重慶!スイカ太郎@チョンチン♪

国際結婚で内陸重慶へ、中国在住暦17年目。
二人の娘育て中心に、ほっこり、感動を綴りたい。

重慶・サービスエリアとほんまに危なかった四川交通事情。

2015年08月16日 | 中国の自動車免許

運転初めてから、一年半がたちました。

 

重慶の交通事情があるように

成都の事情、体験。

 

重慶より、さらに、さらに、最悪でした。。

 

はっきり、危なかったです。

人格はあるのか?

と悪態つきたくなるほど、

タクシーは重慶以上に乱暴です。

 

これを聞くと、

運転したくなくなるかもしれません。

っていうか、

もともと、日本人ドライバー、遠出する人、いないかもしれません。

 

割り込み率は、感覚、重慶の倍以上。

ウィンカー出さないのが基本かも。

っていうか、

横に並んだ後、ちょっと飛び出して、すぐに

バンパー傾けて、ななめにすり寄ってくるから、

出遅れたら、

よけるか、減速、停車するしかない。

 

重慶のバスは、ほぼ、このパターンです。

すり寄ったもん勝ち。

 

ママ友の車、おっきいですが、

南坪、橋こえたところで

車線変更した

重慶公共バス二台に両サイドから挟まれ、

出られなくなりました。

 

 

無理やり車線変更されそうな時は、

周りをみながら、

クラクションで威嚇します。

 

すり寄ってくる方も、きっと

車種を見て、選んでから入ってくるのではと思うほど。

 

ベンツやアウディに

すり寄られますね。

気のせいか。

 

よく見かける

ベンツやビーエムには

割り込み

しないかもね。

 

今までできれいな方のサービスエリア。

人も少なくて、トイレも臭くない。

 

 

 

 

あんころもち、

おなかすいたって。

最近、食欲出てきたよね。。

 

彼女だけ、500円中華バイキング。

 

 

 

 

 

飲酒運転戒めの文句。

 

結局、辛いものだらけで、

学校でも定番、トマトと卵の炒め物と蒸し玉子くらいしか食べてない。

 

 

で、続き。

 

四川大地震の体験館などがある

映秀という街で休憩した後の

長いトンネル。

 

最高時速は、すべて60キロ。

 

トンネル内での車線変更は、

減点。

 

いつものスピード癖で

2車線しかない田舎のトンネルで

追い越し車線に入ってしまった。

 

他の車は、平気に車線変更、

速度も100キロは出してる車も。

 

わたしは、後ろから催促されても、

60キロキープ。

ところが

ここからが、ほんとに怖かったです。

 

 

ミラーで、何台かうしろのトラックがクラクションならして

『どけどけビーム』

 

トンネル内ですから、

車線変更は出来ません。

常識では。

 

60キロキープの先頭になってしまって

ほんとは、

前に車がないので、行ってもよかったのですが

四川人夫も、ルールだから、と

もう少しだから、

と気にしないでいたら、

そのトラック、

猛烈に横から横へと、無理やりに次々と車線変更して

わたしらの横に並んだ。

 

そのトラックの前には、車がいないから、

そのまま、直進して、

後部がわたしらの車超えて、

したければ、車線変更すればいいものを

なんと、並んだらすぐに

まさかの、

バンパーちょいだしした後、

そのまますり寄り

 

助手席の夫いわく。。

『しかえし』

 

60キロしか出てない、速度をさらにスピードダウンしましたが、

車体が長いトラック、

後部を私たちのピカソに打ち付ける風に

むりやり車線変更。

 

急に止まると

後ろからつぎつぎと車間距離あけない車が

やってくるので、

後ろチェックしながら、

ぎりぎりよけても、間に合いませんでした。

 

サイドミラー、ぶっちぎられ、

それが、横のガラスにひび。

 

やっと、前のトラックも止まりましたが。

 

母も娘も乗っていましたから、

我を忘れて、

人格を忘れるほど、どなりました。

 

四川人夫は、事故現場維持と

車線わきにたって

撮影。。

 

母とわたしは、死に物狂いで

車に戻させました。

 

やはり、夫に一生運転はさせられない。

 

わたしも、相手も、

まず、通報するように

夫に言いましたが、

トンネルでて、

示談にした四川人夫。

 

九塞溝へ行く途中ですから。。

ホテルも予約が取りにくい

一泊1000元/二万円のシェラトン、

2部屋、連泊です。

 

お金もさることながら、

母が今後来られる可能性を考えると

どうしても、今日中につかなければと

思ったのでしょう。

 

でも、命あっての旅行です。

 

夫いわく、

あの人たちは、事故に対して、何とも思ってない。

罰金や減点も牢屋も怖くない。

 

実際、トンネルでるまで

懲りずに、ゆうゆうと車線変更してました。。。

 

薬ゆびに指輪がありましたが、

いつか、きっと、

償われる日が来るのでは、、

不謹慎に思わせられたほど、怖い思いをしました。。


それほど、庶民の不満はたまっているのでしょうか。

ぶつけられない不公平への不満。。。。

 

 

 

結局、修理先の店が

車をチャーターできるそうで、

夕方から、夜道の九塞溝まで

休憩入り、6時間で到着。

 

夜間、

割り込みのうまさに脱帽ですが、

この山道に詳しくても、怖かったです。

渋滞に入ると、

ちら見しながら、逆走しましたから。


本人いわく、

正確に判断してから逆走。

 

 

今は舗装されていますが、

数年前まで、

四川人夫が、観光バスで

往復してたことを

今更ながら、大変だったんだと。。。

 

苦労が伝わりました。。。

わたしら、その日のうちに到着できたんだろうか。。。

 

 

 

しかし、

人生って分かりません。

 

もし、事故に合わなかったとして、

自分で運転して、

この

山のくねくね道、

一部は舗装してないでこぼこ道、


成都のとんでもないマナーのドライバー

があふれる山道で、

無事に着けたのだろうかと。

 

そう、考えると、

あのむちゃくちゃなトラックのうんちゃんは、

さんざん、怖い目に合わせてくれましたが、

命を救ってくれた恩人になる可能性があるわけで、、、。。

 

 

目に見えないものは存在します。。

 

飛行機の揚力、

船の浮力、など。。。

 

 

佐藤勝氏いわく、

ヨーロッパの大学は、この目に見えないものを

学習しなければ、総合大学の許可がおりないないという。。

神学が設置されているそうです。

 

これは、

わたしの信じるものではありませんが、

命の大切さ、

いつ何が起こるか分からない、

ことを四川人夫は改めて実感したと言ってました。

 

じゃ、運転出来ないよね。

って言ったら、

『だから、運転する、唯一の趣味だから』

 

 

 

余談ですが、

義理の甥っ子も、

先月、

普段、仕事にしているドライバーの時ではなく、

たまたま、現場調査で車を降りている

わずかな時間に、

しかも夜間、

後ろから来たトラックにおしぶつけられました。

 

前頭葉をぶつけられた為、

よくて植物人間、

15日間はヤマ

と言われました。

 

夫からの電話で泣き崩れました。

 

回復を祈るなか、

奇跡的に一週間あまりで意識が回復し

寝たきりで、導尿してますが、携帯電話も掛けられるほどに。

 

 

母が来る前、

 

お見舞いに行きましたが、

 

頭は包帯でぐるぐる巻き、腫れた両目、

 

片目はいずれ失明、

 

機能回復はないと聞かされた後、

 

病室では、点滴と血圧の指を握るだけで、

 

言葉になりませんでした。

 

 

その姿を見た夫、

初めて見る包帯の姿に、号泣、泣き崩れ。

わたしは、トイレにこもって泣いてました。

 

義理の姉に、あなたがなくと

甥っ子がつらいでしょ、と言われながら。。

 

義父母にも

容体が落ち着いてから、

知らせました。

夕食の席で、義母も泣いていました。

 

 

中国の入院施設は

集中治療室以外、日本のように看護師が世話しませんから、

導尿の量チェック、検査、自分たちで移動と報告。

義理姉の親戚が

交代で寝ずに泊まり込みしました。

 

 

それでも、帰る私たちを気遣う、甥っ子。

思考に異常があってもおかしくない

と言われたのに、

事故から、約一か月後の今回、

日本の母を連れてお見舞いに行くと、

なんと

転院したばかりで、転院先では

両足で立って歩いていた。

 

わたしたちを入口まで見送ってくれた。

 

これを

奇跡と言わないでなんというのでしょう。

 

意識が戻っても植物人間と言われた甥っ子が

手術は4回もする予定だったのに、

生命維持の手術は終わり、

失明の恐れもなくなり、

美容上の手術を残すのみとなりました。

 

今度は、うれし涙で言葉になりません。

命があるだけで良かった

と、

本当に、嬉しかったです。

 

見えないものは確かに存在ます。

 

甥っ子も、事故という宿命を乗り越えて、

きっと

使命の人になっていくでしょう。

 

 

それを実感した旅でした。

 

車を運転するリスク

日常生活の中で事故に見舞われるリスク、

 

どちらも何とも言えません。

 

 

運転するかどうかを考えるのではなく、

どう生きていくのか

考える旅にもなりました。

 

 

やり残しがないよう、

孝行ロードは続きます。。。



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