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中国迷爺爺の日記

中国好き独居老人の折々の思い

江戸しぐさ

2007-08-16 08:25:24 | 身辺雑記
 最近新聞で、「江戸しぐさ」という言葉を見た。江戸の町人の日常の振る舞いについての言葉のようで、興味を持って書店に行くと、この表題の本がいくつか置いてあった。読みやすそうな「図説 暮らしとしきたりが見えてくる 江戸しぐさ」(越川禮子監修:青春出版社)を買った。

 江戸は武士階級の町であったので、人口の半分を占めていた町人は面積としては15%の土地に押し込められて住んでいた。そのため気持ちよく生活していくには相互扶助、共生することが必要になり、その生活哲学として「江戸しぐさ」が作られたと言う。

 読んでみると特別なことはなく当たり前のことばかりで、「あれ?」と思うことが多い。たとえば「肩引き」。町人が住む長屋には路地裏と言う狭い道があって、これが通行路になっていた。そのような狭い道ですれ違う時には、互いに肩を引く。江戸では普通は左側通行だったので右肩を引く。腕も後ろに引いて相手に触れないようにする。路地がもっと狭い場合には「蟹歩き」と言う完全な横歩きをした。私が「あれ?」と思ったのは、このようなしぐさは私もいつでもしていて、前にも「会釈」という題で書いたことがある (06.11.18) からだ。その出だしの段を再録してみる。

―近所に細い路がある。2人がどうにかすれ違うことができるくらいの幅だから、荷物を持ったり傘をさしたりしている時にはちょっと体を開くようにして相手を通すようにしなければならない。あまり他人のことにはかまわないような高校生でも、この路ではそのようにする。年配者に多いが、すれ違う時に少し会釈をする人もある。もちろんこちらも会釈をするが、この何でもないようなしぐさはなかなか良いもので、見知らぬ人ともふと心が通い合ったような和やかな気持ちにさせられる。―

 このように私だけではなく、この路ですれ違う多くの人は、皆が皆ではないがこのようなしぐさをする。荷物を持っていなくても、傘をさしていなくてもちょっと肩を引く。右側通行するから左肩を引く。傘をさしてすれ違う時の「江戸しぐさ」は「傘かしげ」と言い、傘を外側に傾ける。もっと狭い時には傘をすぼめてすれ違う。これもこの路ではよくやっている。

 他にも人の前を横切ること、これは江戸時代には非常に無礼、非礼なこととされていたそうで、特に身分の高い武家の行列の前を横切ったりすると、手打ちにもされかねなかった。だからどうしても人の前を横切らなければならない時には「横切りしぐさ」と言って、右手を前に差し出して、失礼しますと言う意思表示をした。これなども今でもよく見かけるしぐさだ。

 そこでちょっと不思議に思ったのは、このような「江戸しぐさ」と言われることのいくつかをごく普通にする私は、いったいいつごろ、誰に教えられたのだろうと言うことだ。考えてみても改まって教えられた記憶がない。私だけでなく、かなりの人が「江戸しぐさ」ということをしているのは、おそらく日本人なら大方はこのようなしぐさは身についているのではないだろうか。そうするとあるいは江戸時代には既に各地、特に都市部にはこのようなしぐさがしだいに広がっていき、今に伝えられてきたのかも知れない。それとも各地で同じような事情があって自然発生したのか。

 もっとも近頃は、街中での無作法な傍若無人な振舞い、言動を少なからず見聞きするようになっている。他人への心遣いや、気遣い、思い遣りなどはまったくないような、およそ「江戸しぐさ」などとは無縁の振る舞いは若い人だけでなく、いい年をした人にも見られるのはどうしたことだろうか。何が原因でこのようになってしまうのか。「教育基本法」がこういう人間を作ったと言いたがる「知識人」や政治家がいるが、どうも牽強付会のように思える。事務所の経費のことが問題になって辞めた某大臣なども教育基本法の悪しき申し子なのか。それに教育基本法とは無縁で、昔の「道徳教育」受けたはずの世代にも、どうかと思われるような横柄、傲慢な言動や振る舞いはある。とかくそういう風潮がある世相だから、今頃になって「江戸しぐさ」などと言うことがことさらに言われるのかも知れない。

 この本の「はじめに」の中では次のように言っている。

 ―「江戸しぐさ」の基本は、互助・共生の精神。対等な立場で、相手に敬意を持ち、自らは誇りを持つ。しかしこれは「気づかい」や「心づかい」「心構え」であり、「作法」ではない。その場で自然に出る、身体に染みついた振舞い方なのだ。自然に反応してしまう身体の動きともいえる。その行いによって、互いが気持ちよくすごすことができる。そのための知恵なのである。―

 やはりこの世の中はぎすぎすしているよりも、ほんのりしていることが多いのがいい。当たり前のことなのだが。