序破急

片足棺桶に突っ込みながら劇団芝居屋を主宰している爺です。
主に芝居、時々暮らしの中の出来事を書きます。

プレーバック劇団芝居屋第42回公演「通る道」9

2024-04-04 22:49:18 | 演出家

主催の正一が文子の案内で現れます。

今は角田家の当主である正一は東京に居を構えており、今出席している聖司、妙子、奈美恵も同様でありました。

本家がこの街から出た角田家の親戚はすでにちりぢりとなっており、出席の有無の連絡もなかったのです。

結局33回忌の出席者はこの五人のみという事になりました。

この五人が顔を合わせるのも6年前の27回忌以来です。

その6年の間それぞれの生活の変化なぞ知る由もありません。

話は他人行儀なものから始まります。

正一 「おお、まあまあだ、奈美恵、お前は元気なのか」

奈美恵 「ええ、相変わらず」

正一 「そうか、そんならいい」

妙子 「お義兄さん、ご無沙汰しております」

正一 「おお、妙ちゃん。正二が世話になってるな」

妙子 「とんでもありません」

正一 「まったくあいつは弱いな。で、どうなんだ具合は」

妙子 「お陰様で、特別異常はないようです」

正一 「そうか。そんならいい」

文子 「正一さん、こっちからは何人くらい来るんだべか」

正一 「さあな、親戚もほとんどこの街からは出てるからなあ、わかんねえな」

文子 「お友達は?」

正一 「オヤジの?いやあ、もうみんなくたばってんじゃねえか」

文子 「百越えだもんね・・・」

正一 「聖司」

聖司 「ハイ」

正一 「東京からはこんだけか」

聖司 「ウチも、奈美恵の所も子供たちはそれぞれ受験なもんですから・・」

奈美恵 「すいません」

正一 「いや、いいんだ、いいんだ。こんなものはよ、気持ちのある奴だけが来ればいいだよ」

緊張した場を和まそうと文子は自然現象で中座した正一の話をします。

文子 「こっちに帰ってきたら正一さんは忙しいんだよ、檀家回りで」

聖司 「ああ、檀家回りね」

奈美恵 「檀家回りって何ですか?」

聖司 「知り合いの飲み屋のはしごの事さ」

奈美恵 「ええ!まだそんな事やってるの、トウチャン」

文子 「正一さん高校の時ウチの人と表裏の番張ってたから、悪い仲間が多いのさ」

聖司 「じゃ,その人達が・・」

文子 「ああ,繁華街のそこら中に店出したのさ。確か十軒じゃきかないよ」

聖司 「エッ、そんなに。全部回ってるんですか」

文子 「分かんねえけどその筈だよ。若い時はウチの生臭坊主も一緒に行ってたんだから」

聖司 「いや十軒以上は大変だ」

文子 「だから、いっつも朝帰りさ」

妙子 「ウチの先生も一緒に行ってたのかしら」

文子 「その辺はよく分かんねえけど、一緒に回った事はあんでねえの」

妙子 「へえ・・先生が」

文子 「そりゃあんた九つ違いのあんちゃんに行くぞって言われたら断れねえべさ」

妙子 「そりゃ、お義兄さん言われたらね・・」

文子 「とにかく、その辺の事には義理堅くやってたよ」

聖司 「じゃ、帰る度に檀家回りやってたんですか」

文子 「そうだ。年回忌は勿論、毎年のお盆には来て檀家回りだ」

聖司 「元気だなあ」

文子 「でもね、それだって六十代までだ。この十年でみんな弱っちゃってさ、店辞めてるトコも結構あるんだって。高校時代の悪友もこの寺で何人か送ったさ」

 

これを聞いた奈美恵は心配の余り正一の不摂生を責めます。

奈美恵 「ねえ、トウチャン」

正一 「なんだよ」

奈美恵 「檀家回りに行ったんだって」

正一 「・・・だ、誰がそんな事を」

奈美恵 「文さんが言ってた」

正一 「・・・ああ。そうか」

奈美恵 「まだそんな事やってるの、大丈夫なの?」

正一 「だ、大丈夫だよ」

奈美恵 「心筋梗塞で入院したんだよね」

正一 「ああ、そうだけど・・でも・・」

奈美恵 「わたしに血圧が高いって言ってたよね」

正一 「ま、まあな」

奈美恵 「肝臓の数値も高いって言ってたよね」

正一 「ちょ、ちょっとな」

奈美恵 「コレステロールも高いし、尿酸値も高いって言ってた」

正一 「そ、それは言っただけだ・・大した事ねえんだ」

奈美恵 「腰も悪いし膝も痛いって言ってたよね。俺は病気の見本市みたいな男だって変な自慢してたよね」

正一 「それは・・・」

奈美恵 「どうしてそんな人が凍った道の街を酒を飲みにうろつくの」

正一 「いや、俺はうろついちゃいねえよ」

奈美恵 「飲み屋のはしごってそういう事でしょう」

正一 「そうだけど・・・」

聖司 「奈美恵、もう終わった事じゃないか。こうして何事もなく来てるんだから、そんなに突っかかるな」

正一 「奈美恵、俺が悪かったゴメン」

聖司 「伯父さんも謝ってるんだから」

奈美恵 「もう・・・これから気を付けてね」

正一 「ハイ、気を付けます」

奈美恵 「本当だからね」

正一 「わかったよ」

奈美恵には頭の上がらぬ正一でした。

そこへ入院中の正二から電話が入ります。

正一 「正二、お前どうなんだ具合は・・・何謝ってるんだ。そんな事は良いから具合はどうなんだ・・・なに大腸ポリープ、大丈夫なのか・・・そうか、じゃ採ったから問題ないんだな・・・悪いものじゃなかったんだな・・・それならそれをはっきり言えよ・・・・・ああ、来ねえな。今回はこんなもんだろう・・・こっちには元々親戚も少ねえしな・・・ああ、あのな、もう三十三回忌だからこれでオヤジの法要は弔い上げにするからそれ承知しておけよ・・・ああ、お袋と一緒にオヤジもご先祖様になったってこった・・・そうだ、こっちの回忌法要は終了ってこった。・・・・うん、帰ったらな、墓じまいの事も話そうと思ってる。・・・おおよそ、見当は付いてるだろうが、俺はそのつもりでいるから・・・・そうか。・・・まあ、とにかく大事にしろ・・・うん、妙ちゃんに替わる」

文子 「今回で弔い上げかい」

正一 「まあここらで十分だろう。三十七回忌は俺も責任持てねえからな」

文子 「そうだね、ワチもここ出るから、あんたとの付き合いもここまでだね」

正一 「そうだな(頷く)・・・なあ、みんな。聞いた通りだ。今回でオヤジの法要も弔い上げってことにするから承知してくれ」

聖司 「お祖父さんの法要は次回からはないという事ですね」

正一 「そういう事だ。みんな、それぞれいろいろあっただろうが、三十三回忌までよく付き合ってくれた。これで俺もあの世でオヤジに顔向けができる、みんなありがとう」

三十三回忌を迎えて弔い上げを決めた正一は更に次の段階に進むことを決意します。

その前に仏からご先祖様になる亡き父の思い出に耽るのでした。

正一 「まあ、妙ちゃんは別にして。・・・今回で三十三回忌だから三十二年前にお前達祖父さんを送ったんだが、覚えてるか」

聖司・奈美恵 「ハイ」

正一 「聖司、お前祖父さんを送ったのは幾つの時だ」

聖司 「二十一ですね」

正一 「奈美恵は?」

奈美恵 「わたしが十三の時でした」

正一 「そうか、そんな歳だったか。じゃ、祖父さんの事は覚えてるな」

聖司 「僕ははっきりと覚えてます」

奈美恵 「わたしも覚えてるわ」

正一 「そうか。じゃ、なるべく忘れないように頭の隅にでも置いといてくれ。それが功徳になる」

 

9に続く。

撮影鏡田伸幸



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