序破急

片足棺桶に突っ込みながら劇団芝居屋を主宰している爺です。
主に芝居、時々暮らしの中の出来事を書きます。

プレーバック劇団芝居屋第41回「七曲り喫茶紫苑」10

2023-09-23 17:10:17 | 演出家
6 一週間後・昼・代理・二十六度

金蔵の尾てい骨骨折から一週間後、典子は紫苑である女性と待ち合わせします。
予定の時刻を過ぎて慌てた面持ちで現れた女性は・・・。

早紀 「遅くなってすいません。道に迷っちゃったもんですから・・」

友永早紀という名前でした。

典子 「・・・早紀ちゃんなの?」
早紀 「ハイ、友永早紀です」
典子 「あらあ、立派になっちゃって・・あたしの事分かる?」
早紀 「・・・万年青のおばさまですよね。いつも父がお世話になっております」
典子 「とんでもない、お世話になってるのはこっちの方」
早紀 「め、滅相もないことでございます。」
典子 「・・立ち話もなんだから・・さあ、座って座って」

ずいぶん昔の知り合いのようです。

典子 「緊張してる?」
早紀 「ええ、少し・・」
典子 「ねえ、早紀ちゃんがこの横丁出て何年になるかしら」
早紀 「私が五歳の時ですから、二十五年になりますね」
典子 「・・・あら、早紀ちゃん三十になるの」
早紀 「ええ、すっかりおばさんです」
典子 「そんな事はないけど・・あらそう・・」
早紀 「あっ、改めまして。この度は父がご迷惑かけて申し訳ありません」

典子 「そんな事ないわよ・・って言いたいところだけど・・時が時だからね。ちょっと困ってるの」

迷惑をかけたと言えば尾てい骨骨折の金蔵です。
なんせ補償金交渉がとん挫してるんですから・・という事はこの子は金蔵の娘!

早紀 「父もその事を心配して力になってくれって頼まれたもんですから、これから以後、私が父の仕事を引き継がせていただきます」
典子 「そうなんだって金ちゃんからは聞いたんだけど・・」
早紀 「おばさま、今日の私は栗山金蔵の娘の早紀ではなく、小森弁護士事務所の友永早紀として参りました」
典子 「えっ、どういう・・・」
早紀 「私、こういう者です」

名刺を差し出す早紀。

典子 「あら!早紀ちゃんあんた弁護士さんなの」
そこへ良子に肩を借りた清彦がきます。

良子 「お待たせしました」
典子 「待ってたよ」
清彦 「ごめんなさい、色々野暮用があったもんだから」
典子 「野暮用ね・・・あんた気を付けなさいよ」
清彦 「すいません・・ねえ、座っていい。これがあれだから」
良子 「ソファの方に座ったら。どうせ功さんや会長も来るんでしょ」
典子 「そうだね、そうしょう」

典子と早紀は清彦と待ち合わせをしていたんですな。

清彦 「あれ?えーと・・ねえ、女将さんまだ来てないの」
典子 「誰が?」
清彦 「だから社長から紹介の・・・」
典子 「来てるわよ、こちらの方」
清彦・良子 「エッ!」
清彦 「アラ、女性なの?」
典子 「ああ、早紀ちゃん。紹介するわね。そちら金ちゃんと一緒に動いてくれてた『夜と朝』の吉山清彦さん。これでもね、行政書士さんなのよ」
清彦 「行政書士の吉川清彦です。よろしくお願いします」
早紀 「お噂はかねがね父からお聞きしております。友永早紀と申します。よろしくお願いいたします」
清彦 「ああ、友永さん・・あのう・・父って?」
典子 「金ちゃんよ」
清彦 「エッ、ちょ、ちょっと待って。じゃ、社長さんの娘さんなのあなた」
早紀 「ええ、そうです」
清彦 「・・・ああ、そういえばずっと昔、社長さんウチに顔出した時、赤ちゃんの写真を見せびらかしていた事があったわ。じゃ、あなたがあの赤ちゃん?」
早紀 「ええ、多分そうだと思います」
清彦 「そうなの。あの頃の社長さんお盛んだったからね。それで社長悪さして三下り半突きつけられちゃったんだよね」
典子 「清ちゃん、あんた止めなさいよ・・・」
早紀 「女将さん、いいんです本当のことですから。ええ、二十五年前に両親は離婚して私は栗山から友永に替わりました」
清彦 「ああ、それで友永さんに」

典子 「清ちゃん、早紀ちゃんね、弁護士さんなのよ」
清彦 「エッ!弁護士!(思わず腰を浮かす)アイタタ・・・」
典子 「大丈夫?」
清彦 「大丈夫。・・・アラア、そうなんですか」
早紀 「はい、弁護士事務所で司法習得中の見習いですけど」
清彦 「あらあらご謙遜。そう弁護士先生なの優秀なのね。まさか社長さんの娘さんが弁護士先生だなんてトンビが鷹を生んだっていうのはこの事ね」

清彦にはピンチヒッターとして登場した早紀に一抹の不安がありました。

清彦 「誰でも思うわよ。・・ねえ、友永・・早紀さんだったかしら」
早紀 「ハイ、友永早紀です」

     早紀を見つめる清彦。

清彦 「変なこと聞いていい?」
早紀 「何でしょう」
清彦 「これからいろんな交渉事を一緒にしていくことになるから聞いておきたいんだけど。あなた、社長さんの事どう思ってるの」
早紀 「父の事ですか」
清彦 「二十五年間放っておかれたんでしょう、やっぱり恨んでた?」
早紀 「・・・ええ、正直言えばそんな時期もありましたね」
典子 「そりゃ、そうだわよね」
早紀 「でも、今は」
清彦 「そうじゃないの」
早紀 「ハイ」
清彦 「何故こんな事云うかっていうとね、社長突然のことで焦っちゃったのかなって思ったからなの。弁護士だったらなんとかなるってね。・・・でも、そんなものじゃないの、この七曲がりに残ったみんなの将来を背負って、少しでも先の助けになるように交渉していく為にはそれなりの想いがないとできないのよ」
典子 「まあ、確かにね」

それを静かに聞いていた早紀がこの話に関わった気持ちを吐露します。

早紀 「私、今回の区画整理の話は交渉が始まった頃から父から聞いて知っていました」
良子 「えっ、じゃ去年から」
清彦 「じゃ今でも社長さんとは付き合いがあるの」
早紀 「ええ。本人も認めてますけど離婚の原因は全面的に父にありました。だから母からの要求を受け入れて離婚はすんなりと成立したんです。でもたった一つ条件を言ってきました」
典子 「それはなに?」
早紀 「私との面会交流権の確保でした」
良子 「面会交流権って」
早紀 「平たく言えば半年に一度私と一緒に過ごす時間を持てるって事です」
典子 「じゃあ、それは今まで続いてきたの」
早紀 「ええ。私の都合で会えない時もありましたけどそれ以外はずっと。それに電話では連絡を取り合っていましたから、今回の区画整理の件の詳細もずいぶん前から聞いていたんです」
良子 「ああ、だから話が早かったのね」
清彦 「じゃあ、途中経過は全部知ってるって事ね」
早紀 「ハイ」
清彦 「其れ聞いて安心したわ。もしかしたら一からなんてなったらどうしようって思っていたの」
早紀 「この横丁と七曲りは私と父の思い出の場所です。そこが消えるんですから、ちゃんと最後を看取るつもりです」

どんな親しい中でも秘密の一つや二つはあるもんです。
そこへ海路と功一が来ます。

清彦 「これで全員揃ったわよ」
早紀 「ああ、そうですか」
典子 「あのね、この方・・・」
早紀 「ワタクシ、栗山金蔵氏から依頼を受けまして代理を担当します、友永早紀と申します。これから皆様の交渉事に同席させて戴きますのですよろしくお見知り置きください」
功一・海路 「・・・エッ!」

典子と清彦を見る二人。
大きく頷く典子と清彦。

次に続く。
撮影鏡田伸幸


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