★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

書を捨てず、出家しよう

2018-09-07 23:13:03 | 文学


寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』は確か名古屋の書店で立ち読みしたが、そのときわたくしは予備校生だったので、「断るっ」としか言えなかった。それにわたくしは、すでにその時点で木曽から名古屋へでてきていて、――「木曽を捨てよ、町へ出よう」を実践していたわけである。書と木曽、ほとんど発音はおんなじようなもんであって、寺山もその書のなかで必ずしも町へでようとばかりいっていないわけであるから、ほぼわたくしは寺山修司だったと言って良かろう。

だいたい「家出入門」にしても、ちょっと楽天的すぎるのだ。その一点破壊主義というのは、わたくしも今でも結構有効だと思っているが、――しかし例えば、日雇い労働者が食事を牛乳一本で我慢しあまったお金で、ベルリン・ドイツオペラの「ヴォツェック」をみるみたいな、こういう例があがっていたが、だいたい「ヴォツェック」を見たぐらいで人生観が変わるわけはねえ、というか、「三文オペラ」じゃなく「ヴォツェック」というところが彼の貴族趣味でもあろうが、実際わたくしは、自己変革(変身)とかのためだったら、「白鳥の湖」の方がいいのではないかと思う。

「歌謡曲人間入門」はわりと好きな文章であるが、合唱と合唱できない歌(歌謡曲)の区別に注目しているからであった。寺山は無論、みんなで一緒にみたいな前者を嫌い後者を評価しているわけである。がっ、歌謡曲にも伴奏がついているという厳然たる事実を無視している寺山は、なんという形式論理的なやつであろうと思った。わたくしは合唱もピアノもやっておったので、ソロをとりたがる人間のいけすかなさに過剰に意識的だったのである。

わたくしは「町へ出よう」のあとが気になるのだ。結局、彼らはほとんど家に帰るわけで、一点破壊主義にしても、最近の「観光客の哲学」みたいなもので、自己(共同体)改革というある種の自己愛なくしてはあり得ない。

わたくしは、まだその点、「出家」の方が、社会的な自己破壊が伴うだけ潔いし、しかも家出とちがい、社会との関係は違ったかたちでより強く続く――喜捨の関係上、ある種の「完全な服従」を要求される点が厳しい――のである。「オウム真理教」をみれば分かるうように、「出家」は最終的には社会と強烈に結びつくという結末を導く。

「三河入道の遁世世に聞ゆる事」(『宇治拾遺物語』)は、寂昭(大江定基)が出家する話である。彼は新しい女に乗り換えたのだが彼女は病気になって死んでしまった。彼はもはや人とは違う次元にいたのか、腐乱してゆく妻と添い寝していたのだが、彼女の口から悪臭がしたのでびっくりして出家したのであった。で、生きたままの雉を公衆の面前で八つ裂きにしたりと自分を堕としまくりながら修行を積む。ところが、あるとき、物乞いをした家で、捨てた女房に会ってしまった。

「あの乞児かくてあらんを見んと思ひしぞ、と云ひて見合はせたりけるを恥づかしとも苦しとも思たる気色もなくて、あな尊と、と云ひて物能く打食ひて帰りにけり

腐乱する妻と添い寝する御仁であるから、元妻に何か言われたところで平気なのであるが、これがわたくしのような弱っちい出家者であったら、深く傷つく。そもそも「出家」とは、こういう起承転結的な事態を呼び起こす仕組みなのであろう。しかし、それによって徐々に修行のステージがあがってゆくのであろう。シランけど。