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ゆうわファミリーカウンセリング新潟 (じーじ臨床心理士・赤坂正人)     

こころと暮らしの困りごと・悩みごと相談で、じーじ臨床心理士が公園カウンセリングや原っぱカウンセリングなどをやっています

今年の5月1日は秋田美人ちゃんがいっぱいです!-じーじの2019東北の旅・3

2025年05月01日 | ひとり旅で考える

 2019年5月のブログです

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 5月1日といえばメーデー。

 現役時代はメーデーの行進をしたものですが、引退後はひとり旅の日々。

 今日は秋田県内を南下しました。

 秋田美人といいいますが、確かに美人ちゃんが多いです。

 街を歩く女性の2人に1人は美人ちゃん。

 青森も意外と(?)美人ちゃんが多く、街を歩く3人に1人は美人ちゃんでしたが、さすがは秋田です。

 美人恐怖症のじーじにはうれしい悲鳴(?)。

 そういえば、じーじの母方の先祖は秋田出身(ちなみに父方は仙台出身で、戊辰戦争後に北海道に渡ったらしいです)。

 ということで、じーじも秋田美人の血をひいていますが(?)、そんなじーじが新潟美人の奥さんと結婚をしましたので、その間にできた娘(孫娘たちのママですね)は新潟・秋田連合の最強の美人ちゃん。

 孫娘たちも新潟・秋田最強連合の血をひいた美人ちゃんです(!)。

 すごいですね。

 考えてみれば、可愛いわけです。ハハハ。

 と、冗談はさておいて、美人の里を南下します。

 明日は山形。

 どんな美人ちゃんに出会えるでしょうか。

 大学時代、山形から来ていた美人ちゃんがこてこての山形弁をしゃべるのを聞いてショックを受けた記憶がありますが、じーじになった今はそんなこともないでしょう。

 むしろ、山形弁の美しい響きにこころを癒されることを期待しています。    (2019.5 記)

 

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雄大ですばらしい津軽海峡春景色(?)-じーじの2019東北の旅・2

2025年04月30日 | ひとり旅で考える

 2019年5月のブログです

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 昨日、4月30日は津軽半島の北端、竜飛崎に行ってきました。

 ここも前から来てみたかったところ、本州から北海道を眺めてみました。

 すばらしいです。

 雄大な眺め。

 北海道の渡島半島や百名山の駒ヶ岳、そして、函館山まで見えます。

 日本海には渡島大島と渡島小島。

 いずれも無人島ですが、なかなか立派です。

 小樽行きのフェリーから見たことはありましたが、本州から見るのは初めて。

 なかなか興味深いです。

 いずれも意外と近く感じます。

 小心者のじーじでさえ、行ってみたいな、と思ってしまいますので、昔の勇敢な縄文人はきっと丸木船で渡ったのではないでしょうか。

 北海道の黒曜石が三内丸山遺跡から出てきますので、おそらくそういう縄文人がいたのでしょう。

 あるいは、北海道のアイヌの人たちもそうだったのでしょうか。夢は広がります。

 そういえば、三内丸山遺跡からは新潟のヒスイも出てきますので、昔の新潟である古志のくにとも行き来があったに違いありません。

 縄文時代にもじーじのような旅好き(?)の縄文人がいたのかもしれません。

 そんなことを夢想すると、楽しいひとときが過ごせます。

 たまに旅に出ると、そんな大きな気持ちになれるところがいいですね。

 じーじの旅はもう少し続きます。    (2019.5 記)

 

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桜満開の青森にやってきました-じーじの2019東北の旅・1

2025年04月29日 | ひとり旅で考える

 2019年4月のブログです

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 10連休ということで、ボランティアもお休みなので、じーじも貧乏旅に出ることにしました。

 目的地は青森の三内丸山遺跡。

 去年、司馬遼太郎さんの『北のまほろば』(街道をゆく)を読んで、一度行きたいと思い、今回、実現しました。

 4月27日に新潟を出発、その日は秋田の道の駅で車中泊、そして、28日の午後、三内丸山遺跡に着きました。

 すごかったです。 

 5000年前の縄文の人たちの遺跡。

 特に、大きくて高い物見やぐら(?)、すごいのひと言です。

 5000年前にあんな大きな建物を造るなんて、感動です。

 現代人にも負けていません。

 人の営みというものに感動をします。

 実際に見てみて、本当によかったと思いました。

 29日はこちらも念願の本州最北端の大間崎。

 本州から北海道を見てみたいと思い、行ってみたのですが、こちらもなかなかの眺め。

 北海道が大きく見えて、縄文人も渡ってみたくなっただろうな、と思いました。

 なんとなく、夢が大きくなるような不思議な感覚を味わえて、幸せなひとときでした。

 青森は今が桜の満開でとてもきれい。

 今年の春は桜の満開が2回も見れて、ラッキーです。

 長生きをすると、こういうこともあるのですね。

 今日30日は竜飛崎から北海道を眺めようと思っています。     (2019.4 記)

 

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雪の狩勝峠を越えて帯広にやってきました-じーじの2025春の北海道の旅・7

2025年04月16日 | ひとり旅で考える

 2025年4月のブログです

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 今朝の東川は雨。

 新聞の天気欄を見ると、一日中雨の予報。 

 他の土地の予報を見ても、上川盆地はみんな雨。

 晴れるところはないかな?と探してみると、帯広が晴れそう。

 それで、予報を信じて、帯広に向かうことにした。

 グーグルくんを見ると、車で3時間、ちょうどいい。

 で、出発。

 松山千春くんを聴きながら、車を走らす。

 途中、南富良野の道の駅あたりでみぞれから雪になる。

 狩勝峠は完全に雪。

 4月半ばの雪は人生で初めてだ。

 北海道は広い!

 スタッドレスタイヤのままで来て、よかった。

 さすが、どさんこ!自画自賛。

 しばらくして、道の駅音更。

 なつぞらの道の駅だ。

 さらに、北上して、道の駅上士幌。

 日本一になったことがあるらしく、きれいなところだ。

 さて、今日は、どこの道の駅で車中泊をしようか。

 ぜいたくな悩みで(?)、困っているじーじである。         (2025.4 記)

 

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今朝のびっくりはきたきつねくんとの遭遇です!-じーじの2025春の北海道の旅・5

2025年04月12日 | ひとり旅で考える

 2025年4月のブログです

     * 

 じーじの北海道の旅では、いろいろとびっくりすることが多いが、今朝はなんときたきつねくんとの遭遇!

 いつものように、道の駅の近くの公園を散歩していると、前方から茶色の動物が接近!

 最初は丸っこいのでたぬきくんかな?と思ったが、よく見るときたきつねくん!

 夏に見るガリガリにやせた姿ではなく、冬を越したせいか丸々と太っていて、しっぽもすごく太くて立派!堂々としている。

 見ていると、臆することなく近くまで来て、平然と通りすぎる。

 思わず、後ろを振りむいて、見送ってしまった(じーじはふだん美人ちゃんとすれ違っても、めったに振りむくことはないが(?)、今回は思わず振りむいてしまった)。

 そして、不覚にも(?)少しだけ後をつけてしまったが、きたきつねくんのあしは早く、あっという間に見えなくなってしまった。

 すごい!

 東川町はまるで動物王国だ。

 今回はまだ遭遇していないが、えぞりすくんやえぞしまりすくんもいるだろうし、さらには、えぞしかさんやひぐまさんにも出会えるかもしれない(?)。

 ひぐまさんは、新聞では、美瑛の青い池付近を散歩しているらしいし、美瑛と東川は隣り町だし、可能性がないわけではなさそうだ。

 すごいなあ!東川という町は。

 景色はいいし、動物は豊かだし、住んでみたいなあ。

 住むのは無理でも、時々はやってきて、こころの洗濯をしたいなあ、とつくづく思う。

 いい町です、東川は。         (2025.4 記)

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今朝の東川町は晴れ、気温0.8℃、寒いですが、十勝岳連峰がきれいです!-じーじの2025春の北海道の旅・4

2025年04月11日 | ひとり旅で考える

 2025年4月のブログです

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 東川町に車中泊。

 今朝6時の天気晴れ、気温0.8℃、寒い!

 しかし、大雪山がよく見える。

 旭岳は日の出の逆光で黒く見えるが、中腹の噴煙までが見える。

 一方、十勝岳連峰が真っ白で、とてもきれい!

 十勝岳、美瑛岳、美瑛富士、富良野岳などが並ぶ。

 十勝岳は噴煙をもくもくと上げて、すごい。

 そういえば、十勝岳は1962年に噴火をした。

 当時、じーじは旭川市立大有小学校の2年生。

 担任の佐藤ひでお先生(英夫せんせい、だったように思うがあやしい。お世話になったのに、ごめんなさい)が、クラスの生徒を小学校の3階まで連れて行ってくれて、黒い噴煙をもくもくとあげる十勝岳を見せてくださった。

 思えば、じーじの火山好き、地学好きは、ここから始まったような気がする(佐藤先生、ありがとうございます)。

 山が噴火をするということを初めて知って、かなりの衝撃を受けたんだと思う。

 十勝岳は、大正時代にも大噴火をしていて、その惨状は三浦綾子さんの『泥流地帯』に詳しい。

 麓の上富良野町の郷土資料館には、当時の資料がいっぱいあって、勉強になる。

 身近なものでも、詳しいことを知れば、興味がわくということは山でも人間でも一緒だ。

 カウンセリングも同じようなものかもしれないなあ、と思ったりする。

 またまた、いろんなことを考えてしまうじーじであった。       (2025.4 記)

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春の北海道で残雪と戯れながら露天風呂に入ってみました!-じーじの2025春の北海道の旅・3

2025年04月10日 | ひとり旅で考える

 2025年4月のブログです

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 毎年、夏に東川の道の駅に車中泊をすると、お邪魔をしている隣り町の東神楽町にある日帰り温泉がある。

 露天風呂から大雪山が見えて、それはいい眺めの露天風呂が最高。

 丘の上にある温泉で、露天風呂はさらに高いところにあるので、目隠しなどはなく、大雪山とまわりの景色が素敵だ。

 そこの露天風呂に今回、入ってみることにした。

 テレビなどで、冬の北海道の雪景色の露天風呂に入る映像などを見ることがあるので、春ならじーじでも大丈夫か(?)と考えた。

 まずは用心で、内湯でしっかりと体を温めて、いざ露天風呂に挑戦。

 一瞬、冷たい外気にひるんだが、なんとか露天風呂に入湯、顔は涼しく、体はぽかぽかでとても気持ちがいい。

 大雪山の見えるほうに少しずつ移動をするが、この日は曇り空で大雪山は見えず、残念。

 しかし、代わりに、露天風呂のすぐ近くまで残雪が残っていることに気づき、びっくりする。

 露天風呂に入りながら、雪遊びができる。

 子どもたちがいたら、大騒ぎになりそうだ。

 残雪のとけたところからは、今にもふきのとうが出てきそうな感じ。ワイルドだ。

 もともと、塀などがない露天風呂なので、夏にはねこちゃんがやってきたり(ブログがあります)、アブくんに攻撃されたりする(ブログがあります)、ワイルドな露天風呂だが、雪遊びまでできるとは思わなかった。

 冬には、雪の山が露天風呂を取り囲むのだろうなと想像する。

 さすが、東神楽町、すごい!

 感動をして、いろいろ考えているうちに、つい長湯をしてしまった。

 やはり、旅はしてみるもんだと、改めて思った。         (2025.4 記)

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朝の散歩でエゾユキウサギくんに遭遇しました!-じーじの2025春の北海道の旅・2

2025年04月09日 | ひとり旅で考える

 2025年4月のブログです

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 いつものように東川の道の駅の近くの公園を散歩していると、近くの田んぼに田んぼになにか白い生き物が…。

 最初は白鳥さんか?と思ったが、よく見ると、ぴょんぴょんと…。

 なんと、エゾユキウサギくん!

 白いエゾユキウサギくんを初めて発見!

 道端に残雪があるので、白でも不思議ではないが、田んぼは代掻きを間近にまっ茶色で、白はよく目立つ。

 ワシさんやタカさんに襲われないか、と心配になる。

 じーじが見ていると、気配を察知したのか、向こうに走っていく。

 一直線に走るが、あぜ道で直角に曲がるところがおもしろい。

 しばらく行ってから、こちらを見ている。

 じーじが少し移動すると、エゾユキウサギくんもまた向こうへ。

 あまり邪魔をしても悪いな、と思っていると、近くに巣穴でもあるのか、見えなくなった。

 夏に、黒いエゾユキウサギくんや茶色のエゾユキウサギくんを見たことはあったが、白いのは初めて。

 冬はちゃんと白くなるんだ、と感心する。

 人の少ない早朝(6時ころに)、食事でもしていたのかな?それとも朝の体操でもしていたのかな?と思う。

 すごい町だな!東川は、と改めて思う。        (2025.4 記)

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今年2回目の北海道上陸はタフトくんと一緒です-じーじの2025春の北海道の旅・1

2025年04月08日 | ひとり旅で考える

 ん?北海道?

 ん?タフトくん?

 そうなんです。今回は新しい相棒のタフトくんと一緒の北海道の旅です。

 これまでの相棒だったタントくんは、じーじが定年退職をして、年金生活に入った、2015年春からお世話になりました。

 年金生活でも大丈夫なように、軽自動車で車中泊ができるモデルというじーじのわがままな条件に合う車ということで、タントくんが選ばれました。

 いろいろと問題の起きたダイハツさん(?)でしたが、タントくんはさすがに主力車ということで、すばらしいできの車で、10年間、故障なしで走ってくれました。

 さすが、ママさんたちの味方(?)です(別にダイハツさんの宣伝をしているわけではありませんが、本当に丈夫でいい車です)。

 10年間乗って、タントくんはまだまだ元気でしたが、じーじの年金生活がだんだんと苦しさを増してきて、もっと小さくて、経済的で、車中泊のできる車が必要となり、タントくんより二回り小さいタフトくんに乗ることになったような次第です。

 タフトくんはちびっこいですが、きびきびと走って、車中泊もなんとかできて、じーじの貧しい年金生活にぴったりです。

 ということで、今回からタフトくんとの旅です。

 4月の北海道訪問は初めて。

 高校1年の時に北海道を離れて以来、実に55年ぶりの4月の北海道です。

 今回は一昨日に新潟を出発、青森で車中泊をして、昨日、初めて青森から函館までをフェリーに乗りました。

 昔、青函連絡船には2回だけ乗ったことがありましたが、フェリーは初めて。

 記憶が薄れてしまっていたせいもあってか、フェリーから見る津軽海峡はとっても素敵な景色でした。

 そして、昨日の午後、北海道に上陸、昨夜は恵庭の道の駅で車中泊をして、今朝、東川に到着、図書館でこのブログを書いています。

 北海道はまだところどころに雪が残っていますが、やはり景色と人が素敵です。

 年を取ったせいか、ふるさと北海道への愛着がますます強まっている気がします。

 これから連休で込み合うであろうゴールデンウィーク前までの1か月、人の少ない北海道でくまさんやしかさんと一緒に楽しい生活を送ります。

 どんなことが起きるのか、どきどき、わくわくのじーじです。            (2025.4 記)  

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宮城・福島の津波浸水地域をタントくんと南下しました-じーじの2023東北の旅・4

2025年03月23日 | ひとり旅で考える

 2023年6月のブログです

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 昨日は宮城と福島の海岸線をタントくんと南下した。

 宮城と福島の海岸線は岩手とは違って平らなので、高い防潮堤はあまりないが、かなり内陸部まで津波の浸水地域が広がっていて、国道6号線などもあちこちに津波浸水地域という表示がある。

 そういえば、震災の時に、後輩の調査官が福島の新地という町に出張をしていて、地震にあい、歩いて避難をしているときに、たまたま通りかかった車に乗せてもらって、津波から逃げられて助かったという話を聞いたことがある。

 新地の被害状況はテレビなどで見ていたので、調査官の仕事も命がけなんだなあと改めて思ったりする。

 今、宮城や福島の海岸線は、田んぼが新しくなったり、常磐線の沿線が整備されたりしている。

 距離をかせいで津波を防ごうとしているらしく、高い防潮堤は少ないが、自然を活かした対策のように素人の目には映る。

 自然を残せるなら、それにこしたことはないように思う。

 しかし、原発の周辺は、やはり放射能による帰還困難地域で、それもままならない。

 便利さと自然の両立は難しいなあ、などと考えながら新潟に向かう。           (2023.6 記)

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 2025年3月の追記です

 自民党政府のエネルギー政策が、原発推進、にやはり変更された。

 これだけの被害を目のあたりにしながら、そして、今も、裁判で争われているのに、である。

 経済界も大歓迎のようだ。

 どうなっているんだろう?と、本当に首をかしげる。

 金、金、金、儲け、儲け、儲け、ばかりで、トランプくんと変わらない。

 今の日本で、人間らしい生活を望むことは無理なのだろうかな?            (2025.3 記)

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復興道路である三陸自動車道をタントくんと走ってみました-じーじの2023東北の旅・3

2025年03月22日 | ひとり旅で考える

 2023年6月のブログです

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 東北の旅も岩手県北まで来て、今日は折り返し。

 久慈から南下をした。

 昨日走った海沿いは、小学校でも習ったリアス式海岸で、海岸線が入り組み、道路もくねくね道だ。

 しかも、山が海まで迫っているので、隣町に行くには山や峠を越えなければならず、アップダウンが激しい。

 じーじの華麗なドライビングテクニック(?)をしても、山道の連続は大変で、タントくんもお疲れ気味。

 ということで、今日は山の中を走る復興道路、三陸自動車道を走る。

 復興の目玉の一つで、さすがにお金がかかっているらしく、贅沢な造り。

 制限速度が時速70~80キロの自動車専用道路だ。急ぐ人にはいい道だろう。

 しかし、なにしろトンネルが多く、長い。

 海の見えない道に気の長いじーじ(?)でも飽きてしまい、とうとう大船渡で降りてしまい、海沿いの国道45号線に出る。

 やはり三陸は海を見ないと寂しい。

 便利さは大切だが、何か失うものもあるのかもしれない。

 便利さの反面で、マイナカードのように、何らかのリスクを内包しているのかもしれない。

 そんなことを考えながら、東北の旅を続けている。           (2023.6 記)

     *

 2025年3月の追記です

 東北を車で走っていると、気のせいか、新潟よりセルフのガソリンスタンドが多いような気がする(北海道も多いが、東北はさらに多いような印象を受ける)。

 近代化(?)が進んでいるといえばそうだが、じーじはセルフのスタンドでは、手を汚してしまうことが多いので(どじで不器用なじいじいなのです)、あまり好きではなく、人のいるスタンドの入ることが多いが、この時、大船渡では久しぶりに人のいるガソリンスタンドがあって、安心して(?)、給油をした。

 ありがとうございましたぁ、と東北弁のイントネーションで挨拶をしてくれたのも、なんだかうれしかった思い出が記憶にある。     (2025.3 記)

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三陸海岸の防潮堤を眺めながらタントくんと走ってみました-じーじの2023東北の旅・2

2025年03月20日 | ひとり旅で考える

 2023年6月のブログです

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 今日は宮城県石巻から岩手県久慈まで国道45号線をタントくんと海沿いに北上した。

 復興道路ができているが、山の中を走っていて、海岸部の街の復興ぶりがよくわからないので、6年前と同じ海沿いの道をチョイスする。

 南三陸、気仙沼、陸前高田、大船渡、釜石、宮古と、テレビや新聞でおなじみのところを通過をしたが、6年前には工事中だった道が整備され、走りやすくなっている。

  ただ、タントくんのカーナビちゃんが9年前のもので(?)、新しい道を走ると画面上は野原や山の中だったりして、びっくりする。

 海岸沿いは巨大な防潮堤が続き、海の見えないところも多い。

 走っていると津波浸水地域という標識が何度も出てくるが、かなりの内陸部でも出てきて、こんなところまで津波が来たのか!と驚く。

 津波のちからはすごいと思うし、それにそなえるのは大変だと想う。

 それでも、「フクシマ」の放射能の被害よりは、三陸の津波の被害のほうが目に見えやすいので、土建屋さんの頑張りもわかりやすい。

 トマホーク何発分で防潮堤ができるのかわからないが、よくわからない防衛費よりは効果がわかりやすくていいと思う。

 そんなことを考えながら、東北を旅している。            (2023.6 記)

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 2025年3月の追記です

 事情のよくわからない外部の人間が書くのもおこがましいが、それでも厚かましく書いてみると、じーじは海の見えない巨大防潮堤より、高台に商店街や住宅街があるところが好きだ。

 縄文時代の人たちも山間部に住居を構えていたようで、遺跡も多く出てくるが、縄文人の人たちも長年の経験から、湿地帯より(米作りは弥生時代以降の流行であろうと思う)、山間部が実り豊かで、安全だとわかっていたのではないだろうか、と考えたりする。

 古代人の知恵を馬鹿にせずに、そこから学べることはたくさん学んだほうがいいのではないかな、と思う。         (2025.3 記)

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東日本大震災の復興状況をタントくんと確かめる旅に出ましたーじーじの2023東北の旅・1

2025年03月19日 | ひとり旅で考える

 2023年6月のブログです

     *

 昨日から久しぶりに東北太平洋側への旅に出ている。

 たぶん6年ぶり。

 政府が復興予算を防衛費に回すと決めたので、そんなに東北の復興が進んでいるのかどうか、自分の目で見てみようと思った。

 昨日の朝、新潟を出発、タントくんでとことこと国道49号線を東に進む。

 郡山でカーナビちゃんが、なぜか三春のほうを指示するので、なにごとにも従順なじーじが(?)それに従うと、しばらくして道路標識には「双葉」の地名が出る。

 いよいよだと緊張しながら進むと、しばらくして帰還困難地域。

 人の姿は見えず、民家も道路の入り口から封鎖されてものものしい。

 まだまだ大変なようだ。

 車中泊をした道の駅ならはは少し前まで警察の臨時施設に使われていたらしいが、今は再開されていた。

 温泉もあって、いい道の駅だった。

 今日は国道6号線をとことこ北上。

 6年前よりは交差道路も通行できるようになっているが、まだまだ交差道路が封鎖されているところもあり、信号は黄色点滅。

 全国どこにでもあるような外食のチェーン店やクルマ屋さん、電器屋さんなどもまだ閉店したままのところがあり寂しい。

 震災から12年、特に原発事故からの復興は十分とはいえないのではないか。

 敵基地攻撃能力はそんなに急がねばならないのだろうか。

 トマホーク1発のお金で、福島の除染はどれだけ進むのだろう?

 誰か、きちんと教えてほしいものだ。           (2023.6 記)

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再び東日本大震災の原発と津波による被災地を自分の眼で見て考えたこと-じーじの2017東北の旅

2025年03月15日 | ひとり旅で考える

 2017年5月のブログです

     *

 5月の連休、昨年に続いて、東北3県の沿岸部を車で旅してきました。

 国道6号線の沿線は、昨年より少しだけ帰還困難地域が減りましたが、しかし、規制解除になった地域でも、入り口がフェンスで閉鎖されているお店もあり、まだまだ大変な様子でした。

 もちろん、帰還困難地域内は、当然、無人で、犬や猫の姿も見当たりません。その代わりに、獣注意、という看板が目立ちます。動物ではなく、獣(けもの)という表記が、異様な感じです。

 また、あいかわらず、国道の交差道路には、警備員が通行止めの警戒をしています。盗難防止のためか、福島県警のパトカーも頻繁に行き来をしています。

 今回も、じーじは国道6号線の沿線しか見ていませんが、国道6号線の西側を中心に大きく広がっている帰還困難地域では、今も大変な状況が広がっているのではないかと想像をします。

 その後、岩手県まで北上をして、各地で津波の被害地を見ました。まだまだどこの湾も復興工事の最中でした。

 去年はあまりよく見られなかった被災地も今年は見るようにしましたが、陸前高田で5階建ての団地の4階までが津波でめちゃくちゃになり、かろうじて5階だけが原型をとどめている建物に気づきました。

 いまさらながら、津波の威力の大きさに驚かされました。あの団地の住人は避難が間に合ったのか気にかかりました。

 昨年も書きましたが、じーじが家裁の調査官の仕事をしていた時に、先輩から、できるだけ家庭訪問をして、現場の雰囲気を感じることが大切だ、と教えられ、実践をしてきました。

 精神科医の中井久夫さんも同じようなことを書いておられましたが、本当にそうだな、とつくづく感じます。

 今回の旅でも、テレビの映像などでは納得をせずに、それをきっかけにして、できるだけ自分で現地に行き、自分の眼で現場を見て、その雰囲気を感じることが、自分の考えを深め、こころに響くものを大切にすることだ、とあらためて深く思いました。

 年老いたじーじの車中泊による貧乏旅行でしたが、精神的には有意義な旅でした。           (2017. 5 記)

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福島の原発事故による帰還困難地域を自分の眼で見て考えたこと-じーじの2016東北の旅

2025年03月14日 | ひとり旅で考える

 2016年5月のブログです

       *

 5月の連休、少し考えるところがあって、東北3県の沿岸部を車で旅してきました。

 まずは新潟から国道49号で福島のいわきに、そこから国道6号で北上しました。

 有名なJビレッジを過ぎてしばらくすると、帰還困難地域の表示。大熊町から双葉町にかけてのおおよそ30キロ弱ほどの地域がそうでした。

 テレビの報道でだいたいのことはわかったつもりになっていましたが、現地を自分の眼で見ると、その悲惨さは想像を絶していました。 

 国道の両側の商業地域や住宅地域はすべての建物が封鎖をされ、入り口はフェンスで閉鎖されています。もちろん無人で、犬や猫の姿も見当たりません。以前、ここに住んでいた人たちや仕事をしていた人たちの無念さを考えました。 

 また、国道の交差道路には、白い放射能の防護服を着た警備員が通行止めの警戒をしています。

 そんな中で盗難防止のためか、福島県警のパトカーが頻繁に行き来をしています。

 まるで映画に出てくるゴーストタウンを見ているようでしたが、これが「フクシマ」の現実なのでしょう。もっとも、私は国道6号の沿線しか見ていませんので、国道6号の西側を中心に大きく広がっている帰還困難地域では、もっともっと大変な状況が広がっているのではないかと想像をします。

 「フクシマ」で、自分の眼で現実を見ることは、こんなにもこころを揺さぶり、考えさせられるものなのか、と改めて再認識をさせられました。

 その後、さらに岩手県北部まで北上をして、道中の各地で津波の被害地を見ました。どこの湾も例外なく大きな被害を受け、復興工事の最中でした。生活をしている人の姿はまだ少なかったのですが、人々が働いている状況は「フクシマ」より安心できるものがありました。

 賛否両論のある巨大な防潮堤も見ました。安全のためには必要かという思いと、風景を圧倒し、威圧感さえ感じさせるほどのものが本当に必要なのかという思いとで、こころが揺れ動きました。中央や土建屋さんの考えだけでなく、一番に必要としている現地の人たちとの丁寧な話し合いを大切にしていただきたいな、と思いました。

 じーじが家裁の調査官の仕事をしていた時に、先輩から、できるだけ家庭訪問をして、現場の雰囲気を感じることが大切だ、と教えられ、実践をしてきました。たしか、精神科医の中井久夫さんも同じようなことを書いておられましたが、本当にそうだな、とつくづく感じます。

 今回の旅で、テレビの映像などでは納得をせずに、それをとっかかりにして、できるだけ自分で現地に行き、現場の雰囲気を感じることが、自分の考えを深め、こころに響くものを大切にすることだと感じましたし、本当に重要なんだな、とあらためて深く思いました。

 心情的にはつらかったけれども、いろいろな意味で有意義な旅でした。            (2016.5 記)

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 2017年4月の追記です

 村上春樹さんも2015年の秋に行かれたらしいです。

 今回の新作『騎士団長殺し』に東北沿岸の風景描写が出てきます。             (2017.4 記)

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