想が良くにこやかなのに、目の奥が笑っていないような人だった。ちょっと何を考えているのか分からない感じだ。娘の結婚相手を値踏みしているせいかと思ったけれど、環に言わせると「いつでもそう」らしい。

「………で、約束通り、話してもらえますか?」

 環に切り出してやったのは、環の性的対象の件だ。ずっとはぐらかされていて、先日ようやく「父親に会ってから」という約束を取り付けていたのだ。

「話すけど…………」

 環は眉間の皺をますます深くして言葉を継いだ。

「聞いて、やっぱりこの話なかったことに、とか言わないでよ? もう後戻りできないからね?」
「わかってますよ」
「引くと思うけど、本当に……」
「だからわかってますって。覚悟はできてますよ」

 こっちだって、後戻りなんかできない。環がどんな嗜好を持っていようが受け入れてやる。

 ジッと見つめてやると、環は大きく息をはいてから……ポツリ、と言った。

「エフェボフィリア、というと若干語弊があるんだけど……」
「……………」

 エフェボフィリア。

「ああ……なるほど」

 17才以下のティーンエイジャーにしか興味がない、ということだ。それで、俺は性的対象から完全に外れているって言ったんだな。

(別に引きはしないが……)

 その欲望を忠実に実現しようとすると、犯罪になる。……と、

『私のは……絶対に幸せになれないやつ。だからギリギリのところで、あの店利用してるってわけ』

 ふっと思い出した環の言葉。あれはどういう意味だ?

 疑問を口に出してみると、環は苦笑いを浮かべながら、言った。

「この店ね、裏ではデートクラブもやってるのよ」
「え」

 デートクラブ?

「そこで一応18歳以上で、そうは見えない男の子を指名してるってわけ」
「ああ……なるほど」

 それで、ギリギリのところでってことか。
 俺が咎めることがないことに安心したのか、環がホッとしたように言った。

「真木君も興味あったら、リスト持ってきてもらおうか? ここはどんな嗜好も法律内でなら叶えてくれるよ?」
「いや、俺は……」

 首を振ろうとして……ふと嫌な考えに囚われ、止めた。

(まさか……チヒロもリストに入ってたりしないよな?)

 まさか……まさかな。

「……やっぱり、見せてもらっても?」
「りょーかい。……ミツー?」

 慣れた調子で環がフロアマネージャーを呼んでいる。

(………不安だ)

 せっかく良い職場だと思ったのに、やっぱり裏があったな、と思う。やはり、あのチヒロの母親は信用できない。



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次回、火曜日に更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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