短編「王子の王子と浴衣デート(前編)・(中編)」の続きです。
あかねさんは、数年前に最愛の綾さんと別れて以来、女遊びが激しくなっている今日この頃ですが、浩介の彼女のフリは続けてくれています。(詳細は、あかねと綾の20年愛「GL小説・風のゆくえには~光彩」)
***
黒地に赤系の花があしらわれた大人っぽい浴衣姿で現れたその女性は、桜井浩介の彼女の「あかねさん」だった。
彼女のことは、写真では見たことはあったけれど、会うのは初めてだ。本物は写真よりもオーラが凄くて、直視に耐えかねる……
一之瀬あかね、と彼女が名乗ると、山田さんが「一之瀬?」と首をかしげた。
「それじゃ、『木村』は芸名ですか?」
「あら、もしかして、私のこと知ってる?」
うふふ、と笑ったあかねさん。いちいち華やかで、ぱあっと光が弾けるようだ。
(っていうか、芸名って?)
きょとん、と山田さんを振り返ると、山田さんは「知らないの?」と眉を寄せた。
「うちの大学の演劇サークルで、すごい有名だったじゃない。『氷の姫』って」
「氷の姫……」
あいにく全然覚えがない。でも、写真を見た時に何となく知っている気がしたのは、どこかでポスターとかを目にしたからかもしれない。
「姫と直接お話しできるなんて感激です」
珍しく、山田さんの頬が紅潮している。それを見てピンときた。
(だから山田さん、トリプルデートならいいって言ったのか……)
桜井浩介を誘えば、彼女もついてくる。彼女と会いたかったってことだ。
(おかげでこっちは、桜井浩介の邪魔をかわさなくちゃいけないから大変…………、って、あ!)
「ちょーっと待ったーーー!」
さっそく渋谷君と桜井浩介が、二人で屋台の方に行きかけているので、その背中に声をかける。
「私も行く!っていうか、渋谷君、私と……っ」
「いーからいーから」
渋谷君が気軽な感じに手を振った。
「みんな、とりあえず生でいいよな?取ってくるから」
「食べ物も適当にもってきますね」
「僕も行きます!」
さっと、三ツ谷君もその横についた。
「みなさんは座っててください!」
「あら、ありがとう」
あかねさんは、当然のようにニッコリと微笑むと、私と山田さんに「座ろう?」と手ですすめてきた。抗うことのできない、絶対的な指示。さすが「姫」と言われるだけある。すすめられるまま、丸テーブルのあかねさんの隣に私、その隣に山田さんが座る。
「…………」
それにしても、とんでもない美女だ。「美女」という言葉がよく似合う。通り過ぎる人がチラチラと見てくるのはしょうがないと思う。これだけのオーラがあると、嫌でも目が吸いついてしまうのだ。大人っぽく見えるけれど、桜井浩介と付き合っているということは……
「……ええと、あかねさんはおいくつなんですか?」
「慶君と同じ年よ?」
「ってことは、私たちの一つ上……」
渋谷君は一年浪人しているので、現役で入学した私と山田さんより一つ年上なのだ。
あかねさん、一つしか上とは思えない大人っぽさだ。もう働いているからだろうか……
「桜井さんとはいつからお付き合いしているんですか?」
珍しく、山田さんが食いつくように質問している。メモでも取りたいかのような食いつきようだ。
「えー、なあに? そんなの聞きたい?」
笑いながらも、あかねさんはアッサリと答えた。
「大学2年の終わりくらいだったかなあ。だから……5年目?」
「へ~~~」
あかねさんのオーラに目がチカチカしてくる。それに比べて、桜井浩介は……一言でいえば「地味」。なんであんな男とこんな美女が……
気になったことは聞かないと我慢できない性分の私。直球で聞いてしまう。
「桜井さんなんかのどこがいいんですか?」
「え」
きょとん、とされ、ハッとする。ちょっと、遠慮なさすぎた?
「ナベちゃん?」
山田さんには咎めるように見られたが、あかねさんは、「きょとん」を華やかな笑みに変えると、
「もしかして、浩介先生のこと嫌い?」
と、小首をかしげた。
「え、いや……」
先生? ああ、そうか、桜井浩介って、高校の先生なんだっけ? なんて質問と関係ないことを思う。
「もしかして、恵ちゃん、何か嫌なこと言われたりした?」
「…………っ」
恵ちゃん、だって。
いつもみんなに「ナベちゃん」と呼ばれているので、名前で呼んでもらえたことにキュンとしてしまう。……と、また質問と全然関係ないことを思う。
「いや、その……」
「ごめんなさいね、浩介先生、慶君のことが大切すぎて、ちょっとオカシイときあるのよねえ」
「え、桜井さんのそれ、彼女公認なんですか?」
山田さんがなぜか目をキラキラさせて聞いている。あかねさんは苦笑気味にうなずいた。
「公認というか……、そうね。慶君のことが大好きなところも、浩介先生の魅力の一つではあるわね」
「ああ、分かります分かります」
山田さんはなぜかウンウンうなずいている。
「桜井さん、渋谷さんのことが大好きっていうのがダダ漏れてますよね。そこがいい」
「…………」
知らなかった。山田さん、桜井浩介のことそんな風に見てたんだ。
でも……他の人を好きなところが魅力って意味分かんないんだけど?
正直がモットーの私。正直に聞いてみる。
「嫌じゃないんですか? 彼氏が他の人と仲良くするの」
私だったら絶対イヤ。
「私は私だけ大事にしてほしいって思うけどな。それが男でも女でも、他の人に目が向かれるのは嫌」
言い切ってやると、あかねさんは、ゆっくりとまばたきした。
「そうね……」
そして、なぜか、小さくため息をつくと、
「……恵ちゃんは良い子ね」
と、微笑んだ。包み込むような優しい瞳で。
***
それからの、浴衣でビアガーデンは、とっても楽しかった。
あかねさんが、上手に場を回してくれたので、いつもはあまり話さない山田さんまで、三ツ谷君との馴れ初め話をしてくれた。
その流れで渋谷君から「好きな人」のことを聞けたのは大収穫だった。普段ははぐらかすのに、今日は酔っているからか、あかねさんのリードが上手いからか、少し話してくれたのだ。内容をまとめると、
・高校の同級生
・とても優しい
・頭が良い。勉強を教えてくれた
・どちらかというとおとなしいタイプ
・見た目は普通(←これは桜井浩介が言っていた)
と、いうことらしい。
(おとなしくて見た目が普通ってところは、私、外れてるんだよなー…)
私、普通よりもすごく可愛いし……
やっぱり、本人の顔が良すぎると、相手の容姿にはこだわらなくなるのかな。優しいと頭が良いは負けないと思うんだけど……。
「今日は誘ってくれてありがとうね」
浴衣を返却後、ホテルのロビーで落ち合ったところで、あかねさんにあらたまって言われた。
「恵ちゃん、浴衣も可愛かったけど、ワンピースもとっても可愛い」
「それを言うなら、あかねさんの方が……」
あかねさんは、ザックリとした白のシャツにGパン、無造作に束ねた髪、という、普段着のような格好だけれども、背が高く、スタイルがいいので、ものすごくオシャレに見える。背が低めの可愛い私には一生真似できない。
(カッコいい……)
と思って、黙ってしまうと、
「私の方が? なあに?」
ニッコリとしながら、あかねさんがこちらをのぞきこんできた。
「…………っ」
吸い込まれそうな、アーモンド形の瞳。魅惑的な唇。目が離せない。
「あ、恵ちゃん、動かないで。何かついてる……」
温かい手が、頬に触れてきた。ふわっと香水の良い匂いに包まれる。
(え………)
心臓が史上最高の速度で波打つ。
(うわ……)
近くで見ると、ますます綺麗。こんな人に至近距離で見つめられたら……
(綺麗な瞳……)
吸い込まれる……
「お待たせしました!」
「!!」
能天気な三ツ谷君の声に、ドキーッと跳ね上がってしまった。振り返ると、三ツ矢君と山田さんが帰り支度を終えて立っている。
「渋谷さんと桜井さんはもう少しかかるので、先に帰ってていいそうです!」
「あら、そうなのね」
ドキドキが止まっていない私にはお構いなしに、あかねさんはこちらに極上の笑みを向けてきた。
「それじゃ、恵ちゃん。二人で2軒目いこう? 三ツ矢君たちはこれからデートだっていうし」
「え」
あかねさんと二人で2軒目。二人で?二人きりで……?
(…………無理だ)
こんな美形と一対一。耐えられる自信がない。
せっかく、あかねさんは、ニコニコとこちらを見てくれているけれど、
「いえいえいえいえいえ、用事があるので、私はこの辺で!失礼します!!」
思い切り叫んで、回れ右をして、走りだしてしまった。
ホテルのフロント前を通りすぎるときに、桜井浩介の姿を見たような気がしたけれど、構っていられなかった。
渋谷君と出会って、6年目。
美形には慣れたつもりだったけれど、至近距離の耐性はついていないということだ。
桜井浩介は、親友も超美形で彼女も超美形。よく耐えられるな……
「もしかして、目、悪いのかな……」
そんなことを思った、真夏の夜だった。
あかねさんのことは想定外だったけれど、渋谷君の浴衣姿が眼福だったし、私の可愛い浴衣姿も見てもらえたし、渋谷君の「好きな人」の情報も得られたのだから、「浴衣で夏祭り大作戦」は成功したと思うことにする。
(慶と浩介のおまけに続く)
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お読みくださりありがとうございました!
なんかダラダラしちゃった。久しぶりにあかねさんを書けて嬉しくてついつい……。
で、慶と浩介が全然でてこなくてさみしいので、おまけを書くことにしました。
また来週以降〜〜
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「風のゆくえには」シリーズ目次1(1989年~2014年) → こちら
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