★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

墓碑である

2024-09-18 23:46:09 | 音楽


 音楽の構想は意識的に生まれるのだろうか、それとも無意識のうちに生まれるのだろうか。これを説明するのはむずかしい。 新しい作品を書いてゆく過程は長く、複雑に入り組んでいる。いったん書きはじめてから、あとで考え直すようなこともよくある。いつでも、あらかじめ考えていたのと同じような結果になるとは限らない。もしもうまくゆかないような場合には、その作品をそのままにしておいて、つぎの作品で、前に犯した誤りを避けようと努力する。これはわたしの個人的な見方であり、わたしの仕事の仕方である。もしかしたら、これはできるだけたくさんの作品をつくりたいという願望から出たものなのだろうか。ある作曲家のひとつの交響曲に十一の改訂版があるのを知ったとき、わたしは思わず、それだけの時間があれば、どれほど多くの新しい作品を書けるだろうか、と考えずにはいられなかった。
 いや、わたしの場合でも、もちろん、古い作品に立ち戻ることもあり、たとえば、自作のオペラ《カテリーナ・イズマイロワ》の総譜にはたくさんの訂正を加えている。


――ヴォルコフ編「私の交響曲は墓碑である」(『ショスタコービチの証言』水野忠夫訳)


小学校六年生頃からの愛読書がこの本で、偽書の疑いもなんのその、わたくしはこの日本語訳のあちこちを諳んじている。上のような部分については昔はあまり気にならなかったが、いまは深刻な問題だ。思うに、上の「ある作曲家」というのはおそらくブルックナーのことであろうが、彼の曲が供物であるに対して、ショスタコービチの場合は墓碑であることが大きいんじゃないかと思う。わたくしはこの二つを使い分けようとしているが、一人の人間がそういうことをするのはかなりしんどい。

それにしても、「わいの交響曲は墓標である」というの、むかしはふーんと思っていたが、E・トラヴェルソの本を読んでたら、彼こそ左翼の伝統の本質をやっていたということになるかもしれんと思った。彼の交響曲こそソ連邦ということになる。

粗野と視覚

2024-09-16 19:32:32 | 音楽
ライヴ★ブルックナー:交響曲第8番〔1887年第1稿〕(ルイージ指揮:トーンキュンストラー管)


ブルックナーの第八番って、老年の憂鬱を奏でていたら音楽が自走して勝手に元気になって行くみたいなもののくり返しだと思う。

だれだったかブルックナーの音楽は素人芸を出ておらぬと言っていたが、確かにそんな匂いはあるのだ。しかし習作交響曲や0番あたりを聞いてみると、シューマンやなにやらみたいな交響曲に憧れてた青春がみえるようだし、そのみちで成熟してゆくみちもあったんだとおもうが、彼はどこか農民がじゃかじゃかステップを踏んで踊るみたいな音楽が性に合っていたのであろう。素人と言うよりそれは粗野な音楽なのである。

このまえ学会でも研究者と話したんだが、中原中也とか坂口安吾のことばの下卑たダサさというのは非常に重要であると思う。町田康氏なんかはどことなく洗練を目指しているとこがあるから本性はかっこよさを追究する博学な音楽家で、それに対して上の人たちは単に粗野なのである。

それはどこか、言語を食い破った視覚的なものを思わせる。例えば、五十嵐大介『ディザインズ』、――絵がひたすらすごくてせりふが全くはいってこないが、その昔の肉体だ肉体だと繰り返す某「東京大学物語」とかがおそろしく言語的密林な作品なのと対照的である。さすがに時代は変わったとも言うべきであろうか?わたくしはもともと、肉体だ肉体だみたいなことを主張する芸術家や学者たちの、自意識過剰な観念論がいやなのである。それにたいしてひたすら視覚的であろうとするうごきの方が信用に足る。

「スパイの妻」のなかで「河内山宗俊」が流れる場面、最初は「秀子の車掌さん」を使う予定だったと監督が蓮實重彦と濱口竜介との鼎談で言っていた。たしかに秀子様でよかったと思う。わたくしが好きだから――というのもあるが、アイドル映画である「秀子の車掌さん」のほうが、視覚的であろうとする動きがすごくて、「スパイの妻」の後半のテーマが、観念的な決断を行ったらあとはひたすらものごとを無視出来るのか、というものであるのに即していると思うからである。

現実は粗野でリズミカルでもない。ブルックナーの三拍子なんか、足踏みであって、ダンスですらないような気がする。

伝播と台風

2024-08-26 23:10:26 | 音楽


昨日は雷雨が来たからハイドンのソナタを弾いた。雷雨の音楽と言えば、田園やアルプス交響曲やグランド・キャニオンであろうが、わたくしは子供の頃、雨の降る中でソナタの練習をしたことを覚えているのでそうなっているだけである。木曽の谷の中での雷雨の中でハイドンである。

ハイドンも日本のことなんか知らなかっただろうが、京都の人もたいがいは木曽のことなんか、木曽の猿がせめこんでくるまで知らなかったであろう。今日、安倍晴明が大河ドラマでなくなっていたが、――やつは死んだふりして木曽町の黒川あたりで死んでいるはずなのである。星も黒川のほうがきれいにみえるはずだ。たぶん、わたくしのような想像をする人が黒川に「晴博士」の墓でも建てたのであろう。いまはバス停になっている。音や思想のほうが人よりやはく伝播するのは、昔も今もおなじなのである。

そういえば、映画なんかだとロケを田舎でやりフィルムを東京にもってゆくことがあり、どうやら上映されたぞという噂がロケ地に伝播されると言うことがある。「台風クラブ」がそうだ。長野県のどこかでロケをしたらしいが、内容が――台風が来たので、生徒が校庭で裸踊りをしたり、台風一過、沼のようになった敷地に二階から真っ逆さまに飛び降りて死ぬ?哲学志向の野球部員などが描かれているため、ロケをした中学でも上映されず、地元でも上映されなかったらしいのだ。そこに描かれていた中学生どもがわたくしと同世代で、たしか主演女優が私と同年であった。こんな鬱屈した連中が同世代かと、大学生になってからテレビでやってたのをみて思ったものである。

台風ってだいたい左傾し勢力を弱めながら右に旋回していく。ぬるい政治少年達の末路ににている。だいたい、進路を変えることは台風以外においてはあまりよく言われないのだ。受験生なんか、進路を変えるときには文転とか言われて蔑まれる。

赤ん坊と虫――前衛

2024-05-23 23:38:59 | 音楽


シェーンベルクの室内交響曲第一番を聴いていると、ほんと赤ん坊からやり直した音楽という感じがし、保護したくなる。前衛はいつも保護されたがっているのであろう。

この音楽は、小さいラジオから聞こえてくる自然音みたいな感じがする。スマホ依存ときいて思い出すのは、ポケットに入るラジを肌身離さず一日中聴いていた祖父の世代の人びとで、――結局、この大きさから音が出るみたいなのが人間好きなのではなかろうか。籠の中の虫みたいなものである。

雪が降っていた

2024-01-23 13:55:05 | 音楽


雪が降ってた。

フランコ・チェザリーニのような人の曲の民謡に対するこだわりもそうだが、吹奏楽のアマチュアや地元性とのつながりは、クラシック音楽の民俗的なところへの進出というか回帰みたいな側面がある。地元の祭に演奏したりして。私も校歌・民謡、大学の時なんか、どさ回りの演歌歌手の伴奏みたいなものまでやったことがある。寒い冬の時期であった。いや夏だったかも知れない。

大晦日の思い出より

2024-01-02 10:32:03 | 音楽


いろいろ仕事を抱えていたので、大晦日から元日はふらふらだったのであるが、なんとか元日の夜はぐっすり寝られたのである。とはいへ、昨日は初詣中に能登半島で巨大地震が発生、我々がとっくに天から見放されていることを実感する。

昨年のどんづまり、紅白がディズニーとコリアに侵略されているというどうでもいいメールが同業者からきたので、わたくしが論文の手をやすめおしっこに行ったついでに瞥見したら、――ディズニーのうたを浜辺美波さんと橋本環奈さんが、大和魂の叫びとしての音痴音程不安定で決死の抵抗をしていた日本の美少女よ永遠なれ

ネットでの評判をみるに、YOASOBIという歌手の「アイドル」というヒット曲のステージがなかなかよかったという。で、今年になってから録画を観てみた。この曲はアニメーション「推しの子」のテーマソングで、アイドルの虚飾ゆえの愛の獲得という紋切り型を歌っているのだが、某アイドル会社の人びとなしで、すこし韓国風に鍛え上げられたアイドル達がたくさん踊ったりしてアイドルの虚飾とは何かを示唆していたところがおもしろいアイロニーか何かだったのかもしれない。しかし、ボーカルのひとの御顔がその群舞のアイドル達に紛れてよく見えないのであってみれば福山とかミーシャとかのときにもレッツゴーヤング的な群舞をはべらせて、日本の芸能とは学芸会であって、学芸会的でなければ、――まあしかしそんなことはどうでもいい。

はいはいあの子は特別です
我々はハナからおまけです
お星様の引き立て役Bです


アイドル達はそのボーカルにそう歌われながら、その引き立て役Bを演じていた。そしてそれを観る我々が真の引き立て役なのである。NHKの演出はハナからそのボーカルの人への愛が目的であった。ところで、トリをつめたミーシャが年下だとわかり、三郎の祭だ祭だをばかにしていたのはエイジズムだと分かりました誠に申し訳ございません。

紅白歌合戦は、もうかなり前から行き詰まっているにもかかわらず、その持続によって、観ている人観てない人がそろって引き立て役Bになっている。

~わたしの紅白歌合戦の体験史~

1、ほぼ禁止されているテレビが見れるぞワーイ(小学校)
2、紅白とか学芸会かよ殲滅せよ(思春期)
3、そのためなのか年末の家族の団らんが半減(青年期)
4、下宿にテレビがない(修行期)
5、歌手の大半が年下になり震える(就職後)
6、紅白の時間の眠気に堪えられない(中年)
7、トリのミーシャが年下にショックを受けてむせる(いまここ)


行く年来る年に映っている人たちは紅白をみていないわけで、紅白をみない非国民国民を静かに許すNHKは素晴らしいと思う。いつも紅白の狂騒から一転無音の寺から除夜の鐘に移るそれはもはやアルヴォ・ペルト並みに演出過剰である。この祝祭が古典的な我々の民俗的習慣である。

芸能は我々の生活を普段から疎外しながら、同時に我々を疎外して生き残りもする。しかし我々の生活に寄生している限りは最終的には世間・生活に殺される運命にある。そういえば、ダウンタウンなどのお笑い芸人のことが話題になっていた年末であった。――坂口安吾ではないが、それが少なくとも少なくない人びとにとって文化的に面白かったとすれば彼らが俗悪なところから出現したからだと思う。しかし芸能界そのものは俗悪というより世間と同じく鄙俗なのだ。それは似ているがかなり違うものである。そこにいても俗悪さは徐々に失うのである。芸人の栄光と没落はそうやって常に起こる。俗悪さはモラルを否定するようなものとは違った一種の細かさを持っているように思う。それを鄙俗さは生活であるが故に殺してしまう。

アイドル、芸人、地震、――例外的事象について人間いろんなことを思うわけだが、それを認めるか認めないかみたいなところでうろうろしているべきではない。われわれのいろいろは地獄にも極楽にもいろんな風に通じているに過ぎない。

音楽の王国

2023-12-18 23:21:03 | 音楽


16日は楽聖の誕生日である。ベートーベンは、わたくしの中学までの「尊敬する人第一位」だったのだ。なぜかというと、ロマンロランの伝記とジャンクリストフ読んだし、フルトヴェングラーの演奏が狂ってるから、というベタベタな理由である。田舎者でよかったぜ。下手に都会に生まれていたら、YMOとかにはまり込んで村上龍とかを読んでいたかもしれない。

なぜ私は作曲するか?――〔私は名声のために作曲しようとは考えなかった〕私が心の中に持っているものが外へ出なければならないのだ。私が作曲するのはそのためである。
[…]「霊」が私に語りかけて、それが私に口授しているときに、愚にもつかぬヴァイオリンのことを私が考えるなぞと君は思っているのですか?
[…]私のいつもの作曲の仕方によると、たとえ器楽のための作曲のときでも、常に全体を眼前に据えつけて作曲する。ピアノを用いないで作曲することが大切であります……人が望みまた感じていることがらを表現し得る能力は――こんな表現の要求は高貴な天性の人々の本質的な要求なのですが――少しずつ成長するものです。
 描写 die Beschreibung eines Bildes は絵画に属することである。この点では詩作さえも、音楽に比べていっそうしあわせだといえるであろう。詩の領域は描写という点では音楽の領域ほどに制約せられていない。その代わり音楽は他のさまざまな領土の中までも入り込んで遠く拡がっている。人は音楽の王国へ容易には到達できない。


――「ベートーヴェンの思想断片」(ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、ロマン・ロラン、片山敏彦訳)


我々は全体を考えずにキーボード(鍵盤、つまり上の「ピアノ」)をたたいてしまうので、結局彼の言う「音楽の王国」に到達できないことが多い。X(ついったー)や掲示板で我々は、ヴァイオリンやピアノを漫然と弾いているに過ぎず、全体としての心を表に出すことがない。さすが、楽聖である。我々の陥っている現象をもうすでに見切っていた。

例えば、やっぱり、勇気のだしようがないおおくの人間に、「構造が悪い」とか「人間より仕組みの改善」みたいな浅知恵をさずけるべきではなかったのではないか。全体が見えない上に、目の前の矛盾におびえてしまう我々は、上のような台詞は、あたかも全体構造が見えたかのような錯覚をうんでしまう上に、目の前にあるものが部分だということで矛盾に対する勇気を流産させるいいわけを作ってしまうからである。

もっとも、ロマンロランのつくったベートーベン像はわたしみたいな文弱に勇気を与えた一方で、なにか理想主義的な勘違いも生んでいたようで、最近はいろいろな研究があるようである。ベートーベンのウィキペディアみると、すごく金に関する記載がおおい。彼の生涯は金との戦いであった。また、最近の研究では、やつは案外プレイボーイだったみたいなものがある。まったく、モテない芸術家の夢を粉砕しおって。というか、考えてみたら、やつの曲ならモテるわな。。。

わたくしとしては、人を自由にする音楽とそうではないものがあると思う。むろん、ジャンルにこだわらないみたいな態度が自由をもたらすとは限らない。大事なのな「音楽の王国」であって、音楽ではない。

付記)同僚がいいこと言ってて、――最近のいまいちな文章は箇条書きとおなじ価値しかないと。文章にして生じる意味がほとんどない。論文にも言えることであるが、これは深刻で、キーワードとかパーツに実際に分割できてしまうものもある。本質的な意味で論理がないと言えるかも知れず、論理国語をつかった授業なんかもたぶんそうなる。

序論・不倫・結論――中島みゆきを中心に

2023-11-14 23:18:16 | 音楽


以前、オールナイトニッポンで中島みゆきが容姿が悪いとひどいいじめを受けている女の子が「みゆきさんのコンサートの日には、今の私でない私になってみようと思います。」と手紙を書いてきたのに対して、次のように答えたことがあったらしい。

日本中で今のこの番組を聴いてる人。誰が一番醜く見えるか分かると思います。このハガキをくれたあなた。そのくらいのこと分かる人が、日本中にいっぱいいると思います。今あなたの周りにいる学校の、そういうことを言う、あなたを傷つけた仲間だけが人間だと思わないで欲しいと思います。これからいろんな人に会っていくんだと思います。世の中狭く見ないでくださいね。女の子は、金さえかければある程度いくらでも美人になれると私は思います。顔ってのはいくらでも造れます、金さえかければ。でも、金かけて奇麗になれないものもあると思います。コンサートの日は、アンタのままのアンタで、おいでよね。(1984年2月7日 https://buzzmag.jp/archives/180917)

中島みゆきの言い方とは逆に、「いじめる相手にも寄り添って」みたいなことを言いかねないのが今時の教育なのだが、この「寄り添い教」がなにをもたらしたのかがよく分かるというものだ。それは、逃避と屈服である。中島みゆきは別に手紙の女の子に対して寄り添ってはいない。心がきれいだから大丈夫とも現実逃避せよともできるとも言っていない。いじめているやつは死ねとも言っていない。女の子に世の中を狭く見るなとも言っているし、あなたのような人が好きな人がいるかもとも言っていない。屈服していないのである。これに対して、「寄り添い教」は、粗雑な精神に屈服し、相手を認めてしまうことで自分の敵愾心を押さえ、強者に媚びて安心立命を獲ようとしているのである。

今日は、「小説神髄」と「内部生命論」を比較して、彼らが抱えた困難を授業で論じてみたが、前提として、彼らが卑屈の側につかないと明らかに決めていたようなところは論じ落とした。都区に透谷の「内部生命論」は哲学者と文学者の違いについて話していて、この議論の鋭さと困難が後世えらく尾を引いている(表面的には引いていない)ことはそのことに比べればどうでもいいような気がする。

さやけき影をまばゆく思し召しつるほどに、月の顔に群雲のかかりて、少し暗がりゆきければ、「我が出家は成就するなりけり」と思されて、歩み出でさせ給ふほどに、弘徽殿の御文の、日ごろ破り残して御目もえはなたず御覧じけるを思し出でて、
「しばし」
とて、取りに入らせおはしまししかし。
粟田殿の、
「いかに思し召しならせおはしましぬるぞ。ただ今過ぎば、おのづからさはりもいままうできなん」
とそら泣きし給ひけるは。


われわれはこういう場面を批判精神の発露と感心する程度には卑屈になっていると言わざるをえない。

追伸)卒業論文の指導で、学生の資料の「序論・本論・結論」が「序論・不倫・結論」にみえたおれはたぶん老眼。

昭和三十年代の「大学音楽」

2023-01-17 18:59:45 | 音楽


昭和34年の教員養成大学音楽科用の教科書『大学音楽』をめくった。たぶん、両親のどちらかがつかった教科書と思われる。編者はイタリア音楽系教育者の城多又兵衛。巻末の年表に、皇紀2600年の曲書いたイタリアのイルデブランド・ピツェッティが、現役の音楽家として、ショスタコーヴィチとかストラビンスキーとともにかかれていた。一方、ブルックナーやマーラーの名はない。

巻末の年表は裏表あって、表は西洋音楽、裏は日本近代の音楽史である。そこでは、第二次世界大戦は大東亜戦争と書かれていた。ほとんどが戦前の音楽の歴史で、まだ、この頃は、戦前の方が歴史として大きかったのだ。そこでは西洋音楽クラシック音楽の基礎をどういう風に考えるかが、初頭音楽教育の基底にあった気がする。そこにはまだ、あちらがわの文化は他者である感覚が働いている。文学と同じく、気分や情景を表現するみたいな目標が掲げられていることも多いが、これだって、自明の理を確認するというより、そういうものらしいからそうあるべきという前提が漂っている。

いらっしゃいませ、こんばんは↑

2022-10-30 19:43:20 | 音楽
Ondrej Adamek -Ca tourne ca bloque


Ondrej Adamek のCa tourne ca bloque(回って止まって)は、結構演奏されているようだ。youtubeに複数の演奏があがっている。この曲は、冒頭、メイド喫茶の店員の言葉と思しき音声から始まっていて、そこに弦楽器が模倣のように同調してゆく。コンビニの店員の言葉とともに、しばしば「ロボットか」と非難されている人間の声が、日常生活と切り離されると音楽と化す。ジョン・ケージが日常の音を音楽として環境にあるそのままに解放しようとしたのに対し、これは逆に日常からうきあがっている人間性を音楽として回収する試みである。これは村田沙耶香の「コンビニ人間」と似ている。この作品は、現代社会ではコンビニがかえってモラルも秩序も整った人間的な場所でありうる可能性を示唆している。主人公は、物語の最終局面で、クズ男の居候をコンビニに入ってきたお客として反射的に遇して、日常生活から解放される。天啓のように、コンビニが彼女を「(コンビニ)人間」にした。その咄嗟に現れるコンビ店員としての声は、まるで歌うようである。「コンビニ人間」は歌う人である。

コンビニやメイド喫茶をはじめとする「いらっしゃいませ」が音楽であるから、論文なども歌って美的であるかを判断される時代が来るかも知れない。近代?では詩だけでなく、黙読されるものとしての論文というものも、ある種特殊なものなのである。

梅本佑利 - 萌え²少女 (2022)


若い梅本氏にとっては、もう「コンビニ人間」のような葛藤もないのかも知れない。アイロニカルな感じがなくなっているからだ。これは、明治の戯作者にあった言葉の表象とシンクロしたリズム感に近いような気がする。

 薔薇の花は頭に咲て活人は絵となる世の中独り文章而已は黴の生えた陳奮翰の四角張りたるに頬返しを附けかね又は舌足らずの物言を学びて口に涎を流すは拙しこれはどうでも言文一途の事だと思立ては矢も楯もなく文明の風改良の熱一度に寄せ来るどさくさ紛れお先真闇三宝荒神さまと春のや先生を頼み奉り欠硯に朧の月の雫を受けて墨摺流す空のきおい夕立の雨の一しきりさらさらさっと書流せばアラ無情始末にゆかぬ浮雲めが艶しき月の面影を思い懸なく閉籠て黒白も分かぬ烏夜玉のやみらみっちゃな小説が出来しぞやと我ながら肝を潰してこの書の巻端に序するものは

――二葉亭四迷「浮雲」序


大学祭にいってみると、文芸部が配っている雑誌や冊子に、いつごろからかライトノベルの挿絵みたいなものがたくさん載っているようになった。それはいまどきの文人画なんだろうとは思うわけだ。しかし、わたくしはあまりその表象としてのリズム感がわからない。そこには身体的な抑圧があるとかえって思ってしまう口である。わたくしにとっては、言葉は体から悲しみが出てくるようなもので、だからこそこれから良いものが書けるような気がして書く。これが鉛筆や筆で書いていた時代はもっとその感情と身体が一体化したかんじがあったのではなかろうか。

民謡と音楽

2022-05-17 23:58:32 | 音楽


今日は、民謡と柳田国男みたいなテーマの講義のなかで、クニッペルの4番やショスタコービチの9番について考えた。やっぱり受講生の音楽専攻の学生が9番にウケてた。あれに激怒できるソ連当局はマジメな意味で音楽に慣れてるとしかいいようがない。日本なんかは、この曲でさえ、戦勝紀念の曲として陳腐なせりふで飾り立てることができそうである。

Shostakovich "Symphony No 9" Gennady Rozhdestvensky



I hear music.

2022-02-16 23:05:55 | 音楽


ラウル・デュフィの絵からは音が聞こえる。オーケストラの絵だけでなく、「電気の精」みたいな作品からも音が聞こえる。音楽からも音が聞こえるとは限らない訳でね、文学からも言葉が聞こえるとは限らない。

以前、モーツアルトのあとにメンデルスゾーンを演奏会で聞いたとき、逆の感想を持った。音が聞こえなくなり、心が聞こえると思ったのである。

相撲をして相撲たらしめてゐたところのものは飽くまでも土俵の形式であり、そのやうな古来の伝統を支える時代的な雰囲気が、力士の生活する環境だけを特殊なものとしてその存立をゆるしたことが、民族の伝統につながる美くしさに永遠性を賦与したのである。

――尾崎士郎「土俵の夢」


こういう誇大妄想だって、なにかそのものの固有性を聞き取ろうとした結果でないことはない。それを永遠性とか言ってしまったので別のものに化けただけだ。

フジコ・ヘミング初体験

2019-12-28 22:47:49 | 音楽


細君と一緒に、いそいそとフジコ・ヘミングのコンサートに行ってきた。今回は、NHK交響楽団メンバーの室内楽団と一緒の演奏会である。

テレビで何回か演奏を聴いていたが、実演を聴くのは初めてである。覚悟はしていたが、指揮者に抱えられてピアノにたどり着いたフジコヘミングをみて心配になったことは確かである。しかし、モーツアルトの21番の演奏が始まって、NHK交響楽団の渋めの音響の中に、ものすごく派手なパンチの音色が飛び込んできて観客は目を覚ました。やはり人気が出てるだけのことはある。非常に独特な演奏なのであるが、面白い音色のバランスとリズムでぐいぐい音楽をひっぱる。ピアノが鍵盤楽器とはいえ、本質的には琴に近い楽器であることを思い出させるようであった。

テレビでは、彼女の苦労続きの人生が強調されていたので、音楽が内面的に視聴者に伝わったのかもしれないが、実際演奏会で聴いてみると、非常に派手な音色を持つきらびやか演奏をするひとである。単純に、音がかなり大きめであるし、音一つ一つをはっきり聴かせる。なんというか、クレンペラーをおしゃれにブルースのようにしたような音楽なのである。

プログラムでは、モーツアルトに続いて、予定されていなかった「別れの曲」を演奏した後、「ラカンパネラ」を弾いた。かわいらしく手を振りながら、若者に掴まりながらステージを去った。

わたくしは何故か、田村俊子の「女作者」の最後のところ、

自分の好きな女優が舞台の上で大根の膾をこしらえていた。あの手が冷たそうに赤くなっていた。あの手を握りしめて唇のあたたかみで暖めてやりたい。――


こんな文章を思い出した。