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風のゆくえには~たずさえて32(菜美子視点)・完

2016年10月09日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2016年9月30日(金)~10月1日(土)


 6月末にプロポーズされ……その後、トントン拍子に話は進み、12月11日に結婚することが決まった。

 7月初めのブライダルフェアで気に入った式場が、日曜の大安にもかかわらずこの日だけポッカリ空いていたので、すぐに予約を入れたのだ。だから、なんの由来もない日にちだ。(その話を桜井氏にしたところ『記念日が増えていいじゃないですか』とニコニコで言われた。さすがアニバーサリー男。ものは考えようだ)

 先日、招待状の発送も無事に終わった。もう引き返せないところまで進んでいる。というのに……

 数日前から、山崎さんの様子がおかしい。なんとなく隠し事をされている感じがする。女の勘は当たるのだ。絶対、隠し事してる……。


 そんな中の9月末日の金曜日。
 翌日の10月1日は私の誕生日なので、山崎さんは仕事が終わり次第、私のマンションに泊まりにくることになっていた。誕生日になる瞬間を一緒に過ごそう、というわけだ。それなのに……

『すみません。急な用事が入ったため、そちらに行くのが少し遅くなってしまうかもしれません』
『でも0時までには必ず伺います』

「…………は?」
 昼に入ったラインに対して、声に出してツッコミを入れてしまった。

「急な用事って、何それ?!」

 彼女の誕生日前日に仕事ならともかく、用事を入れるって、ありえなくない?!
 0時には来る、ということは、0時近くになる、ということだ。ご飯も一人で食べろってこと?

「………ありえない」

 まさか………女?

 ふっとよぎった嫌な考えに、ブンブンと首を振る。
 そんなこと、あるわけがない。あるわけはないけれど……

 一度囚われてしまった嫌な気持ちからは、なかなか切り替えることができない。悶々としながら数時間過ごし……

「あーもう無理!」

 我慢できない。仕事だったら良かったのに、休みで家に一人でいるから余計に色々考えてしまうのだ。だったら……会いに行こう。その用事が何なのか知らないけれど、まったく会えないなんてことはないだろう。少しだけでもいいから会って、それでまた帰ってくればいいんだ。

 よし、と自分を奮い立たせ、準備を始める。今から行けば、終業時間に間に合うはず。突然行って、驚かせてやる。


***


 山崎さんの勤務する区役所の入り口の柱の陰で待つこと十数分。

 バラバラと出てくる人波の中に、山崎さんの姿発見!

「山……、っ!」

 出て行って、手を振りかけたけれど、あわてて元いた柱の陰に戻った。

(………誰?)

 髪の長い、スラッとした女性……
 山崎さんの横をくっつくように歩いている……

 用事って、まさか、この人と……?

 柱の陰を通り過ぎる瞬間、その女性と山崎さんの声が少し聞こえた。

「……だって、そうでしょ?」
「だから、違うって。大丈夫だよ」
「でも……」

 拗ねたような女性の口調……山崎さん敬語じゃない……。私にはいまだにほとんど敬語なのに……

(なんなの……なんなの?)

 頭に血がのぼってくるし、涙が出そうになるし、もう、何がなんだかわからない。
 明日誕生日の私をほったらかしにして、この女と約束したの……?

「そんな……」

 そんなの嫌。嫌、嫌、嫌……
 でも、どうしたら……、と、思っていたら。

「……え?」

 沸騰していた頭がスーッと冷えていく。一緒に歩いていた女が区役所に戻っていき、山崎さんはそのまま駅に向かって歩いていってしまったのだ。

「???」

 なんなの?
 分からないまま、なんとなく尾行を続ける。
 けれども……あとになって、こんな風に尾行したことを激しく後悔した。


 山崎さんの向かった先は、新横浜駅だった。
 新幹線の改札口で、山崎さんを待っていたのは………

(………お父さん?)

 絶対に、お父さん、だと思った。
 山崎さんとよく似ている。たぶん山崎さんが歳を重ねたらこうなるだろうと思える男性……

 山崎さんが10歳の時に家を出て行って以来、一度も会ったことがない、と言っていた、お父さん、だ。


***


 山崎さんが私のマンションに到着したのは、夜11時を過ぎた時だった。
 疲れた顔をしている……

「………大丈夫、ですか?」
「はい……、あ、今日は本当にすみませんでした」

 謝ってくれる山崎さん。聞いても教えてくれないかな、と思いつつ、一応尋ねてみる。

「何か、ありました?」
「何も…………」

 案の定、山崎さんは「何もない」と言いかけたけれども………

「戸田さん……」

 次の瞬間、ふわりと抱きしめられた。耳元で、声がする。

「……少し、話しても、いいですか?」
「…………」

 話してくれるんだ、と嬉しくなってしまった気持ちを押し込める。きっと辛い話だ……。

 うなずきながら背中にまわした手に力を入れると、ぎゅうっと強く抱きすくめられた。


**


 先日、招待客を確認した際、私の父に言われた。

「親戚の人数、うち側が多すぎないか? うちを減らすか、山崎君の方を増やしてもらったほうがいいんじゃないか?」

 と……。

 山崎さん側は、お母さんと弟さん家族、それにお母さんのお姉さんしか、親戚がいない。

 それに対し、うちは、90過ぎの父方の祖母からはじまり、父母の兄弟たち、いとこたち……。極々少人数にしたかったのに「みんなに菜美子の結婚式来てもらうの楽しみにしてたのに……」と、母にしょんぼりされてしまい、人数を絞ることもできず、言われるままのリストになっていた。

「うちはもう減らせないわ」
 母はとんでもない、と首を振り、山崎さんに向き直った。

「山崎さん、お父様にはお声かけしないの?」
「お母さん!」

 あわてて咎める。そんな無神経なこと……。でも、山崎さんは気を悪くした風もなく、淡々と言ってくれた。

「32年前に別れて以来、一度も会ったこともないんです。弟の結婚式の時も知らせてもいなくて……」
「あら、そうなの……」 
「すみません、人数の差については、気になさらないでいただければと。全体では帳尻合わせてますので……」

 そうなのだ。私側は、親戚が多いかわりに職場関係はヒロ兄だけにした。友人も4人だけ。これで22人だ。山崎さん側は、職場も、上司、同期、同じ部署の親しい人……と普通に来ていただき、高校、大学時代の友人と合わせて20人。50人収容の会場なので、ちょうど良いと思う。

「でも……本当にいいのかい?」
 父が真面目な顔で山崎さんに問いかけた。

「はい。特に問題は……」
「いや、人数のことじゃなくて、お父さんのことだよ」
「ちょっと、お父さんまで……」

 なんて無神経な親だってあきれられちゃうじゃないのよっっ

 ムッとして両親を咎めたけれど、言われた山崎さんは、軽く首を振り……、「いいんです」とつぶやくように言って微笑んだ。


**


「でも、やっぱり、本当は自分でも気になっていて………」
 ソファで隣に座っている山崎さんが、そっと私の手を両手で包み込んだ。

「それで、先週探しに行ったんです」

 父親のことをお母さんに聞くことは憚られ、記憶を頼りに父の実家を訪ねたそうだ。鉄道少年だった山崎さん、降りた駅名はきちんと覚えていたらしい。
 父親の実家が経営していた駅前の定食屋は昔のまま存在しており、子供の頃何度か会ったことのある父親の弟夫婦が店を継いでいた。山崎さんが名乗ると、叔父さん叔母さんは驚きながらも受け入れてくれ、それで叔父さん経由であっけなく、父親と連絡を取ることができたそうだ。

「それで今日、仕事でこちらに来るというので、急遽会うことになったんです」

 新横浜の飲み屋で3時間ほど話した。32年分が3時間。それが長いのか短いのか……

「母と別れてしばらくは、叔父達とも連絡を絶っていたらしいんですけど、数年後には新しい家族と一緒に時々帰郷するようになったらしくて」
「………」

「それで、弟と同じ歳の、腹違いの妹は、オレ達の存在を知らないらしくて……」
「………」

「今後も知らせたくないらしくて……」
「………」

「だから、もう連絡をしてくるな、と……」
「………」

 淡々と話してくれる山崎さん……
 なんて、声をかけていいのか分からない……
 何を言っても嘘っぽくなってしまいそうで……

「あ、元々、もう父親はいないものだと思っていたので、そういわれたことは別にショックではなかったんです」

 私が戸惑っていることに気が付いたのか、山崎さんは少し明るく口調をあらためた。

「父にも、『そういうと思った』って言ったら苦笑されました」
「………」

「でも……父と別れて、一人になって色々考えていたら、違うことで落ち込んでしまったというか……」
「違う、こと?」
「はい………」

 山崎さんは、言いにくそうに、ポツリと言った。

「オレと戸田さんもいつか……父と母のように、離れてしまうことがあるんだろうかって……」
「…………」

 ああ……やっぱり……

 すとーん……と体の中に落ちてくる感覚……

(やっぱり、解決できてなかったんだ……)

 恋人を患者としてみてはいけない、と思って、なるべく考えないようにしていたのだけれども……
 今、医者モードに入って、以前からのことと合わせて観察してみると、彼の中の愛情に対する根深い疑心は今だ払拭されていなかったということがよく分かる……

「あ、すみません。変なこと言って。あの、決して、戸田さんに対する愛情に不安があるとか、そういうわけではなくて」
「大丈夫です。わかります」

 力強くうなづくと、山崎さんはホッと息をついた。

「オレ……本当にあなたのことが好きなんです。ずっと一緒にいたい。大切にしたい。だから結婚できるなんて本当に嬉しくて」
「………」

「それなのに、心臓のあたりがひやってなるっていうか……」
「………」

 それは『結婚』という契約に対する恐怖、だろう……

(ああ……やっぱりダメだなあ私……)

 結婚することに浮かれていて、山崎さんの不安に気がついてあげられなかった……
 でも、せめて、今、知ることができてよかった……

「山崎さん……」
「はい」

 こちらを向いた山崎さんの目をジッと覗き込む……
 そして、提案、してみる。

「結婚……やめますか?」
「は?!」

 山崎さん、ビックリするほど大きな声で叫ぶと、ブンブン首を振った。

「いやいやいやいや、それは嫌です」
「やめるまでいかなくても、延期とか……」

 いうと、ますます首の振りが大きくなった。

「いやいやいやいやいやいやいやいや、ダメです。そんなの絶対に嫌です」
「そうですか……」
「そうです!」

 衝動的に引き寄せられ、ぎゅうううっと抱きしめられる。

「すみません、変な話して。もう二度とこんな話しませんので、だから、あの……っ」
「山崎さん」

 背中に手を回し、とんとんとん、と叩く。

「話、してくださって、ありがとうございます。すごく嬉しいです。だから話さないなんて言わないで」
「でも………っ」
「でもじゃなくて。ちゃんと、話して。不安なことは二人で解決していきましょう?」
「…………」

 身を離し、泣きそうな顔をしている山崎さんの頬を両手で包み込む。

「山崎さん……結婚、やめるのも延期するのも無し、ですか?」
「あ、当たり前です!」

 包み込んでいる手を上から重ねられた。

「オレは今すぐにでもしたいくらいです。今すぐして、それでずっと一緒に……」
「……うん。そうですね。私もそうです」
「え」
「なので、良い考えがあります。」

 むにっと、頬を掴む。

 再び、え? と言った山崎さんに、ニッコリと提案する。

 そう、やめるのも延期するのもなしなら、方法はただ一つ。


「今すぐ、結婚、しましょう」


「……………え?」

 呆けた山崎さんを置いて、本棚から手帳を持ってくる。横に座り直し捲りながらわざと淡々と言う。

「山崎さんの心臓がひやっとなるのは、これから結婚する、という恐怖心からだと思います」
「恐怖って……」

「だから、止めることも延期することもしない、というなら、もうさっさとしてしまったほうが落ちつくと思うんです」
「さっさとって、そんな……」

 苦笑気味の山崎さんに、手帳を指し示す。

「10月9日、なんてどうですか?」
「え……」

 指の先に書かれた文字は『潤子、結婚祝いの会』。この手帳、昨年のものなのだ。昨年の10月9日、私たちが会うのは3回目の日。待ち合わせ前に偶然本屋で遭遇して、山崎さんの心の奥を少し覗いてしまった日。

「出会って3回目の日、です」
「ああ……あれ、10月9日だったんですね」

 あれから一年経つのか……と感心したようにいう山崎さん。

「結婚式の12月11日って何の日でもないでしょう? 桜井さんに言わせると『記念日が増えていい』ってことですけど」
「桜井らしい……」

 顔を見合わせて笑ってしまう。

「私ね、あの日、本屋さんで山崎さんとお話しして……それで、山崎さんに興味を持ったというか……」
「え、そうなんですか」

 ビックリしたように山崎さんは言ってから、「ああ、でもオレも……」と言葉を足した。

「オレも、あの日、はじめて戸田さんの声に聞き惚れました」
「あ、そうだった。それで司会頼まれて……」
「そう。それでお礼に食事にいったり……」

 思い出が洪水のように頭の中に流れてくる……

 見つめ合い、どちらからともなく、唇を合わせる。

「あれから色々、ありましたね?」
「ありましたね……」

 額に、目じりに、頬に、耳に、唇が落ちてくる。

「そう考えると、あの日を境に色々動きだした気がします」
「記念日にはもってこの日、ですね」

 うなずいてから、山崎さんが真剣な声で言った。

「それじゃ……9日に、結婚してください。……いいですか?」
「………はい」

 私も真面目にうなずき……、笑ってしまった。山崎さんも何かスッキリしたような笑顔になっている。

「早く新居を決めないと」
「そうですね……でもとりあえず、今の山崎さんのマンションでいいんじゃないですか?」
「狭くないですか?」
「狭い方が距離が近くていいです」
「………」

 言うと、ぎゅっと抱きしめられてから、横抱きに抱きあげられた。

「お姫様抱っこ、だ」
「戸田さんはお姫様、ですから」

(戸田さん……)
 ふいに、今日見かけた髪の長い女性のことを思いだした。彼女が区役所に戻ってきた時に、首から下げている名札に気がつき、盗みみたところ、山崎さんと同じ部署名が書かれていた。だから、同僚の方ということは分かっている。でも、山崎さんが敬語じゃなかったのが、なんだか悔しい……

「もういい加減、戸田さん、は止めません?」
「え」
「それに、敬語も。私、8歳も年下ですよ?」
「あー……そうなんですけど……」

 困ったなあ……と言いながら、ベッドに下ろされる。

「何て呼びましょう?」
「うーん……普通に考えたら、『菜美子』?」
「それは嫌です」

 え? 即答……
 なぜかムッとしたようにいう山崎さん。なんで?

 首を傾げると、山崎さんはムッとしたまま答えてくれた。

「ヒロ兄と同じ呼び方はしたくありません」
「あー……なるほど」

 納得してしまってから、ちょっと可笑しくなる。
 山崎さん、かわいい。

「それじゃ、何がいいかなあ……」
「普通に名前に『さん』付けじゃダメなんですか?」
「おもしろくなーい」
「別におもしろさを求めなくても……」

 困ったような山崎さんの頬に素早くキスをする。

「じゃあ、おまかせします。『戸田さん』と『菜美子』以外で」
「うーーーーん……」

 悩んでいる山崎さんに「あ」と思い出して言う。

「そういう山崎さんは? なんて呼ばれてました?」
「え……」
「アサミさんは、『卓也くん』でしたよね? 10年前の彼女は?」
「………」
「『忘れました』は無しですよ?」
「………」

 山崎さん、眉を寄せたまま、私のブラウスのボタンを外しはじめた。

「山崎さん?」
「……名前、呼びつけ……だった気がします」
「『卓也』?」

「そう……、ですね」
「ふーん………」

 なんかヤダな………

「じゃ、私『山崎さん』のままでいいや」
「え」
「あら? 嫌ですか?」
「いや、別に何でもいいです」

 苦笑した山崎さん。んー……じゃあ。

「『卓也さん』?」
「………っ」

 赤くなった! わ、かわいい!

「『たっくん』?『卓ちゃん』?」
「………」

 山崎さん、苦笑したまま、自分もシャツを脱ぎ、ポイッとドレッサーの椅子の上に投げた。
 そして、寝ている私の顔の横に手をつき、ジッとこちらを見下ろしてきて……

「『菜美子さん』?」
「………」

 ドキッとなる。わ、やっぱり名前呼びっていいかも……

「『菜美ちゃん』?『なっちゃん』?」
「………」

 ドキドキしている中、チュッと音を立てて、軽いキスをくれる。

「お誕生日おめでとう」
「え」

 言われて、時計を振り返る。0時ちょうど過ぎたところだった。


「来年も再来年も一番におめでとうを言わせてください」
「…………」

 ゆっくりとうなずくと、再び唇が落ちてきた。今度は深く……


「こんな風に……毎日が過ごせればいいな」

 つぶやくと、ギュウッと抱きしめられた。

 そう、こんな風に……あなたと一緒に。私のすべてを抱きしめてくれるあなたと。

 あなたのすべてをたずさえて。



<完>



-----


お読みくださりありがとうございました!

くしくも、今日が10月9日。
今ごろ二人は山崎のマンションのベットの中で、
「そろそろ起きますか?」
「朝ご飯食べ終わったら、婚姻届け、出しにいきましょうね」
なーんて言いながら、うだうだイチャイチャしていることでしょう。くそーリア充め!!

そーしーて、その後、溝部主催のバーベキュー大会に行くことになっている二人。
お天気大丈夫かな……屋根あるから、小雨ならやっちゃおうって言ってるんですけど、風がどうかな……延期かな……
って、また、それは別のお話で……

とりあえず、山崎と菜美子の物語を書くことは今回で終わりにします。

何でも譲ってばかりの山崎君(思えば高校の修学旅行の班決めの時も譲ってあげてました。おかげで慶と浩介は同じ班になれたのよ)。ようやく譲れない人を見つけました。
年季の入った片想いに縛られていた菜美子さん。ようやく自由になりました。

皆様のおかげで、ようやくようやく二人も幸せになれます。
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございました!

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