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ゆうわファミリーカウンセリング新潟 (じーじ臨床心理士・赤坂正人)     

こころと暮らしの困りごと・悩みごと相談で、じーじ臨床心理士が公園カウンセリングや原っぱカウンセリングなどをやっています

小倉清・小林隆児『こころの原点を見つめて-めぐりめぐる乳幼児の記憶と精神療法』2015・遠見書房

2025年03月20日 | 子どもの臨床に学ぶ

 たぶん2017年のブログです

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 子どもの精神科のお医者さんである小倉清さんと小林隆児さんの『こころの原点を見つめて-めぐりめぐる乳幼児の記憶と精神療法』(2015・遠見書房)を読みました。

 なかなかすごい本です。

 お二人が、精神科臨床での経験から、乳幼児体験の重要性と精神療法の可能性を論じていますが、びっくりすると同時におおいにうなづけるお話で、参考になります。

 また、小倉さんの提出された四つの症例はどれもが壮絶で、臨床家としての覚悟を問われるようなものすごい症例です。

 ふつう、統合失調症の発病期は思春期が多いといわれますが、小倉さんによれば、思春期になって病気がはっきりとするだけで、ていねいに見ていけば、もっと小さい頃からその兆候は掴める、といいます。

 そして、小倉さんは、最近の医学部に入るための2歳児からの塾があったりする例をひいて、そのような現象に代表される親子関係の危険性を指摘します。

 また、お二人の対談では、土居健郎さんを参考に、日常語で診断を考えることの大切さや患者さんの腑に落ちるような普通の言葉を大事にすることなどが強調され、臨床を行なう中でおおいに参考になります。

 いつまでも、「熱く」、しかし、冷静に、細やかな感性を失わずに治療を続けていらっしゃる小倉さんを目のあたりにして、じーじもさらに真摯に臨床に取り組んでいかなければならないと反省をさせられた一冊でした。            (2017?記)

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 ゆうわファミリーカウンセリング新潟(じーじ臨床心理士・赤坂正人・個人開業)のご紹介

 経歴 

 1954年、北海道函館市に生まれ、旭川市で育つ。

 1970年、旭川東高校に進学するも、1年で落ちこぼれる。 

 1973年、某四流私立大学文学部社会学科に入学。新聞配達をしながら、時々、大学に通う。 

 1977年、家庭裁判所調査官補採用試験に合格。浦和家庭裁判所、新潟家庭裁判所、同長岡支部、同新発田支部で司法臨床に従事する。

 1995年頃、調査官でも落ちこぼれ、家族療法学会や日本語臨床研究会、精神分析学会、遊戯療法学会などで学ぶ。 

 2014年、定年間際に放送大学大学院(臨床心理学プログラム・修士課程)を修了。 

 2017年、臨床心理士になり、個人開業をする。

 仕事 個人開業で、心理相談、カウンセリング、心理療法、家族療法、遊戯療法、メールカウンセリング、面会交流の援助などを相談、研究しています。

 所属学会 精神分析学会、遊戯療法学会

 論文「家庭裁判所における別れた親子の試行的面会」(2006・『臨床心理学』)、「家庭裁判所での別れた親子の試行的面会」(2011・『遊戯療法学研究』)ほか 

 住所 新潟市西区

 mail  yuwa0421family@gmail.com  

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三陸海岸の防潮堤を眺めながらタントくんと走ってみました-じーじの2023東北の旅・2

2025年03月20日 | ひとり旅で考える

 2023年6月のブログです

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 今日は宮城県石巻から岩手県久慈まで国道45号線をタントくんと海沿いに北上した。

 復興道路ができているが、山の中を走っていて、海岸部の街の復興ぶりがよくわからないので、6年前と同じ海沿いの道をチョイスする。

 南三陸、気仙沼、陸前高田、大船渡、釜石、宮古と、テレビや新聞でおなじみのところを通過をしたが、6年前には工事中だった道が整備され、走りやすくなっている。

  ただ、タントくんのカーナビちゃんが9年前のもので(?)、新しい道を走ると画面上は野原や山の中だったりして、びっくりする。

 海岸沿いは巨大な防潮堤が続き、海の見えないところも多い。

 走っていると津波浸水地域という標識が何度も出てくるが、かなりの内陸部でも出てきて、こんなところまで津波が来たのか!と驚く。

 津波のちからはすごいと思うし、それにそなえるのは大変だと想う。

 それでも、「フクシマ」の放射能の被害よりは、三陸の津波の被害のほうが目に見えやすいので、土建屋さんの頑張りもわかりやすい。

 トマホーク何発分で防潮堤ができるのかわからないが、よくわからない防衛費よりは効果がわかりやすくていいと思う。

 そんなことを考えながら、東北を旅している。            (2023.6 記)

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 2025年3月の追記です

 事情のよくわからない外部の人間が書くのもおこがましいが、それでも厚かましく書いてみると、じーじは海の見えない巨大防潮堤より、高台に商店街や住宅街があるところが好きだ。

 縄文時代の人たちも山間部に住居を構えていたようで、遺跡も多く出てくるが、縄文人の人たちも長年の経験から、湿地帯より(米作りは弥生時代以降の流行であろうと思う)、山間部が実り豊かで、安全だとわかっていたのではないだろうか、と考えたりする。

 古代人の知恵を馬鹿にせずに、そこから学べることはたくさん学んだほうがいいのではないかな、と思う。         (2025.3 記)

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