臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日俳壇から(10月20日掲載・其のⅣ)

2014年10月23日 | 今週の朝日俳壇から
[稲畑汀子選]


(芦屋市・安部律)
〇  窓あけて夢の残り香金木犀

 十月のとある早朝、起き抜けに寝室の「窓」を「あけて」みたら何処からか「金木犀」の甘い香りが漂って来た。其処で作者は、つい先刻まで見ていた「夢」の「残り香」を嗅いでいるような思いがした、という内容である。
 藤原定家作の「春の夜の夢の浮橋とだえして峰に別るる横雲の空」(新古今和歌集・所収)を意識化に置いての一句でありましょう。
 〔返〕  門を閉じ疑惑大臣立て籠もり


(熊本市・内藤悦子)
〇  なほざりな葡萄昔の味のする

 栽培の過程で、<ジベレリン処理>や<袋掛け>や<消毒>などの、美味しくて見栄えのする「葡萄」を栽培するに必要な手間を省き、「なおざり」にしていた「葡萄」は、形が歪であったり、皮が厚かったり、種があったりしていて、「昔」の「葡萄」の「味」がするのである。
 〔返〕  なおざりな任命責任頬っ被り


(京都市・奥田まゆみ)
〇  理科系の兄割箸で菜虫とる

 「理科系」大学出の「兄」と言えども、得体の知れない者に嚙み付かれるのが怖いから、素手では無くて、在り合せの「割箸」を手にして、おっかなびっくり「菜虫」を捕まえようとしているである。
 「理科系の兄」が泣かせる!
 〔返〕  文系の長子いまだに脛齧り


(札幌市・青木秀夫)
〇  寄進帳下げてありけり秋祭

 「秋祭」が行われている鎮守様の境内に、「一、金一万円也、青木秀夫様」との寄進札が掲示されているのである。
 余計なことではありますが、事の序でに解説しますと、鎮守様の祭典の際に掲示される<寄進札>に書かれる金額は、実際の寄進額の十倍の金額を書くのが昔からの仕来りであるから、札幌市にお住いの青木秀夫さんの実際の寄進額は「一、金壱千円」であったのである。
 と、言っても、評者の私には、本句の作者の青木秀夫のことを格別な吝嗇男として難じるつもりはありません。
 そう言えば、東京都下の何処かの町内の盆踊り会場で、自民党政治の善政に就いての討議資料という名目で、名入の団扇(原価・八十円とか?)を配り、法務大臣の椅子を退かなければならなかった、大口の馬鹿女が居た事を私たち有権者は決して忘れてはいけません。
 〔返〕  明治座の収支合わずの観劇会


(大阪市・真城藺郷)
〇  ふる里に別るる菊に水差して

 何かの事情で離郷するに際して、在郷中の作者の心を慰めていた庭植えの「菊」に「水」を「差して」いる図柄、と思われるのであるが、中七が「別るる菊に」とあるところから判断すると、作者の真城藺郷さんは、「菊」の栽培を事としている人物であり、これから出荷しようとする「菊」に「水」を「差して」いる場面のようにも解釈される。
 〔返〕  束の間の輝き見せて自爆せり


(西宮市・近藤六健)
〇  蟷螂や雄は守勢を保ちつつ

 「蟷螂」の雌雄の交尾の図柄。
 「雄は守勢を保ちつつ」というよりも、一瞬の快楽の果てには雄は雌に喰われてしまうのである。
 〔返〕 我が家では守勢保てぬ吾は雄  


(島原市・中川萩坊子)
〇  玄関に入るまでは旅いわし雲

 留守宅の玄関先に立って「いわし雲」を眺めながら、過ぎ去りし旅程を振り返っているのでありましょうか?
 〔返〕  草鞋履く前に兆すや旅心


(姫路市・中西あい)
〇  赴任地へ夫送り出て鰯雲

 「送り出て」は、「送り出し」「送り出で」「送り来て」とするべきでありましょうか?
 〔返〕  風送る団扇みたいなパンフかな
 

(松山市・岡本久夫)
〇  口ばかり出して手の出ぬ松手入れ

 齢が齢だけに「ああだ、こうだ」と、ご立派な能書きだけは並べ立てるが、肝心要の植え木の手入れをしないのが当世流の親方の遣り口なのである。
 〔返〕  枝ばかり伸びて葉の無い松伐採

(宝塚市・大石勲)
〇  震災忌永遠に語らん高野山

 「高野山」という下五は、それらしく見せるための付け足しに過ぎません。
 〔返〕  震災忌永久に語らむ浜千鳥


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