「バナナフィッシュ」でつくづくじゃまだと思うのは、頭が切れて銃の名人でもあるアメリカ人の主人公をなぜか慕う日本人の優しい青年…。もっと頭のいい日本人を出して欲しい。
トランプの右手の動きが気になって集中できない。
一昨日、宇多田ヒカルがテレビに出てて、「昔の人が寛容だったとは思えない。ただ、現在は、基礎までたどり着けるような情報を得ないと、――つまり自分からちゃんと勉強しようと思わないと、中途半端な情報によって差別的な非寛容的な社会になってしまう」とかなんとか言ってたけど、さすが宇多田さん。それをニュースキャスターが「自分の言葉でわかりやすく語っていた」と評していた。こういうところが、日本のメディアが信じられないほど堕落しているところである。こんなことをやっているから、「土人」発言とかが出てくるのである。極言すれば、吾々の社会に必要なのは倫理ではなく、理解なのだ。
そういえば、漱石の「土人」発言についてもいろいろと論ずべきことがあるのであろうが、それは授業で話すかもしれない。やめるかも知れない。
松井という知事が「表現が不適切だとしても、大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。」と言っていたそうであるが、つまりこういうことである。「どこつかんどんじゃぼけ、どじんが」という表現は大げさだったとしても、発言した彼は、表現は違うが同内容の命令を受けているということである。果たしてどういう命令であろうか?
アメリカの若者たちに聞いた所、トランプやヒラリーが大統領になるくらいなら隕石で地球が滅亡した方がまし、とか答えたらしい。さすが、「日本死ね」より、破壊のレベルが違う。アメリカがどんな人物を選ぼうと勝手であるが、日本土人を巻き込まないで頂きたい。
この前、「リトル・マエストラ」とかいうのを深夜映画で観たが、何か何もかも嫌になってきた……。神崎繁氏も亡くなったか…。