どの言語に関しても、僕の最大の弱点は『読み』です。読むのが遅くて理解するのに時間がかかる。この弱点を克服しない限り、語学検定試験を受けても、まず通りません。それで、一応の目安として、英語は30冊原書を読了した時、中・韓国語は10冊読了した時に検定試験を受けようと思います。そのときには、読む速度も速くなっていると思うからです。現在『多言語多読プロジェクト』が進行中です。その予定表から見てみると、英語は3年後、中・韓国語は1年後にその予定冊数を超えるので、その時受けようと思います。
7月から始めた多言語多読、順調にいっています。
順調といっても、英語は『Fluent in 3 months』を読むのに50日、中国語は『活着』を読むのに68日もかかりました。『活着』は起きるとすぐ、30分以上読むようにしていました。たぶん平均で40分ぐらいと思います。『Fluent in 3 months』は毎食後ベットに寝転がって読むので、よく眠くなりました。平均では15分ぐらいでしょうか。
僕の野望というのは2018年末までに、英中韓国語の本をそれぞれ30冊ずつ読破しようというもので、普通の学習者にとってはそれほど難しいハードルではありません。ただ遅読家の僕にとってはかなり厳しい時間設定です。2年5か月で外国語の本を90冊読むということです。1か月平均で3冊以上の外国語の本を読むということです。今のところ1か月に1冊のペースで、無理やり読んでいっております。1年ぐらいすればペースは上がってくると思います。
こういう計画でも立てなければ、きっと外国語の本は読まずに『終わって』しまうところでした。(笑)
英語は問題ないのですが、中国語は読み方や意味が分からないものを無理やり読み飛ばすので負担がかかっております。でも『多読の原則』通り、わからない単語は飛ばして読み進めています。韓国語は内容が易しいはずなんですが、無理やり読み進めるので、辻褄が合わないところが頻出しております。でも原則として辞書は引きません。
英語は選んだ教材が多言語学習に関する本で、関心もあり読みやすいです。ほとんど知らない単語は出てきません。たとえ出てきても、前後関係で推測出来ます。中国語は読み方はわからなくても意味は分かるものや、特殊な言い回しをしているけれど日本語の『何々』という意味だろうと予想がつくものもあります。今のところ、理解できるところをつなぎ合わせて物語を自分なりに再構築していっているようです。韓国語は、もう少し読み進んでいけば分かり出すとは思いますが、今は五里霧中の状態です。習得状況によって理解度に違いがあるということで、日本語でも完全に理解しているとは言えないかもしれない。
こうして、外国語の本を読み慣れていくんだと思います。3年たてば、それなりに読めるようになっていると思います。このブログを書き始めて8年です。3年なんて、『あッ』という間です。
多言語多読、まだ続いています。中間報告です。
英語E1『Fluent in 3 months』 2016/7/21開始 P104/256
中国語C1『活着』 2016/7/16開始 P98/184
9月末までには両方とも読了予定です。E1、C1はそれぞれ英語の1冊目、中国語の1冊目を表しています。300冊は無理でも死ぬまでにE30、C30、K30にしたいものです。Kは韓国語です。
中国語の本が読めるかどうか心配していました。読み方の分からない単語、意味を想像するのが難しい単語がたくさん出てきますが辞書を引かずに読んでいます。それでも大まかな流れはわかります。何回も出てくる言い回し、単語にだんだんと慣れてきました。理解度はたぶん40%ぐらいだと思います。これを続けることが多読なんだと思います。
これ、暇人じゃないとできないと思います。内容を理解したという達成感、充実感が乏しすぎて普通の勤め人は出来ないと思う。ちょっとアホっぽいし時間がかかります。今までに身に着けた初級の中国語の能力で、おぼろげながら理解し、それでも読み進めて行く、ぶれない鈍感力が必要です。
成人になって始める外国語は、チーチーパッパからなので、早く意味のある会話をしたいとか内容のある本を読みたいと思っている『短気な人』にはちょっとキビシイ。なぜならそれは直ぐには出来ないから。自分のかすかな能力を正しく評価することができるか、他の人が見たらほとんど意味のないことを来る日も来る日もやり続ける根気があるかどうか、そこが分かれ道だと思う。その初期段階においては、あなたを批判しようと待ち構えている人たちにとっては格好の餌食になる。あなたのヤル気を削ごうとしている人たちにとっては絶好の機会になる。したがって秘密裏にコトを進めて相手がグーの音も出ないほどの実力を身につけるか、『他の人と比べるのではなく、昨日の自分より前進しているかどうか』を問うストイックな態度が肝要である。僕のように世間からほとんど相手にされない立場になると、そういった問題は発生しません。もはや僕に対抗しようとか蹴落とそうとかする人はいません。(笑) まるで仙人ですな。
この多読も3年ぐらいしないと成果は現れないかもしれない。しかし一冊目より二冊目、二冊目より三冊目を読むときのスピードと理解力が向上していく予感がする。そのあたりの話がブロ友の記事によく出てきている。僕もまたそのときどきに、記事をアップしていきます。
多読とは何か。それは外国語の本をやさしいものからだんだんと難しいものへと読み上げていく外国語の学習方法で、ルールとしては
1.やさしい本から読む
2.辞書を引かない
3.わからない言葉は飛ばす
4.進まなくなったらやめて、他の本を読む
そうして読んでいくうちに、前には読めなかった本が読めるようになるという。
僕は現在そのやり方で英語は『Fluent in 3 months』、中国語は『活着』を読んでいっています。本来であればもっとやさしい本から始めるべきだと思いますが、大体意味が分かるので、このレベルであれば多読のルールにそって読み進めることが出来そうです。この多言語多読、経過報告等は1、2年後になるかもしれません。
オンライン中国語原書会が開催されております。7月の本は「活着」です。急遽、DVDで見ました。内容をDVDでサラッと理解しました。本とDVDは内容が少し違うようです。中国語の原書というのは初めてで読みこなせるかどうかは分かりません。
marieさんが言うには、中検2級合格するかどうかの実力でも勢いで読める本らしいです。『原書読み初心者お勧め本』らしいです。出だしがどんなんか、チェックしてみました。
我比现在年轻十岁的时候,获得了一个游手好闲的职业,去乡间收集民间歌谣。那一年的整个夏天,我如同一只乱飞的麻雀,游荡在知了和阳光充斥的村舍田野。我喜欢喝农民那种带有苦味的茶水,他们的茶桶就放在田埂的树下,我毫无顾忌地拿起漆满茶垢的茶碗舀水喝,还把自己的水壶灌满,与田里干活的男人说上几句废话,在姑娘因我而起的窃窃私笑里扬长而去。我曾经和一位守着瓜田的老人聊了整整一个下午,这是我有生以来瓜吃得最多的一次,当我站起来告辞时,突然发现自己像个孕妇一样步履艰难了。然后我与一位当上了祖母的女人坐在门槛上,她编着草鞋为我唱了一支《十月怀胎》。我最喜欢的是傍晚来到时,坐在农民的屋前,看着他们将提上的井水泼在地上,压住蒸腾的尘土,夕阳的光芒在树梢上照射下来,拿一把他们递过来的扇子,尝尝他们和盐一样咸的咸菜,看看几个年轻女人,和男人们说着话。
これ、読んでいけるんだろうか。みんなは本を準備しているみたいだけど、僕はネットで見つけたのでそれを利用します。読んでいけそうであれば、また報告します。
1,512円だし、記念に本を買ってみようかな。 (もう発注しました。)
8月の課題は曹文軒の本だそうです。