Learning Tomato (旧「eラーニングかもしれないBlog」)

大学教育を中心に不定期に書いています。

vol229:将棋とeラーニング

2007年06月14日 | 小ネタ
棋士の学びの変化
本来は「eラーニングに関係ないかもしれない一冊」コーナーのネタかもしれませんが、『ウェブ進化論』(梅田望夫、2006、筑摩書房)に掲載されていたネタを紹介します。
http://www.amazon.co.jp/dp/4480062858/ref=nosim/?tag=sannoelearnma-22
さて、昨年ベストセラーになったこの本、web2.0を語る上でのバイブルのような位置づけになっていますが、学習に対してICTやインターネットが与えた(与えるであろう)影響、つまり広義の意味でのeラーニングについても大変興味深い事が書かれています。

まず、筆者の梅田望夫氏が、将棋の羽生喜治氏から聞いた下記のエピソードをお読みください。

「ITとネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたということです。でも高速道路を走り抜けた先では大渋滞が起きています。」

高速道路とは、将棋を学習するためのコンピューター将棋ソフトや、棋譜のデーターベース等の情報整理とネットを介しての情報共有、さらにはインターネット上でいつでも対局できる「将棋倶楽部24」とよばれる無料対局サイトの存在です。http://www.shogidojo.com/
そうしたITの恩恵により、今の若者は「没頭すれば」プロ棋士の一歩手前ぐらいまでのレベルまで昔に比べて格段のスピードで間に辿りつけるようになったそうです。

棋士育成はeラーニングの最大の成功例か?
ここまでくると賢明な読者の皆さんは、この高速道路がeラーニングそのものであることにお気づきになったと思います。将棋ソフトはシミュレーション学習ですし、棋譜のデータベースはEPSSやナレッジマネジメントのシステム、ネット上での対戦は同期型の遠隔討議と解釈することができるからです。とすると過去10年の間でeラーニングが最も成果を出している領域は棋士の育成かも知れません。

大渋滞を超えるには
しかし、誰もがアマ最高ののレベルまで到達できるようになった反面、到達した先で「大渋滞」が起きているというのです。そして大渋滞を抜けるにはICTを活用した学び以外の全く別の要素が必要になってくると羽生氏は語っています。これは「人間の能力の深遠」に関わる問題で、

「聴覚や触覚など人間ならではの感覚を総動員して、コンピュータ制御ではできない加工をやってのける旋盤名人の技術のようなもの」

なのだそうです。野中先生風に言うなら、高速道路で身につけられるのが形式知、大渋滞を乗り越えるのに必要なのが暗黙知ということでしょうか。

あらゆる学問領域で起こっている「高速道路」
筆者の梅田氏は、こうした高速道路現象が様々な学問世界で発生していると述べています。この点については、確かにそうだなあ~と学習者の立場の筆者として頷けます。
前回号でご紹介したとおり、筆者にとって大学院の修士論文をまとめるにあたり、インターネットでの情報収集は欠かせない武器になっているからです。しかし、同時に「大渋滞」も感じています。海外の資料を収集するだけであれば、Googleを使えて、英語が少し読めれば誰でもできるので、それに「プラスアルファの考察」が必要になってくるからです。つまり海外のレアな情報や最新理論を日本に紹介することの相対的な価値が急落しているのです。

暗黙知はどこで身につけるのか?
プラスアルファの考察とは、先ほど羽生氏の言う「旋盤名人の技術」のような世界なのかもしれません。そうした暗黙知的な技や力はどうやって育むことができるのでしょうか?

ここからはあくまでも筆者の個人的な勘なのですが、我々は高速道路的な学びによって得る知識獲得の生産性と引き換えに、この「暗黙知」を鍛える場を失くしてしまってはいないでしょうか?
今まで、我々は従来の非効率的で、寄り道だらけのアナログ学習という試行錯誤プロセスの中で、自然と暗黙知的な知識やスキルを学んでいたと仮定したらどうでしょう。

幸いなこと(?)に、企業内教育の世界では、まだ将棋ほどeラーニングやICTを活用した学びが整備されていません。しかし、今後急速に整備され、立派な高速道路が開通することになるでしょう。その時、今まで一般道路だから学ぶことのできた「何か」が欠落することはないのでしょうか?それよりも、形式知を効率的に学習し、プロアマレベルを促成栽培することが優先されるのでしょうか?

皆さんはどう思われますか?

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