★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

赤面逆上的混乱苦痛とともに、誤謬の訂正的発狂状態が起る(坂口安吾)

民主主義の芸者的解釈

2018-04-30 23:56:52 | 映画


原作にもある「民主主義の芸者的解釈」という言葉が気になったので、『青い山脈』をみてみたら、いろいろと考えさせられた。我々は、この当時の「封建的」みたいなイメージを忘れかけているが、――いまのネット世界の下品さなど、この映画の「封建的」な世界そのままなのである。それとの戦い方を、この物語は試行錯誤しているのであるが、もしかしたらその仕方を間違えたかもしれない。

古い上衣よ さようなら
さみしい夢よ さようなら

「さみしい夢よさようなら」は分かるのであるが、「古い上衣よさようなら」が問題である。これは比喩以上のものであった。島崎(原節子)の洋服や、新子(杉葉子)の水着をも意味していたからである。

原作の最後あたりで、笹井和子が、島崎と沼田の結婚について「すてきだわ。爆弾で――オシドリで――殺人罪で――散文的幸福で――わたし感激しちゃった」と言う場面がある。二人の会話を盗み聞きしていたから、こんな変な要約になってしまったのであるが、案外、戦後の文化を示唆してしまっているようで面白い。石坂洋次郎(←全然好きではないが)の面白さは、こういうせりふがぴょこんと出てくるところにあるのであるが、無論、この台詞は、映画には出てこない。

映画では、笹井和子(若山セツ子)が影のヒーローであり、一番かわいらしい。眼鏡っ子で……。しかし、まあ、こういう純朴な小娘に頼ってしまうところが我々の文化の欠点でもあったような気がする。


知の考古学のあれ

2018-04-29 23:27:31 | 思想


和辻哲郎はいまも結構影響がある人である。柄谷行人を保守親父にすると和辻みたいになるので、これから案外また流行るのかもしれない。「封建思想と神道の教義」は、『世界』の創刊号に載った割と有名なエッセイである。最近、天皇統治に武士(君主)政治の「忠君」を適応した馬鹿がいた、みたいな剣幕の論文で――、いや剣幕ではなく、穏やかに「「不忠」の徒」と言っている。武士時代の武士は、戦闘専門家ではなく君主政治を学んだ政治家であったが、近代の軍人は戦闘専門家のくせに、政治に口出ししたからいかん、陛下が「軍人勅諭」を出している意味を考えるべきであった、と。

思うに、この時期のオールドリベラリストたちは、武力を用いる凡夫たちの変節をよく想定するのに、なぜ天皇の変節を想定しないのかはよく分からない。この論文だって、15年戦争の時の天皇を、古代以来、天皇が神道とも本質的には関係がなく、寧ろ仏教や儒教とともにあったやさしい存在である(そんなもんかな?と思うけど)ということにして、そこから類推しているだけのように思える。実証的には天皇がすべて命令していたとはとても証明できないにせよ、わたくしはまだ疑っている。天皇にすべての責任を負わせなければならないほど、彼から指示が出ていた可能性をである。

それにしても、和辻は過去の記述の方が鮮明で、現在の記述は曖昧だ。我々にもそういう傾向がありますね。

講演会など

2018-04-29 02:54:29 | 日記


そういえば、酒によってなにやらやらかしてしまったというので山口メンバーとかいう人がアイドルグループを追放されるもようであるが――、思うに、酒を飲んでは何かイケナイことをしてしまいそうな現代人には、非常に選択肢というものが狭まっているといへよう。女子高生を呼びつけてキスするとか、記者を呼びつけて淫らな言葉を吐くとか、そんなに地獄に墜ちたいのであろうか。我々はかくも形式論理的な畜生であろうか。

さっき、『今昔物語集』を読んでいたら、酔っ払ってつい法衣を着てしまい釈迦の弟子になって出家してしまったおじさんの話が出てきた。なんと釈迦は出家後の彼に飲酒まで許したのである。

深酒しても、逆に悟りの道が開けることもあるのである。昔のひとがこういう話をことさら後世に伝えたかったのはなぜであろうか。思うに、こんなことがあると知っていなければ、塞翁が馬的な、弁証法的な、こんな僥倖は生じないということを知っていたからではなかろうか。わたくしの貧しい経験から言っても、馬鹿な状態には幸運は訪れない。いまの世がくだらなくなってきたのは、酒や好色が堕落へ直結するというようなレベルの道徳が幅をきかせているからである。モラルを考える力とかかっこつける前に、先人から知恵を学ぶべし。

朝鮮戦争終結かねえ……

2018-04-28 15:40:04 | ニュース


南北首脳会談のニュース見てたら、シャンパンにややほろ酔い加減の【エ】リトルロケットマン【リンギ】さんがなんかゆるキャラみたいに見えてきた。もうそろそろ日本でも人気が出てくるのではないか。たぶん、この一連の動きには、中国が深く関与しているとわたくしは思う。まあ、北朝鮮が本格的に中国の元に返ったのではなかろうか。日本が蚊帳の外なのは当たり前だ。今に始まったことじゃなくずっと蚊帳の外なのである――というのはある意味においてで、本当は朝鮮半島の分断には多大な責任があるのだ。

軍事境界線は、国境線ではない。いつまでも、朝鮮半島のあの位置にあるとは限らないというだけのはなしである。日本も、いつまでも朝鮮半島を彼岸みたいに考えていると自ら境界線になってしまいかねない。――こんなリスクをあえてとる韓国の大統領、結構すごいのかもしれん……

わたくしがあれな政治家なら、もう一回朝鮮併合などを考えかねない局面である。

しかし、そんなことは無理であろう。日本人に文化的、文学的な自律性が失われて液体みたいになっているからである。もはや、世界のまともな人々からみて、人間の共同体には見えないはずである。

この前『最後のジェダイ』というスターウォーズの最新作を観たが、もう、この作品を支えていた「光と影」みたいな冷戦図式が賞味期限を切らしていているのがよく分かった。光りが影でありみたいな、反転が自動化しているので、最終的にはデモクラシーを超能力に頼るみたいなオカルトに陥るのである。つまりこれは、スターウォーズの「ガンダム」化であり、そろそろただの自意識過剰イケメン紙芝居に陥りかけていることのあらわれである。こういう現象自体は人間のものであるというのもやっかいである。北朝鮮が不可視なモンスターであることをやめたときに、ついに世界は、上の反転の自動化みたいなもので覆い尽くされるかもしれない。上で「液体」と言ったのは、そんな自動化があまり意識的でなくなったときに起こる。

お花がきれい

2018-04-27 19:18:14 | 日記


峰山蒲公英

書類作成の季節ですわよ

2018-04-26 17:54:02 | 大学


所詮呼応計画のくせに、上が言ったからやったんじゃないとか言うてる論文(の体の報告書)を目にしたので、とりあえず言いたいことは。

Go f★ck yourself

自己愛過剰社会

2018-04-25 23:01:12 | 思想


を読んでいたら日が暮れた。

生徒会の勝ち犬ども

2018-04-24 21:52:28 | 映画


先日、テレビで「帝一の國」という青春映画がやっていたので、ご飯を食べながら観たのである。原作は漫画らしいが、読んでない。

いまはやりの若手のイケメン俳優を集めて、「昭和時代」(←ここに多大な違和感があるが)の、ある海軍兵学校みたいなエリート男子校の生徒会の会長選挙を描いている。

いまどきの普通のど平民の場合、児童会や生徒会がたいして熱中できるものになっているとは思えない。勉強と違って、苦労の量が計算できないからだ。あと、同じことだが――目立つと苦労の量が計算できない。だから、いまどきの青春映画だと、部活や生徒会でがんばる理由は「居場所があった」とか「必要としてくれた」とかいう、赤ん坊のそれみたいな理由がくっつかないといけない。居場所や必要性があれば、苦労は一応0になるらしいのである。そんなもんでもなかろうが……。かくして、ちょっとのことで、傷ついた、絶対ゆるさん、とか言い出す。最近の政治の世界なんかもそうであるが、目標もイデオロギーもなにもかも失っているので、憲法改正とかセクハラ問題ごときで躓くべくして躓く。――政治が自意識的に運動するようになっているのだ。

いまは、グローバル世界という、ある意味、国民国家から悲しいことに落ちこぼれたような「ふつうの国民にとって使えなくて面白くないやつ」が活躍する余地があるが、まあ、そんなのはごく一部の話である。最近、グローバル人材にかぎって、仕事はできるがユーモアのセンスが全くなく、独創性だけはなさそうなヒューマニスト、どことなく過去の悲劇を推測させるタイプで、かつ案外歩くハラスメントみたいなやつが多いことに疑問をもっていたが、理由は案外簡単なことであった。ルサンチマンがのびのびと目標をもって活きてゆく世界がそこにしかないからだ。

しかし、この映画の高校では、生徒会長になると、自動的に東大?への推薦入学がゲットでき、しかもこの世界の政界には「生徒会閥」というものがあって、生徒会長になると総理への道が開けるらしいのだ。そんな高校があるかよ、と思うが、――わたくしは、アザブとかナダとかヒビヤみたいな高校のことは知らないので、案外リアリズムなのかもしれない。主人公たちは、その野心で会長選挙如きに命をかける羽目になっている。これが非常におもしろい。上のように、やる気なし、目立つ気もないが自意識過剰、みたいな人間たちより面白いのである。この高校で唯一、庶民の出身の男子が「はじめはこの高校の生徒会はクソだと思っていた。しかしみんな一生懸命だ」とか言っているのが物語のポイントである。言うまでもなく、この生徒会がほとんど政治家の政争なみに陰謀に満ちているにもかかわらず面白いのは、前述のように、生徒会長は未来の総理であり、すなわち、この高校の教職員より上位にあるからである。ありふれているが、生徒会というものは、その権力が教師の権力よりも強いときにのみ自治を展開できて面白いのである。昨今の、先生との協働とか、まったくクソ食らえとしか言いようがない。

わたくしも、児童会や生徒会活動というのはちょっとおもしろかった記憶がある。田舎だったせいか、ほんの少しではあるが、自治の匂いが残っていたからである。わたくしは人望もカリスマ性もないので、副会長とか副議長になることが多かったが、この「副」の役目の快感があることもなんとなく分かるのである。これが失われるのは、ボス(自治の長)が長ではなく本当は「犬」の場合である。犬の犬をやっていてもしょうがない。

「バカもん!お前は犬だ。犬になれ!そして勝ち犬になるのだ!」


主人公の父親が言うこの言葉がいいね。優れた政治家とか学者などは、自分をこのように考えているのではないだろうか。犬の主人は國や真実である。そして、本当は、人生に勝ちも負けもありゃあせぬ。

付記)一点、気になったのが、上の高校が男子校のせいもあるが、主人公をはじめとして女にはあまり興味がなさそうな感じで描かれていたことである。BL的な映像が多いことで客には受けたであろうが、現実はそこまであれではないわな……。

4月の御嶽山

2018-04-24 18:45:20 | 旅行や帰省

寝不足でやる気なし

2018-04-23 23:18:24 | 日記

ゴジラと潮騒

2018-04-22 23:55:09 | 映画


『映画評論』をめくっていたら、「ゴジラ」と「潮騒」が一緒に広告になっている頁をみつけた。同じ年の作品なのである。改めて思うのだが、――文学作品はどんな古いものでもいきいきとしたものとして記憶されうるのに対し、映画はその映像のイメージに拘束される。わたくしは、「潮騒」の方が、だいぶ後の作品だと勘違いしていた。

歴史が文字で書かれなければならない理由もそういうところにあるように思われる。

なんだかよくわからんが、わしもMeToo

2018-04-21 17:01:16 | ニュース


ペイントソフトを使うと、なんだかミロ風のミートゥーできた。

国語国文学研究室新室員歓迎会

2018-04-20 23:32:47 | 大学


楽しく研究いたしましょう

荒ぶる

2018-04-19 23:51:46 | 漫画など


「荒ぶる季節の乙女どもよ。1」を読んだ。

下ネタ罪の時代

2018-04-18 23:45:14 | 文学


ピンクレディーやドリフの芸がテレビでやっているのを「いかがなものか」とかPTAが言っていた時代と違って(――というのはたぶん嘘で、其の延長線上にあるのであろうが)、いまや、政治家や官僚の下ネタがPTA世間からいかがなものかと責められる時代である。

下ネタは、ある種の男性にとって、女性のおしゃれみたいな側面があるのであり、性が性そのものからは離れているその在り方が問題なのである。そこでは性がおもちゃみたいに扱われている。そんなものには昔から様々な理由があったとおもうのだが、最近のていたらくについては、フェミニズム的な理念の運動でなんとかなるとは思えない。問題は性欲や性的な暴力じゃなくて、人間関係における権力意志、というかコンプレックスとの関係で「下ネタ」を言わざる得ないようなところに追い込まれる人間たちがいるということである。これは非常に興味深い問題である。

古典的に、それは、恋愛からの疎外が原因であろうかとも考えてみたが……、「蒲団」の時雄は、下ネタを言ったであろうか。彼は、女の蒲団に頭を突っ込んでも下ネタに走ったりはしていないのである。

要するに、人としてまともである水準にあってはじめて罪とか人権の問題とかがお互い論じられる形で生じると思うんだが、――ガキが砂場で恥部をいきなり出したとしても、ひっぱたくだけであろう(だめか)。ひっぱたく方にもその場合、正義とかがあるわけじゃなく、しつけのレベルだ。なんだか、そんな世の中になってきたようだ。もはや、今回の騒動については、次のような童話がふさわしい。


 赤ちゃんは、お母さんのお乳にすがりついて、うまそうに、のんでいました。
 それをさもうらやましそうにして、五つになったお兄さんと、七つになったお姉さんとがながめていました。
 兄さんは、ついに我慢がしきれなくなったとみえて、お母さんのお乳に、小さな手をかけようとしました。すると、赤ちゃんは、顔を真っ赤にして、かわいらしい頭をふって、さわってはいけないといって怒りました。
「よし、よし、お兄さん、おっぱいにさわってはいけませんよ。これは、赤ちゃんのお乳ですから。」と、お母さんは、笑いながらいわれました。
 お姉さんも、またお兄さんも、笑いましたが、お兄さんは、なんとなくさびしそうでした。そして、お母さんに向かって、
「お母さん、赤ちゃんは、いじわるですねえ。」といいました。
「坊やも、赤ちゃんの時分は、やはりおなじだったのだよ。」
「お母さん、僕もこんなに、いじわるだったの?」
「赤ちゃんが生まれるまでは、坊やが、毎日こうして、母さんのおっぱいにぶらさがっていたの。そしてお姉ちゃんが手を出そうものなら、やはり、こうして顔を真っ赤にして怒ったの……。このお乳のまわりには、みんなの唇の跡が、数かぎりなくついているのです。」と、お母さんはいわれました。
 このお話を聞くと、お姉さんも、そうであったかというように、かわいらしい目を輝かしました。
 しかし、お姉さんも、お兄さんも、そんなにして毎日飲んだ、お乳の味を忘れてしまって、ただお乳を見ると恋しいばかり。赤ちゃんだけが、お乳の味を知っていました。

――小川未明「お母さんのお乳」