ゆうわファミリーカウンセリング新潟 臨床心理士・赤坂正人      

こころの心理相談で臨床心理士による公園カウンセリング、訪問カウンセリング、面会交流の相談・援助などを行なっています

村上春樹 『羊をめぐる冒険』(上・下)(1985,講談社文庫)を再読して-ふしぎな「冒険」を味わう(再録)

2019年06月25日 | 村上春樹を読む

 2015年のブログです。
     *   
 村上春樹さんの『職業としての小説家』を読んでいたら,村上さんの小説も読みたくなり,本棚の上に積み上げていた文庫本の『羊をめぐる冒険』を読みました。
 約10年ぶりくらいで,5回目くらいの再読です。
 しかし,とっても新鮮でした。
 あらすじや表現がうろ覚えになっていたというせいもあるのかもしれませんが,ドキドキ,ワクワクしながら読み通しました。
 文体というか,文章がやはり新鮮です。
 こんな文章は村上さんくらいでしょう。
 個人的には,樋口有介さんの文章が少し近い気もしますが,これだけ深く,重い内容を,これだけ軽やかな文章で表せるのは,やはり村上ワールドだと思います。
 今回,気づいたのは(今頃になって気づくのは少しはずかしいのですが…),底流に大きく流れているのは,戦争と権力に反対するというテーマ。 
 戦争,国家,権力,仕事などといった大きなテーマと,個人,恋愛,性といった深いテーマが,重層的,多面的,そして,総体的に扱われているところが魅力の源泉のような気がします。
 それを頭だけではなく,こころ全体に感じることを大切にして描いているので,いつまでも,誰にでも,新鮮に読まれるのではないかと思います。
 またいつかじっくりと読んで,こころを豊かにしたいと思いました。
     *   
 2017年秋の追記
 本日のお昼にこの記事の何回目かの更新をしましたところ、夕方、BSのテレビ番組でなんと、羊をめぐる冒険、の番組をやっておりました。
 こういう偶然はたまにあるのですが、本当にうれしいものです(ユングはこれを意味のある偶然といっています)。
 今日は前編で、来週に後編があるとのことなのですが、来週は学会で名古屋に行っていて、見れるかどうか…。
 本当にうれしいびっくりですが、ここからが、遊びごごろの大切なところかもしれません。
 いかに柔軟に、楽しく、ゆとりを持っていけるのか、遊びごころの真価(?)が問われそうです。
     *   
 さらに追記
 なんと、結局、後編放映の日は、私にしてはめずらしく真面目に学会で勉強をして、テレビは見れませんでした。
 いい場組だったので、再放送を楽しみにしています。

     *

 2019年6月の追記

 4年ぶりに再読をしました。

 一番最初に感じたのは、村上さんの文章が「若い」ということ。「若い」文章とは何か?と聞かれると、うまく答えられませんが、なんだか「若い」です。わたしが年を取ったせいで、そういうことを感じるのかもしれません。

 今回、印象に残ったことは、欲望、権力、戦争、そして、友情。欲望と権力の際限のなさ、戦争と権力の怖さ、それに対抗できるものの一つとしての友情。そういったことを考えながら、感じながら、味わいながら、物語として読んでいました。

 少しはこころが豊かになったでしょうか。それは今日からのわたしの歩みが語ることになるのでしょう。


 

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赤坂正人「家庭裁判所における別れた親子の試行的面会」(2006,『臨床心理学』6巻3号)再考-別れた親子の面会交流を考える(再録)

2019年06月25日 | 子どもとおとなを考える

 たぶん2015年ころのブログです。
      *
 もう10年近く前のことになりましたが,私の初めて活字にしていただいた論文です。
 当時,家庭裁判所の臨床現場で苦労をしていたことや工夫をしていたことを文章にしてみました。
 その頃,『臨床心理学』誌の編集長だった河合隼雄さんが,臨床現場で忙しくて論文を書けない人でも気楽に投稿をしてください,とのお誘いを誌面でされていたことがあり,ずうずうしくも拙い文章を送ってしまいました。
 新潟の片田舎で,中央の流行も知らずにこつこつと実践してきたことを後輩に書き残したいという気持ちもありました。 
 今,読み返してみると,記述がかなり不十分な部分が目につきますが,その後も当時とやっていることはあまり変わりません。
 変わったのは少しだけ理屈や理論を言えるようになったことくらいでしょうか。
 面会交流はご存じのように家庭裁判所の調停のなかでもとくに難しい話し合いのひとつです。
 そこでいろいろな条件は必要ですが,ためしに面会交流の試行を行なってみることで,それまで頑なだった親ごさんの気持ちが和らぐことがよくあります。
 そこらへんのことをウィニコットを中心に精神分析の考えなどを参考に考察してみました。
 単に面会交流がうまくいくことだけではなくて,その中での子どもさんや親ごさんの成長も考えてみました。
 そして,むしろ大切なことは,そこでのお父さんとお母さんの精神的な成熟と,そこへの周囲からのいくばくかの心理的な援助のあり方なのだと思います。
 今後も力のある心理臨床家をめざして努力していきたいと思います。

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村上春樹 『国境の南、太陽の西』(1995,講談社文庫)を再読して-喪失と再生の物語を読む(再録)

2019年06月24日 | 村上春樹を読む

 2019年3月のブログです。

 村上春樹 『国境の南、太陽の西』(1995,講談社文庫)を再読しました。
 かなりひさしぶりです。
 この本も本棚の横の標高約120センチくらいの文庫本の山の中の標高10センチくらいのところに埋もれていて、読みたいなと思いつつも、なかなか読めずにいたのですが、今回、清水の舞台から飛び降りる覚悟で(?)、本の山を崩して、救出し、読むことができました。
 おもしろかったです。
 こんなに面白い本をしばらく読まずにいて、村上さん、ごめんなさい。
 しかし、少し、つらい本でもありました。
 あらすじは書きませんが、喪失と再生、がテーマでしょうか。
 いろんな読み方があるでしょうが、今のわたしには、そのように読めました。
 もちろん、何日かすると、別の感じ方ができるのかもしれません。
 それが村上さんの奥深さでしょうし、おもしろさでしょう。
 正解はないのでしょうし、いくつもあるのかもしれません。人生と同じように…(かっこういい!)。
 いずれにせよ、60すぎのじーじが熱中して読めるおもしろさ、わくわく感があり、いろいろと感じ、味わうことができる物語が確かにあります。
 名作の一つですね。
 また、数年うちに読みたいと、今回、思いました。
 本当にいい小説です。少しだけつらいですが…。
 蛇足ですが、この小説には奥さんと二人の女の子が出てきます。以前、『騎士団長殺し』の感想文で、村上さんの小説の主人公に子どもが生まれたのは初めてでは、と書いてしまいましたが、この小説で出てきていました(村上さん、再びごめんなさい)。主人公に、お馬をねだる可愛い女の子です。
 ひょっとすると、やはり、子どもが救いの存在なのかもしれません。
 
 
 

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「そして親になる」-「親」になる覚悟を考える-「おとな」の親になるために(再録)

2019年06月24日 | 子どもとおとなを考える

 たぶん2016年ころのブログです。
    *
「そして親になる」
 何年か前に似たような題名の映画がありましたね。
 そうだと思うのです。「親」になるには、それなりの「自覚」や「覚悟」が必要なのだと…。
 もちろん、動物学的な親には子どもが生まれればなるのですが、心理学的な「親」とか人間学的な「親」になるには、盲目的でない、しかし、無償の「愛情」とそれに加えて「自覚」や「覚悟」がいるようです。
 以前、家庭裁判所で仕事をしていた時に、子どもの調査の重要性が叫ばれたことがありました。
 子どもの意思、子どもの気持ち、子どもの本音を調査しろ、とよく言われました。
 ごもっともなことなのですが、しかし、ことは簡単ではありません。
 なぜなら、子どもは(虐待でもない限り)両親のどちらもが大好きですし、どちらもが大切な存在だから、どちらかを選ぶなんてことは困難だからです。
 子どもはできれば両方の親と一緒にいたいし、愛されたいのです。
 おとなはですから、そういう方法を可能な限り考えなければなりません。
 そしてその時にも、親には「おとな」の親としての「自覚」や「覚悟」が重要になります。
 盲目的ではない、子どものことを考えた、自己抑制的な「おとな」の親の判断が大切になります。
 それが「親になる」ということではないかと思います。
 親は子どもがいるから親なのではなく、(立場の弱い)子どものことを考え、守り抜くからこそ「親になる」のです。
 子育てはたいへんなことですが、だからこそ、親は「親になる」チャンスを与えられているのだと思います。
 感謝とともにある日々を送りたいと思います。

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梅棹忠夫『モゴール族探検記』(1956、岩波新書)を再読して-懐かしい名著を読む(再録)

2019年06月24日 | エッセイを読む

 2019年1月のブログです。
      *
 梅棹忠夫さんの名著『モゴール族探検記』(1956、岩波新書)を再読しました。
 このところ、なぜか旅行記を続けて読んでいるのですが、この本も本棚の隅っこにあるのを見つけて読んでしまいました。
 1956年の岩波新書(!)、もっともわたしが買ったのは2011年のアンコール復刊という、岩波ならではの粋な企画で出た本ですが…。
 1956年というと、なんと私が2歳の時の本、それが今読んでもおもしろくて、ワクワクできるのは本のすごさ、すばらしさです。
 梅棹さんはご存じのかたもいらっしゃると思いますが、元京大教授の民族学者で、国立民族学博物館長を務めたかた。
 わたしのような文科系の人間でも、学生時代には梅棹さんの『知的生産の技術』や『文明の生態史観』などをわからないながらも読んだものです。
 本書は、アフガニスタンがまだ王国だった頃に、モンゴル民族の末裔を求めて調査旅行をした際の記録。
 京大の言語学者や人類学者、考古学者らがチームを組んで、幻のモンゴル民族であるモゴール族の存在の有無を調査に行きますが、難航を極めます。
 今でもそうですが、民族間の対立、抗争に阻まれ、テント生活を続けながら、さまざまな困難にめげずに調査・研究を進めるその無骨な科学者らしさには感心させられます。
 ひとつ、ひとつの仮説の積み重ねと実証、これらを読んでいると、カウンセリングや臨床心理学の世界でも共通する厳しさを感じます。
 わたしは単に趣味というか、知的好奇心から読みましたが、名著として残るようないい本とは、やはりこころを揺り動かすような部分があるようです。
 すばらしい名著を再読できて、とても幸せな気分になれました。
 (2019.1.記)

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こころの心理相談で臨床心理士による訪問カウンセリング,公園カウンセリング,家族カウンセリングなどを行なっています

2019年06月24日 | カウンセリングを考える

 新潟市と北海道東川町(夏期)で臨床心理士による心理カウンセリングを個人開業しています。
 こころの心理相談で訪問カウンセリングや公園カウンセリング,メールカウンセリングなどを行なっています。また,子どもさんの面会交流の相談・援助も行なっています。
 訪問カウンセリングは,屋内で行なう個人カウンセリング(心理相談・心理療法)や親子・ご夫婦の家族カウンセリング(家族療法・親子カウンセリング・夫婦カウンセリング),子どもさんの子どもカウンセリング(遊戯療法)などで,ご自宅やお近くの屋内施設,ショッピングセンター,道の駅などで行ないます。料金は50分2,500円です。
  公園カウンセリングは,屋外で行なう個人カウンセリングや親子・ご夫婦の家族カウンセリング,子どもさんの子どもカウンセリングなどで,お近くの公園や広場,森や海など,自然のすがすがしい空気の中で,じっくりとご自分のことやご家族のことなどを考えてみます。料金は訪問ウンセリングと同じです。
 メールカウンセリングは,メールによるカウンセリングや心理相談で,1週間に1往信で行ない,1往信600円です。
 子どもさんの面会交流の相談・援助は,相談はご自宅などで行ない,50分2,500円,同じく援助はお近くの公園や遊戯施設,ショッピングセンター,あるいはご自宅などで行ない,60分5,000円~120分1万円です。
 カウンセリング,相談・援助とも土日・祝日をのぞく平日の午前9時~午後5時に行なっています。
 わたしのカウンセリングは,赤ちゃんや子どもさんがご一緒でもだいじょうぶなカウンセリングですので,お気軽にご利用ください(そういう意味ではあまり深くないカウンセリングになるのかもしれませんが,しかし,逆に,現実感覚を大切にしたカウンセリングになるのではないかと考えています)。
 料金は面接室がまだ準備できていないので低めに設定させていただいています。月収15万円未満のかたや特別なご事情のあるかたは,さらに料金の割引を相談させていただきますので,ご遠慮なくお問合せください。ちなみに,消費税には反対なのと,計算がややこしいので,いただきません。
 お問い合わせ,ご相談,ご予約は,メール yuwa0421family@gmail.com までご連絡ください。
 
 

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佐伯一麦『空にみずうみ』(2018、中公文庫)を読んで-震災4年目の日常をていねいに描く(再録)

2019年06月23日 | 小説を読む

 2018年夏のブログです。
     *  
 佐伯一麦さんの『空にみずうみ』(2018、中公文庫)を読みました。
 読売新聞夕刊に2014年6月から2015年5月まで連載されたとのことで、震災4年目の日常生活がていねいに描かれます。
 佐伯一麦さんはわたしより五つ年下の仙台出身の作家。
 わたしは、高校生の夫婦を描いた『ア・ルース・ボーイ』(1994年、新潮文庫)を読んでファンになり、以来、寡作な佐伯さんの小説を時々、読んできました。
 時々、というのは、小説の主人公が仕事のアスベストで健康を害し、生活に苦しみ、離婚を経験するという流れがわたしには少し辛くて、読めない時期もあり、小説の中で主人公が再婚をしたあたりから、少し穏やかな生活になって、その頃のお話から安心をして読めるようになったといういきさつがあるからです。
 もちろん、本作でも、震災の影はいたるところにあって、決して安穏ではないのですが、主人公夫婦は周囲の友人たちと一緒に落ち着いた生活を送り、その落ち着きが読者のこころの落ち着きをも誘います。
 庭の草花、虫たち、公園の木々、動物、猫や犬、そういったささいなものたちが人々とともに暮らしていることがわかります。
 その「普通」さがとても平凡ゆえに、震災の経験を経ると、それらがとても貴重なものに思われてきます。
 大きな事件は起きませんが、不思議とこころが落ち着く、良質な小説です。
 とくに、人生のいろいろな経験を経てきたやや年配の人たちには頷けるところが多い小説だと思います。
 そして、経験の中で見落としてきたかもしれない「普通」の良さ、大切さを再確認できるかもしれません。
 いい小説が読めて、幸せだな、と思います。

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木村敏『臨床哲学対話-あいだの哲学-木村敏対談集2』(2017、青土社)を読んで-精神医学と哲学の対話に学ぶ(再録)

2019年06月23日 | 精神科臨床に学ぶ

 2017年のブログです。
     *
 木村敏さんの対談集『臨床哲学対話 あいだの哲学 木村敏対談集2』(2017、青土社)を読みました。
 とってもむずかしかったですが、とっても面白かったです(どこまで理解をできているかはやや不明(?)ですが…)。
 対談者は、坂部恵、中村雄一郎、柄谷行人、市川浩、中井久夫、村上陽一郎さんなどの、哲学者や思想家などをはじめとするそうそうたるメンバー。
 木村さんの「あいだ」の哲学を中心にすえて、人間の存在や精神病についての哲学的な議論が進みます。
 その議論をご紹介するのは凡人の私の手には余ります。
 ぜひご一読ください。
 今回、わからないなりに、私の印象に残ったのは、まずは、坂部恵さんとの対談。
 坂部さんは『仮面の解釈学』や『かたり』などで有名な哲学者で、私もそのご本は何冊か読んでいますが、とても面白く、刺激的です。
 坂部さんといえば、私が家裁調査官になった時に、坂部さんの『仮面の解釈学』を絶賛していた同期がいて、当時、私は坂部さんのお名前も知らなかったのですが、それから30年くらい遅れて読んで、びっくりした記憶があります。 
 今考えると、もったいないことをしたなと思いますが、読めただけでも幸運かもしれません。
 木村さんと坂部さんは、「作り」と「かたり」というテーマで対談をされていますが、人間の存在や「仮面」についての考察がなされます。
 「仮面」についてのところでは、レヴィナスも出てきて刺激的でした。
 もうひとつ、印象に残ったのが、市川さんや柄谷さん、中井さんとの対談で、ここでは、境界例は嗜癖、対人関係嗜癖である、という議論がなされ、刺激的でしたし、今後の参考になりました。
 また、ここでも、人間の存在をめぐる議論でレヴィナスが出てきて、やはりレヴィナスという哲学者は大切な存在のように思われました。
 今、ちょうどレヴィナスの『全体性と無限』(2005、岩波文庫)を再読している最中なのですが、方向性は間違っていないのかなと自信になりました。
 回り道になろうとも、焦らずに、ゆっくりと勉強を続けていきたいと思います。 

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お父さんとお母さんが離婚をするといって揉めている時の子どもの気持ちを考える-「おとな」の親になるために(再録)

2019年06月23日 | 子どもとおとなを考える

 たぶん2014年ころのブログです。
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 お父さんとお母さんが離婚をするといって揉めている時のことを考えてみたいと思います。
 お父さんとお母さんは何らかの縁があって結婚をし、子どもさんをもうけ、しかし、何らかの理由で離婚をするといいます。
 もっとも、冷たく言ってしまえば、二人はもともとは他人です。
 しかしながら、子どもさんにとっては、生まれた時からお父さんとお母さんがいる家庭で暮らし、お父さんとお母さんがいる家庭が、いわば、全宇宙です。
 その全宇宙が、突然壊れるだけでもショックなのに、そこで、お父さん、お母さんのどっちと一緒に暮らしたい?と聞かれても、子どもさんにとっては、正直、それに答えることは相当に難しいと思います。
 かなり強靭な精神を備えた大人であるならまだしも、10歳前後の子どもさんにそれを求めるということは、壊れた宇宙のどっちに行きたい?と聞くようなもので、不可能なことを強いているような気がします。
 子どもさんは、お母さんもお父さんも、あるいは、おじいちゃんもおばあちゃんも、みんながいる世界に育ち、みんなが大好きなのが本当のところです。
 そこから何か結論を選べ、と言われても困ってしまうのが現実でしょう。
 子どもさんの気持ちは複雑です。
 そうすると、どうすればいいのでしょうか。
 日本の法律では離婚をする際には親権者を決めなければなりません。
 お父さんとお母さんが離婚をしても、子どもさんが自由に行き来をできるなら、子どもさんはかなり救われるでしょう(もっとも、夫婦の紛争が相当に激しい時には、そうはいっても、とりあえず子どもさんがどっちにいるかという監護者を決めることでも、さらに延々と揉めるケースも多いです)。
 しかし、それで困るのは、他でもない、ご両親にとって大切な子どもさんです。
 ここは、親ごさんの面子より、子どもさんの気持ちや立場や状況を優先して考えませんか(夫婦の紛争の際、子どもの幸せのため、とはいいながら、じつは親ごさんや家の面子にこだわっている親ごさんは多いです)。
 親ごさんの面子より、子どもさんのお気持ちを大切にできるような「おとなの親」が必要だと思います。
 そして、いずれにせよ、子どもさんにとっては、お父さんもお母さんも、どちらもが本当に大切な存在ですので、きちんとした面会交流を実現させることが、子どもさんのためにも、また、お父さんやお母さんの精神的な成長のためにも、ひじょうに大切なことになると思います。
 そういう貴重な機会を、周囲も協力をして、実現させてあげてほしいなと心から願っています。

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梅雨の晴れ間の公園カウンセリングは気持ちがいいです!

2019年06月23日 | カウンセリングを考える

  新潟市と北海道東川町(夏期)で心理カウンセリングを個人開業しています。
  こころの心理相談で臨床心理士による公園カウンセリングや訪問カウンセリング,メールカウンセリングなどを行なっています。また,子どもさんの面会交流の相談・援助も行なっています。
  公園カウンセリングは,屋外で行なう個人カウンセリング(心理相談・心理療法)や親子・ご夫婦の家族カウンセリング(家族療法・親子カウンセリング・夫婦カウンセリング),子どもさんの子どもカウンセリング(遊戯療法)などで,お近くの公園や広場,森や海など,自然のすがすがしい空気の中で,じっくりとご自分のことやご家族のことなどを考えてみます。料金は50分2,500円です。
  訪問カウンセリングは,屋内で行なう個人カウンセリングや親子・ご夫婦の家族カウンセリング,子どもさんの子どもカウンセリングなどで,ご自宅やお近くの屋内施設,ショッピングセンター,道の駅などで行ないます。料金は公園カウンセリングと同じです。
  メールカウンセリングは,メールによるカウンセリングや心理相談で,1週間に1往信で行ない,1往信600円です。
  子どもさんの面会交流の相談・援助は,相談はご自宅などで行ない,50分2,500円,同じく援助はお近くの公園や遊戯施設,ショッピングセンター,あるいはご自宅などで行ない,60分5,000円~120分1万円です。
  カウンセリング,相談・援助とも日曜・祝日をのぞく平日の午前9時~5時と土曜日の午前9時~12時に行なっています。
  わたしのカウンセリングは,赤ちゃんや子どもさんがご一緒でもだいじょうぶなカウンセリングですので,お気軽にご利用ください(そういう意味ではあまり深くないカウンセリングになるのかもしれませんが,しかし,逆に,現実感覚を大切にしたカウンセリングになるのではないかと考えています)。
  料金は面接室がまだ準備できていないので低めに設定させていただいています。月収15万円未満のかたや特別なご事情のあるかたは,さらに料金の割引を相談させていただきますので,ご遠慮なくお問合せください。ちなみに,消費税には反対なのと,計算がややこしいので,いただきません。
  お問い合わせ,ご相談,ご予約は,メール yuwa0421family@gmail.com までご連絡ください。

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