歌の上手い常務理事が歌い終わると、ガハハと笑いながら
「次はあなたの番ですよ」と父にマイクを渡した。
「いやぁ、私は唄なんか」と言いながらマイクを受け取る父。
私は父譲りで音痴だ。
私は父がどんな唄を歌うのか、ちゃんと歌えるのか、
内心ハラハラしていた。
「抱擁」と言うタイトルとともに前奏が流れる。
驚いたように立ち上がった父は、皆には見えないように手をぎゅっと握り直す。
その足は懸命にリズムを追い、唄い出しに遅れまいとする父の緊張がこちらまで届く。
やがて唄が始まった。
ゆっくりと流れるようなメロディー。
カラオケの画面を見つめたまま父の視線は懸命に字幕を追い、
たどたどしく、和歌山弁で、それでも一言一言噛みしめるように父が唄う。
子どもの頃だったが、
ある日突然、大きなステレオを買って帰って来た父。
「子どもは早く寝なさい」と母に諭され、
兄と二人渋々子ども部屋に戻る。
床越しに、階下のリビングからの音が聞こえる。
父は懸命にカラオケの練習をしているようだった。
又ある日、突然ゴルフのバックを抱えて帰って来た事もあった。
「ゴルフに誘われたのだ」と言い、家の前で小石をボール代わりに練習を始めた。
素人の父がそんなにわか練習で上手くなったはずもないと今では思うが、それでも父はしばらく、仕事から家に帰ると、黙々と練習をしていた様に思う。
当時、父は会社を始めたばかりだったと思う。
子どもの頃、父親と遊んだ記憶は本当に少ない。
きっと付き合いの幅が急に広がって、始めなければならない事が増えたのだろう。
遊びに見えたそんな事にも、仕事の付き合いで必死だったんだろう。
そんな事を知る筈も無い私と兄。
時には厳しい事もあった。
些細な事で怒って子ども部屋に篭城した兄を、ドアが壊れるまで蹴って叱った父。
姉の彼氏が結婚の申し込みに来た時は、
最後まで家に帰らなかった父。
大学生で一人暮らしをしている時、
出張のついでだと、突然尋ねて来て私をびっくりさせた父。
気がつけば、私の年齢もあの頃の父と大差なくなってきた。
そして、なれないゴルフをし、上手くない歌を唄う。
カラオケはサビにかかる。
「泣きたくなるほどあなたが好きよ」と、切ない女心を唄いきった。
拍手が起こり、ほっとした表情の父が見える。
間奏が流れて、やがて2番が始まる。
仕事を始めてから、父が本当に小さく見えることがある。
そして、本当にやさしく父の心を感じる時がある。
父の色々な姿を見て、そして自分が父親になって、
最近少しだけれど父が違って見える。
私は今日の唄を忘れないと思う。
お酒のせいもあったのか、薄暗い照明のせいでもあったかも知れない。
でも、その時の私にはなんとなくそういう確信があった。
そしていつか、私もきっと父の事を思いながら、
ほっとしたその笑顔を思い出しながら「抱擁」を唄うのだろう。
「次はあなたの番ですよ」と父にマイクを渡した。
「いやぁ、私は唄なんか」と言いながらマイクを受け取る父。
私は父譲りで音痴だ。
私は父がどんな唄を歌うのか、ちゃんと歌えるのか、
内心ハラハラしていた。
「抱擁」と言うタイトルとともに前奏が流れる。
驚いたように立ち上がった父は、皆には見えないように手をぎゅっと握り直す。
その足は懸命にリズムを追い、唄い出しに遅れまいとする父の緊張がこちらまで届く。
やがて唄が始まった。
ゆっくりと流れるようなメロディー。
カラオケの画面を見つめたまま父の視線は懸命に字幕を追い、
たどたどしく、和歌山弁で、それでも一言一言噛みしめるように父が唄う。
子どもの頃だったが、
ある日突然、大きなステレオを買って帰って来た父。
「子どもは早く寝なさい」と母に諭され、
兄と二人渋々子ども部屋に戻る。
床越しに、階下のリビングからの音が聞こえる。
父は懸命にカラオケの練習をしているようだった。
又ある日、突然ゴルフのバックを抱えて帰って来た事もあった。
「ゴルフに誘われたのだ」と言い、家の前で小石をボール代わりに練習を始めた。
素人の父がそんなにわか練習で上手くなったはずもないと今では思うが、それでも父はしばらく、仕事から家に帰ると、黙々と練習をしていた様に思う。
当時、父は会社を始めたばかりだったと思う。
子どもの頃、父親と遊んだ記憶は本当に少ない。
きっと付き合いの幅が急に広がって、始めなければならない事が増えたのだろう。
遊びに見えたそんな事にも、仕事の付き合いで必死だったんだろう。
そんな事を知る筈も無い私と兄。
時には厳しい事もあった。
些細な事で怒って子ども部屋に篭城した兄を、ドアが壊れるまで蹴って叱った父。
姉の彼氏が結婚の申し込みに来た時は、
最後まで家に帰らなかった父。
大学生で一人暮らしをしている時、
出張のついでだと、突然尋ねて来て私をびっくりさせた父。
気がつけば、私の年齢もあの頃の父と大差なくなってきた。
そして、なれないゴルフをし、上手くない歌を唄う。
カラオケはサビにかかる。
「泣きたくなるほどあなたが好きよ」と、切ない女心を唄いきった。
拍手が起こり、ほっとした表情の父が見える。
間奏が流れて、やがて2番が始まる。
仕事を始めてから、父が本当に小さく見えることがある。
そして、本当にやさしく父の心を感じる時がある。
父の色々な姿を見て、そして自分が父親になって、
最近少しだけれど父が違って見える。
私は今日の唄を忘れないと思う。
お酒のせいもあったのか、薄暗い照明のせいでもあったかも知れない。
でも、その時の私にはなんとなくそういう確信があった。
そしていつか、私もきっと父の事を思いながら、
ほっとしたその笑顔を思い出しながら「抱擁」を唄うのだろう。
「仕事を始めてから、父が本当に小さく見えることがある。
そして、本当にやさしく父の心を感じる時がある。」
まさに、同じことを思ったときがあります。そして今は亡き母親のことも。
自分が親になって始めて、「あぁ、あの時のことは、こういうことだったんだ。」って気付くときがありますよね。
多いですよね。愛すべきお父さん像が
伝わってきて心があったかくなりました
一成君もそういうseuratさんを見ながら
優しく大きく育つんでしょうね。
自分が当時の親の年になって初めて親の考えや行動が理解できる事ってあります。
将来、子供たちも私達の年になり子供を持ち、同じように私達が思ったような事を考えるようになるのでしょうね。
seuratさんがお父様を思われる、そのように印象的に、又理解されるような親に私もなりたいものです。