ふたりの生活。

東京の下町で暮らすふたりの生活

父の日⑧。死ぬ前に行きたい。

2007-06-19 | 

私たち親子は 普通の生物なので いつか死ぬ。

たぶん、年齢が上の方から順番にお墓に入る。

だから、

残された時間が一番少ない父は

『小笠原諸島に行きたい!なのだそうである。

 

そういう前置きをして<小笠原諸島>はずるいと思ったが、

とりあえず、島で何をしたいのか聞いてみた。

 

『いや、べつに。

したいことがなくても 見たいものがわからなくても 行先だけは決まっているのである。

決まってはいるのだが、どの島がいいのかは よくわからない、のである。

 

父には食べ物・観光・研究・写真・その他には興味がないし 自然観察や海洋レジャーの趣味もない。

 

『島に着いたら のんびりしたいと言うが

父は仕事を辞めてから 毎日のんびりしているのである。

のんびりしている人の方が 旅行に熱心なものである。

 

『高速船に乗って行きたい。

つまり、船に乗りたいようなのだ。

 

正しくは『船に乗ってみんなとどこかに行きたいなのだろうが

<みんなと>の部分は気付いていても 知らぬふりなのである。

 

 

クイーンエリザベス号とかの系統ならともかく

のんびりするために

雑魚寝で家族船旅をするほど若くはないのである。

 (父の船旅は2等で雑魚寝と昔から決まっている。)

 

もし、父が

『でっかいがはね回ってダンスするのが

 結構 面白そうだから お前たちも行こう!』と誘ったのなら

鯨に興味がない私でも ちょっとは考えたかもしれない。

ひょっとしたら 雑魚寝で家族船旅も楽しいかも!と思ったかもしれない。

 

 

最終的に

「いいじゃん、お母さんと二人で行ってきなよ。」と

父のココロの底の願望をスルーしてしまう 冷たい私なのである。

 

  <つづく>

 

 

 


父の日⑦。みかん。

2007-06-19 | 

父が目覚めたので

デザートに用意しておいた柑橘類を出した。

(甘夏のようなものを想像してください。正しい名前がわからない。

ちなみに 用意しておいたと言っても 近所の人のおすそわけのそのまたおすそわけである。)

 

柑橘類は 中が袋状に分かれている。

温州ミカンなら皮だけむいて袋のまま食べるけど

それ以外の場合は袋もむくのが 私の好みである。

その方がおいしいからだ。

 

食卓で 私が両親のために袋むき作業に没頭していると

父が口を出してきた。

『カワに栄養があるのに、 もったいないじゃないか。

・・・・もったいないのか?

おいしいものを よりおいしく食べさせたいだけなのに。

 

「だったら 袋だけを食べればいい。と 意地悪な私は言いたくなるのであった。

さすがにそれは言わないが

袋をむいたものと むいていないものを 食べ比べてもらうことにした。

 

袋つきを口に入れてから 父は入れ歯のことを思い出したらしい。

袋なしを食べる前に

『むいてた方がいいなと 小さい声で言うのであった。

 

ついでに 今気づいたが 

<カワに栄養がある>、っていうのは 

外側のかたい皮のことなんじゃないのかなぁと 思わないこともない。

まぁ、どっちでも良いが。

 

 

 

  <つづく>

 

 


父の日⑥。母は語る。

2007-06-19 | 

父は昼寝を継続中で

私と母はお話を継続中なのである。

 

母が一番もらってうれしいものは 時間なのだそうである。

今も朝7時前に自宅を出て夜まで働く母なので 休日が欲しいという意味かと思いきや

そうではなくて

たとえば 友達が送ってくれる食べ物ももちろんうれしいが

その友達と会える方が 良い。

靴下を送りつけられたのもうれしかったが

それよりも 一緒に飯を食うという時間の共有と

しかも手料理という手間がうれしい。

自分達のために 娘が時間を提供しているのが ありがたい、

父も同じ気持ちだ。

・・・・みたいな話をするので

親不孝な娘は なるほどなぁ、と うなずくと同時に

父に関しては

一緒に住んでたらそうは感じなくなるかもしれないなぁ、と

ひそかに 思うのであった。

 

 

そして 数年前に陶芸をはじめた母の

最終目標は<骨壺>なのだそうである。

最後の住処を 自分の手で作りたい、と

鍛錬を重ねているらしい。

人間として、目標に向かって努力するのは大変結構なことである。

たぶん 私がその骨壺に骨を入れて 墓に納めることになると思う。

どんな壺になるのか 楽しみである。

 

  <つづく>

 


父の日⑤。ランチのメニューはつらかったらしい。

2007-06-19 | 

駅で出口を間違え、20分ほど予定より遅れて

「ち」の両親は狭い我が家に到着した。

 

メニューは

   手羽の漬け置き焼き・ニラ炒め添え

   花豆・キャベツ・人参の温野菜サラダ バルサミコ・しょうゆ・その他のドレッシング

   じゃがいも一個まるまる突っ込んで玉ねぎと人参とその他を煮込んだ味噌汁

   炊きたてご飯

   「ま」さんの地元の名物、いかなごのくぎ煮

・・・・という 華やぎ感が全くない いつもの感じの組み合わせである。

 

 

そして、

私は知らなかったのだが

父は最近、入れ歯にしたそうで 固いものが食べづらいそうだ。

知っていれば もっと別のものを用意したのだが(たぶん)

知らなかったので しょうがない。

 

手羽は焼き過ぎで 身がしまり過ぎ 食いちぎるのが困難だったらしく

手で小さくほぐして口に運ぶ父。

 

ニラが長めのカットだったので 飲み込むのに苦労する父。

 

豆だの人参だのキャベツだのに なかなか箸をのばさない父。

 

味噌汁の中央に でんと居座るじゃがいもは 生煮えに近い硬さで

箸をつきたて 分割する父。

 

おこげたっぷりの白米は いかにも無理なので 白い部分だけをよりわけてよそい直した。

娘の配慮に テレながら小さい声で「ありがとう」という父。

 

本当に申し訳ないことをした。

 

 

それでも 完食し 「おいしかった」と言ったのだが

「もし 自分の家だったら ミキサーにかけて流動食にする」と 続けるのであった。

 

がんばらせて ごめんなさい。

 

 

そして

母と私はかなり話がはずむのだが

父は私たちの会話についてこれない。

もちろん、母が積極的に話を振るのであるが 続かない。

 

ほどなく退屈をもてあましたようで

ソファーで昼寝に突入なのである。

 

 

昼寝は大いに結構であるが 

なんだか複雑な気持ちの 私と母なのであった。

 

 

ちなみに 私が送りつけた五本指のシルク靴下は

大事にタンスにしまってあるそうである。

「もったいなくて履けない」と言っていたので

きっと 棺桶まで持っていくのに違いない。

 

どっちがもったいないのか 私には わからない。

 

 

 

   <つづく>

 


今夜は

2007-06-19 | 家メシ
ポークソテーのバジルソース。

ピーマンときのこのバターソテー。

冬瓜と挽き肉、ニラの中華風スープ。

モズク酢ヤッコ。

今日はバジルがお買い得でたくさん買ってきて、「ちぃ」がかなり苦労の末、作ったバジルソースはしっかりしてて美味かったです。