○ 大雨の一夜は明けて試し刷りせしごと青き空ひろがりぬ
○ 風景に横縞あはく引かれゐるごときすずしさ 秋がもう来る
○ 死真似をして返事せぬ雪の午後 生真似をするわれかもしれず
○ 雨降りの仔犬のやうな人が好き、なのに男はなぜ勝ちたがる
○ 書き終へて手紙となりしいちまいのこころに朝の日は照り翳る
○ さびしさに北限ありや六月のゆふべ歩けど歩けど暮れず
○ 竜胆の咲く朝の道この道を歩みつづける復員兵あり
○ 九月来て昼の畳に寝ころべばわがふとももの息づきはじむ
○ 反則で少し使ふ手にんげんの手は罪深くうるはしきかな
○ ふうはりと身の九割を風にして蝶飛びゆけり春の岬を
○ この寺を出ようとおもふ 黄昏の京を訪へば彌勒ささやく
○ 国家といふ壁の中へとめり込みし釘の痛みぞ拉致被害者還る
○ 音出さぬときレコードは垂直に立てられて夜の風を聴きをり
○ チンパンジーがバナナをもらふうれしさよ戦闘開始をキャスターは告ぐ
○ 夏のうしろ、夕日のうしろ、悲しみのうしろにきつと天使ゐるらむ
○ 舟遊びのやうな恋こそしてみたし向き合ひて漕ぎどこへも着かず
○ 晴れわたる卯月の空よわが一生ひとを殺さぬまま終はれるか
○ どうでもよいことはきちんとやり遂げて海峡を渡る恋などもせず
○ ぶらんこを真すぐに止めて降りしのち二十年は過ぐ恋もせぬまま
○ 指に合ふ手袋はめしことのなき生かなしみぬ聖夜の街に
○ 崩れゆくビルの背後に秋晴れの青無地の空ひろがりてゐき
○ のりしろに紙を重ねて平らかに身ゆる世界よテロより半年
○ 靴下をはきたる救助犬あまた火災の熱のこもる地を嗅ぐ
○ 大統領の妻はなにゆゑいつ見ても笑顔であるか次第に怖し
○ 晴れわたる卯月の空よわが一生(ひとよ)ひとを殺さぬままに終はれるか
○ 隣室に武器の音聞くこともなく生き来て春の菜を刻みおり
○ ほほゑみにレースの縁取りあるやうな若さを遠き二十歳と思ふ
○ いのちより明るき色を身ぶるひて絞り出したるのち紅葉散る
○ 「逢ひたい」から「忘れたい」まで恋ごころ容れて楕円の枇杷熟したり
○ 日だまりに坐せば腰湯のあたたかさとろりとわれは猫になりゆく
○ 音すべて蒸発したるのちの世の明るさよいちめん菜の花ばたけ
○ 苦しみののちに来る夏 真ふたつに背中が割れて飛べる気がする
○ 午前より午後へと秒針移りたりかかるとき人は恋に落つべし
○ 夫宛ての郵便渡しに部屋へゆく雲より柔きとびらをあけて
○ 普段着で人を殺すなバスジャックせし少年のひらひらのシャツ
○ ねむたさよ春の子供のかばんにはカスタネットがあくびするらむ
○ 霜柱のやうな小部屋の並びゐてハモニカはつんつんさびしき楽器
○ 苦しみののちに来る夏 真ふたつに背中が割れて飛べる気がする
○ 児を抱きて虹を見せゐる人ありぬ児はただとほき青見るのみに
○ 梅の香に立ちどまりたり税務署への、恋への、死への、道順忘れ
○ 女優の写真あまた売らるるバザールに自由はむつと匂ひ立つなり
○ 赤き布縫ひ終へしのち湯に入れば身よりほつれて赫き糸浮く
○ 亡き祖母の時計はめれば秒針は雪野をあゆむごとく動けり
○ 風景に横縞あはく引かれゐるごときすずしさ 秋がもう来る
○ 死真似をして返事せぬ雪の午後 生真似をするわれかもしれず
○ 雨降りの仔犬のやうな人が好き、なのに男はなぜ勝ちたがる
○ 書き終へて手紙となりしいちまいのこころに朝の日は照り翳る
○ さびしさに北限ありや六月のゆふべ歩けど歩けど暮れず
○ 竜胆の咲く朝の道この道を歩みつづける復員兵あり
○ 九月来て昼の畳に寝ころべばわがふとももの息づきはじむ
○ 反則で少し使ふ手にんげんの手は罪深くうるはしきかな
○ ふうはりと身の九割を風にして蝶飛びゆけり春の岬を
○ この寺を出ようとおもふ 黄昏の京を訪へば彌勒ささやく
○ 国家といふ壁の中へとめり込みし釘の痛みぞ拉致被害者還る
○ 音出さぬときレコードは垂直に立てられて夜の風を聴きをり
○ チンパンジーがバナナをもらふうれしさよ戦闘開始をキャスターは告ぐ
○ 夏のうしろ、夕日のうしろ、悲しみのうしろにきつと天使ゐるらむ
○ 舟遊びのやうな恋こそしてみたし向き合ひて漕ぎどこへも着かず
○ 晴れわたる卯月の空よわが一生ひとを殺さぬまま終はれるか
○ どうでもよいことはきちんとやり遂げて海峡を渡る恋などもせず
○ ぶらんこを真すぐに止めて降りしのち二十年は過ぐ恋もせぬまま
○ 指に合ふ手袋はめしことのなき生かなしみぬ聖夜の街に
○ 崩れゆくビルの背後に秋晴れの青無地の空ひろがりてゐき
○ のりしろに紙を重ねて平らかに身ゆる世界よテロより半年
○ 靴下をはきたる救助犬あまた火災の熱のこもる地を嗅ぐ
○ 大統領の妻はなにゆゑいつ見ても笑顔であるか次第に怖し
○ 晴れわたる卯月の空よわが一生(ひとよ)ひとを殺さぬままに終はれるか
○ 隣室に武器の音聞くこともなく生き来て春の菜を刻みおり
○ ほほゑみにレースの縁取りあるやうな若さを遠き二十歳と思ふ
○ いのちより明るき色を身ぶるひて絞り出したるのち紅葉散る
○ 「逢ひたい」から「忘れたい」まで恋ごころ容れて楕円の枇杷熟したり
○ 日だまりに坐せば腰湯のあたたかさとろりとわれは猫になりゆく
○ 音すべて蒸発したるのちの世の明るさよいちめん菜の花ばたけ
○ 苦しみののちに来る夏 真ふたつに背中が割れて飛べる気がする
○ 午前より午後へと秒針移りたりかかるとき人は恋に落つべし
○ 夫宛ての郵便渡しに部屋へゆく雲より柔きとびらをあけて
○ 普段着で人を殺すなバスジャックせし少年のひらひらのシャツ
○ ねむたさよ春の子供のかばんにはカスタネットがあくびするらむ
○ 霜柱のやうな小部屋の並びゐてハモニカはつんつんさびしき楽器
○ 苦しみののちに来る夏 真ふたつに背中が割れて飛べる気がする
○ 児を抱きて虹を見せゐる人ありぬ児はただとほき青見るのみに
○ 梅の香に立ちどまりたり税務署への、恋への、死への、道順忘れ
○ 女優の写真あまた売らるるバザールに自由はむつと匂ひ立つなり
○ 赤き布縫ひ終へしのち湯に入れば身よりほつれて赫き糸浮く
○ 亡き祖母の時計はめれば秒針は雪野をあゆむごとく動けり