《試練》――現在史研究のために

日本の新左翼運動をどう総括するのか、今後の方向をどう定めるのか

清水丈夫氏が51年ぶりに浮上ーー開き直りと恫喝と哀願~~最悪の自己保身演説(全文掲載)

2020-09-10 06:21:23 | 日本の新左翼運動と共産主義運動をめぐって

清水丈夫氏が51年ぶりに浮上
開き直りと恫喝と哀願~~最悪の自己保身演説(全文掲載)

 

【管理者コメント】

 2020年9月6日の革共同(中央派)政治集会で議長の清水丈夫氏が登壇した。振り返れば、1969年4月27日、本多延嘉書記長らが日帝国家権力による革共同への破防法の適用・発動によって不当逮捕されたとき、清水氏はただちに地下活動に入った。それから、実に51年ぶりの浮上である。しかも、革共同集会で多くの聴衆を前にしゃべったということは、度外れの演説嫌いで有名な清水氏がよほどの意を決してのことであったろう。
 清水氏登壇にたいしては、埼玉県委員会が抗議し総退場したそうである。また、演説中に数回にわたって女性の声、男性の声で野次が飛んだとのことである。仮にも議長の発言にたいする党員の反応としては、異例のこと、驚くべきことが起こったのである。
 ある参加者から、清水氏の演説全文(文字起こししたもの)がサイト管理者に送られてきた。そこには、「あまりにひどい。無責任極まる。聴くに堪えなかった。多くの人たちが拍手したが、その感性が信じられない。抗議の退場と思われる動きもあり、野次も飛んだが、当然のことです。公表は委ねます」というコメントが付されていた。
 演説全文を一読すると、内容はびっくりするほど最悪、最低のものである。何を自己批判するのかまったくいわないでおいて、自己批判になるわけがない。それこそ開き直りである。党員にたいして、オレはもう自己批判した、だから追及するな、前に向かって一緒にたたかうべきだという恫喝と哀願に終始するものであるといえる。清水氏の自己保身が最悪の形で表れている。
 しかし、内容の当否を問わず、やはり歴史的に記録されるべき貴重な演説なので、全文転載します(約18分間)。なお、タイトルと見出しは、公平であるべく、清水氏の意を汲んで、管理者がつけたことをお断りします。
………………………………………………………………………………………………………
2020年夏 革共同政治集会特別報告
現実から遊離し革命的情勢に対応できなかった党と私
――今後、自ら大衆運動の現場に立ってたたかう
清水丈夫(革命的共産主義者同盟議長)

(満場の大きな拍手に迎えられて清水氏が舞台左袖から登場、演壇に立つ。)
 このような革共同集会で発言するのは51年ぶりです(照れ笑い)。(拍手) 長期にわたって権力の弾圧を粉砕して非公然活動を貫くことができたのは、やっぱり党と階級の力だと思います。(大きな拍手)
 今日あえてこういう場で発言を求めたことはなぜかと申しますと、やはり、今、前の人の基調報告でも出ましたけれど、旧政治局のもとで旧政治局の誤りが深刻な党的な危機と混乱をもたらしたという問題があります。それで三里塚の人も「危機」ということをいいましたけれど、党的な危機をもたらしたということがあると思うんですね。で、それはその過ちは、基本的に、その責任はわたくしにあります。それを認めたいと思うんです。(野次「そうだ!」「徹底的に認めてくれ!」) わたくし自身が直接にどうしたかというと、党の自己批判をして、何が問題なのかを明らかにして、(野次「徹底的に自己批判してくれ!」)というのが必要だと思います。で、そういうことをちゃんとやらなければ絶対、共産主義者とはいえないと、こう思ったんです。(野次)

 次にちょっとその内容的な面に入りますけれど、わたくしは26全総(各報告)の旧ライター批判の、旧政治局批判というのを真正面から受け止めたいと思います。わたくし自身がやっぱり7回大会路線を誤りを支えて推進する役割を果たしたということをはっきりさせて、その点を自己批判していかなければいけないと思います。

 その上で、その内容についてまた入りますけれど、やはり非常に重要なのは7回大会の路線の誤りというのはどういう誤りだったのかということをはっきりさせる必要があると思うんです。その点で、今、基調報告でも縷々述べられましたけれども、現在の情勢が世界大恐慌の情勢、あるいは3・11によって暴露された新自由主義の危機、そういったものによって現わされている、(いいよどむ)何というか、ちょっと待って……(野次)(しばし立ち往生)(野次「コロナを理由にしてマスクをしているんじゃあないよ!」、清水氏マスクを取る)(野次)旧政治局の誤りという問題を考える場合に、7回大会というのはどんな状況のもとで開かれたかと、どういうことと対峙すべきだったかということを考えて、ということから、始めていく必要があると思うんです。そういう点で明らかに7回大会当時は、今いった大恐慌とか、3・11とか、そういったことによって表されているように新自由主義の破綻がはっきりと現れていた。今日のコロナ×大恐慌情勢で現れているようなものすごい革命的な情勢というか、新自由主義の総破産ということがあの時点から始まっているというふうにとらえるべきだと思うんです。
 そしてその7回大会は、その始まりはじめた大恐慌、革命的情勢にたいして党がどのように対応すべきかということについて、やっぱり間違ったというところで押えるべきだというふうに思います。
 その場合に、……(いいよどむ)重要なことは革命情勢というふうにいいますけれども、革命的情勢というのは何か革命がやりやすくなったというように簡単に考えるような問題ではない。革命情勢が始まったということは、階級闘争の質がそこで大きく変わって、非常に厳しい対応に迫られているということが、あの時点で、7回大会で問題にすべきことだったと思うんです。
ところが、あの当時、4・9政治和解、4・9反革命といっていますけれど、それが国鉄労働運動をつぶすということのために出てきた、行われた。このことにたいして、真っ向からどうやって対決するのか。4・9政治和解というのは階級的労働運動の根をそのものを絶つ。具体的にいえば、始まった、前進を始めている動労千葉のたたかいを完全に圧殺する、そういうことをあの時点で革共同に迫ったというものとしてあったと思うんです。
 そのことを、革命的情勢を革命に転化するといいますけれど、革命的情勢を革命に転化するというのは大変な問題なわけです。そして、大体、革命的情勢というのはそれまでの党のあり方そのものでは対応できない、そういう情勢をもたらす、階級情勢が次元を異にして厳しくなると、そういう意味ではものすごい質的な転換があるという、そこのところをちゃんととらえるべきだったということが、まず(いいよどむ)……あります。

 7回大会とはそういう情勢のなかで、しかし、革命的情勢はあるけれど、革命に転化すべき階級の主体的情勢はまだ成熟していないという、このときに革命党はいかにたたかうべきか、問われていました。7回大会はしかし、これにたいして安易な方向で、先ほど(基調報告で)いわれたように、安易な方向で空論主義的に流れた。4・9との対決から逃亡するということになったと思うんです。ここんところが、自己批判するという場合の、しっかり押さえていくことだし、なぜ、そういうことが起こったのか、なぜ、そこまで頑張ってきた人間がどうしてそういう空論主義の方向に流れたかということを自分自身の反省も含めて考えなければならないということを、革命情勢の到来というのは続いていると思うんです。それは現在の革命情勢そのものという、ものすごい、かつてない、資本主義の終わりがどんどん見えているというような時期に、今、革命情勢をほんとうに革命に転化するというのは大変な問題で、それを飛躍になるようなことが、党の変革が絶対に必要になっている、そのことの出発点を7回大会は、築くべきだったと。それを安きに流れて、空論主義に走ってしまったというところが、非常に痛恨の極みだと思います。

 問題は、わたくし自身の問題と関係しますけれども、わたくしは7回大会に関して第1報告という形でかかわってきました。第1報告のところでは、リーマンショックと世界大恐慌という問題を押さえて、今起こっていることがほんとうに世界大恐慌なんだということを明らかにして、ほんとうに世界大恐慌というのは資本主義にとってものすごく深刻な問題をもたらしますから、大変な階級闘争の激化というか、深刻な事態が現われてくるということであるんですけれども、この革命的情勢を革命に転化するためには、……。4・9という形で、革命的階級的労働運動が始まって、その先頭に動労千葉が立っていると、これを根絶しようという形で、支配階級が真っ向から反革命的に暴力的にやってきたものが4・9政治和解だったというふうに思います。そういう意味では、ほんとうに到来しつつあった、始まった革命情勢を革命に転化するというのを本当にやろうとしたら、この4・9の挑戦に党は自己の変革をかけて真っ向からたたかわなければならなかった。そういう意味では、動労千葉を先頭にして、国鉄闘争破壊、労働運動破壊という攻撃にたいして血みどろの階級闘争を展開する、そういう労働運動の現実と格闘するというなかで、革命に転化する道を開いていくということを、やっぱり求めるべきであったというふうに思います。

 その点、わたくしの第1報告というのは、今読み返してみても、革命情勢が到来しているということを強調していますけれども、革命情勢がどんな問題を党につきつけるのかということについて、はっきり提起することができなかった、ということがあります。そこのところが根底的な誤りだった。だから結局、空論主義的なものにたいして、それを支えて推進するということに、結局なってしまったということが、自分の非常に、革命情勢はそういう形で論ずるだけでは何にもならない、やっぱりそれを革命に転化するためには、現実の労働運動と格闘して、革共同がほんとうに労働運動の中で大きな力をもつということがなかったら、できないということをはっきりさせていくことをすべきであった。それが第1報告ではできてないという点で、わたくし自身の誤りの基礎というか根本にそれがあったということを今、非常に痛切に思っています。
 要するに、それはなぜ、そういう事になったのかというと、やっぱり現実に行われていた国鉄決戦とか、具体体な労働運動の現実と具体的に結びついて、階級とどう結合していくかという道を自分自身がほんとうにちゃんとやってなかった、そこから遊離していたというような、階級からの遊離というような、そういうことが自分の中で起こっていたということが、革命情勢を語っても、ほんとうにそれを革命に転化するための党のほんとうのたたかいの方向を出すことができなかったということが私の誤りというふうに思っています。

 そういう意味で、わたくしは階級闘争の現場に飛び込み、一緒になってたたかうなかで自己批判を深めていかなければならないと思っています。だから、今いったような自己批判をするということでは終わらない、むしろ始まりであって、何というか、現実に階級闘争の現場に飛び込んで一緒にたたかうなかで、そして討論し、自己批判を深めていくということのなかで、……(聴き取れず)にしていかなければならない。それは決して無駄なことではなくて必ずこれから今日の階級闘争にとって意味のあることにもなる、そういう討論のなかから生み出されてくると信じております。
 今、そういう意味ではほんとうに皆さんのたたかいのなかに自分も飛びこんで、何というか、たたかうという決意をしてるんですけれども、そのことをほんとうにやりきれるかどうかというところに、わたくし自身共産主義者であるかどうかということが問われているというふうに思っています。やっぱり一人の共産主義者として生き抜きたい、たたかい抜きたいと思っています。今、その自己批判をほんとうにやっていくということは、必ずエネルギーを生み出すと思っています。

 今、コロナ×大恐慌情勢というか、猛烈な危機、新自由主義の根底的破壊を引き起こしつつあると思います。現在のコロナ情勢のもとでの大恐慌情勢の進展というのは、わたくしも50年見てて、こんなことはない。全然、ものすごい危機が始まっている。それはその他にも3・11に関連しますけれども、福島原子力発電所が爆発したというような問題なんかも、新自由主義の危機としては、今日に至るまでものすごく大きな問題を投げかけていると思います。さらに、地球温暖化ということが問題になっていますけども、それも新自由主義がもたらしたものとして、非常に、今の新自由主義の崩壊の仕方というのは尋常一様ではない、もうぐちゃぐちゃであるということだと思うんです。
 そういう非常に、どうやって苦境を突破していいかわからないという状況で、新自由主義というのは凶暴化している。凶暴化する資本主義という新自由主義は打倒しなければならない。新自由主義を打倒する階級的な労働運動を今ほんとうにつくり出すために革共同はどのようなことをしてでも頑張んなきゃいけない、ということじゃないかと思うんです。
 そういう意味で、最後に、現在進行している大量解雇、組合つぶしを絶対に許さない、それから労働運動を甦らせる、新自由主義を覆すたたかいをつくるということを、やっぱり決意したいと思います。11月の労働者集会に結集したいと思います。私もともにたたかうつもりです。どうもありがとうございました……(いいよどんで声が出なくなった)。(中程度の拍手。登場時の拍手より少ない。)
(おわり)
2020年9月6日/サンパール荒川・大ホール

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