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風のゆくえには~ あいじょうのかたち27(慶視点)

2015年10月06日 20時38分36秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 浩介と三好羅々という19歳の女が裸で抱き合っている映像が頭から離れてくれない。

 写メが送られてきてから一週間、ふとした拍子にその映像を思い出しては吐き気がしていた。

 その写真は、眠っていて力が抜けた状態の浩介の体を無理矢理にもたれかけさせているものと、爆睡中の浩介の腕枕に勝手にのっているものなので、浩介の意志は全くないということは分かる。浩介は騙されて睡眠薬で眠らさせられていたのだ。だから浩介を責めてもしょうがない。

 でも、それでも、おれではない奴に触られた、ということは事実としてあるのだ。

 そのまま家に帰るのが嫌で、その日はホテルに泊まった。そして、あの女が触れたであろう浩介の洋服も下着もすべて処分した。あの女が触ったであろう浩介の肌を全部引き剥がしてやりたいけど、そんなことできるわけがないので、塩で洗う、という暴挙にでてみた。それでも気は収まらない。

 浩介には申し訳ないのだけれど、口を開くとそのことを責めてしまいそうになるので、ホテルから帰った次の日までは、ちょっと素っ気なく接してしまっていた。

 火曜日、休みで家に一人でいて、冷静になり……

「塩……痛いな……」

 浩介にしたのと同じように自分の腕に塩をぬってみて、ヒリヒリすることに気が付いた……。
 昨日も一昨日も、浩介は風呂から上がってくるの妙に早かったし、スポーツジムにも行かないのは、肌がヒリヒリして水に浸かってられないからなんじゃないか……。

「…………」
 申し訳ない、と思ったけれど、そのことを話したら、浩介のことを責めてしまいそうで、謝らなくては、と思いながらも、そのことは話せず……
 触れると痛いだろうから、触れないようにしつつ、なるべく普段通りにしながら、また数日が過ぎ……


 ちょうど一週間後。スポーツジムのスタッフさんと飲んで帰ってきた夜。

 酒が少し入っていたせいもあって、どうしても我慢できなくて、寝ている浩介を後ろから抱きしめた。一週間ぶりの感触。心地いい……。

「おれ、大人げなかったよな。あの日は頭に血がのぼってて、それで塩なんかで……ごめん」

 ようやく謝ると、途中から唇を重ねられた。一週間ぶりの唇……。

「全然痛くないよ? 確かに次の日まではちょっとヒリヒリしてたけど」

 優しく頬を触ってくれながら言う浩介。

 ……だったら、もう、どこ触ってもいいんだよな?

 ここも、ここも、あの女が触れたのかもしれないと思うと腹が立ってしょうがない。

「んんっ、慶……」

 その腹立ちのまま、首筋に痕がつくくらい強く吸いつくと、浩介がビクビクッと震えた。
 体中にしるしをつけてやりたい。あの女が触ったであろうところ、すべてにしるしをつけたい。
 こいつはおれのもの。おれだけのものなんだと。

「お前はおれのものだからな……」

 いいながら、肩に胸に腰に唇を這わせる。指の先から足の先まですべてに口づける。

「慶……大好き」

 うわごとのように言う浩介。そういえば、睡眠薬で眠らされている最中も言ってたな……。あの女、目の前で聞いていた。ざまあみろだ。

「浩介……」
「んん……っ」

 浩介の中心を咥えて、味わうようにゆっくりと舌を絡める。
 切なげに揺れる浩介の瞳。ほら、こんな目をさせられるのも、おれだけだ。


『独占欲が強くて嫉妬深くて束縛したがり』

 そう心療内科医に診断されたが、それはもう大当たりも大当たりで。
 おれは独占欲が強くて嫉妬深くて束縛したがりだ。

 浩介は誰にも渡さない。


***


 浩介の写真の衝撃が強すぎて、それまで散々悩んでいたはずの、カミングアウト問題が本当にどうでもよくなってきた。

 あからさまにおれとの接触を避けている職員もいるし、ことあるごとに嫌味をいってくる医師もいるけれど、でも、本当にもう、どうでもいい。

 一番関わりの多い看護師軍団は、ほとんど皆、カミングアウト前の状態に戻ってくれた。患者数にも減少はない。それで上出来だ。


「雑誌の取材、断っておいたからな」
「………」

 院長である峰先生に言われ、ゾッとする。取材? なんだそりゃ……。

「あれから、メールしてきた奴の書き込みはないみたいだけど、そこから派生して色々、まあ……」
「……ご迷惑おかけして申し訳ありません」

 頭を下げると、峰先生はカラカラと笑った。

「別にたいした迷惑じゃねえよ。それにちょっと宣伝にもなってるしな。知ってるか? 今、うちの病院、あの有名な掲示板でスレッド立ってんだよ」
「あー……」
「はじめは批判も多かったけど、途中から流れが変わって、今は、S先生見に行きたい、だの、受付の女の子が可愛いだの、結構いい感じだ」
「……………」

 実はこの「流れを変えた」のは、おれの妹の南と、息子の守君と、娘の西子ちゃん、西子ちゃんの彼氏てっちゃん、及びその周辺、の仕業らしい。
 おれは『気分悪くなるから読まない方がいいよ』という忠告に従って読んでいないから知らないのだけれど、本当に上手くいったんだな。

『こういうことはプロにまかせなさーい』

との南の頼もしい言葉に頼って正解だった。


 峰先生がふと表情をあらためた。 

「で、一番はじめにメールしてきた奴、やっぱり心当たりないか?」
「それが……」

 実は、先週思ったのだ。メールの犯人は、三好羅々なのではないか、と。
 話すのも胸糞悪いけれども、万が一、今後三好羅々が病院側に何かしてきたことにも備えて写真のことを報告すると、

「お前も色々大変だなあ」

 峰先生に苦笑気味に言われた。

「………すみません」

 あの女のせいで頭下げてると思うと本当に腹が立ってきた。19の女の子に対して大人げない? いや、相手がいくつだろうとムカつくものはムカつくのだからしょうがない。


***



 帰宅すると、もう晩御飯の用意ができていた。浩介は最近わりと帰りが早い。

「おかえりなさい。鮭が安かったから買ってきたんだ。ムニエルにしたよ」
「ん」

 ふわりと微笑む浩介に、今さらながら胸がきゅっと締め付けられる。
 手を洗ってうがいをした時点で、もう我慢ができなくなった。

「浩介」
「え……ちょっ」

 台所にいる浩介の腕を無理矢理ひっぱってリビングまで連れてきて、ソファに強引に押し倒す。

「慶? ご飯……」
「あとでいい」
「でも……」

 何か言いかけた唇を唇でふさぐ。
 この唇もあの女に触れられたのだろうか。この首は?鎖骨は?

「……っ」

 ビクっと震える浩介にはお構いなしに、唇を這わせながらシャツのボタンを外していく。
 この胸は、腰は……? そして……

「慶……っ」

 ズボンのボタンを外し、浩介のものに直接触れようとしたところで、

「ねえ、慶ってばっ」
「……なんだよ?」

 切迫した声に手を離すと、浩介は着乱れたまま、身を起こした。ジッとこちらを覗き込んでくる。

「慶……変だよ?」
「なにが」
「だって……昨日も一昨日もその前もしたよ?」
「悪いか」
「悪くはないけど……」

 浩介が眉を寄せる。

「慶……怒ってるの?」
「怒ってねえよ」
「でも……」

 浩介の指がツーッとおれの眉間から鼻、唇に落ちてくる。

「慶、こわい顔してる。最近、ずっと……」
「…………」

 普通にしてるつもりなんだけど、やっぱり表情にでてるのか……
 浩介が恐る恐るというように続ける。

「やっぱり……怒ってるんだよね? あの……写真のこと」
「……………」

 写真のことを話題にしたのは初めてだ。黙ってしまうと、浩介が悲しげに目を伏せた。

 やっぱりこういう顔すると思った。だから言わないようにしていたのに……。

 浩介がポツリという。

「おれ………どうしたらいい?」
「どうしたらって……」

 どうしたらも何もない。何もしようがない。おれの気持ちの問題だ。

「どうしたら許してもらえる?」
「許すって……お前別に何も悪くねえだろ」
「でも……」

 うつむく浩介……。

 ああ、自分が嫌になる。


「………ごめん」

 大きなため息と共に本音が出てくる。

「おれ、昔っから成長してねえな」
「え?」

 きょとんとした浩介の大きな手に手を絡ませる。昔から変わらない、大好きな手。おれの気持ちも昔から何も変わっていない。 

「高校の時もさ、お前がバスケ部の連中と仲良さそうにしてるの見るの、すっげー嫌だったし」
「………慶」
「美幸さんのことも、大っ嫌いだったし」

 美幸さんというのは、浩介が高校2年の一学期の間だけ片思いしていた一つ年上の先輩。ふわふわしている可愛らしい女性だった。
 あの頃のおれは、浩介と美幸さんが話しているのを見るだけで気が狂いそうになっていた。彼女がバスケ部キャプテンの田辺先輩と付き合うことになったおかげで、その気持ちは止んだけれど、もし、浩介と美幸さんが結ばれたりしていたら本当に狂っていたかもしれない。

「慶、それは……」
 困った顔をした浩介に、首を振ってみせる。

「まあ、それは昔の話だな……。今は、あの写真の映像が頭にチラついて、もうどうしようもない」
「慶……」

 浩介の額に、頬に、唇を落とす。

「どうしようもなくて……、お前はおれのものだと確認したくなる」
「慶………」

 ぎゅうっと強く浩介の頭をかき抱く。浩介の髪。浩介の腕。全部おれのものだって分かっているはずなのに……。

 どうして、こんなにも苦しいんだろう……。


「慶……おれは慶のものだよ?」
「……分かってる」
「大好きだよ」
「知ってる」

 でも、苦しい。
 映像が消えてくれない。

 ふと、思いついた。

「写真っていうのは、脳裏に焼きつきやすいのかもしれないな」
「あ、じゃあさ」

 おれのつぶやきに、浩介が明るい声をだした。

「写真、撮ろうよ」
「は?」

 写真?

「おれ達、二人の写真って全然ないじゃん。撮ろう撮ろう」
「写真って……」

 浩介は立ち上がり、自分の携帯を持ってくると、ストンとおれの横に再び座った。

「んーと……自撮りってしたことないからなあ……これかな? おおっこれだっ」
「へえ。画面側にもカメラ付いてるんだな……」

 今までの深刻な雰囲気から抜け出せてホッとしつつ、一緒に携帯を覗き込む。

「あ、ほら、画面に写ってる自分は見ちゃダメなんだよ。もうちょい視線上」
「って、シャッターどうやって押すつもりだ?」
「んーと……ここでこう押さえれば……、わっ何?!」

 いきなり大きな電子音がしたのでビックリして手を離した浩介。その瞬間にパシャリ、とシャッターが切られた。天井が写っている…。

「ああ、ビックリした……」
「自動シャッターってことか?」
「うーん……」

 色々いじってみて、浩介が「なるほど」と肯いた。 

「画面のどこかしらに触れれば3秒後にシャッターが切られるって仕組みみたい」
「へえ。よく考えられてるなあ」

 せっかくのスマホの機能、まったく使いこなせていないおれ達……。なんだか笑えてくる。

「んじゃ、あらためて」

 浩介がコツン、と頭を寄せてくる。小さな画面に二人の顔が並ぶ。

「……プリクラみたいだな」
「うん。懐かしいね」

 大昔に一度だけ、浩介に、どうしても、どうしても、と乞われて撮りにいったことがある。あの時も画面に写る自分の姿が恥ずかしくてしょうがなくて、仏頂面になってしまったけど……

「慶……笑ってよ」
「笑えねえ」

 顔が引きつる……

「笑って」
「だから笑えねえ……うわ、お前、何……っ」

 いきなり、頬に、耳に、こめかみに、キスの嵐。

「くすぐったいって……浩介っ」
「んー、慶、大好きー」
「だから……っ、え? うわっやめろっ」

 カシャリ。

「お前っ」

 勝手にシャッター押されてた。浩介が嬉しそうに画面の確認をしている。

「んーと……、わ。慶、かわいー」
「……げ」

 画面には、こめかみのあたりにキスをされて、くすぐったそうに首をすくめているおれの姿が……

「うわーなんだこれっ恥ずかしいっ削除だ削除っ」
「えーいいじゃーん。かわいいかわいい」
「かわいくねえっ消せっ」
「やーだーよー」
「お前……っ」

 いきなり後ろから抱きしめられ息が止まる。背中全部に浩介のぬくもり。耳元に浩介の息遣い。

「ねえ、見て。慶」

 あらためて、画面を見させられる。

「おれ、すっごい幸せそうな顔してるね」
「…………」

 本当だ。おれにキスしている浩介の横顔。幸せそうな笑顔……。

「慶と一緒にいるときのおれっていつもこんな?」
「………そうだな」
「幸せだね、おれ」
「…………」

 そうだ。そうだな……

「慶は……幸せ?」
「…………」

 画面の中のおれは、くすぐったそうに笑っていて……
 
「浩介」
「ん?」

 浩介の唇に、そっと触れるだけのキスをする。

「慶……」

 ふにゃっと笑う浩介。かわいい。
 頬に、耳に、額にキスをする。大好きな浩介がここにいる。ああ、もうそれだけで十分だ。


 勢いよく立ち上がり、振り返る。

「飯、食おうぜ」
「…………………は?」

 浩介が途端に眉を寄せ、嫌~な顔をした。

「ねえ、なんで今の流れで、どうやったらご飯食べようって話になるの?」
「へ? だって腹減っただろ?」

 言うと、浩介がブチ切れた。

「あとでいいって言ったの慶でしょ!」
「あーまあ、いいじゃねえかよ。先食おうぜー」
「もー!」

 浩介の頬が最大限に膨らんでいる。

「なんでそうなるの! 先にする!」
「なんでだよ。だいたい、昨日も一昨日もその前もやっただろー、今日はもういいよ」
「はあああああ?! 意味わかんない!!」

 浩介が叫び、おれの腕を引っ張った。そのままソファーに押し倒される。さっきの逆だ。浩介、本気で怒ってるっぽい……。

「今日もするし明日もするし明後日もするから!」
「何言ってんだお前……、ちょ……っ、あ」

 両手首を頭の上で押さえつけられる。
 浩介はキスをしながら片手で器用におれのYシャツのボタンを外し、脱がせる……のかと思いきや、腕のところでYシャツをとめた。そのまま、グルッと手首にYシャツをまかれる。

 これは……縛られた、ということ……?

 見上げると、浩介の攻撃的な目がそこにはあった。

「何も考えられないようにしてあげる」
「こう……」

 ゾクリとする。

 時々出てくる、浩介の攻撃的人格……。スイッチが入ってしまったようだ。

「……っ」
 首筋に唇が下りてきて、ビクッとなる。

「慶は我儘。慶は自分勝手。慶は……」
「んんんっ」

 浩介がブツブツ言いながら愛撫を続けてくる。手の自由が利かない分、体が敏感になっている気がする。

「おれは慶しかいらない。慶だけが欲しい」
「やってるじゃ……ねえかよっ」
「足りないよ。もっと欲しい」
「……っ」

 ゾクゾクゾクっと快感が足の先まで伝わってくる。

「全部、ちょうだい?」
「やるよ……全部。だから、お前も……」

 全部が欲しい。お前の全部がほしい。

 求めて、求められ、また求めて……。縛られたまま、貪りつくす。


 写真の女なんて、もうどうでもいい。
 写真の中には、浩介とおれの幸せな笑顔しかない。

 おれは、浩介がそばにいてくれれば、それでいい。



----------------------


い、以上です。
お読みくださりありがとうございました!
切るに切れず……そして、R18指定にならないよう、具体的な表現を避けたので、なんだかズルズルと……。
前半は、あいじょうのかたち26の慶視点バージョンでした。

慶は元々、とても嫉妬深い性質でして……
大好きな姉に彼氏ができた時にも、妹と母親に「暗黒時代」と名付けられたくらい、ものすっごい荒れました。
だから、特定の友達がいなかった浩介ってのは、慶にとってすごく居心地が良い存在でした。

そんな感じで。次は……
物語の中の時計を一ヶ月くらい進めたいので、一つ短編挟もうかなあ……。

→→挟みました。27と28の間のお話。『カミングアウト~同窓会編』。お時間ある方、28に行く前にこちらを先にお読みいただければと…

ということで。次回もよろしければ、お願いいたします!

---

クリックしてくださった数人の方々、本当にありがとうございます!
ありがたい……泣けてきます……。

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