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創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

(GL小説)風のゆくえには~光彩5-2

2015年04月03日 10時07分50秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 あかね先生に頼まれて、7月末の舞台だけという約束で、演劇部に一時入部することになった。

 バク転できる子を飛び道具的に出したいらしい。こんな中途半端な時期の、しかも2年生からの入部だというのに、他の部員の人達は大歓迎してくれた。
 ダンス教室との両立も考えて、私はセリフもなしで、練習も毎回は出なくていいことになっている。でも、演劇部の練習は見ているだけでも面白いから見に行くようにしていたら、同じクラスの瑞穂に「この舞台が終わっても残ってー」と勧誘された。それについてはまだ考え中。

 あかね先生が何か言ってくれたのか、鈴子が私に話しかけてくることが激減した。おかげで鈴子に対するイジワルな気持ちは出ないようになった。演劇部の練習やダンス教室や定期テストで忙しかったからっていうのもあるけど。

 ママも演劇部の練習を見に来るようになった。あかね先生に頼まれて、衣装の指導員をすることになったからだ。
 ママとこんなにたくさん一緒に過ごすのは、アメリカにいた時以来だ。ちょっと嬉しい。私ってママのこと好きだったんだなって今さら気がついた。ママがおじいちゃんにつきっきりになっても、おばあちゃんがいるから大丈夫って思ってたけど、本当は少し寂しかったのかもしれない。


(ママとあかね先生って気が合うんじゃないかな?)
って、思いはじめたのは、いつのころからだったか……。

 何というか、以心伝心、ってやつ。1言えば10言わなくても理解できてる、みたいな。
 あかね先生が振り返って「佐藤さん」って言うだけで、ママは何を言われるか分かってる。その逆もよく見かけた。

 一度、みんなは体育館で練習してて、あかね先生とママが部室にいるのを呼びに行ったことがあるんだけど、その時も部室の外まで、ママのいまだかつて聞いたことのない楽しそうな笑い声が聞こえてきて驚いた。あかね先生もいつも私たちに話すときよりも、少し子供っぽいはしゃいだような声を出してて……。考えてみたら二人は2歳差の同年代。お友達になってもいいわけだ。まだ、お互い敬語を使い合ってるけど、もっと仲良くなったらお友達みたいに話せるようになるかもしれない。

「みんなのアイドルあかね先生と、ママが友達になったら、ものすごく自慢になるんだけどなー」

 帰り道にそういうと、ママはビックリした顔をしてから、ブンブンと勢いよく手を振った。

「一保護者と担任の先生が個人的に親しくなったら、学校や他の保護者の方がよく思わないでしょう」
「別に大丈夫じゃないー? っていうか、もうすでに結構仲良しだよね? 先生とママ」
「………そんなことないわ」

 かたくなに否定するママ。この話をしてから、先生とママの間に少し距離ができてしまった。意識させちゃったかな…。でも、以心伝心はあいかわらずだけど。

 本格的に衣装や大道具小道具作りがはじまり、有志の保護者の人達も来るようになった。ママは日本にきてからいわゆる「ママ友」が全然いなかったので、久しぶりのママ友の集いで少し疲れているみたい。でも「楽しい」って言ってる。私も瑞穂や他の部員とも仲良くなれて、練習に行くのが楽しみだ。


「お母さん、最近キレイになったよな」
 お兄ちゃんが冷やかすみたいに言うと、ママが「何か欲しいものでもあるの?」と言って苦笑した。

 確かに最近のママはキラキラしている。オシャレにも気を使うようになってきた。まるで恋でもしているかのよう。

 パパもそう思っているらしく、私にコッソリと「部活に出てくる保護者の中に男はいるのか?」とか聞いてきた。自分は浮気して他に家庭まで持っているくせに、奥さんの浮気は気になるらしい。

 裁縫の内職の仕事もはじめて、毎日生き生きとしているママ。そんなママを見ていると嬉しい反面、寂しさも感じてしまう。ママがまた遠くに行ってしまう気がして……。


***


 そんな中で、事件が起こった。

 夏休みに入ってすぐ、演劇部は強化合宿をすることになった。ママは泊まりはしなかったけれど、食事の用意をしにきてくれていた。

「美咲ちゃんのママ、お料理も上手なんだね!」
 みんなから口々に褒められて、ちょっといい気分だった。

 最終日の昼食は裏庭で食べることになった。みんなで机を外に出したりバタバタしている中、ママは校舎下の隅っこのほうで、お鍋をグルグルかき回していた。なんかママ、やっぱり楽しそうだな~って思いながら少し離れたところからその様子を見ていたら、

「佐藤さん!」
 あかね先生が慌てた感じに校舎から出てきてママを呼び、ママの元に駆け寄っていこうとしているのが目に入った。

 と、その時……

「………ッ」

 息を飲んだ。ママの上、何か……何? 植木鉢? 何? 落ちて……

「綾さん!」
「!!」

 ママが倒れたのと、あかね先生がママの元にたどり着いたのは同時くらいだった。
 部員たちが悲鳴をあげる。

「!」
 植木鉢が落ちてきた窓辺に……人影?
 誰か……わざと落としたの?

 ううん。そんなことよりママが!!
 ママを抱きかかえたあかね先生のシャツに血がにじんできている。
 ママ……血が……。

「誰か、職員室の電話で救急車呼んで! あと、きれいなタオル! 早く!」
「は、はいっ」

 あかね先生が真っ青になりながらも、みんなに指示を出す。
 みんなが各方向に散っていく中、私はその場に立ちすくんで動けなかった。

「綾さん、綾さん、大丈夫?」
「…………」

 あかね先生が泣きそうになりながらママに声をかけている。
 ママは薄い笑顔を浮かべて、あかね先生に向かって手を伸ばした。

「あかね……大袈裟」
「だって、綾さん、こんなに血が……」
「大丈夫。頭のけがはたくさん血が出るのよ……」
「だって……」

 左腕でママの頭を抱き、右手でママの手をぎゅっと握っているあかね先生。
 まるで、ロミオとジュリエットのラストシーンみたい、なんてぼんやりと思った。あれは最後二人とも死んじゃうんじゃなかったっけ……。

 ママは目だけを動かして、割れている植木鉢に目を止めた。

「あれが……落ちてきて、当たったってこと?」
「うん……植木鉢……」
「そう……当たったのが私で良かった。子供たちだったら大変……」
「綾さん……?」

 すうっと眠るみたいに、ママの目が閉じられた。

「綾さん! 綾さん!」
 あかね先生が悲鳴をあげる。この世の終わりかというくらいの悲痛な叫び……。

 こんな時なのに「あかね先生っていつの間にママのこと綾さんって呼ぶようになったんだな……」とかそんなのんきなことが頭の中を駆け巡っていた。



-------------------------


綾さん大変。大怪我……。
あかね、綾さんの血のついたシャツ捨てられなさそー。
綾さんにサクッと処分してもらわないと。

美咲と鈴子の本当の和解はまだ先になりますが……とりあえず、夏休みが冷却期間になるかな。

そんなこんなで、次回に続く。次回もまだ美咲視点。
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(GL小説)風のゆくえには~光彩5-1

2015年03月31日 17時49分04秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
「そんなの変。美咲ちゃん、かわいそう」

 そう言われて、初めて知った。
 私、かわいそうな子、なんだって。


 私のパパはものすごくカッコいい。顔もいいし背も高いしおしゃれだし優しいし、10人いたら10人の子に「美咲ちゃんのパパかっこいいね」って言われてきた。
 ママは地味。眼鏡外してちゃんとお化粧したらかなりの美人になるのに、わざとみたいに地味にしてる。でもそこが「大和撫子」でいいって、アメリカにいたころよく言われた。

 パパはモテた。パーティーとかでも女の人が入れ替わり立ち替わりすり寄ってきていた。
 ママに「嫌じゃないの?」って聞いたら、ママはニッコリとして、

「あんなに人気のあるパパが一番愛してるのは、私たち家族なのよ? それってすごい自慢じゃない?」

と言った。確かに誰からも見向きもされないような人がパパであるより、モテモテの人がパパなほうが自慢できる気がする。

 ママは一切、パパの悪口を言わなかった。どんなに帰りが遅かろうと、休日に突然予定をキャンセルしようと、きれいな女の人と腕を組んで歩いていようと、ママがパパに対して文句を言っているところをみたことがない。
 それに「パパが頑張ってくれているおかげで、私たちはこんなに良い暮らしができているのよ。本当に幸せね。パパに感謝しようね」と私とお兄ちゃんは小さなころからすりこむみたいに言われてきた。
 だから、私は、自分がすごく恵まれている子供なんだとずっと思ってた。実際たぶん恵まれていたんだろうし。

 それが、日本に住むことになってから、家の空気が歪んできた。
 ママはおじいちゃんのお世話をするために、一切外出をしなくなった。家事をすごく忙しそうにしてるか、おじいちゃんの部屋にいるかのどちらかだったから、話もあまりできなくなった。おじいちゃんの部屋にいけばいいんだけど、なんか怖くて入れなかった。アメリカにいたころはよく焼いてくれてたクッキーも、全然焼いてくれなくなった。

 そのかわり、おばあちゃんが色々買ってくれたり、おいしいものを食べに連れていってくれたりした。おばあちゃんは私のいうことをなんでもきいてくれる。だから大好き。

 パパは、日本に住むようになってから、家に帰ってくるのがますます遅くなった。社長さんだからしょうがないのかな、と思っていたけど、それだけではなかったみたい。
 三年前に、妹が生まれた。ママじゃない女の人から。

「日本が一夫一婦制になったのは明治時代に入ってからなのよ」
と、おばあちゃんが真面目な顔をして言った。

「殿様かよ」
と、お兄ちゃんがあきれたように言った。

「今までと何も変わらない。何も心配しなくて大丈夫よ」
と、ママがニッコリとして言った。

 だから、気にしないことにした。「パパに愛人がいる」っていうとみんな驚くからそれがネタ的に面白かったくらいで、他は何も変わらなかった。パパはあいかわらずかっこよかったし、ママは忙しそうだし、おばあちゃんはたくさん愛情を注いでくれたし。
 ただ、お兄ちゃんは反抗期らしくて、無口になった。けど、私とだけは話すから、パパもママもおばあちゃんも、お兄ちゃんとコミュニケーション取りたいときには、私のことを頼ってきた。

 美咲のおかげで、家族が丸でつながっている。
 美咲がいるだけで、明るくなる。
 美咲は佐藤家の太陽。

 ママもパパもおばあちゃんもそう言ってた。お兄ちゃんもきっと心の中ではそう思ってる。
 だから、私は幸せ。私は恵まれてる。


 また少し、家の雰囲気が変わったのは、おじいちゃんが死んじゃってからだった。
 ママがポカーンとするようになった。

 せっかくお世話する必要がなくなって自由になったのに、ボーーッとしていることが多くなった。
 あいかわらず、家事はテキパキやっているけれど、それも心ここにあらず、みたいな。
 遺品の整理もママが任されてるらしくて、あちこち片づけているけど、それも時々手が止まってボーっとしている。

 おじいちゃんはパパのお父さんであって、ママの本当のお父さんではないのに、5年もお世話していたから情がうつったのかな。

「空の巣症候群ってやつじゃないか?」
と、お兄ちゃんがいった。

「それは子供が巣立ってなるやつでしょ。美咲まだ巣立ってないのに。美咲のこと忘れちゃったっていうの?」
 ムッとしていうと、お兄ちゃんは呆れたように、

「んなわけあるか。あーでも美咲はばあちゃんとばっかつるんでるからな。巣立ったのも同然か」
「そんなことないもんっ」
「じゃあ、気分転換にお母さんのことどっか連れ出してやれよ?」

 どっかと言われても……と、考えた結果、うちの学校の演劇部の公演に誘ってみた。ママは少し驚いた顔をしてから、嬉しそうに肯いた。

 演劇部の公演のあと、ママはまた少し変わった。ボーッとしていたのがポーッとするようになった。……この点々と丸の微妙な違い、分かるかな。まあでもとりあえず、前よりも少し元気になったような気がする。

**

 新学期。念願の一之瀬あかね先生のクラスになれた!
 あかね先生は、女優さんみたいに綺麗で背も高くてサバサバしている、この学校の人気ナンバー1の先生。
 噂には聞いていたけれど、実際担任になってもらえて、そのカリスマ性とか統率力とかを間近で実感できて、嬉しい毎日。

 一年生の時同じクラスだった菜々美とさくらと、出席番号が前後だから話すようになった鈴子の4人で掲示係になった。
 その仕事で放課後残っていた時に、家族の話になって、いつものように「うちのパパ、愛人がいるんだ~」って言った。菜々美とさくらは一年生の時に話したから知ってるけど、鈴子は知らないから。そうしたら、鈴子に真顔で言われた。

「そんなの変。美咲ちゃん、かわいそう」

 パサッとポスターが落ちた音が教室に響き渡った。

 数秒の沈黙の後、

「そんなことないよっ。美咲のパパ、超カッコいいもんね。だからアリだよアリ!」
「だよね~~ママもカッコいいよね。大奥の御台所様って感じでさ!」

 あはははは、と菜々美とさくらが取り繕うみたいに笑いながらいうのを聞いていて……

(ああ、そうなんだ……)
 体の中から何かがストーンと抜け落ちた気がした。
 私、みんなが驚いたりすごーいって言うから、面白がって言ってたけど……本当はみんな、そう思ってたんだね。

(かわいそう………)
 私、かわいそうな子、なんだ。


 家に帰って、ドアを開けたら、すごく懐かしくて良い匂いがしてきた。
 ママのクッキーだ。

「わ~おいしそう! 嬉しい!ママのクッキー!」
「久しぶりだから上手に焼けてるか分からないけど」

 いつものように慎み深く、ママが微笑む。一つつまみ食いしてみたら、アメリカにいたころ食べたのと同じ味がした。

「大丈夫! おいしいよ。パパにも早く食べさせてあげたいね。焼きたてがおいしいのになー」
「パパは今日帰ってこない日だから、みんなで食べちゃいましょうね」
「………え」

 ママの伏せた目。

(あれ………)

 いつもこうだった? ママ、こんな、寂しそうな目、してた?
 私が気が付かなかっただけ? いつもこうだったの……?

「あらあら、良い匂い!」
 おばあちゃんがニコニコしながらリビングに入ってきて、「疲れた~~」ってソファに腰をおろした。

「綾さん、お紅茶お願い」
「はい」

 いつものように、ママがさっとキッチンに下がる。

「良い匂いね~何なの?」
「ママがクッキー焼いたの。おいしいよ」

 はい、って渡すとおばあちゃんは一口で食べて、うんうん肯いた。

「あら。おいしいじゃない。いいわねえ、専業主婦は優雅で」
「………」

 紅茶を運んできたママが、静かに微笑んでいる。
 そうだ。ママはパパのおかげで専業主婦ができている。好きなお裁縫とお料理をしていればいい生活をできている。こんな幸せなことってないじゃない。でも……その反面、パパに捨てられたらおしまいだから、パパに文句の一つもいえない……ってこと?

「健人、何飲む?」
「自分でするからいい」

 降りてきたお兄ちゃんが、あいかわらず必要最低限の会話だけで、また自分の部屋にこもりにいってしまった。でもちゃっかり自分の分のクッキーはお皿に入れて持っていってるのだから、なんか可愛い。

『お母さん、離婚しないの?』
 パパが別宅を持つと宣言した直後に、お兄ちゃんがママに言った。でもママはすぐに首を横に振った。

 今になって思う。
 ママは、離婚しない、んじゃなくて、できないんだ。だって、ここから出たらママは生活していけない。籠の中の鳥だ。

 パパの愛人は看護師らしい。まだ20代で、バリバリ働いている。
 パパはきっと、ママの地味さとか従順さとかが物足りなくて、昔からよその女の人と付き合ったりしてたんだ。もしママがもっと魅力的だったら、パパも……。

 私はちゃんと自立した女になろう。ママみたいに、捨てられないようしがみついてるようなみっともない女にはならない。


**


 鈴子のこと、イジメるつもりはなかった。
 ただ、この子といるとイライラするから、仲良くしたくなかっただけだ。菜々美とさくらも同意してくれてた。それでついキツイ言い方をしたり、ハブったりした。でも鈴子は気が付かないのかなんなのか、めげずにこっちにくっついてくるし、あかね先生はそれとなく注意してくるし、正直困っていた。

 早々に席替えがあって席が離れたおかげで、あまり関わらなくてすむようになったけど、掲示係はまだ一緒。一緒に仕事をするたびにイライラした。でも、最近はずっと我慢してた。だってあかね先生がやけに鈴子に気を回してるところがムカつくから。これ以上あかね先生の注目が鈴子にいくのが許せなかった。だから我慢我慢で、鈴子にはあたりさわりのない対応を心掛けて、なるべく関わらないようにしてた。


 運動会の前日。帰り道に、筒美さん達のグループに呼び止められた。

「今日のリハーサルのビデオ、どう思った?」

 どうと言われても……。今日のダンス映像のことらしいけど……。

「鈴子のあの遅れっぷり、許せなくない?」
「んー……」

 正直いって、自分がちゃんとできてるかにしか興味がなくて、他なんて全然みてなかった。
 でも、菜々美とさくらもそう思ってたらしくて、筒美さん達とひとしきり盛り上がってた。で、筒美さんがビックリすること言いだした。

「もう明日だし、今さらどんなに練習したってできるようになるわけないしさ。鈴子にはダンスに出ないでもらおうと思うの」
「え?」

 出ないでもらうって、そんなの許されるの?

「衣装に細工しようと思ってる」
 筒美さんによると、衣装を隠すのでは、みんなで探すことになったりして大変。だったら着られない状態にして諦めさせればいい、と…。それに協力してほしい、という話だった。

「でも、見本が一着あったよね? それ着なさいっていわれるんじゃないの?」
 賢い菜々美が、冷静に指摘すると、筒美さん達がウッと詰まった。そこまで考えが及んでいなかったらしい……。

「えー、じゃあ隠すにせよ壊すにせよダメじゃん。私、最後のキメのとこあの子と一緒なんだよーあんな遅れるのがビデオに残っちゃうなんてやだなー。せっかく可愛い衣装着て踊るのにー」
 ガックリしてる筒美さん……。

 ふと思い出した。鈴子がこないだ言っていた話。
「運動会の衣装かわいいよねー。こないだうちのママが勝手に着ちゃってさー、パパがかわいーっていって、写真撮ったりしてー。もーいつまでも新婚さんみたいに仲良しなんだよねーうちのパパとママー」

 別に他意はないんだろうけど、私のパパに愛人がいることを「カワイソウ」とか言った口から出てくる話だと、それ自慢?なんなの?ってムカつく。
 でも、あかね先生のために、「そうなんだー」ってニコニコ聞いててやったけど……。

「…………」
 あかね先生は、私と鈴子、どっちのほうが大切かな? どっちのほうがかわいいって思ってるのかな?

「………あのさ」
 たぶん、悪魔のささやきっていうんだと思う。こういうの。
 今、思いついたことを、冷たい気持ちで口にする。

「私の衣装と鈴子ちゃんの衣装、二つとも壊すっていうのはどう?」
「……あ、なるほど」

 みんながキョトンとしてるなか、やっぱり賢い菜々美がすぐに私の意図を読み取ってくれた。

「美咲は最後センターだもんね。美咲が出ないわけにはいかないから、見本の衣装は美咲が着ることになるってわけね」
「って、あかね先生が判断してくれるといいんだけど」
「大丈夫大丈夫。絶対そうなるよ!」

 そう菜々美が安請け合いして、この計画は実行されることになった。

 まさか、私のママが、あのぽっかり穴のあいた衣装をあっという間に直してしまうなんて、思いもしなかった。
 でも、出来上がった衣装を、あかね先生は私に先に着せてくれた。私にだけ花の精みたいって言ってくれた。鈴子よりも先にかわいいって言ってくれた。だからよしとする。

 会場に向かう間、鈴子に、最後のキメのポーズが遅れないための動作の誤魔化し方を教えてあげた。おかげでなんとか鈴子もさほど遅れずにすんで、筒美さんも怒らないですんだけど……そうじゃなかったら、何を言われていたか分からない。ママにあんな特技があったなんて、それをあかね先生が知っていたなんて、本当に驚いた。ママ、かっこよかった。

 運動会終了後の帰りの会で、先生から衣装の話をされた。「犯人の特定はしない。自分がしたことの罪の深さを自分で考えなさい」と、あかね先生が静かな怒りを見せ、教室中がシンとなった。怖かった。筒美さん達とこの後、衣装の話をすることは一度もなかった。


***


 運動会の翌週がママの誕生日だった。
 ママは心がフワフワしている感じだった。誕生日のケーキを食べている席で突然、

「働きに出たい」

と、言い出して、びっくりした。ずっと専業主婦してきたのに今さら働くなんて。

 でも、結局、パパとおばあちゃんに大・大・大反対されて、フルタイムで働くことは諦めさせられて、短時間のパートか内職なら渋々OKということになった。

 パパはわりと昭和なところがあって、奥さんが働くなんてとんでもないって思ってるらしい。愛人は看護師でバリバリ働いてて、自分は子供の面倒までみさせられているというのに、おかしなパパ。
 おばあちゃんは、家のことが回らなくなるのが嫌みたい。同居するまでは家政婦さんを雇っていたけれど、やっぱり全部はまかなえなくておばあちゃんが家事をしないといけないところもあったらしい。でも今はママが全部やってくれる。今の生活スタイルを変えるのが嫌なんだそうだ。

 お兄ちゃんは働くことに賛成って言ってた。なんか知らないけど、キッチンでママとコソコソ喋って楽しそうに笑ったりして、嫌な感じだった。ずっとお兄ちゃんは私としか普通に話さなかったのに……私がずっと橋渡ししてきてあげてたのに……。


 もやもやしたまま月曜日がきた。
 朝っぱらから鈴子がまた両親の自慢をしてきて、さすがにキレた。もういい加減にしてほしい。

「菜々美ちゃん、さくらちゃん……美咲、もう限界……」
 休み時間に打ち明けると、菜々美がいつもみたいにイイコイイコって頭をなでてくれた。

「ちょっと痛い目みないと分かんないんじゃない?」
「だね。相当な天然だからね」

 菜々美とさくらがブツブツと怒ってくれている。二人とも大好き。

 掃除の時間、鈴子をトイレに連れていったら、二人はすぐに察してくれた。
 鈴子を奥のトイレに閉じ込めて、「もう私たちに話しかけてこないで」って言ったら、鈴子は「そんなこと言わないで」って言ってきた。イライラする。

 イライラしたまま、ホースで水をぶっかけてやったけど、鈴子はへらへらとしている。意味がわからない。
 そのあと、あかね先生がきて怒られて、他の先生もきて騒ぎになって、あかね先生が謹慎処分になって……ってグチャグチャになった。もう、なにもかもグチャグチャだ。

 謹慎明けのあかね先生と教頭先生と、私と菜々美とさくらと鈴子で話し合いの場がもたれた。一応、鈴子には謝った。それでこの件はおしまい、ということになった。もう鈴子には関わりたくない。


----------------------------


また長くなってしまった……。
今まで起きた出来事の、美咲視点でした。
一つの出来事を、色々な人の角度から書くっていうの好きなんです。

次も美咲視点で。でも、話は進む。
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(GL小説)風のゆくえには~光彩4-4

2015年03月29日 11時43分49秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 謹慎処分をくらったのは、高校の時以来だ。その時は校内での「不純同性交遊」でね……。いやあ若かったなあ私……。

 なんてのんきなことを言っている場合ではない。

 一週間だったはずの謹慎処分は、3日で解けた。
 生徒たちと保護者の方たちが署名活動を行ってくれたからだ。今はネット社会なので、あっという間に情報が広まり、あっという間に署名も集まったらしい。
 保護者の代表として集めてくれたのは、PTA会長の菜々美の母親だったそうで、被害者(私から過剰な指導を受けた被害者ってこと)本人とその保護者が、私の処罰を求めていない、ということで、学校側も騒ぎが大きくなる前に謹慎を解いたらしい。

「あいかわらず人気者ねえ」
と、謹慎最終日に電話先の綾さんに言われた。

 綾さんとは、担任として連絡を取るときには家の電話に、恋人(!)として連絡を取るときには携帯に電話をする、という約束をした。でも、携帯の通話料が上がって怪しまれては困るので、綾さんから連絡をしたい場合は、3コールで切って、私の方からかけなおす、ということに決めた。本当は私と通信用の携帯を買いたいところなんだけど、それが見つかったら面倒なことになるので、やむなく旦那契約の携帯を使うことに目をつむることにした。くっそー腹立つ……。
 なんてのんきなことを言っている場合ではない。本当に。

 気になるのは美咲たちのことだ。人気者、と綾さんが言ってくれたように、自分で言うのもなんだけど、私は生徒からも保護者からも人気がある。それなので、私が謹慎をくらったことで、他の生徒たちの怒りの矛先が美咲たちに向くことが一番こわかった。学校側が早々に解いてくれて助かった。

 学級委員の瑞穂の情報によると、美咲・菜々美・さくらの3人は、私の処分が出てすぐに、みんなの前で謝り、署名運動を率先してはじめたそうだ。うまいこと立ち回ったな、という感じ。



 謹慎初日の火曜日の夕方から夜にかけて、教頭先生と一緒に、菜々美、さくら、鈴子、そして美咲の家を訪問した。

 菜々美の両親は子供の教育にとても力を入れており、菜々美は過度な干渉を受けている印象がある。
 
 さくらは逆に、両親から関心を持たれていない印象。2つ年下の弟が受験生だそうで、余計に放置されている。

 鈴子の家は、この学校に通う子の家にしては庶民的な感じだった。仲の良い兄と妹がいて、両親も子供と適切な距離を保っていて、好印象。今回の件の元々の被害者は、鈴子であるが、本人は「全然気にしてない」と言い張っている。本心なのか強がりなのか、それとも他に理由があるのか、今はまだ判別できない。

 そして、美咲……。

 せっかく月曜日の空き時間に、綾さんと初めての「恋人電話」を満喫したばかりだというのに(それはもう、砂吐くようなセリフをたくさん……)、このトイレ事件が起きたせいで、その夜には自宅の電話に教師として電話をすることになってしまった。綾さんは美咲から事情は聞いていたそうで、しきりと恐縮していた。

 綾さんは美咲の精神年齢が幼く、今回も悪ふざけが過ぎてしまっただけだと思っているようだ。美咲の内面の黒さについて、どこまで話すべきかはまだ迷っている。親は子供のすべてを知るべきと考えている先生も多いが、私は、子供にだって親に隠したいことくらいあるし、親が子供のすべてを理解するなど不可能だと考えている。中学生にもなれば、子供はもう立派な一つの個体だ。その意思も人格も尊重するべきだと思う。


 綾さんの家は、豪邸といってもいいほど大きかった。掃除するだけでも相当大変そうなのに、完璧にキレイに整えられている。さすが綾さん。

「この度は、美咲の悪ふざけで先生にまでご迷惑をおかけして……」
 美咲の祖母が深々と頭を下げてくる。教頭が慌ててそれをとめる。教頭はもうすぐ定年の品の良いおば様。美咲の祖母と少し雰囲気が似ている。

「いえいえいえ、今日はこちらの指導が行き過ぎてしまったことをお詫びに伺ったわけでして……」
「行き過ぎなんてとんでもない!」
 美咲の祖母が大げさに驚いたようにいう。

「悪いことをしたらビシッと叱るのが教育でしょう。それを今はなんだかんだと甘いことばかり…。その点、あかね先生はいいですわ。今回のご指導にも私共は感謝してるんですよ。ねえ? 綾さん」
「……………」
 後ろに控えるようにして立っている綾さんが静かに肯いた。綾さん、家庭だとこういう立ち位置なんだな……。

「あの、お父様は何時頃お帰りに……?」
「今日はパパ、あっちの家の日だから帰ってこないよ」
「美咲!」

 祖母の鋭い制止にこたえた様子もなく、美咲があっけらかんと言う。

「昨日だったらいたのに残念ー。ちゃんと今日あかね先生がくることも伝えたんだけど、あっちの奥さんが仕事で夜子供みないといけないから無理って言われたの。ねえママ?」
「…………」

 目を伏せた綾さん。ニコニコしている美咲。……心配だ。どちらも心配だ。

「えーと……それはどういう……?」
 教頭が?マークをいっぱいつけたまま祖母を見上げると、祖母は慌てたように、

「ちょっと家庭の事情がありまして……お気になさらないでください。とにかく!」
 バシッと手を叩いた音が部屋にこだまする。

「あかね先生を謹慎処分にするなんてやりすぎですよ。私も校長先生に抗議のお電話をと思ってましてね」
「いえいえ、佐藤さん、お気持ちは有り難いのですが……」

 おば様二人が、いえいえ、いやいや、とやり取りしているのを、美咲は「面白~い」という顔をして見ている。綾さんは困ったように眉間にシワを寄せたままだ。

「……美咲さん」
「なに? 先生」

 美咲の無邪気な笑顔に真っ直ぐ向かう。

「そして、おばあさま、お母様」
「…………」

 はたと不毛な会話をやめてこちらを向くおば様二人。

「この度は、私の行動により美咲さんに恐怖心を与えてしまったこと……」
「別に恐怖心なんてないよ?」

 頭を下げようとした私の肩を美咲が掴む。

「だから頭下げないで、先生。そんな先生見たくない」
「美咲さん………」
「先生の謹慎はすぐに解いてみせるから。待ってて先生。すぐに助けてあげる」
「…………」

 美咲の目。やっぱり綾さんに似ている。奥の方に煌めく熱い光。その後ろにいる綾さんは……綾さんも静かな瞳に光を灯していた。

 結局、謝罪の言葉も口にできないまま、佐藤家を後にした。
 教頭は、「みんな怒ってなくて安心したわ~あなた本当に生徒に愛されてるわね~」なんて呑気にいっている。

 問題はそこではない、ということを学校側は分かっていない。私のことはどうでもいいのだ。
 問題は、美咲・菜々美・さくらの三人が鈴子に対して嫌がらせを続けていたということであり、菜々美・さくらはある程度の反省は見られたけれども、美咲がまったく悪びれていない、ということだ。

 とりあえず、美咲には、私の謹慎を解くという目標ができたようなので、それが叶うまでは鈴子に手をださないだろうが、彼女の中の鬱憤を吐き出させないことには、遅かれ早かれ同じことが起こる。何か他のことに目を向けさせないと……。

「やっぱり演劇部に勧誘してみようかな……」
 美咲のあの完璧な笑顔。彼女には女優の素質がある。ただでさえ華のある子だ。きっと舞台映えもする。

(そしたら、綾さん。衣装の指導員引き受けてくれるかな)
 なんて、教師にあるまじき個人的欲望が頭をもたげたことは内緒にしておく。


***


 謹慎二日目。水曜日の朝。
 せっかくなので朝寝をした。二度寝三度寝とする中でたくさん夢を見た。そのどれもこれもが中学生レベルの夢で、しかも体も正直に反応していて、さすがに自己嫌悪に陥った。

「シャワー浴びよう……」
 熱いシャワーを浴びて目を覚まさせる。お湯に打たれながらも、夢の中の綾さんを思い出して鼓動が早くなってくる。

(しょうがないよね……)
 自分に言い訳をする。
 だって、19年間ずっと待っていた人に会えたのだ。そして、19年3ヶ月ぶりに彼女を手に入れることができたのだ。
 でも、まだ、まるで付き合いたての時のように、優しく優しく触れただけ。
 昔のように激しく求め、乱れる綾さんを見たい。

「けどなー……」
 ガシガシと乱暴に頭を拭きながら浴室から出る。

 今回の謹慎に綾さんの娘が関わっている以上、今はそんなことのぞめない……。
 昨日の日中も電話をしたかったけれど、この件について話さないわけにはいかないだろうと思うとできなかった。
 夜に教頭と訪れた綾さんの家はものすごく立派なお屋敷で、その中にいる綾さんは私の知らない綾さんで、なんだかすごく遠くて……。

 綾さんに会いたい。せめて声を聞きたい。

 携帯を手に取ったけれど、発信ボタンを押す勇気がでなくてまたテーブルの上に戻す。
 果てしないため息をついたところでインターホンが鳴った。そういえば頼んでいた本が届くのが今日あたりだった。気を紛らわすのにちょうど良い。

「はーい。ちょっと待ってくださーい」
 印鑑を手にドアを開けたところで、

「!!」
 思わず、印鑑を落としてしまった。そこにいたのは………

「落としたわよ?」
 印鑑を片手に小首をかしげた、綾さんだった。

**

「今日は恋人として来たの」
 綾さんが珈琲を差し出してくれながら、ストンと私の横に座った。

 玄関口で情熱的に抱きしめたところ、
「髪の毛濡れてるじゃないの。乾かしてきなさい」
と、ものすごく冷静に怒られた私……。

 大急ぎで髪を乾かして洗面台から出てきたら、綾さんがさっそく珈琲を入れてくれていたというわけだ。

「恋人として?」
 思わぬ言葉に、胸が高鳴る。

「あかね、落ち込んでるんじゃないかと思って」
「……………」
「全然悪いことしたと思ってないのに、学校の言うなりに謝って回るなんて、辛かったでしょう」
「……………」

 バレれてたのか。さすが綾さん。
 おっしゃる通り。謝ったのは本心ではない。
 美咲達には今まで何度も口頭で注意してきたが、伝わらなかった。それならば実力行使しか方法はなかった。私の力不足だと言われてしまえばそれまでだけれど、嫌がらせがエスカレートすることをどうしても止めたかった。
 でも、学校の方針として、私のやり方が間違っていると判断されるのなら謝罪するのは致し方がない。それで物事がうまく回るのならいくらでも謝罪のセリフくらい言ってやる……と思えるくらいには大人になった。私も。

「なんでもお見通しだね。綾さん。……珈琲、おいしかった。ありがと」
 飲みほし、テーブルにカップを置くと、

「あかね……」
 綾さんはなんだか複雑な表情をしながらこちらをふり仰いだ。

「たぶん……担任の先生として私に言いたいことあると思うけど……」
「うん」
「私も、母親として担任の先生に聞きたいことあるけど……」
「うん」
「でも今は、恋人として、落ち込んでるあなたを慰めにきただけだから、その話はしなくてもいい?」
「綾さん……」

 感動のし過ぎで言葉がでない。
 でも、綾さんは下を向いて、言いにくそうに続けた。

「うちはずっとPTAの活動も義母がしてたから、私は他のお母さん達と全然繋がりなくて。だから義母みたいに署名集めもできなくて」
「そんなの……」
「ホント、役に立たないの。私」
「何言って……」

 綾さん、また、あのつらそうな顔。
 綾さんを苦しめているのは何? 私は助けてあげられない?

「綾さん……」
「でもね」

 ふっと綾さんが微笑みを浮かべ、自分の腿をトントンとたたいた。

「恋人としてなら、役に立つ?」
「………綾さん」

 遠慮なく、綾さんの腿にコロンと頭を預ける。
 綾さんの膝枕、19年と……何か月振りだろう。
 ゆっくりと髪をすいてくれる手。気持ちいい……。

「んー幸せ過ぎる……」
「………くすぐったいって」

 昔のように綾さんの膝頭をすりすりとなでると、綾さんが昔と同じように笑った。

 ああ、幸せ……。

(おれ、もう死ぬのかな? と思う)
 ふいに浩介が言った言葉を思い出した。

「もう、死ぬのかな?、か」
「え?」

 綾さんの手に優しく耳たぶを弄ばれ、夢心地になりながらつぶやくと、綾さんがきょとんと聞きかえした。

「何の話?」
「昔、浩介が言ってたの。慶君と一緒にいてすごく幸せだなーって思った時に、『おれ、もう死ぬのかな?』って思っちゃうんだって。変でしょ?」
「んー……そうねえ」

 綾さんはしばらく、んーーっと言っていたが、

「分からないでもない気はする」
「え、分かる?」
「ようは、こんなに良いことがあったら、次には死んじゃうくらいの悪いことがくるかもってことでしょ?」
「ほー…」

 明るく取り繕っているけれど、本当はひたすら後ろ向きの浩介の奴の考えそうなことだ。

「でもそれって、このまま死んじゃいたいくらい幸せって意味もあるのかもしれないわね」

 綾さんの言葉に、えーーと思わず言ってしまう。

「幸せだったら余計に死んだらダメじゃないのよねえ? これからもっともっと良いことあるに違いないんだから」
「あいかわらず前向きね。あかねは」

 小さく笑いながら綾さんが言う。なんだか寂しそうに。
 私は頭の位置を変え、下から綾さんを見上げた。

「………綾さんは、浩介みたいな気持ちになったことあるの?」
「……あるわ」

 ツーッと唇をなぞられ、ゾクゾクっとする。その手を握り問いかける。

「いつ?」
「……今」

 綾さんは寂しそうに微笑んだまま言った。

「今、このまま時が止まればいいのにって思ってる」
「…………」
「今すぐ、地球が滅亡すればいいのに」
「綾さん……」

 起き上がり、その愛おしい人を引き寄せ、抱きしめる。耳元にささやく。

「綾さん、9年後といわず、今すぐあの家を出ることは考えられない?」
「…………」
「子供たちも一緒に。3人養うくらいの蓄えはあるよ? だから……」
「あかね」

 綾さんの唇にその先のセリフを止められた。優しく触れるだけのキス。
 綾さんが柔らかい笑みを浮かべる。

「……ありがと。でも、大丈夫」
「綾さん、でも」
「このまま、あかねがそばにいてくれれば大丈夫」
「………………」

 何が正解なのか分からない。
 このまま時がくるのを待ち続けて大丈夫なのか、それとも強引に奪ってしまえばいいのか……。

 でも今はとりあえず、せっかくの二人の時間を大切にしよう。

「えーっと。なんでもお見通しの綾さんは、私が今何を考えてるのか分かっちゃってるでしょ?」

 わざと明るく、口調を変えていうと、綾さんはホッとしたように息をついてから、苦笑した。

「そうね。たぶんね」
「それはオッケーってこと?」
「んーーー」
「オッケーってことね?」

 すばやく耳の横に口づける。綾さんがクスクスと笑いをこぼす。

 綾さんの笑顔を守りたい。
 そのために私ができることはなんなのだろう……。

 その愛おしい人を抱きながら強く強く願う。
 せめて、今、この時だけでも、心すべて体すべてで幸せを感じられますように……。



--------------------



また長くなっちゃった。

次回は満を持して、美咲視点。

………はい。満を持して、というのはウソです。
本当は、綾→あかね→綾→あかね、のみで行きたかったし、行くつもりだった。

でも、美咲の気持ちを美咲に喋らせるとどうしてもウソっぽくなるからさ。
美咲の本心も書きたいところなので、手っ取り早く美咲視点にすることにした。

美咲視点。楽しみのような難しそうなような……。
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(GL小説)風のゆくえには~光彩4-3

2015年03月26日 11時45分43秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 綾さんを発見して以来、ずっと恋愛にうつつを抜かしていた、というわけではない。きちんと職務も全うしていた。けれども若干、視界がぼやけていたのかもしれない。物事の本質を見抜くのが遅れてしまった感は否めない。


 月曜日。授業終了後の掃除の時間のことだった。
 最近では、子供に掃除をさせない学校もあるようだが、この学校は元々が良妻賢母の育成を目指す学校だったため、掃除も当然自分たちで行う。
 教室と廊下以外の場所は月ごとでローテーションされ、うちのクラスは今月はトイレと家庭科室(よりにもよって家庭科室……)の担当だった。

「あかねせんせーい」
 家庭科室のチェックに行くと、甘えたような声で由衣先生がすり寄ってきた。のを、なるべく自然に避ける。もう勘違いさせるような態度はとらないと心に決めている。私はもう二度と綾さんを悲しませるようなことはしたくない。

「はい。オッケー! 教室戻っていいよー」
 チェックが終わり声をかけると、生徒たちが華やかな笑い声をたてながら廊下に出ていった。その流れに乗ろうとしたところ、後ろから腕を掴まれた。……由衣先生だ。

「……なにか?」
「なにか、じゃないですよ」

 由衣先生の頬が可愛らしく膨らんでいる。

「なんでそんなに冷たいんですか?」
「えーと……」

 まわりから生徒がいなくなったのを見計らって、由衣先生を正面から見返す。
 三月に綾さんを発見した直後に「もう遊びはおしまい」と伝えて以来、なるべく由衣先生のことは避けてきたけれど、ここでもう一度はっきりさせたほうがよさそうだ。

「由衣先生……申し訳ないんだけど、私」
「本命の彼女ができたってことですか?」
「え?」

 ドキッとする。

「私以外の人とも全員別れたでしょ?」
「えーと………」

 なんでそんなこと知ってるんだ……とか、別れたって言ったって、そもそも由衣先生とは付き合ってたつもりないんだけど、何回かしちゃったからそういうことになっちゃうよね……とか、頭の中を色々駆け巡る。でもとりあえず、いい機会だ。ここで白黒はっきりさせないといつまでもズルズルしてしまう。

「由衣先生、本当に申し訳ないんだけど、私ね」
「ウソだったの?」
「え?」

 掴まれた腕がぎゅうっとしまってくる。爪が食い込んでいる。
 痛い……けれども、由衣先生の方がもっと痛そうな顔をしている。

「可愛いっていってくれたじゃないですか? 抱きしめてくれたじゃないですか? たくさんあんな……」
「……ごめんね」

 その可愛らしい顔を見降ろし、真摯に答える。

「可愛いって言ったことにウソはないし、今でも由衣先生のこと可愛いって思ってるよ」
「だったら」
「でも、可愛いって思ってるだけで、愛してる、とは違う」
「…………」

 すっと手が離された。由衣先生の顔がこわばる。
 今さら気がついた。私、綾さん以外の人に「愛してる」と「大好き」は言ったことがない。(「好き」はあります……ごめん綾さん……)

 由衣先生がこわばった顔のまま、こちらを見上げる。

「私、遊びでいいっていったじゃないですか。このまま遊びで……」
「ごめんなさい」

 心をこめて頭を下げる。本当にごめんなさい。

「もう、不誠実なことはしたくないの」
「それは……本命さんのためにですか?」
「…………」

 綾さんのために、でもあるけれど……

「自分自身が嫌なの。もう後悔したくない」
「でも、あかねさん? その本命さん………」

 由衣先生が少し意地悪な表情になって何かをいいかけた、その時。

「先生! 大変! やばい!」
 家庭科室に一人の生徒が飛び込んできた。うちのクラスの学級委員の山根瑞穂だ。私がもっとも信頼している生徒で、演劇部次期部長に内定している、長身でショートカットの少女。
 瑞穂が早口に言いたてた。

「菜々美たちが、鈴子をトイレに閉じ込めて、水ぶっかけた」
「は?!」

 この一週間、問題なく過ごしていたのに、ここにきてそんな……

「どこのトイレ!? まだそこにいる?」
「まだいるはず。掃除当番のとこ」
「南2階ね。由衣先生!」

 別れ話(?)をした直後で申し訳ないんだけど、由衣先生を振り返り指示を出す。

「タオルを持って来てもらえますか? 私先に行ってます」
「は……はい」
「瑞穂さんは教室戻って。当事者以外教室で待機させて」
「オッケーっす」

 瑞穂が頼もしく肯く。本当に頼りになる。
 青ざめた由衣先生がちゃんと動くか心配だけれど、とりあえず現場にいそぐ。

 南2階トイレは特別教室側のトイレのため、今の時間は人通りが少ない。瑞穂は家庭科室掃除の後、トイレ掃除が終わったか見に行ったところ偶然その現場を目撃したそうだ。あえて中に声はかけず、そのまま私を呼びに来てくれたらしい。
 トイレの掃除当番は6人。菜々美とさくらはいたけれど、鈴子は教室担当だったはず。なぜその鈴子がトイレに……。

 トイレに近づくと、笑い声が聞こえてきた。

「ちょーうけるー」
「やばーい」

 なんでもかんでも「やばい」で片づけるな!と、英語教師であるけれど日本語の乱れが心配になる。そんなどうでもいいことを思い、心を落ち着かせてからトイレに踏み込む。

「………何してるの?」
「先生」

 トイレにいたのは4人。 
 まずい、という顔をして振り返ったのが、菜々美とさくら。元々のトイレ当番のうちの二人。
 そして、笑顔のままこちらを向いたのは………美咲。綾さんの娘。なぜここに? 美咲も教室担当だったはず。
 美咲が明るく言う。

「もー、鈴子ちゃん、超怖かったよー」
「………」

 言われた鈴子も、えへへへへ、と笑っている。鈴子の肩まである黒髪が濡れている。

「鈴子ちゃんがねー、花子さんの真似したの。それが超怖くてー」
「それで、鈴子さんに水かけたってこと?」

 菜々美を見ると、菜々美がスッと視線をずらした。さくらも。

(なんだろう………)

 この違和感……。
 頭の中がチリチリとする。何かがおかしい。

「鈴子さん、大丈夫? 濡れてるじゃない」
「うん。ちょっとふざけてただけだから」

 へらへらと言いながらも、鈴子の瞳の奥は笑っていない。

「今日も暑いから、全然大丈夫」
「だね~涼しそう」

 うふふ、と笑いながら、美咲がハンカチで鈴子の頭を拭き始めた。菜々美とさくらもあわてたようにハンカチをだす。拭かれている鈴子は「いいよー大丈夫だよー」と笑っている。

「ねえ……悪ふざけにしては度が過ぎてるよね?」
「ごめんなさーい」

 美咲がぺこりと頭を下げる。

「だいたい、掃除当番でもない美咲さんと鈴子さんがここにいるのはどうして? 菜々美さんとさくらさん以外の掃除当番の子はどこいったの?」
「それは……」

 菜々美が下を向く。その視線の端には……美咲?
 ……さくらもだ。美咲を視界の端にいれている。

 頭の中を警告音が鳴り響く。

「………美咲さん」
「はーい」

 美咲の無邪気な笑顔。

(そういうことか………)

 気がついて愕然とした。
 私は大きなミスを犯した。

 私の中で、美咲は綾さんの娘、というフィルターがかかっていて、普通の生徒よりも可愛く思えた、ということは否定できない。
 でも、綾さんの娘だからこそ、気が付くべきだったんだ。

 あの綾さんの娘が、単純明快・天真爛漫な女子中学生、だけであるわけがない。

 すっかり騙されていた。鈴子イジメの主犯は……美咲だ。

「美咲さんと鈴子さんはどうしてここにいるの?」
「理絵ちゃんたちと変わってもらったの。菜々美ちゃんとさくらちゃんと同じところ掃除したくて」
「…………」

 菜々美とさくらは目を伏せたままだ。
 普段の発言力の強さ、気の強さから、菜々美がこのグループのリーダーなのかと思っていた。さくらはNO2の立ち位置を好む子。そして美咲は2人の妹的存在……と認識していた。
 美咲に関しては、前担任からも小学校時代の担任からも「みんなのマスコット的存在」「ムードメーカー」「裏表のない素直な子」と聞いていて、それを鵜呑みにしていたところもある。そうとしか思えない可愛らしさが美咲にはあった。

 でも、あの綾さんの娘。うちに秘めているものがたくさんあるはずなのだ。
 綾さんは学生時代、普段は穏やかで優しげなのに、時々凍るような内面を出すことがあった(そこが魅力なんだけど)。裁縫時の豹変も、内面の解放につながっていたのかもしれない。
 けれども、美咲は私がみているかぎりいつもニコニコと変わらない。先週綾さんに電話で聞いたが、家でも常にそんな感じらしい。

 家庭生活も学校生活も不満なく過ごせているのならそれで問題はない。
 だが、今、彼女の家庭は普通ではない。父親に愛人がいるなどという異常な事態を、この多感な時期の少女がニコニコとしているだけで耐えられるのだろうか? いや、耐えられるはずがないのだ。
 美咲のマグマは一番嫌な方向に吹き出してしまったようだ。

「で、鈴子さんが花子さんの真似をしたって? どこで?」
「ここー。花子さんは一番奥のトイレって決まってるんだよ」
「ふーん……」

 美咲が奥のトイレの個室の前まで行って指さす。ここが一番濡れている。ここに閉じ込められて水をかけられたのだろう。 

「鈴子さん……こんなところに閉じ込められて怖かったでしょう?」
「え………」

 鈴子の目が大きく開かれる。何か言いかけて、また口を閉じた。
 笑顔を崩さない美咲に、冷静に問いかける。

「こんなところに閉じ込められたらこわいって分からなかった? しかも水までかけるなんて、かけられた方はすごく嫌な気持ちになるって分からなかった?」
「だって……。ねえ、菜々美ちゃん?」
「うん。鈴子、嫌がってないじゃん」
 美咲に振られた菜々美がムスッとして言う。

「嫌だったら嫌っていうでしょ。言ってないんだから嫌じゃないってことでしょ」
「そうそう。それにふざけてただけなんだから、別にいいじゃん」
 さくらもブツブツと言い始めた。

「だいたいそんな大げさなことじゃないし。ちょっと水かけただけじゃん」
「そうだよ。全然たいしたことじゃないよ」
 交互に言う菜々美とさくら。

「そっか。じゃあ、同じことされても別に大丈夫ってことね?」
「別に……」
 私の問いに、ぷいっとする菜々美とさくら。美咲はニコニコとしている。

「分かった。じゃあ」
 即座に入口に戻りホースのついた蛇口をひねる。そしてホースの先を持ったまま、菜々美とさくらの腕を掴んで、奥のトイレの前にいる美咲のところまで連れていく。

「せ、先生?」
「同じことしてあげる」
「え」

 有無を言わさず、はじめに美咲を、それから菜々美とさくらをトイレの個室に押し込めた。扉を足でひっかけて開かないようにする。

「先生!?」
「何?!」

 ホースを上から垂らしてやると、一気に悲鳴に変わった。

「やめて!」
「開けて!先生!」

 時間にして2秒程度で、すぐに開けてやる。
 涙目の菜々美とさくらがヨロヨロと出てきた。たいして濡れてもいないが、精神的ショックは相当なものだったようだ。

「………どう? 楽しかった?」
 無表情に問いかけると、菜々美は首を大きくふり、さくらはワッと泣きだした。
 扉にぶら下がったホースの先から出ている水の音が無情になり続けている。

「先生……こんなことして大丈夫なの? 菜々美ちゃんのお母さん、PTAの会長だよ?」
「………」

 美咲がケロッとした顔で個室から出てきた。
 美咲……全然響いてない……。

「美咲さん……これが、自分の大切な人に胸を張って言える行動だった?」
「だって、ふざけてただけだよ? ねえ、鈴子ちゃん」
「…………」

 鈴子が目を伏せる。一瞬だけ、美咲は目を尖らせたが、すぐにあの可愛らしい笑顔にもどすと、

「鈴子ちゃん。私、今のじゃ全然水かぶらなかったんだよね。だから鈴子ちゃんが水かけて? そうしたらおあいこになるでしょ? ね、そうしよ」
「美咲さん、そういうことじゃ……」
「ほら、早く!」

 いきなり美咲がドアにかかったホースを引っ張った。顔に思いきり水がかかる。

「やめなさい!」
 とりあげようとしたところで、私にも水がかかる。もみ合う中でホースの水があちこちに撒き散らされる。菜々美とさくらが悲鳴をあげる。

「離してっ」
 美咲の顔から笑顔が消えた。

「美咲……」
 これが、この子の本当の顔だ。なんて怒りに満ちた、なんて悲しい……

「あかね先生………っ」
 ようやく、由衣先生がやってきた。保健室の稲田先生と一緒だ。
 美咲の手をおさえながら、とっさに指示を出す。

「蛇口閉めて!」
「は、はい!」

 稲田先生が慌てて蛇口を閉めると、すぐにホースの勢いがなくなった。
 ダランと垂らした美咲の手からホースを取り上げる。

「美咲さ……」
「…………………ムカつく」
 下を向いた美咲が吐き捨てるようにいった。そして、ぎゅっと目をつむってから、顔をあげる。

「!」
 思わず、感嘆の声をあげそうになってしまった。
 顔をあげた美咲の表情は、何事もなかったような完璧な笑顔だったのだ。

「ごめんね、先生も濡れちゃったね」
「美咲さん……」
 あなた女優になれるわよ、という不謹慎な言葉をどうにか飲み込んだ。


 このトイレでの一件はすぐに校長の耳に入り、私は一週間の謹慎処分を言い渡された。




-----------------------------


また長くなってしまいました。

あかね先生、事件の調査が終わるまでは出勤停止、という名目で、
ようは、やりすぎってことで謹慎処分をくらうわけですが……

どうでしょう。あかね先生の行動はやりすぎでしょうか?
うーん。しょうがないんじゃないかなあと思ったり。
想像力のない人間は、それをされたら嫌だということが想像できない。だったら体験させてやるしかない。
でも、それも良し悪しで、その嫌な体験を、大嫌いなあいつにしてやろう、って思ってしまう子もいるかもしれない。
普通に健全に育っている子ならば、人の嫌がることはしないんだろうけど……。
健全な精神を育てるって、本当に大変なことなんですよね……。

そんなこんなで、次回に続きます。

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(GL小説)風のゆくえには~光彩4-2

2015年03月23日 10時18分58秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
「私のパパ、愛人がいるの」

 綾さんの娘の美咲から、そんなとんでもない話を聞いたのは、運動会の真っ最中のことだった。

**

 運動会のダンスの衣装を、急きょ綾さんに直してもらった。
 おかげで二人きりで誰もいない校舎内を歩くことができ、その途中、我慢できなくなって綾さんを後ろから抱きしめたところ、綾さん予想外の反応……。

 無抵抗! →由衣先生への嫉妬?発言 →19年前の浮気に対する文句?

 ……なんでしょうか。これは。脈があると思っていいのでしょうか?
 でも、先月の面談の時には、手を思いきり振り払われてしまったし……。

 観覧席に目をやると、綾さんが長身の男性と立っていた。

(あいつが旦那か………。くそー私より背高いな……)

 ムカつく……。

 そんな悶々とした気持ちで、生徒たちのダンスを見ていたら、あっという間に終了してしまった。
 生徒たちは難しい隊形移動も完璧にやり遂げていた。素晴らしい。あとでたくさん褒めなくては。


 昼休みに入るアナウンスを入れた直後、美咲が私のところにやってきて、家族を紹介したいと言い出した。
 おばあちゃんとお兄ちゃんはともかく、パパは無理、と思った。今、綾さんの旦那と向き合ったら自分でも何をしでかすか分からない。

 でも、美咲が「パパはいないんだけど」と言う。「さっき観覧席でママと並んで立ってたよ?」と答えると、

「もう帰っちゃった。あのね、私のパパ、愛人がいるの。で、その愛人の子供の父親参観なんだって今日」
「………………え?」

 あまりにもあっけらかんと言うので、何を言われたのか瞬時には理解できなかった。
 美咲は、こちらが驚いていることを楽しんでいるようだ。

「家族公認の愛人なの。ママもおばあちゃんも知ってるよ」
「そう……なの?」
「うん。昔のお殿様みたいでしょ?」

 ニコニコの美咲。

 なにそれ。………なにそれなにそれなにそれっっ。

 公認って……。本当に、納得の上でそんなの認めてるの? 綾さん。
 だったら、どうして先月の面談の時、私が「今、幸せ?」って聞いたら、困ったような顔をしてうつむいたの? さっき、無抵抗だったのは、どうして?
 今の生活が幸せと言いきれないからじゃないの?

 そんなことが頭をグルグル回っている状態で、美咲に腕を引っ張られ、綾さんの元に連れていかれた。戸惑った表情をした綾さん。

 くーーーかわいすぎる……。

 あまりにもかわいすぎたので、思わず隠れてちょっかいを出したところ、すっごい目で睨まれた。

 もーーー素敵すぎる……。

 ………決めた。
 そんなアホな旦那に遠慮することなんてないよね?
 あっちに愛人がいるなら、綾さんだって自由恋愛楽しんだっていいんじゃないの?

 ねえ綾さん。

 私、あなたをもう一度手に入れる。


***

 
 一週間後……。

 綾さんは私の腕の中にいた。
 綾さんの誕生日の朝を一緒に迎えられるなんて夢のようだ。

 深夜、綾さんが私のマンションを訪れてくれた。
 なんだかものすごく疲れた様子だった。寝不足だと言っていたけれど、それだけではない感じがする。

「どこから上書きしようか?」
 そう聞くと、涙をポロポロと流しながら、迷わず左手を差し出した綾さん。
 旦那に愛人がいるのなら、綾さんも……なんて簡単に考えていたけれど、そんな単純な話じゃなかった。綾さんは苦しんでいる。どれだけの苦しみの中にいるのだろう。
 私は少しでもその心の傷を癒してあげられるかな。助けてあげられるかな……。

「綾さん……」
 綾さんの左手を包み込み口づける。そのまま腕を伝い、白い肩にキスをする。
 ゆっくりゆっくり優しく優しく愛撫する。綾さんのうなじ、柔らかな胸、くびれた腰、しなやかな足……。一つ一つ大切に口づける。
 包み込み、癒したい。今は、官能ではなく、安らぎを与えたい。 

 閉じた瞳からこぼれ落ちた涙を唇で拭うと、綾さんの頬に笑みが浮かんだ。

「大好き……」
 頬に瞼に耳に首筋にキスの雨を降らせる。

「大好きだよ……」
 この気持ちが届きますように。あなたの心まで包みこめますように……。

 綾さんが微笑みを浮かべたまま、スーッと眠りに落ちた。穏やかな寝顔……。
 愛おしくて、ぎゅっと抱きしめる。

(今だったら……)

 今だったら、綾さんを守ってあげられる。
 19年前はハタチの無力な大学生だった私も、今はもうすぐ40歳の社会人。職もあり、貯えもそれなりにあり、生きる術も持っている。
 日本にいるのが窮屈ならば、二人で外国で暮らしてもいいかもしれない。浩介と慶くんのように。

 ただ、問題は子供たちのことだ。
 お兄ちゃんの方はともかく、美咲はまだ中学二年生。まだまだ母親が必要な年齢だ。綾さん自身も子供たちと離れたくないだろう。

(そうすると……9年……か)

 美咲が大学を卒業するのが9年後。
 そのころには、もしかしたら日本でも同性婚が認められるようになっているかもしれない。

 9年。9年なんてあっという間だ。何しろ19年待ったのだ。それが少し延びるだけのことだ。
 いや、ただ延びるだけではない。これからは会うことができる。

 綾さん。あなたを幸せにできるのは、私しかいない。


***


「結婚しよう、綾さん」

 翌朝。珈琲を入れてくれてる綾さんに、プロポーズをした。

「…………あかね?」
 きょとん、とした表情の綾さん。

「何言って………」
「9年したら、美咲さんも大学を卒業する。綾さんの親としての役目も一段落つく」
「……………」
「そのころにはきっと日本でも同性婚が認められるようになってると思うんだよね」
「……………」

 綾さんは何か言おうと口を開きかけ、また閉じ、また何か言おうとして、先に大きくため息をついた。

「そんな夢みたいなこと……」
「なんで? 全然現実的だよ? それでね、9年間は『仲の良いお友達』でいればいいと思って」
「………なにそれ」

 眉を寄せた綾さんに、ふっふっふ、と笑ってみせる。

「あのね、同性だと浮気を実証するの難しいんだよ。特に女性なんてノンケの子同士だって普通にベタベタしたりするでしょ? 旅行も泊まりも全然オッケー。仲の良い友達なら普通のことだし」
「………それは無理ね」
「え?!」

 バッサリと綾さんは言い切って、珈琲を持ってソファーの方へ行ってしまった。

 そ、そんな……

「な、なんで?!」
 慌てて後を追いかけ、わざと膝をくっつけて隣に座ると、綾さんは「当たり前じゃない」と言ってこちらを見上げた。

「だって、担任と保護者が個人的に仲良くしてたら問題でしょ?」
「あ………そっちの話」

 プロポーズ断られたのかと思って焦った……。

「あー、じゃあさ、綾さん、なんかの役員やってよ?」
「役員は学年はじめにもう決めたでしょ」

 綾さんがちょっと笑った。かわいい。

「じゃあ、演劇部の衣装指導やらない? 保護者の方に指導員お願いしてる部、他にもあるから怪しまれないよ」
「そんなの……家庭科の先生に悪いわよ」
「あー、全然大丈夫。あの子、裁縫系苦手だから」
「………あの子?」

 ピクリと綾さんの眉間にしわが寄った。

「あ……いや、その、由衣先生?」
「………ふーん」

 綾さんがフイッと膝を離して座り直し、無表情に珈琲に口をつける。
 まずい。由衣先生の話題は地雷だった。こ、こわい……。

「あの……綾さん? 由衣先生とは本当にもう何も………」
「……………」

 しばらく無言でいた綾さん。マグカップをテーブルに置き、大きく息をついた。

「………ごめんなさい」
「は?!」

 何がごめん?! それはお断りのごめん?! ど、どうしよう……
 焦っている私の横で、綾さんはポツリと言った。

「私、本当はすごく嫉妬深い嫌な人間みたい」
「え………」

 綾さんは顔を隠すように、手で頬を囲っている。

「大学生のころは余裕があったから大丈夫だったけど、今はもう無理。大人のくせに自分を誤魔化すこともできない」
「綾さん………」

 何を言うのかと思ったら、そんなこと……。
 綾さんは、うつむいたまま続ける。

「あかねはきっと私のこと嫌いになる。昔の『大人で余裕のある綾さん』じゃない私に幻滅していくわ」
「…………綾さん?」

 綾さんの白い手ごと頬を包み込み、その瞳を覗き込む。

「私も、もう昔の『自由奔放なあかね』じゃないよ? 綾さん、物足りなくなっちゃうかも」
「そんなこと……」

 綾さん。愛おしい瞳。

「でも、今の私は綾さんだけを見つめていく自信がある。昔の私にはできなかったこと、今ならできる。今なら綾さんを守れる自信があるよ」
「あかね………」
「私、綾さんがいてくれれば他には何もいらない。綾さんだけが欲しい」
「…………」

 綾さんがふっと視線をそらした。

「私はそんな風に思ってもらえるような人間じゃないわ」
「綾さん、そんな……、綾さん?」

 また、綾さんの瞳から、ポロッと涙が流れ落ちた。綾さん、昨日から泣いてばかりだ……。
 綾さんの眼鏡をそっと外して、涙をぬぐう。

「綾さん。私は大人で余裕のある綾さんだから好きになったんじゃないよ。綾さんだから好きなんだよ。どんな綾さんでも大好きだよ」

 何をすれば、何を言えば、その心を癒してあげられるのだろう。
 綾さんの頭をなでながら、言葉を続ける。

「私ね、先週も、今も、嬉しかったよ。綾さんが嫉妬してくれて」
「………」
「だってさ、昔は綾さん、私が誰と何しようがなーんにも言ってくれなかったでしょ。それはそれで心地よかったけど、寂しい時もあったもん。言わないってことは綾さんも後ろ暗いことあるのかなーとか思ったし。実際、綾さん合コンとかしょっちゅう行ってたし」
「それは………」
「友達の付き合いで、とか、人数合わせで、とか、タダでご飯食べられるから、とか、色々言い訳言ってたよね。私も私で遊んでたから文句言えなかったし、まだ若かったから格好つけて、そういう自由な関係がいいんだ、とか言ってたけど、本当は内心面白くない時もあったんだよ?」
「あかね……」

 綾さんが泣き笑いの顔になった。

「そんなこと一度も言ったことなかったじゃない」
「だって、綾さんに鬱陶しいって思われて嫌われたら嫌だもん」
「そんなこと……」
「思わない? じゃあ、好き? あ、そうだ」

 思いついた。

「ねえ、綾さんさ、最後の日、何て言ったの? 19年間ずっと気になってたんだけど」
「最後の日?」

 きょとんとした綾さん。良かった。泣き顔じゃなくなった。

「最後、寝てる私にキスして言ったでしょ?」
「……起きてたの?」

 綾さん、困ったような顔。うふふ、と思う。

「『あかね、ごめんね』の後。『あかね。………よ』って言ったでしょ?」
「…………」
「『よ』の前って、何だったの? 聞こえなかったんだけど」
「…………」
「私的には『大好きよ』だったら嬉しいんだけどなあ。……当たり?」
「…………」

 綾さん、しらばっくれるように、珈琲を飲み始めた。誤魔化す気だな……。

「綾さんってば」
「珈琲冷めるわよ?」
「もー……」

 追及したいところだけれども、せっかくの珈琲が冷めるのも嫌なので、珈琲を優先する。
 一口飲んで、思わず、おおっと感嘆の声をあげる。

「やっぱり綾さんの珈琲違う。おいしい。同じ珈琲使ってるのになんでなんだろう。どうやってるの?」

 綾さんが、ふふっと小さく笑った。

「どうやってるって、いつも見てるじゃないの」
「あー……だって、見てるっていったって、いつも珈琲じゃなくて、綾さんの真剣な目とか色っぽいうなじとか指先とか口元とかしか見てないもん」
「…………」

 バカねえ、と笑いながら言う綾さん。嬉しくなる。

「じゃあ、今度はちゃんと珈琲見てて」
「えー、いいよ。だってこれからは綾さんの珈琲、ちょくちょく飲めるでしょ?」
「…………」

 綾さんは一瞬目を大きく開き、それからふっと笑った。

「……そうね」

 よし! と心の中でガッツポーズをする。OKでた!!
 ここで、もう一つ、内心ドキドキしながら言ってみる。

「それで……9年後からは、毎日飲める、よね?」
「………………」

 綾さんはここではないどこか遠くに視線をおくり、静かな微笑みを浮かべた。

「………そうね」
「………………」

 それはYESということではなく、子供の無謀な夢の話に肯いているだけのような笑みだ。
 今は、夢みたいに感じるかもしれない。
 でも、絶対に、現実にしてみせる。
 今はまだ、答えを強要したりしない。

「お昼だね。お腹空かない?」
 わざと明るく話を変える。

「せっかく誕生日なんだし、おいしい物食べに行こうか? 近所にイタリアンのお店があるんだけど」
「うん」
「綾さん何時まで大丈夫?」
「!」

 綾さんの手がビクッと震えた。
 先ほどまでの柔らかい笑みが一変、固い表情になる。

「そうね……二時半頃出ればいいかな」

 声も震えている。綾さん……。

 帰したくない、けれど、それを言ったら困らせることになる。綾さんの動揺に気づいていないフリで明るく続ける。

「じゃあ、あと3時間はあるね。そこのお店わりと混むんだけど、今の時間だったらまだ大丈夫だと思うから」
「うん……」
「それから、綾さん。誕生日プレゼント何が欲しい? 独身アラフォー女子、結構金持ってるよ。何でも言って。何が欲しい?」

 綾さんはうつむいたまま、ポツリと言った。

「……あかね……が欲しい」
「……え」

 綾さんの握りしめた拳にぐっと力がこもった。

「あかねと二人きりの時間が欲しい」
「……綾さん」

 固く握られた綾さんの手をそっと掴む。こんなに力を入れていては爪で手の平が傷ついてしまう。ゆっくり手をひろげさせ、手をからめるようにつなぎ、包み込む。

「……じゃ、ずっとここにいよう。二人きりで」
「うん……」

 こっくりと肯いた綾さんの額にキスをする。

「あのね、クロワッサンがあるの。結構大きくて、切って中に何か入れられる感じの。お昼それにしよっか?」
「うん」
「ハムとチーズとレタスと玉ねぎ、それからトマトもあるよ。綾さんトマト好きだったよね?」
「うん」
「今も好き?」

 綾さんは切ない光の瞳でこちらを見上げ、泣きそうな顔で笑った。

「大好きよ」
「………………」

 胸のあたりがぎゅっと掴まれたようになる。
 愛おしい綾さん……。

 20年前に付き合っていたころ、一度も好きって言ってくれたことがなかった。
 初めて聞いた。綾さんの「大好き」。でも。

「………トマトが、でしょ?」
「そう。トマトが、ね」

 優しく笑う綾さんの唇に、そっと唇を重ねる。
 再会してから初めての唇へのキス。

 記憶の中の唇よりも、もっと柔らかくもっと切ない。気持ちがあふれてくる。

 20年以上前、舞台裏で不意打ちでした、初めてのキス。
 帰り道に人目を忍んで重ねたキス。
 欲情のまま求め合ったキス。 
 別れの時に綾さんがしてくれた最後のキス。

 そのどのキスとも違う。
 このキスは……これから再びはじまる二人のキス。


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ああ、良かった。これからはじまるのね、二人。

ということで……

長かった…。切るに切れなかった。

はじめの話が、光彩2-2光彩3-1の裏話。

真ん中の話が、光彩3-5の裏話。

最後の話が、同じく光彩3-5、の続きの話。


年齢を重ねて分かることとか、できることとかありますよね。
子供のころは強がってできないことも「できる!」って言ったりしてたけど、
大人になるにつれ、自分のできないことも認められるようになったりね。

今だったら、もう少しうまく付き合えたかな……とか思うことがあったりなかったり。

ちなみに、作中は、2014年6月21日(土)です。
渋谷区の条例の話が出る前の話です。



以下、全然どうでもいい話なんですけど、細かい設定として。

綾さんがあかねのマンションを訪れるきっかけになったのは、夜遅くに息子の健人を中島先輩のところに車で送っていったからなんですがね。
綾さんはその前にお風呂に入っていたのでスッピンでした。

あかねは仕事帰りにスポーツジムにいって一汗かいたあと、スパでのんびりしてました。
その後、ケーキを買って(東京はケーキ屋さんも遅くまで開いていて感心する)、最寄り駅からプラプラ歩いて帰ってきたら、マンションの前の公園に綾さんがいてビックリ仰天した、というわけです。

本当に細かい話なんですけど……
よくドラマとか漫画とか小説とかで、「二人はそのまま朝を迎え……」的な流れの話の時ってさ…
女の子、お化粧したまま寝ちゃって、朝、カピカピになってないの? 嫌じゃないの?
って疑問に思いません? 私だけ? そんなことないよね?

そういうわけで。
あかねと綾さんは「そのまま朝を迎え」状態ではありましたが、二人ともお風呂上りのためお化粧してませんのでご安心ください。
ってことでした。

なんかそういう細かいことまでリアルに想像しちゃうんだよねー。
前に書いた慶と浩介のR18の話もそうだけど。出るもん出れば汚れるし。誰がそれ掃除すんだよ?ってね……。


次回もまだあかね視点です。
話の内容的に今回、「一部・完」的になってますが、全然続きます。まだ問題山積みです。

コメント
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