ゆうわファミリーカウンセリング新潟 臨床心理士・赤坂正人 新潟市西区      

こころの困りごと・悩みごと相談で臨床心理士による公園カウンセリング、訪問カウンセリングなどを行なっています

こころの困りごと・悩みごと相談で臨床心理士による訪問カウンセリング,公園カウンセリングなどを行なっています

2019年10月20日 | カウンセリングを考える

 新潟市と北海道東川町(夏期)で臨床心理士による心理カウンセリングを個人開業しています。
 こころの困りごと・悩みごと相談で訪問カウンセリングや公園カウンセリング,メールカウンセリングなどを行なっています。また,子どもさんの面会交流の相談・援助も行なっています。
 訪問カウンセリングは,屋内で行なう個人カウンセリング(心理相談・心理療法)や親子・ご夫婦の家族カウンセリング(家族療法・親子カウンセリング・夫婦カウンセリング),子どもさんの子どもカウンセリング(遊戯療法)などで,ご自宅やお近くの屋内施設,ショッピングセンター,道の駅などで行ないます。料金は50分2,500円です。
  公園カウンセリングは,屋外で行なう個人カウンセリングや親子・ご夫婦の家族カウンセリング,子どもさんの子どもカウンセリングなどで,お近くの公園や広場,森や海など,自然のすがすがしい空気の中で,じっくりとご自分のことやご家族のことなどを考えてみます。料金は訪問ウンセリングと同じです。
 メールカウンセリングは,メールによるカウンセリングや心理相談で,1週間に1往信で行ない,1往信600円です。
 子どもさんの面会交流の相談・援助は,相談はご自宅などで行ない,50分2,500円,同じく援助はお近くの公園や遊戯施設,ショッピングセンター,あるいはご自宅などで行ない,60分5,000円~120分1万円です。
 カウンセリング,相談・援助とも土日・祝日をのぞく平日の午前9時~午後5時に行なっています。
 わたしのカウンセリングは,赤ちゃんや子どもさんがご一緒でもだいじょうぶなカウンセリングですので,お気軽にご利用ください(そういう意味ではあまり深くないカウンセリングになるのかもしれませんが,しかし,逆に,現実感覚を大切にしたカウンセリングになるのではないかと考えています)。
 料金は面接室がまだ準備できていないので低めに設定させていただいています。月収15万円未満のかたや特別なご事情のあるかたは,さらに料金の割引を相談させていただきますので,ご遠慮なくお問合せください。ちなみに,消費税には反対なのと,計算がややこしいので,いただきません。
 お問い合わせ,ご予約は,メール yuwa0421family@gmail.com までご連絡ください。

     *

 10月に入ってきれいな紅葉が目につきます。紅葉の中での公園カウンセリングは気持ちがいいですよ。


 

 


 
 

コメント

2019年精神分析学会に参加して・2-じーじ臨床心理士のカウンセリング日記

2019年10月20日 | ひとりごとを書く

 昨日は学会2日目。

 午前中は精神病の分科会に参加。

 みなさん、すごいケースのご紹介で、いろいろと考えさせられます。

 たくさんの学びがあったのですが、わたしのとっての再確認は「生き残る」ことのテーマでしょうか。

 患者さんの攻撃性に、報復をせずに「生き残る」ことがまず出発点のような感じを持ちました。

 そのことだけでも、患者さんには大きな意味がありそうです。

 午後は終結症例の分科会。

 司会が藤山直樹さん。

 司会だけでなく、結構、自由に発言をされるので、面白いですし、とても参考になります。

 個人的には、発表者と司会の藤山さんの対談でもいいように思うほどでした。

 発表者がだんだんと率直になっていく様子が見られて、藤山さんの力量に改めて感心させられました。

 力のある臨床家は本当にすごいなと思います。

 もっともっと経験を積み重ねていきたいと切に思いました。

 (2019.10記)

 

 

 

 

コメント

離婚の話し合いに長く立ち会ってきて-父母それぞれの良さを認めること-「おとな」の親になるために(再録)

2019年10月20日 | 子どもとおとなを考える

 だいぶ前のブログです。
    *   
 長い間,家庭裁判所の離婚調停に立ち会ってきました。
 いろいろなケースがあり,いろいろなことを考えさせられました。
 その中で一番印象に残っていること。それは,人はどうして争いたがるのか,ということです。
 もう少しで仲直りができそうだというのに,そこでまた,どっちが親として立派なのかと,再び争ってしまう,そんな親ごさんたちをいっぱい見てきました。
 子どもさんたちにとっては,どちらも,いいお父さん,お母さん,なんだけどなあ,と思います。
 そもそも,お父さんとお母さん,どっちがいい親かなんて,誰が決められるのでしょうか?
 お父さんにはお父さんなりのよさがあり,お母さんにはお母さんなりのよさがあって,子どもさんたちにとってはどちらも大切な親ごさんで,上も下も,一位も二位もなくて,両方が必要だと思うのです。
 そして,だからこそ,子どもさんたちには離婚後もお父さんとお母さんの協力が必要になりますし,別れて暮らすことになる親ごさんとの面会交流が大切になります。
 ですから,今からでも,できるだけ早くに競争や争いはやめて,すぐにでもご両親が可能なご協力をして,子どもさんたちの面倒をできるだけ協力をして見ていくことが大切になると思います。
 子どもさんたちは,きっと,ご両親のご協力と仲直りを心から望んでいると思いますし,少なくとも子どもさんたちの前では笑顔の楽しそうなご両親の姿を楽しみにしていると思います。
 子どもさんたちのためにも,もっと「おとな」の親ごさん,そして,本当の「おとな」になりたいものだ,と思います。(?記)

コメント

2019年精神分析学会に参加して・1-じーじ臨床心理士のカウンセリング日記

2019年10月19日 | ひとりごとを書く

 昨日から札幌で開催されている2019年精神分析学会に参加しています。

 昨日は藤山直樹さんが助言者の研修症例の分科会に出てみました。

 藤山さんはあいかわらずのきれの良さで、ポイントをズバズバと指摘されます。

 久しぶりに元気な藤山節を聴かせてもらって、こちらまで元気になりました。

 しかし、同じ資料を読んでいるのに、藤山さんの気づきの豊かさは驚きです。

 すごいな、と感心するとともに、少しでも近づきたいな、と思います。

 ポイントの指摘だけでなく、明確化のための質問の例示もていねいにされて、初学者にもとても勉強になりました。

 今日は一般演題。

 わたしは精神病の分科会などで、統合失調症の患者さんへの面接などを学びたいと思っています。

 (2019.10記)

コメント

子どもの意思,その本音と建前のせつない言葉により添うことの大切さ-「おとな」の親になるために(再録)

2019年10月19日 | 子どもとおとなを考える

 だいぶ前のブログです。
     *   
 夫婦の間で不幸にして離婚の話が出てしまい, 子どもさんの親権などで揉めてしまったような時に,「子どもの意思を尊重する」という親ごさんがいらっしゃいます。
 一見,ものわかりのよい,子どものことを考えている,とても立派な親ごさんのように見えます。
 しかし,これは親ごさんの無責任の裏返しだと思うのです。
 親ごさんの都合で離婚をしようというのに,子どもに親権者を選ばせるというのは非常に残酷なことです。
 子どもの本音は,どちらかに虐待や暴力でもないかぎり,お父さんもお母さんも大好きで,できれば別れないでほしい,というのが大多数だと思うからです。
 子どもの意思を尊重する,というのなら,離婚をしてもいいかどうか,というところから「子どもの意思を尊重」しなければならないと思います。
 また,「子どもの意思」は,一応,刑法では14歳からその有責性が問われ,民法では15歳から一定の権利が認められていますが,私の経験では,それくらいの年齢でも,自分の選択をあとになってから悩む例を多く見ます。
 おとなが自分の選択で悩むのは仕方ありませんし,そうやって少しずつ本当の「おとな」になっていくのだと思いますが,子どもが親のせいで悩むのは酷なことです。
 できれば,親ごさんがその責任をきちんと負わなければならないと思います。
 そして,その場合,親権をもらうことだけでなく,親権を譲ることも含めて,子どもの幸せを考える責任があると思います。
 仮に,親権を譲っても,面会交流で子どもとの関わりあいは十分に可能です。
 いつも一緒にいることだけが親ごさんの愛情とは限りません。
 子どもに責任を負わせずに,真に「子どもの意思」や「気持ち」を尊重できる「おとな」,そういう「おとな」の親ごさんが大切になると思います。(?記)

     * 
 2019年1月の追記
 親ごさん同士がいつの間にか信頼できなくなっても、親子の間はまったく別物です。
 親ごさん同士の憎しみとは関係なく、子どもは虐待がない限り、親ごさんを慕っていることが多いと思います。
 面会交流で親子の間での信頼の様子を互いに見ることで、親ごさん同士の関係も少しだけ客観的に変化する可能性もあるのかもしれません。(2019.1記)

コメント

生地新『児童福祉施設の心理ケア-力動精神医学からみた子どもの心』(2017、岩崎学術出版社)を読んで(再録)

2019年10月19日 | 子どもとおとなを考える

 2017年のブログです。
     *  
 生地新さんの『児童福祉施設の心理ケア-力動精神医学からみた子どもの心』(2017、岩崎学術出版社)を読みました。
 とても勉強になりましたし、事例がすごいです。
 生地さんは児童精神科医で北里大学教授、そして、精神分析学会の前会長でもあります。
 温厚なかたで、あまり過激なことをおっしゃらないので、私などは学会に出ていても、最近まで生地さんが児童精神科医でいらっしゃることを知らずにいて(生地さん、ごめんなさい)、生地さんのすばらしいお仕事に気づくのがずいぶん遅くなってしまいました。
 しかし、本書はいい本です。
 前半は、児童福祉施設に入所している子どもたちの様子やこころの発達状況などについてていねいに述べ、施設における心理療法の実際とスーパービジョンなどについて解説をされています。
 こどものこころや立場を本当に大切にして、細やかな配慮をされている様子がよくわかり、感動的です。
 後半は、事例の紹介と解説で、特に、境界例の母親に育てられた多動性の子どもさんの援助のケースは、私も家庭裁判所で同じようなケースを担当して苦労をした経験がありますので、その大変さがしみじみとわかり、こころが痛くなる思いでした。
 なかなかつらい事例もありますが、生地さんの子どもさんへの温かな思いと確かな力量が示されて、読んでいるうちにかすかな希望が胸の中に湧いてくるような印象も持てる本だと思います。
 今後も折にふれて、読んでいきたいなと思いました。(2017記)

コメント

滝川一廣『新しい思春期像と精神療法』(2004、金剛出版)を再読して-子どものことを考える精神科医に学ぶ(再録)

2019年10月18日 | 子どもの臨床に学ぶ

 2019年6月のブログです。

     *

 滝川一廣さんの『新しい思春期像と精神療法』(2004、金剛出版)を再読しました。

 5月の遊戯療法学会で滝川さんのお話をお聞きして、やはりすごい人だと思い、この本も再読しました。

 いい本です。臨床中心に、理屈ではなく、現実をわかりやすく説明してくださいます。

 特に、デビュー論文が摂食障害の論文だったということもあって、摂食障害とその治療についての記述がすごいですし、それでいてわかりやすく、身近な感じがする論考です。

 例によって、印象に残ったことを一つ、二つ。

 一つめは、いじめについて。

 いじめは悪ふざけのレベルから恐喝のレベルまで幅広いのですが、滝川さんは、どのいじめも子ども集団の中での相互作用として生じている現象、と捉えます。それゆえに、加害者意識が生じにくいことを指摘されますが、いじめの構造について、まさに卓見だと思います。

 二つめは、摂食障害について。

 滝川さんは、摂食障害は食卓の病い、と見ます。なぜか緊張感のある食卓にこの病いが発生しやすい、と述べます。

 そして、思春期になって食卓から徐々に自立する際に、家族関係の影響で食卓からうまく離れることができない病い、と捉えます。これらも、なかなか新鮮で、刺激的な論考です。(2019.6 記)

(また、摂食障害の治療に関しては、真面目すぎる患者さんが多いので、治療者も困惑することの大切さ、を説き、さらに、下坂幸三さんも同じように述べていますが、専門用語は意味を確かめ、ふだんの言葉に直すことの大切さを述べます。

 他にも、大切なお話がたくさん出てきます。

 もっともっと、学んでいきたいと思います。

 

 

コメント

子どもをめぐるおとなの争いと,子どもを思いのままにしようとするおとなの問題-「おとな」の親になるために(再録)

2019年10月18日 | 子どもとおとなを考える

 だいぶ前のブログです。
     *   
 家庭裁判所で仕事をしていた時に,子どもをめぐる争いをよく目にしました。
 離婚や子どもの親権をめぐって,お母さんとお父さん,さらにはおじいちゃん,おばあちゃんまでが加わって,大変な争いになってしまい,悲しい気持ちで眺めることが多かったです。
 最近,子どもをめぐる争いが激化しています。少子化の影響でしょうか。
 また,子どもの虐待も増えています。
 私はこれらの根底に「子どもをコントロールする」というおとなのわがままな傾向があるのではないかと考えています。
 子どもの少子化についても,そこには経済状況や社会状況のせいもあるでしょうが,さらには子どもの出産や育児や教育をコントロールしたいというおとなの無意識の気持ちが影響しているのかもしれません。
 しかし,子どもを完全にコントロールするなんてとても無理なことです。
 子どもの人数や才能や容姿,学歴なども,一見,大人がコントロールできそうに見えても、実はおとなのコントロールどおりにはいきません。
 それをコントロールできると考えることから,思うようにならないと虐待や過干渉,奪い合いが生じてしまうのではないではないでしょうか。
 子どもは天からの授かりもの,この当たり前のことを忘れた時に,子どものコントロールが始るのかもしれません。
 まずは子どもを授かり,育てられることを,素直に感謝したいと思います。
 それだけで十分に幸せなことです。
 そこを再確認したいものです。
 そして,かりに,残念ながら,親同士は離婚となったとしても,子どものために面会交流などで協力をして,大切な子どもさんを温かく育てていきたいものだと思います。(?記)
     *
 2018年6月の追記
 最近、虐待死という痛ましいニュースがまたありました。
 子どもをコントロールするおとな、という点では同じ根っこなのかもしれません。
 子どもはそれだけですばらしい存在なのですが…。(2018.6 記)

コメント

ジェイ・ルービン『村上春樹と私-日本の文学と文化に心を奪われた理由』(2016、東洋経済新報社)を読んで(再録)

2019年10月17日 | エッセイを読む

 2019年3月のブログです。 

 ジェイ・ルービンさんの『村上春樹と私-日本の文学と文化に心を奪われた理由』(2016、東洋経済新報社)を読みました。
 ルービンさんはハーバード大学の名誉教授、村上さんの『ノルウェイの森』や『ねじまき鳥クロニクル』などの翻訳で知られます。
 そのルービンさんの、村上さんとの出会いから最近の交流までを描いたエッセイです。
 面白いです。
 いろんな村上さんらしい逸話が出てきて、飽きません。
 例えば、ルービンさんのクラスで村上さんの『パン屋再襲撃』を取り上げた際、ルービンさんが、海底火山は何の象徴か?と学生にきくと、ゲストで来ていた村上さんが、火山は象徴ではない、ただの火山だ、あなたがたはお腹がすくと火山が思い浮かびませんか?僕は浮かぶんです、空腹だったから、と述べる場面が出てきて、象徴よりも物語を大切にする村上さんを描きます。
 また、村上さんが、夏目漱石の作品の中で『坑夫』が一番好きなこと、そして、海辺のカフカ』の中で、カフカ君が、『坑夫』は何を書いたのかわからないという部分が不思議にこころに残る、と話す場面を挙げて、村上さんがやはり物語を大切にしていることを述べられていて、そういう村上さんを信頼している姿が印象的です。
 村上さんの小説の英訳についても、細かいことよりも、英文で読んで面白いかどうかを重視するという村上さんの姿勢に、同じようなものが感じられます。
 他にも、ルービンさんの『三四郎』の翻訳にまつわる村上さんとのできことや芥川龍之介の翻訳にまつわる村上さんとのエピソードなど、興味深い逸話が紹介されています。
 村上さんのエッセイと同じくらい、村上さんの世界が楽しめるいい本だと思います。
 (2019.3 記)
 

コメント

木村敏『臨床哲学対話-あいだの哲学-木村敏対談集2』(2017、青土社)を読んで-精神医学と哲学の対話に学ぶ(再録)

2019年10月17日 | 精神科臨床に学ぶ

 2017年のブログです。
     *
 木村敏さんの対談集『臨床哲学対話 あいだの哲学 木村敏対談集2』(2017、青土社)を読みました。
 とってもむずかしかったですが、とっても面白かったです(どこまで理解をできているかはやや不明(?)ですが…)。
 対談者は、坂部恵、中村雄一郎、柄谷行人、市川浩、中井久夫、村上陽一郎さんなどの、哲学者や思想家などをはじめとするそうそうたるメンバー。
 木村さんの「あいだ」の哲学を中心にすえて、人間の存在や精神病についての哲学的な議論が進みます。
 その議論をご紹介するのは凡人の私の手には余ります。
 ぜひご一読ください。
 今回、わからないなりに、私の印象に残ったのは、まずは、坂部恵さんとの対談。
 坂部さんは『仮面の解釈学』や『かたり』などで有名な哲学者で、私もそのご本は何冊か読んでいますが、とても面白く、刺激的です。
 坂部さんといえば、私が家裁調査官になった時に、坂部さんの『仮面の解釈学』を絶賛していた同期がいて、当時、私は坂部さんのお名前も知らなかったのですが、それから30年くらい遅れて読んで、びっくりした記憶があります。 
 今考えると、もったいないことをしたなと思いますが、読めただけでも幸運かもしれません。
 木村さんと坂部さんは、「作り」と「かたり」というテーマで対談をされていますが、人間の存在や「仮面」についての考察がなされます。
 「仮面」についてのところでは、レヴィナスも出てきて刺激的でした。
 もうひとつ、印象に残ったのが、市川さんや柄谷さん、中井さんとの対談で、ここでは、境界例は嗜癖、対人関係嗜癖である、という議論がなされ、刺激的でしたし、今後の参考になりました。
 また、ここでも、人間の存在をめぐる議論でレヴィナスが出てきて、やはりレヴィナスという哲学者は大切な存在のように思われました。
 今、ちょうどレヴィナスの『全体性と無限』(2005、岩波文庫)を再読している最中なのですが、方向性は間違っていないのかなと自信になりました。
 回り道になろうとも、焦らずに、ゆっくりと勉強を続けていきたいと思います。(2017記) 

コメント