坐骨神経痛治療のために17日間入院していました。
第3腰椎と第4腰椎の間の椎間板の髄核が飛び出して神経を圧迫していました。手術をして椎間板ヘルニアを除去しました。
僕の腰痛歴は長く、35才ごろから始まったと思います。その1年ぐらい前に工場で2mぐらいのところから落下し尻もちをついたのが原因であると思っています。そのときは何も症状はなかったので、因果関係から労災であると証明するのは難しいと思います。とにかくその尻もちをついて1年ぐらいして、『頭を前に垂れ』ただけなのに腰に激痛が走りました。いわゆるギックリ腰です。
医者に行きましたが、X線では異常は見つかりません。貼り薬と痛め止めをもらって1週間ほど養生していれば治りました。
それから年に5、6回 腰痛になるようになりました。35年も付き合ってきました。
腰痛になりそうなときは腰のところがピリピリし出すこともあり事前に予防できるようにもなりましたが、いきなり腰痛になることもあり鎮痛薬が手放せなくなりました。
今回は全然違っていました。右足の大腿骨の付け根のところに激痛が走り、向う脛と足の甲と親指が軽く痺れています。腰は全然痛くなかったので、『股関節脱臼』かと思いました。
つづく。。。。
(追記)
『つづく』と書いてから1ヶ月が過ぎました。みなさん、お元気ですか?
さてさて、坐骨神経痛ですがまだ痛みと痺れが残っています。いつになったら治るのか不安です。杖なしでも10mぐらいは歩けるようになりました。それ以上歩くと足の付け根が痛くなってきます。
でも、痛みも退院した当時よりもマシになってきたし、痺れもマシになってきました。
そろそろブログも語学も再開しようと思います。座ってばかりだと痛くなってくるので長時間はできません。ブログには書いていませんが、インドネシア語の復習をベッドに寝たまま開始しています。2ヶ月間、中国語もインドネシア語も勉強していませんでした。もう忘れてしまったコトも多いのです。
緊急入院したので、手術まで1週間、病院のベッドの上でのた打ち回っていたときでも気になっていたのはTwitterとブロ友の記事とYoutubeでした。韓流ドラマもサッカーも上の空でした。手術をして9日目に退院しましたが、家に帰ってもトイレへ行くのが苦痛で簡易トイレをベッドのそばに置いてもらい小便はそれですませていました。
病棟で80過ぎの入院患者のジーさんを見たとき、自分の将来を見た気がしました。『ああ、僕もいずれああなるんだ』と。何回かの入退院をしながら痩せ衰え、家族の看病もなく、モノ扱いされながら、死んでいくんだと。僕のその時まで15年もないように思う。
暗い、暗すぎる。さぞかし僕の精神状態も暗くなっていると思いきや、鈍感なせいか、そうでもない。敏感な人は性格が変わったり、鬱になったりするかもしれない。僕は能天気なのか鈍いのか『誰もがピンピンコロリと死ねるわけがない』と思っている。
入院の収支についてはTwitterに書いていたのでここに転記しておきます。
『2カ月前に椎間板ヘルニア除去手術をして、17日間入院しました。請求額は48,000円。部屋、飯、全部込みです。何故か医療費が3万円、市役所から還付されそうです 僕は民間の傷病保険にも入っているので185,000円が入ってきます 言うたらなんやけど、『病気するなら日本で』』
お後がよろしいようで。