臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日俳壇から(9月30日掲載・其のⅡ)

2013年10月01日 | 今週の朝日俳壇から
[稲畑汀子選]


(東京都・田治紫)
〇   羽衣のやうな雲湧く野分後

 「野分後」の秋空に湧く「羽衣のやうな雲」と言ったら「鱗雲」かも? 
 〔返〕  伊那谷の秋空高く雲流れ吾の想ひの行方果て無し  鳥羽省三
      紫のゆかり床しく尋め行けば田治の野末に蕎麦の花咲く


(熊本市・永野由美子)
〇   早起きの人らに会ひぬ露の原

 題材となっているのは、虚空に向ってぽっかりと噴火口を開けている阿蘇山を近くに望む、あの遠大な草千里浜の朝早くの光景なのかしら?
 〔返〕  早起きは三文の得と出でにしも小雨降りしく草千里浜  鳥羽省三


(米子市・中村襄介)
〇   野の色を引き締めてゐし吾亦紅

 ちあき哲也作詞・杉本眞人作曲の『吾亦紅』は、作曲者の杉本眞人の歌唱で以って一世を風靡し、暮れの紅白の舞台にも登場したのであるが、その詞の内容は、あれもこれもと並べ立てていて、曖昧模糊としているのであるが、結局のところは、理想とする女性像である、自分の母親に向って、「俺も一隅を照らすような存在になるように努力するから、あなたは長生きをして私の成長を見守っていて下さい」と、甘え掛け、訴え掛けているのでは無かろうか?
 それと同じく、「秋の野末に咲いていて、『人間の目からすれば、目立たない存在かも知れないけれど、“吾も亦紅よ”』とばかりに訴え掛けているが如くの「吾亦紅」は、言わば、末枯れた晩秋の野の色を引き締めているのであった」とするのが、本作の要旨でありましょう。
 表現上の問題点を指摘すれば、中七を「引き締めてゐし」と、過去回想の形にしてしまったのは宜しくない。
 短詩形文学に携わる者の多くは、文語の助動詞「き」を万能と考えている所為なのか、ともすれば、句末に助動詞の「き」や「し」を置きがちである。
 だが、助動詞の「き」は、本来的には「自分自身の過去の出来事を回想して言う場合」にのみ用いるべきである。
 したがって、上掲の中村襄介さんの御作の大意を、そうした点に留意して述べれば、「いつの事であったのか、今となっては判らなくなってしまっているのであるが、あの吾亦紅の花が、辺りいちめん末枯れているばかりの野原の風景を引き締めているような感じで咲いていたっけ」といった事になってしまい、恐らくは、当初、作者の意図したイメージとは少なからず異なる事にもなりましょう。
 作者の中村襄介さんに於かれましては、そうした点に就いて、如何お考えでありましょうか?
 〔返〕  晩秋に吾また紅く咲きたれば野の行く末を尋め行かむとす   鳥羽省三

 
(岡山市・岩崎ゆきひろ)
〇   雨粒の蕊に重きや曼珠沙華

 恰も天空を志しているが如くに咲いている、あの「曼珠沙華」の花びらの一枚一枚は、見た目にはいかにも毒々しく頑丈そうに見えるのであるが、その実、ものすごく可憐かつ弱々しく、ひとたび、降雨に見舞われるや否や、萎びれ果て、萎れ果ててしまうのである。
 拠って、こまやかな観察に基づいて詠んだ佳作と思われるのである。
 〔返〕  大和路の秋雨に降られ咲きて居て重きに耐へむや はな曼珠沙華   鳥羽省三


(長岡市・内藤孝)
〇   不夜城の街も照らしぬ今日の月

 彼の「闇将軍」こと田中角栄氏の御膝元・新潟県は長岡市にも、「不夜城」と形容されるが如き歓楽街が存在していたのかしらん?
 だとしたら、今日の満月は、貴賤の差別無く、満天下の夜を余すこと無く照らし映え、輝くのでありましょう。
 〔返〕  闇夜をも物ともせずに草鞋もて大地踏み締めはや帰り来よ   鳥羽省三


(北海道音更町・信清愛子)
〇   草原の起伏を歩く鰯雲

 未だ俳句に不案内な評者の目を以ってすれば、本作は「鰯雲」の単なる解説に終わっているような感じである。
 だが、専門家の肥えた目で以ってすれば、如何でありましょうか?
 選者の稲畑汀子氏は、或いは、中七の「起伏を歩く」にご着目なさって、「『鰯雲』が、北海道の広大な『草原の起伏』に影を落としつつも、一歩一歩『歩く』が如く、初秋の空を渡って行く」とでも、ご解釈なさったのでありましょうか?
 だとすれば、「起伏を歩く」よりは「起伏を歩む」の方が宜しいかも?
 〔返〕  美瑛の丘の甜菜畑に影落し鰯雲往く秋闌けぬめり   鳥羽省三


(福岡市・松尾康乃)
〇   草の花ルーペの中にちやんと蕊

 ルーペで以って注意深く観察すれば、「草の花」にも「ちやんと蕊」が在るし、あの鳥羽省三にも「心」が在る、という訳でありましょう。
 〔返〕  ルーペもて浄き心で観て居れば梨の花にも梨の命が  鳥羽省三


(浜田市・田中清龍)
〇   外見は見えぬ傷跡秋出水

 題材となっているのは、過ぐる初秋の一日に突如襲来した山陰地方の「秋出水」。
 外見とは異なり、その被害額は山口県だけでも116億円に達するだろうと、山陰の地方紙・山陰中央日報はインターネットを通じて、「島根県は8日、7月28日の豪雨による県と市町村管理分の公共土木施設の被害状況をまとめた。護岸崩壊や道路損壊などが津和野町を中心に県西部の3市町で計331カ所に及び、被害額は約80億円に上った。農林水産関係の被害も約36億円に増え、合わせて116億円となった」と報じている。
 〔返〕  津和野町の真鯉緋鯉は如何ならむ過ぎし初秋の山陰豪雨   鳥羽省三


(坂出市・緒方こずえ)
〇   独り部屋とりて良夜の山ホテル

 「独り部屋とりて良夜の」までは、情趣が感じられて宜しいが、下五の「山ホテル」が、あまりにも即物的に過ぎて宜しくない。
 むしろ、ホテルの実名を上げた方が宜しいかも?
 〔返〕  独り部屋とりてひろびろ金毘羅は「温泉湯元八千代」に我は来にけり   鳥羽省三


(泉大津市・多田羅初美)
〇   一湾の上に一枚の鰯雲

 「一湾」と言っても、泉大津市の場合は、「赤野井湾」「山ノ下湾」「奥出湾」といった地元の人々にしか名の知れていない琵琶湖内の小さな「湾」なのかも知れない。
 とは申せ、「一湾の上に一枚の鰯雲」とは、なかなかに雄大な風景ではある。
 〔返〕  赤野井湾に影を浮かべて鰯雲「鮎が獲れた!」と叫んでいるよ   鳥羽省三  


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