5月6日。異次元のようなJRの駅を過ぎ、相変らず・・・
単調な15号線沿いを、ただただ・・・
突如出現!!古風な銭湯。
さらに、そう遠くない所に、またまた出現。
この沿線は、銭湯マニア必見(必浴?)かも
気温は23℃くらいで爽やかだが、陽射しが強い。
歩いていると、暑い
日傘の人もチラホラと見えます。
↓
日本橋から24キロ地点。
長袖&日除け手袋で、紫外線防御のアタシ。
その防御装置をずらして「今、なんどきだい?」
12時40分。そろそろお昼を食べなければ・・と、
近くのお蕎麦屋さんへ。私は、野菜天ぷら蕎麦。
夫はカツどんセット(カツどん+お蕎麦)&
可もなく不可もなく、さっくりと、エネルギー補給終了です。
お店の壁に貼ってあった昭和25年当時の価格表。
(生まれてませ~ん。念のため)
欧米系のシニアご夫婦が、まったりとお食事中。
ビールを飲みながら、うな重をゆるりと食してました。
夫、いわく「イギリス人か?生麦事件か?」歴史で習った、生麦事件が起きたのはこの近くです。
お蕎麦屋さんを出て少し歩くとあった、生麦事件の碑。
この後ややしばらく歩いてから、脇道に入り、
「神奈川宿歴史の道」を、うろうろ&きょろきょろ。
そして、てくてく
でも、↑高札場に「怪しき二人連れ、徘徊中」などという
おふれ書きは、ございませんでした。
横浜開港当時に、領事館となったのはお寺ですが・・
この界隈は、その寺々が点在しています。イギリス領事館跡
オランダ領事館跡
やっとやっと到着した、京急神奈川駅。
わかりやすい地図と文章
↓
今回の連休中に制覇予定の、旧東海道日本橋~横浜(神奈川宿)
約30km予定通り、終了です5月6日・ルートメモ
川崎宿~神奈川宿:約11km
所要時間:3時間(食事・お茶時間を除く)
江戸時代は弥次さん喜多さんのように、明け方に日本橋を発ち、
その日のうちに、戸塚宿(横浜)到着という人々もいたのですから
3回に分けて神奈川宿など・・・お粗末なものでございます。
さて、これから。。。保土ヶ谷宿まで歩いてみようか?
それとも、戸塚宿まで頑張ってみようか?と検討中ですが
絶対に、ぜったいに、ありえないのは
。。。。京都までの制覇でございます。。。
5月6日。連休最終日。これぞ五月晴れっ!!
横浜から、京急川崎駅へ。賑やかな駅前。
デパートや商店街を抜け・・・いつものように・・・
ただ、うちの場合<黙々と歩く>というのがない。
ようしゃべりまっせ~。夫婦漫才ですがな
松尾芭蕉が郷里・伊賀への帰途。
弟子との別れを惜しみ、ここで詠んだという「麦の穂をたよりにつかむ別れかな」の句碑。
後ろに見えるのは、私鉄・京浜急行の赤い車両です。
爽やかな5月の空の下。旧街道はつづく。。。旧街道の名残り・・が
徳川幕府が、一里(約4キロ)ごとに作ったという一里塚。
この市場一里塚は、日本橋から5個目の塚。。。
日本橋から約20キロになります。
今も、鶴見市場という駅があるし、町名も残っていますよ。
一昨日の多摩川もお天気が良ければ、きれいに撮れたのに。
そう思いながら、鶴見川を渡りました。
鶴見橋を渡ると、関門跡。
横浜開港とともに、外国人に危害を加えることを防ぐため
神奈川奉行が関門や番所を設けたそうですが、その跡です。
さらにさらに歩くと、道沿いにあった名主の屋敷跡。現在はマンションに。
平成13年まで、屋敷は残っていたそうです。
そういえば・・・この近くの会社に派遣社員で通っていた頃。
古風な建物があったような・・かすかな記憶・・
旧街道沿いに、こんな案内表示があるのはうれしい
さらにさらに歩き。。。
鉄道マニアには有名なJR鶴見線。国道(こくどう)駅。
異次元のようなガード下。
無人駅なので、スイカで。
この鶴見線も、実際に乗ってルポしてみたいのですが
それは、また後日に。
この後も、15号線沿いに神奈川宿を目指す<弥次喜多夫婦>つづきます。