序破急

片足棺桶に突っ込みながら劇団芝居屋を主宰している爺です。
主に芝居、時々暮らしの中の出来事を書きます。

プレーバック劇団芝居屋第41回「七曲り喫茶紫苑」8

2023-09-21 20:12:28 | 演出家

4 五月・移転三ヶ月前・午後・二十五度


今日は淳の東日本新人王戦準決勝の日。
京子たちと応援に行く予定の良子は早じまいの支度をしております。
そこへ万年青の登和が来店します。

良子 「あら登和さん、いらしゃい。珍しいわねこんな時間に」
登和 「ほら、今日は淳君の応援じゃない、試合の後の寄り合いの準備だけだから仕込みが少なかったの」
良子 「そうか、さて戦勝会となるか残念会となるか」
登和 「ドキドキね」
良子 「・・ねえ、何か飲む」
登和 「コーヒー頂戴」
良子 「了解」
登和 「ねえ、良ちゃんも行くんでしょう」
良子 「ええ、十六時に京子達と待ち合わせしてるの。もうそろそろ来るんじゃないかな」
登和 「試合は何時から」
良子 「試合開始が十八時。会場まで一時間見とけばいいかなって」
登和 「じゃ、あたしも一緒していい」

でも登和の様子がいつもと違うんですな。

登和 「良ちゃん、実は聞いて貰いたい事あるんだ」
良子 「アラ、ナンザンショ」
登和 「真面目な話」
良子 「アッ、ゴメン」

登和は話しだしますが、なんとも回りくどい話しぶり。

登和 「良ちゃん、若いころ芝居やってたんだよね」
良子 「ええ、そうでした」
登和 「あたしこう見えて美大出身なのよ」
良子 「エッ、美大って絵を描いたりする?」」
登和 「見えないでしょう。これでも若い頃は芸術家目指してたんだから、もっとも物にならなかったから結局アパレル会社のデザイナー止まりだったんだけどね」
良子 「へえ・・初めて聞いた」
登和 「アパレル会社入社して二年目だったかな。初めて先輩に七曲りに連れて来られたの。薄暗い路地に、何となく入りにくい地味な店が並んでる中でひと際明るいつくりの店があたしたちの目指す万年青だった」
良子 「それじゃ最初はお客さんだったんだ」
登和 「そう。なんだかホッとする雰囲気が好きでずいぶん通ったわ」
良子 「それがなんで万年青に?」
登和 「若かったからねえ、色恋沙汰だとか一通り色々あったのよ。それで会社辞めてフラフラしてたら女将さんにアルバイトしないかって誘われたの」
良子 「そうなんだ。同じだね、店に入るきっかけはアルバイト」

これは何かある。
良子はピンときます

登和 「そうだね。・・・あたし万年青に入れてもらって二十四年になるけど、この間女将さんの話に逆らった事は一度もないわ。何でもハイハイって聞いてきた、そりゃあたまにはムカつく事もあったけど、女将さんが間違えた事を言った事はなかった。あたしね、本当に女将さんには感謝してるの。あの時女将さんに誘われていなかったら、自棄になってたあたしは碌でもない人生を送ってたと思うの」
良子 「登和さんには女将さんが恩人なんだ」
登和 「そういうこと。だから今回の件が持ち上がった時、どういう結論が出ても女将さんに従おうと思ってたのさ。でもね・・・昨夜、店仕舞い時に急に女将さんが言い出したんだ・・・」


典子 「ねえ、登和ちゃん。何にも言わずに聞くだけ聞いてちょうだい。・・この七曲りで父さんが万年青を始めたのはあたしが生まれた年だった。だから七十五年。あたしの代でまさかここから出ていく羽目になると思いもしなかったけど、そういう事になっちゃった。初めはどこかでまた店始めりゃいいやなんて軽く考えていたんだが、ふとね、新しい店を始めるのは七十五の婆さんなんだって気づいたんだよ。そうしたら急に気力や身体のことが気になって自信喪失さ。それで万年青もここまでだなって覚悟を決めてあんたに先行きの事を聞いたら、引く手あまただって話を聞いて一安心してたんだが・・・」

典子 「近頃あちこちで解体工事の音を耳にしてると、嫌だと思ったんだよ、このまま万年青を潰してしまうのは、万年青の名前を消すのはいやだって。・・・これは勝手な言い草かも知れないが、もしあんたが万年青を継いでくれるんだったら任せようと思うんだがどうだろう。考えてくれないかね」

登和の戸惑いは良子には理解できました。

良子 「そんな事を」
登和 「どう思う?」
良子 「それは受けるも受けないも登和さんの心ひとつなんじゃないの」
登和 「そうなんだけどね。万年青だよ、女将さんが育て上げてきた万年青なんだよ」
良子 「でも、万年青だからこそ登和さんにって思ったんじゃないのかな、女将さん」
登和 「重いんだよ、あたしには荷が重すぎるんだよ」
良子 「女将さんってね、ウチの先代の美津子ママの事お姉さんみたいに慕ってて、ママがあたしに店を譲った潔さをいつも褒めてた。あたしもああなりたいってね」
登和 「確かにそうだったね」
良子 「女将さん、その事も頭の隅にあるんじゃないかな」
登和 「そうかもね・・でもね」
良子 「他との約束があるの」
登和 「そんものないよ」

こういう時の相談っていうのは本人は決めてることが多いもんです。
ただ一押しが欲しいんですな。
信頼している人に背中を押してほしいんです。

良子 「じゃ、迷っているのは荷の重さだけ」
登和 「器量さ、あたしゃそんな器じゃない」
良子 「でも女将さんがわざわざ登和さんにって言ってるんだよ。それは登和さんの器量を見込んでの事じゃないのかな」

一押しの言葉を放つ良子。

良子 「女将さんに恩を感じているんだったら、その恩返しの時なのかもね」
素直に頷く登和でした。
そこへ応援の為に駆け付けた京子と総司が来ます。

京子 「早かったですか、なんだか居ても立っても居られなくて」
総司 「僕もそうです」
良子 「そうかい、それじゃ閉めて、行く用意をしようか」
京子 「遅れちゃいけないから、そうしましょう」
良子 「登和さんも一緒に行くって」
総司 「そうですか、応援は一人でも多い方がいいですからね」
京子 「もう、声出して応援してもいいっていうからメガホン持って来ちゃった」
良子 「じゃ総司、看板入れて」
総司 「(メガホン)承知しました」


次に続く。

撮影鏡田伸幸


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